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ローゼンベルク家の食卓

【ex14-6】ニンジャマスターVSグレートサムライ

2013/10/15 2:29 番外十海
 
「サンダーは元気?」
「ああ。最近は換毛期でね。ブラッシングの度に大量に毛が抜ける。糸に紡いだら靴下ぐらい編めそうだよ」
「大きいし、むくむくのふっさふさだものね、あの子」

 エンブレイスを離れ、戸有市に向かう道すがら、車内の会話は弾んでいた。
 助手席のウィルと後部座席に背筋を伸ばして風見とロイ、そしてちょこんと座ったヨーコ。三人の誰かしらが的確なタイミングで次にたどるべき道を知らせ、合間合間に積もる話に花を咲かせる。
「日本では学年が四月に変わるのか」
「はい、俺たち先月から三年生です」
「今年もヨーコ先生の担任なんデスヨ!」
「そうか、ヨーコは今年も君たちの先生なんだね」
「……うん」
「早いものだ、もう三年生か」
 ウィルがしみじみとつぶやく。
「卒業後の進路はもう決まっているのかい?」
「はい!」
 風見光一が元気よく答える。
「文系の大学に進みます。民俗学をじっくり勉強したくて!」
「おお、それは素晴らしい!」
「ハンターとしての知識を増やしたいって言うのもあるんですけど、純粋に、面白くて」
「ふむふむ。なるほどね」
「教員の資格とって、将来、学校の先生になるのもいいかなって」
 祖父と風見の聞きながらロイは秘かに顔を赤くしていた。自分の進路希望は既に祖父に伝えてあった。このまま日本にとどまり、大学に進学したいと。
「コウイチくん」
「はい」
「これからもロイをよろしく頼むよ」
「もちろんです!」
 風見光一はこの上もなく爽やかな笑顔で答えた。
「親友ですから!」
 ちょうどこの瞬間、車は信号で停止していた。車内に一瞬訪れた静けさ。それを打ち破るように、短く賛美歌の一節が鳴り響く。
『まきびとひつじを 守れるその宵……』
「牧人羊を」の出だしの一節だ。
 ヨーコがわずかに身を固くする。
「おや?」
 ランドールが首をかしげる。彼の鋭敏な聴覚は、今の音楽の出所がどこなのかヨーコの反応を見るまでもなく聞き取っていたのだ。
 彼女の携帯からだ、と。
「出なくていいのかい、ヨーコ?」
「う、うん、平気」
 ばれてる。とっさに察して答えるが、出てきたのは日本語だった。慌てて英語で言い直す。
「大丈夫、メールだから!」
「そうか」
 ランドールは思った。『羊の子』だからあの曲を着信音にしてるのだな、と。だからそれ以上追求もせず、運転に集中する。
 だが、本当は違うのだ。送信者指定の着信音なのだ。
 ヨーコは焦っていた。バッグの上からぎゅっと自分の携帯を押さえる。
(何で、こんな時に三上さんから?)
 音を聞かれたからって、三上からだと知れる訳ではないけれど。それでも一瞬、身がすくんだ。

『ねえ、羊子さん』
 先刻のロイと風見の進路の話題と相まって、ちょうどヨーコの思考は彼らが進路を決めたのと同じ頃に三上蓮と交わした会話に引き戻されていたのだ。
『そろそろ結婚しませんか? 結城の血筋を受け継ぎ、夢守り神社を守るために……ね』
『それが、あなたの為すべき務めだ。よもやお忘れではないでしょう?』
『忘れてなんか……忘れる訳なんか………』
『私なら、知っていますからね。貴女がかつて誰を愛し、今、誰を想っているか……』
『あ……』
『滅多にいるものではありませんよ? 何もかも全て知った上で、受け入れることのできる男なんて』
 返事は保留のまま。そんな相手から届いたメールを、書かれてる文面が何であれ、今、彼の居る前で読む事なんかできる訳がない。
 己の胸の内を見透かしたようなタイミングで届いたメールが、兄弟子からの一報を受けて送られて来たものだなんて事は、羊子は知る由も無かった。
 いつもの彼女なら、すぐに察しがついたであろうものを……。

     ※

 やがて、二十分近い行程を経て五人の乗る車はどっしりした門構えのある日本邸宅の前に到着した。
 あらかじめ到着を知らされていたのであろう。邸宅内に通じる門は開け放たれていた。
「ランドールさん、そこに入ってください。奥に車を留められる場所がありますから」
「OK」
 車が出入りできるように作り替えてあるとは言え、武家屋敷さながらの屋敷門だ。通り抜ける時はさすがにランドールも緊張して体が細かく震えた。
「まるでサムライの屋敷だね」
 ため息交じりにつぶやくと、助手席のウィルがうなずいた。
「正解だ、カル。コウイチの祖父、カザミ・シローは我が盟友にして……本物のサムライだ」
「何と!」
 日本に旅行した、と言うと、だれしも大抵一度は口にするジョークがある。
「ニンジャとサムライは見たのかい?」と。
 帰国したら胸を張って答えてやろう。「ああ、どちらも居たよ」と! 信じてくれるかどうかは疑問だが、少なくとも嘘はついていない。
「おや、お出迎えだ」
 いつ来たものか。玉砂利を敷き詰めた車寄せに、男が一人立っていた。年齢はおそらくウィル・アーバンシュタインと同年齢だろう。藍色の着物を隙無く着こなし、背筋を伸ばして微動だにせず立っている。鋭い眼差し、切れ長の瞳、涼しげな面差しには紛れも無く風見光一と通じる面影がある。
 シートベルトを外すとウィルは車のドアを開け、ゆらりと外に降り立った。両者並び立つとシローの方が若干背が低いようだった。だが風格はいずれも劣らずほぼ互角。

