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ローゼンベルク家の食卓

【ex13-6】探索の騎士

2013/01/13 2:53 番外十海
 
 その日、ヒウェル・メイリールはちょっとばかり不幸だった。

 いつものデリで昼食を食べようとしたら、ドアにでーんっと忌まわしい野菜と甲殻類が掲げられていたのだ。
 見た瞬間、背筋に冷たい稲妻が走り、髪の毛が逆立った。しかしヒウェルは大人だ。いい年だ。
 五歳児のように涙目で逃げる訳には行かない。平静を装いつつすーっとムーンウォークで後退し、何事もなかったように通り過ぎる。
 そのまま5ブロックほど歩き続けた所で空腹に耐え兼ねエネルギー切れ。あわや寒空に行き倒れかと言うその時、ホットドッグの屋台に出会って事無きを得る。ヴェスヴィオ火山も飛び起きそうな濃いブラックコーヒーとチリドッグ二つで腹を満たし、ようやく人心地ついたその時だ。

「お?」

 ホリデーシーズンの買い出しでごった返す街の中、ふと見覚えのある後ろ姿を見かけた。着ているものの趣味が普段とはいささか趣が異なっていたが、あの体格と髪形はそう滅多に居るもんじゃない。
 足早に歩み寄り、いつものようにごっつい背中をぽんっと叩く。妙に固かった。

「よっ、ディフ。何やってんだ!」
「え?」

 ぬぼーっとした動きで振り返った男は、今し方名前を呼んだ人物によく似ていた。だがもっと年下で瞳の色も髪の毛の色も違っている。
 何より、ディフにあるはずの包容力と母性がすっぽり抜けていた。
 人違いを詫びるより先に、男はぱちぱちとまばたきして首をかしげてこっちの顔をじっと見た。明らかに知り合いを見る眼差しで。

「ハインツ、何眼鏡なんかかけてるんだ?」
「へ?」

 どうやら、互いに知ってる誰かと間違えたらしい。しばし見つめ合い、同時に頭をさげる。

「すまん、間違えた」
「ごめん、こっちもだ」

 誤解が解けた所で改めて観察する。
 どうやらこの男、猫背癖がついているようだ。常に少し背中を丸めている。
 髪の色も赤と言うより茶色だ。所々金髪が混じっててきらきらしてる所なんざ、どことなくゴールデンレトリバーっぽい。図体はでかいし、がっしりした顎と太い眉、通った鼻筋と、いかつい中にもどこか幼さが残る。
 どんなに快活に振る舞っても、常に危うい艶っぽさを漂わせるディフとは対照的だ。こいつを見てると、尻をなでるよりむしろ頭をわしわしかき回したくなる。
(おおっと、あくまで物の例えだぞ。頼むからそんないい笑顔しないでくれ、レオン!)

 年齢は5つ6つ年下ってとこか。
 耳の脇の髪が一房、三つ編みになってる。ああ、このせいで間違えたんだな。
 いつだったかのクリスマス前にディフがあんな風に三つ編みにしてた事があったっけ。
(結ったやつのことはこの際考えまい)

 しかし、すごい格好してるなあ。羊毛織りのマントをくるっと体に巻き付け、足には頑丈な革のブーツを履いている。おまけにマントの合わせ目からのぞく服と着たら、チュニックと言うべきか、サーコートと呼ぶべきか。とにかく、まるで時代劇の登場人物みたいなレトロなぞろーっと長い上着なのだった。
 アメリカ全体で考えればさほどおかしな服装ではないが(SFコンベンションの会場込みで)、サンフランシスコのど真ん中では目立つ服装だ。
(待てよ、この服装、どっかで見たぞ? それもついさっき)
 首をかしげて見回し、見つけた。すぐ傍のバス停にポスターが貼ってある。

