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ローゼンベルク家の食卓

【ex14-9】★★★夢の外までも

2013/10/15 2:35 番外十海
 
 震える手で眼鏡をつまんで、外す。ツルを畳んで座卓に載せて……ヨーコの体を静かに布団に横たえる。
「え、あ、カル、ちょっとっ」
 帯に手をかけるとヨーコはうろたえた。
「望んだのは君だ。そうだろ?」
「ち、ちがうの、そうじゃなくって……明かり、消してっ」
「嫌だ」
「え」
「明かりを消したら、私には見える、けれど君には見えなくなってしまうだろう?」
「あ、あ、あ……」
 自分の帯に手をかけて一気にほどいた。支えを失った浴衣を肩から抜き取り、後ろに落とす。
「ふわぁ……」
 そのまま勢いでパンツを脱ぎ、足から抜き取る。
「君の全てが見たい。私の全てを見て欲しい」
 ヨーコはおずおずと寝巻を留める帯に手をかけてほどいた。半身を起こし、緩めた帯を抜き取って前を開く。
「キモノの下には下着はつけないんじゃないのかい?」
「こ、これは寝巻だから」
 単純な構造の下着には男女の差はほとんどない。だからランドールもためらわずに取り去る事ができた。
 互いに一糸纏わぬ姿で布団に横たわり、抱きあった。
 肌と肌が直に触れあう。その場所から蕩けて一つになりそうな心地がする。もっとだ。もっと触れたい。溶け合いたい。
 重なりたい。ただそれだけの想いが手を動かす。
「あっ」
「柔らかいな、君の胸は」
「は、はずかしいこと言わないでぇ」
「不思議な手触りだ。こんなに……」
「薄いのに?」
 胸の厚みに関して言えば明らかにランドールの方が、量があった。ただしその中味は鍛えられた筋肉だ。固く張りつめている。乳首のつき方も違う。確かめるたびに彼女の体がわななき、震え、手のひらで塞がれた口からかすかな喘ぎがこぼれる。
 その声に誘われてまた触れる。

 未知の領域を探りながら一歩、また一歩と奥に進んだ。
「ひゃっ、あ、カルぅ、そ、そこはぁ」
「ヨーコ……」
「あふ……な、何?」
「濡れてる」
「………っっ!」
 ばっと両手で顔を覆ってしまった。
「そ、そこは、そう言う仕組みになってるのっ」
「すまない、触れるのが初めてなんだ」
 こんなに狭い場所に、果たして入れるものなのだろうか? 入ってしまっていいんだろうか?
(とにかく、解さないと……)
 幸い、彼女自身の零した雫で濡れている。指ですくいとり、塗り広げた。にちゃっと粘りのある水音を聴くと、ひどく卑猥な事をしている気分になる。
「……触るよ?」
「う、うん」
 指の一本も入るのが困難かに思われたそこは、ランドールの想像以上に柔らかく、しなやかで伸縮性があった。
 だが同じくらい強く収縮し、弾力のある肉壁にぎちっと指が締めつけられる。
「う、うぅ、んん、んぅんっ」
「あったかいなあ……大丈夫か、痛くないか?」
「い、いたくはない……けどっ」
 充血し、膨らんだ内壁を注意深くまさぐると、不意にヨーコが咽をそらせ、びくん、びくんっと震えた。
「どうしたんだ、ヨーコっ」
「ふ、は、あ、らめ、そこはっ」
「っ!」
 大量のとろみのある液が奥から分泌され、さらに滑りが良くなった。痛いのではない。苦痛ではない。
「そうか……ここが……」
 もはやためらう理由はない。あふれ出す蜜の助けを借りて、指を抜き差しした。彼女の中のポイントを時にじらしながら。時に執拗に攻めながら。
「う、うぐぅ、んふぅ、う、う、うくーっ」
 ヨーコは寝巻の襟を噛み、必死で声を殺している。奔放なアメリカンの反応とは全く異なっていた。その慎ましさにさらに体内の火がかき立てられる。男でも女でもない、自分は今、ヨーコと言う存在を欲しているのだ。
「一度……イっておいた方が良さそうだね」
「う、ぇえ?」
「力を抜いて。私に委ねてくれ」
「う……うん」
 指だけで彼女を高みに導いた。それはとても不思議な感触だった。手の中で熱く濡れた体が弾み、歓喜の声を上げて意志や自制心の軛を放たれる。切れ切れに洩れる声は日本語だった。英語を操るだけの理性が飛んでしまったのだ。
 他ならぬ自分の手が彼女を奏でているのだと思うと、体内の血が沸騰し、それがそっくりそのまま心臓に集い、容赦なく叩き込まれて行く……足の間に向かって。
「あ……あー……」
 恍惚として余韻に震える体から指を引き抜くと、とろみのある透明な糸が滴った。潤滑剤なんか必要ないくらいに濡れている。
 女性の体と言うものは、男を受け入れるようにできているのだとつくづく思う。
 いきり立つモノを見て、彼女が咽を鳴らす。
「や……おっきい……は、入るかな」
 こう言う所は男も女も同じ反応をするらしい。
「大丈夫だよ。たっぷり弄って解してあげたからね……さあ、力を抜いて」
「う……うん」
 財布の中からコンドームを取り出すのにほんの少し手間がかかった。明かりをつけっぱなしにしておいてよかった思う。いかにもせせこましい動作であり作業だったけれど、それ故に冷めると言う事は何故だかなかった。顔を覆う指の間からちらちらとヨーコが見ていたからだろうか。時折、『きゃ』とか『わあ』とか声を零しながら。
(可愛いな)

