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ローゼンベルク家の食卓

【ex13-1】シエンとエリック

2013/01/13 2:46 番外十海
 
 ユニオン・スクエアには冬期限定でスケートリンクが出現する。
 広場の一角をフェンスで囲み、シートで覆って。いつもは人が普通に歩く路面の上に分厚い氷が出現するのだ。周囲のテントではシューズのレンタルもしているから、ふと思いついて手ぶらで行ってもOK。
 仕事や学校の行き帰り、あるいは買い物をする家族を待つ間や昼休みに気軽に楽しめる。

 老若男女、入り交じって頬を真っ赤にしてスケートを楽しむ中、あたかも地面の上を歩くように仲むつまじく連れ立って滑る二人がいた。
 一人はひょろりと背の高い金髪の北欧系の青年。青緑の瞳の上に金属フレームの眼鏡をかけ、セーターの上から薄手のダウンジャケットを羽織っている。フードを被ってはいるもののマフラーは巻かず、手には薄手の黒い手袋。全体的に動きやすさを重視した服装だ。
 もともと寒さに強いのだろう。

 もう一人は小柄な少年だった。くすんだ金髪に紫色の瞳、明るいきつね色のダッフルコートを着て、ピスタチオグリーンの手袋をはめている。二人とも楽しげに言葉を交わしながら軽快な足取りで氷の上を滑っていた。

「……でね、オーレがヒウェルの頭を踏み台にして……」
「ああ、猫ってよくやるよね! っあ」

 急に眼鏡の青年が顔を強ばらせて立ち止まる。

「どうしたのエリック」

 少年もまた足を止め、怪訝そうに見上げた。エリックは警察官だ。ひょっとしたら雑踏の中に容疑者を見かけたのかも知れない。知らず知らずのうちに顔が強ばり、青年の腕にしがみついていた。

「あ……ちがうんだ、シエン。そうじゃないよ」

 エリックは目元の力を抜いて表情をなごませ、シエンに笑みかけた。少年もほっと安堵の息をつく。言葉に出さずとも自分の不安を読み取り、答えてくれた。その事が嬉しかったのだ。

「今、そこにセンパイが居たような気がして」

 すっと黒い手袋をはめた指先が示す先は、ホリデーシーズンの買い物客でごった返していた。

「んー」

 シエンは紫の瞳をこらしてじっと見つめた。人混みの中、ちらっとがっしりした広い背中が見えた。
 背が高くて、筋肉質で、緩やかにウェーブのかかった長い髪。確かに背格好はディフ……自分と双子の兄弟オティアの保護者の一人、時々冗談まじりに『まま』と呼んでいる男性に良く似ている。
 けれど。

「確かに背格好は似てるけど、違うよ。ディフの髪はもっと赤みが強くて長いし。それに、あんな風に背中丸めて歩いたりしないよ」
「それもそうだね!」

 エリックはほっと胸をなで下ろした。
 例の人影を見た瞬間、正直心臓が縮み上がった。ランチタイム後のささやかな一滑りを、保護者が監視していたのかと。特にやましいことはしていないが、それでも強面のセンパイに睨まれると落ち着かない。
 よかった。本当に良かった、人違いで。

「もう一回りしてこようか」
「うん!」

 エリックとシエンは再び氷を蹴って滑り始めた。一方で背の高い男はあっちにふらふら、こっちにふらふらしながら次第に遠ざかり、やがて人混みに紛れて見えなくなった。

次へ→【ex13-2】オティアと謎のコーヒー猫
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