『ブエナパークキャッスルの騎士がサンフランシスコにやって来る!』

(これか!)
 そうか、このディフの色違い君は中世騎士団ショーの出演者なんだ。舞台衣装のまんまうろつくのはやっぱあれか、宣伝活動か?
 どっしりした騎士の衣装を着込んだ男は、ちょこんと首をかしげてしげしげとこっちを見てる。改めて向き合うと、腰に巻いたベルトにはご丁寧な事に幅の広い剣までぶらげてる。もちろんレプリカだろうが、見るからにずっしりと重そうだ。
 ずいぶんとまあ、本格的に作り込んでるじゃないか。ポスターより本物っぽいよ。
 
「俺ヒウェルっての。君は?」
「……ディートヘルム・ディーンドルフ」
「長いな」
「ダインって呼ばれてる」

 あれ、何だろうこの既視感。名前がディで始まるとこも同じだよ。
 
「ハインツってのは誰だ。連れか?」
「いや。ここには来てない。養成所の同期生で、今は同じチームに居る奴なんだ」
「そんなに俺に似てるのか?」
「うん。髪の毛も瞳の色も、あと、ひょろっとしたとことか。背丈は君の方が高いかな?」
「なるほどね」

 互いに学生時代からの友人に似てたって事か。
『騎士』ダインは眉間に皴をよせて困り顔だ。ディフに似てるせいか、どうしても無下にできなくてつい、たずねてしまう。

「ひょっとしてダインくん。何かお困りか?」
「っ、何でわかったんだ?」
「うん、まあそこは人生経験の差ってやつだね」

 のびあがってがっしりした背中をぽんぽんと叩く。
 ……やっぱ、固いなあ。もしかしてマントの下に鎧着けてんのか、こいつ! あと足りないのは馬だけか。

「ささ、遠慮せず、おにーさんに話してみたまい」
「……ちびを探してるんだ」
「ちび?」
「猫なんだ」

 何とまあ。
 困り顔の騎士が探しているのは、馬でも姫君でも聖杯でもなく、猫だった。

「こげ茶色で、これと同じ首輪してる」

 そう言ってダインは袖をまくり、左の手首を出した。
 ごっつい手首に華奢な作りのブレスレットが巻かれている。明るいオレンジ色で染められた革ひもに、透き通った珠が通してある。
 水晶か? 中に針状のインクルージョンが入ってるからルチルクォーツって奴だな。両脇のウッドビーズは珠の固定用ってとこか。

「ちょっと失礼」

 携帯のカメラでブレスレットを撮影する間、ダインは首をかしげて、しげしげと俺の携帯を見つめていた。

「それ、初めて見る」
「うん、最新型なんだ。あんまし持ってる奴ぁいないよな、まだ?」

 大写しにしたブレスレットの写真を添付してメールを打つ。宛先はマクラウド探偵事務所のパソコンだ。ただし、所長じゃなくて有能アシスタントに宛てて。

「俺の知り合いに、そーゆーの探す専門家がいるんだ。連絡とってやるよ」
「ほんとかっ、ありがとう!」

 おーおー、いきなりぱああっと表情明るくなったよ、可愛いじゃねえの。

「ちょっとだけ待ってろな、騎士サマ」
「……何でわかったんだ?」
「何でわからないと思った?」

     ※

 一方こちらはマクラウド探偵事務所。

「ハロー」

 オティアはアニマルシェルターに電話をしていた。ネットにも情報は出ているがやはりタイムラグがある。

「マクラウド探偵事務所です」
「ハロー、その声はオティアね!」

 威勢の良い中年女性の声が響いてくる。アニマルシェルターの肝っ玉おばちゃま、マージだ。

「どうしたの、迷子探し?」
「いえ、迷い猫を保護しました。そちらに問い合わせが来ていないかと確認を」
「まあ、ありがとう、助かるわ。ちょっと待ってね、メモを準備するから……」

 電話の向うでごそごそと動く気配がする。紙がこすれ合い、カチっとボールペンを押す音がした。

「OK、どうぞ」
「大きさは小さめ、多分生後一年前後。短毛、こげ茶、目は金色、尾は長い。首にオレンジ色の首輪有り。首輪の材質は革ひもでウッドビーズと水晶の珠がついてます」
「OKOK。ありがとう、問い合わせがあったらすぐ連絡するわ」
「お願いします、では」
「またね。所長さんにもよろしく!」