 そしてあまりにも新鮮だ。
 女性の性的な興奮は外見上の変化に乏しい。だがそれ以上に内側は熱く熟れ溶けている。
「……入るよ」
 狭く引き絞られた中をいくらも進まないうちに、先端が固く締まった弾力のある『輪』に突き当たった。尚も奥に進もうとすると、ヨーコが眉をしかめ、うめく。
「あ、う、ううんっ」
「痛いのかい? やめようか?」
「い、いえ、だめ……そのまま、来てぇ」
 言葉に出さずともわかっていた。通じていた。今、ためらったら次は無いのだ。ランドールは腹を決めた。細くなめらかな腰を両手でがしっとばかりに抱え込み、一気に腰を打ち付けた。
「………っっ!」
 寝巻の襟を噛みながら咽奥でヨーコが叫ぶ。閉じた目から涙がこぼれる。
 ぶつっと何か固く締まった輪を通り抜け、最奥に達したのを感じた。
(何て狭さだ。もう、届いてしまったのか?)
(このまま、欲望の赴くままに暴れたら……君を壊してしまうっ)
 つかの間そんな恐怖に震える。歯を食いしばって震えながらヨーコは目を開いた。その姿が一瞬、二重にぶれる。
「はー、はー、はー……」
「ヨーコ?」
「反則かなって思ったんだけど……も、大丈夫。『治した』から」
 それでも滴る破瓜の血は消えない。
 改めて知る。彼女は正真正銘、バージンだったのだ。他のどんな男も触れてはいなかったのだ。生まれて初めて受け入れたのは、自分なのだと。
「……ヨーコ」
「きゃっ」
 手をしっかり握りあったまま、動いた。委ねられた小さな体の中を、夢中になって抉った。奥まで深々と貫いた。
 釣り上げられた魚のように跳ねる瑞々しい肢体を貪った。
「う、く、う、あ……っ、カル、カルヴィン……っ!」
 せっぱ詰まった吐息の合間、切れ切れに名を呼ばれて脳みそが沸騰する。
(君が欲しい。食べてしまいたい。他の奴になんか見られないように、隠してしまいたい)
 小柄で華奢な体を丸ごと腕の中に抱え込み、自分自身の体で飲み込んで、獣みたいにがくがくと腰を揺すった。
「あ……………っ!」
「う、んぅっ」
 放出は一度では収まらなかった。
 二度、三度と小刻みに放ち、その度にわななく彼女の震動に包み込まれ、恍惚の境地に導かれる。
 抱きしめているはずなのに、逆に抱きしめられているような心地がした。
「はっ、あ、あー……」
 心地よい脱力感に身をまかせ、まどろみの底に意識が沈みかける。
(ダメだ、まだ眠ってはいけない。する事が……残ってる)
 名残を惜しみつつ、鋼鉄の意志を振り絞って体を離す。その動きに導かれて鮮やかな赤い血が伝い落ち、点々と敷布に滴った。まるで新雪の上に散った薔薇の花びらのようだった。

     ※

 水が流れている。
 さらさらと。
 さらさらと。

(ここは……前にも来た事がある)