 二人は無言のうちに見つめあう。
 空気がピンと張りつめる。
 と。
 次の瞬間! シローの手には木刀が握られている。そしてニンジャマスター・ウィルの手には、おお!星のような形の十字型の平べったい武器が装填されているではないか!
「あれは……スリケン?」
「Yes、スリケンデス!」
 分かりあうアメリカン二人。対して日本人二人はそっと目配せ、無言で語り合う。
(本当は手裏剣なんだけど)
(言いづらいから仕方ないよね)
 不意にシローが動いた。日舞・ダンスにも似た静かでかつ優雅な動きで一歩踏み出すや、無駄のない鋭い動きに転じて打ちかかる。
「イヤアッ」
 あわやウィルは木刀の一撃を額に受けたかと思われたが。
「ぬうっ」
 ニンジャマスターの姿はそこにはなかった。軽々と宙を飛び、見事な枝ぶりの松の木の上にすっくと立っている。
 
「ハアッ!」
 気合い一閃、目にも止まらぬ早業でスリケンが放たれる。一撃、二撃、三撃、さらに二撃! 恐るべき早さで繰り出されるスリケンを、カザミ・シローは木刀を振るって打ち落とす。
 カキン、カキンと鋭い音が響き、叩き落とされたスリケンが玉砂利の間に、庭木にと突き刺さる。
「イヤーッ!」
 さらにニンジャマスターは両手から一枚ずつスリケンを繰り出し、同時に空中へと飛び上がる! シローの木刀が閃き、スリケンが叩き落とさる。だがその時、ニンジャマスターの右手に握られたクナイがまっしぐら。シローの眉間めがけてふり下ろされようとしていた。
 南無三! サムライは真っ向から額をたたき割られてしまうのか!
 だが。
 クナイはシローの体に触れる直前にぴたりと止められた。重力に逆らい、衝撃を一瞬のうちに押さえ込んだ、見事なミネウチ・フェイントであった。
「……腕を上げたな、ウィル・アーバンシュタイン」
「君こそ見事だ、カザミ・シロー」
 何と言うことか! 先刻、スリケンを叩き落とした木刀は振り切られた姿勢のまま左手に握られていた。そしてシローの右手には、30センチほどの長さの小木刀が握られている。切っ先はぴたりと、ウィル・アーバンシュタインの心臓の直前で止まっていた。
 二人は目を合わせてにっと笑いあった。同時に構えを解き、互いに肩を叩きあう。

 ここに至ってようやく、光一とロイ、そしてランドールとヨーコは息を吐き、力を抜いた。今の今まで呼吸も忘れ、見守っていたのだ。見守るしかなかったのだ。ニンジャマスターとグレートサムライの、文字通り息詰まる手合わせを!
「見事です」
「お見事デス!」
「ブラボー!」
 ようやく金縛りが解けた四人は手を叩き賞賛の言葉を口にした。
 カザミ・シローは静かに笑みを浮かべて来訪者たちに向き直った。
「やあ、いらっしゃい、羊子くん」
「お久しぶりです、風見先生」
 楚々とした仕草でヨーコは一礼。
「こちらはMr・カルヴィン・ランドールJrです」
「おお、君がランドール君か」
 サムライの口から流暢な英語が流れ出してもランドールはさほど驚かなかった。
「光一から聞いているよ。私は風見紫狼だ。孫が世話になっているそうだね。ありがとう」
「いえ……私こそコウイチには助けてもらっています」
「アメリカンにしては謙虚な男だな、君は」
「そうでしょうか?」
 正直、ランドールも驚いていた。本物のサムライが、とても気さくフレンドリーな人だった事に。だが落ち着いて考えてみれば、彼は風見光一の祖父なのだ。この人当たりの良さと気持ち良い気っ風は、紛れもなく光一も受け継いでいる資質だ。
「長旅で疲れているだろう。部屋を用意しているからゆっくり休め」
「いやいや、まだまだ若いもんには負けんぞ! すまんがカル、トランクを開けてくれるか?」
「どうぞ」
 いつの間に入れたのやら。トランクにはきっちりとウィル・アーバンシュタインのスーツケースが収められていた。
 
     ※

 それから20分後。ランドールは再びハンドルを握った。今度は助手席に座っているのはヨーコだ。
「急に静かになっちゃったね」
「ああ、人が減ったからね」
 妙なものだ。最初はこうして自分一人で運転して来るはずだったのに。いつの間にか人が増えていた。
「Mr.シローは、気持ちのいい人だね」
「そうね、気さくだし、いつも笑顔で話しかけてくれる。あれでなかなか厳しい所もあるんだけど」
「うん、君が彼の前だと妙に大人しく……と言うかしとやかにしているのに気付いたよ」
「…………あ、頭が上がらないの、風見先生には、昔っから……」
「ふぅん?」
 ランドールの口元から笑みがこぼれる。
「何、にやにやしてるの?」
「いや、今日一日で、君の今まで知らなかった面を色々と知ったなと思ってね」
「あうっ」
 ヨーコはがばっと顔を伏せてしまった。ちらっと横目で見ると、耳まで赤くなってる。窓の外に広がる、濃いオレンジの夕焼けが照り映えているのか、あるいは……。
「あ、そこ右に曲がって」
「OK、右だね」
 行く手にこんもりと丸く、木立に覆われた小山が見え始める。
 鎮守の森だ。夢守り神社は、もうすぐそこまで来ていた。

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