 電話を切ってほっとひと息。マージおばちゃまのパワーにはいつも圧倒されてしまう。
 ほっとひと息つくと、パソコン画面に目を走らせた。
 ネットで民間のシェルターや迷い犬・迷い猫探しのサイトに捜索範囲を広げ該当する猫の情報を探す。
 その間、当のコーヒー猫はオーレと連れ立って事務所の中をうろちょろ。あちこちに鼻をつっこんでいる。
 いきなり知らない所に連れてこられたはずなのに、物おじしないと言うか、度胸のある奴だ。

「にゃうぅ、ぐるるなぉう」
「んぴゃあああ、ぴゃあるるる」

 何やらひそひそ話をしながらソファの下に鼻の下をつっこむ二匹から、パソコンの画面に目を戻すとメールが届いていた。差出人はヒウェル。携帯から送られてる。いつもなら後回しにする所だが、何故か今回は『すぐに見なければ』と感じた。
 内容は簡潔にして明瞭だった。曰く。

『こげ茶色の猫さがしてる男がいる。添付した写真のブレスレットとおそろいの首輪。名前はちび』

 添付ファイルを開く。写真のブレスレットは、オレンジの革ひもと水晶の粒、そしてウッドビーズ。見事に猫の首輪とおそろいだった。
 試しに呼びかけてみる。

「……ちび」

 即座にコーヒー猫は顔を上げ、こっちを見て赤い口をかぱっと開いた。

「ぴゃーっ!」
「ちーび」
「ぴゃっ」
「ちび」
「ぴゃああ」

 尻尾をつぴーんと立てて細かく震わせている。
 速やかに返信した。

『事務所に、いる』

   ※


「見つかった」
「ほんとかっ! 魔法だ、奇跡だ、ありがとうヒウェル!」

 よっぽど嬉しかったんだろう。ダインはうるっと目を潤ませて抱きついてきた。ものすごい勢いだ。体の奥で骨がみしっと軋む。固いわごっついわ、声でけーわ目立つわで逃げ出したいのは山々だ。けれど多少もがいた程度じゃがっちり締められる鋼鉄の腕はびくともしない。ひ弱な拳でぽこぽこ叩いた所で反撃にもなりゃしない。

「うげげげげ、全力でやるな、この馬鹿力ーっ!」

 悪態をつくのが精一杯だった。関節技じゃないだけまだマシ……かな?
 多分。

     ※

 探偵事務所に連れてった客が何者なのか、オティアに説明する必要はほとんどなかった。ダインが入って行くなり、コーヒー色の猫が文字通り、飛びついてきたのだ。

「ぴゃーっっ」
「探したぞ、ちび」
「ぴゃ、ぴゃ、ぴゃっ」

 ひしっと胸にしがみつくコーヒー猫を抱きしめて、騎士さまは顔中笑み崩して頬ずりしてる。
 ひとしきり互いの無事を確認すると、ダインは背筋を伸ばしてきちっと一礼した。

「ありがとう。ちびを見つけてくれて」
「……迷子になっていたのを、保護しただけだから」
「感謝する」
「ぴゃあああ」

 コーヒー猫はするりと飼い主の肩に上り、後脚を踏ん張るとぺったりと頭の上にうつ伏せにかぶさった。

「あ」
「どうした、オティア」
「……何でもない」

 猫を頭に乗せたまま、ダインは帰って行った。ヒウェルと固い握手を交わして。

「何か、サムライみたいな男だったな。言葉遣いも妙に古めかしかったし」
「ん」

 しばらく考えてからオティアは口を開いた。

「サムライと言うより、騎士なんじゃないか、あの格好は」
「ああ、中世騎士団ショーの出演者なんだ、あいつ」

 なるほど。それなら納得だ。街の中にポスターが貼ってあった。

「にぅうう」

 オーレは名残惜しげに窓辺に座り、じいっと下の通りを見下ろしている。オティアは目を細めてそっと、白いつやつやした毛並を撫でた。

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