 岸辺の木々の枝葉の間から、金色の光がこぼれ落ちる。目を射るほどの眩しさは無い。穏やかで、優しい光だ。
 足下の草は青く柔らかく、間に小さな花が咲いている。青、赤、白、そして黄色。いずれも花の内に露を抱き、うっとりするほど甘い香りを放っている。
 川の水は透き通っていた。それこそ底の砂の一粒一粒まで数えられそうなくらいに。水の流れを目で追いかけると、そこに彼女が居た。
 白い薄物一枚まとっただけの姿で仰向けに川床に横たわっている。透明な水がすんなりと伸びた細い手足やつるりとした胸、ふっくらと丸い腰、黒いつややかな髪を濯いでいる。少女のようであり少年のようであり、妖精じみた肢体をもはや誰はばかることなく目で愛でる。
(本当に、君は、きれいだ)
 半ば閉じられたまぶたの間からのぞく濃い褐色の瞳は夢を見ているように穏やかで、彼女がとても満ち足りた状態でいる事が伝わってくる。
 同じ思いが、胸の中に湧いた。
 その瞬間、手の中に花が生まれていた。
 薔薇だ。
 小さな薔薇。色は明るいクリーム色で花びらの端にほんのりと紅が入っている。みずみずしい花びらに口付けを落とすと、ランドールは生まれたばかりの薔薇のせせらぎに浮かべた。
 穏やかな水の流れが、小さな薔薇をヨーコの元へと運んで行く。彼女は目をあけて、こっちを見て、ほほ笑んだ。
 それが嬉しくて、また新しい花を浮かべる。今度のは瑠璃色の矢車菊を。次は白いヒナゲシを。流れ着いた花はヨーコの髪や衣服にそのまま宿り、彼女を彩る。
 どれほどの間、この他愛ない遊びに没頭していただろう。
 ふと気配を感じ、ランドールは顔をあげた。
 見られている――。

 対岸に、男が立っていた。黒に近い灰色のスーツを着て、内側のシャツは濃い藍色。背はランドールほど高くはないが、日本人男性としては高めだ。顔に深い皴が刻まれてはいるが、年齢は四十代半ばと言った所だろうか。額を中心に眉は強く上向きの直線を描き、薄い唇は硬く引き結ばれている。
 だが目元は………。
 目尻が下がり、優しげだ。
 男はじっと川床に横たわるヨーコを見つめていた。いや、見守っていた。だからこそ、こんなにも穏やかな眼差しをしているのかも知れない。ランドールの気配に気付いたのだろう。顔を上げ、こっちを向いた。
 刹那、二人の男の目線が交差する。
(あなたは……?)
 彼が何者なのかはわからない。けれどヨーコに深い関わりを持つ人間なのだと知った。
 それは、一瞬の邂逅だった。
 男は口元をゆるめてかすかにほほ笑み、背を向けて歩き去る。行く手は淡い光に包まれていて先を見通す事はできない。
「待っ……!」
 もっと、彼と話したい。話さなければいけない。そう思って踏み出した時にはもう、男の姿は光に溶け入るようにして消えていた。
「……」
 ぱしゃり、と水音が聞こえる。いつの間にかヨーコが水から上がり、岸辺にちょこんと腰かけていた。
 迷わず隣に腰を下ろし、肩に手をかけて引き寄せる。
 小さな華奢な体が寄り掛かってくる。

(そうか)

 胸の奥底に幾重にも重なる箱が開いて、開いて、開いていって、一番最後の蓋が開く。
 中にある答えはあまりにも単純で、ありふれていて、今まで見えなかったことが笑ってしまうくらい不思議に思える。
 
(私は君と一緒に居たいのだ。夢の中でも。外でも変わらずに、寄り添っていたいのだ)

 ヨーコの髪に挿した花がしゅるしゅると伸びて、葉を茂らさせ、広がって行く。伸びた蔓にもまた蕾が生まれ、膨らみ、花開く。蕾が開くたびに、水晶の鈴を転がすような透き通った音色が響いた。
 枝の間から降り注ぐ光は次第に輝きを増し、周囲の景色がかすみ始める。

 手のひらを重ね、指をからめて握りしめた。
 夢が終わっても、離れぬように………。

 夢の終わる間際。どこからともなく舞い降りた青いリボンが、ふわりと重ねた手に巻き付いた。

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