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ローゼンベルク家の食卓

【ex11-10】そしてメールが届いた

2010/07/26 1:03 番外十海
 
 いと高き天を仰ぐ薔薇窓から差し込む夕日が教会を照らす。厳かな静寂に包まれる聖堂に、突如軽快な電子のメロディが流れた。
 かろうじて歌詞は入っていないものの、その曲を聞けば思わず条件反射で口ずさんでしまう。
 ある意味この場にふさわしい曲が。

(めーりさんのひつじーひつじーひつじー)

 祭壇前で蝋燭を灯していた神父が手を止めた。

(おや、結城さんからですか)

 三上蓮は小さくうなずき、懐に手を入れた。
 どうやらメールが届いたようだ。以前はどちらもこの曲に設定してあったのだが、さすがに区別がつかないので音声通信は着うたに変えた。
 携帯を取り出し、開く。

「ふむ、あちらのお子さんに巣食っていた悪夢を狩っていた、と……」

 添付された写真をひと目見るなり、神父はぴくりと右の眉をはね上げた。糸のように細い目が一瞬、見開かれる。

「って何やってるんですか、彼らは」
「え、『彼ら』って……?」

 いつ入ってきたものか。小柄な見習いシスターが一人、伸び上がるようにして神父の携帯をのぞきこんでいる。

「ああ、あなたはまだ彼らとは面識がありませんでしたね……一見女の子にしか見えませんけど、立派に男子です、これ」
「え。ええっ?」
「こっちの黒髪の子は風見光一くん。風見先生のお孫さんです。それからこちらの金髪さんはロイくん」
「えーっとえーっとえーっと……」

 シスターは軽い目まいを覚えつつ、耳にした名前と、目にした写真を結びつけようとした。

「つまり、この二人は実はサムライでニンジャなんですね」
「まあ、そう言うことです。今回は結城神社の守護獣を動員したそうですから……『ぽち』は男性が苦手でしょう?」
「ああ、それで女の子に変装したんですね」

 うなずきつつ、三上はメールの末尾に添えられた一文を読み直した。写真に目を奪われ、さっきは飛ばしていたのだ。

『追伸:カルはヅカメイクの白雪姫でした』

「………」

 ヅカメイク。
 白雪姫。
 カル、つまりMr.ランドール。
 すさまじく違和感のある単語が並んでいる。

「Mr.ランドール……あなたまで」
「誰です?」
「あー……その……サンフランシスコに住むお仲間で……」
「ああ! 吸血鬼で狼な方ですね」
「そうです、たまにコウモリにもなりますが。背が高くてガタイのいい、濃い系の顔のハンサムさんです」
「はあ……」
「いささか女心に疎い唐変木ですが、毛並みはいい」
「毛並み……ですか」
「ああ、育ちがいいと言う意味ですよ、もちろん! まあ、どうやっても女性には見えない方ですね」

 毛並みのいい、背が高くてガタイのいい濃い系の……白雪姫。
 しかもヅカメイク。
 見習いシスターは持てる想像力を総動員してみたが、早々に挫折した。

「……それ、何の罰ゲームなんでしょうか?」
「まぁ、メールにも『一発でバレたけど』って書いてありますが、結局は狼に変身して誤魔化したようですね」
「最初から、そうしておけば良かったのに」

 しみじみと目を閉じて言ってから、ふと、シスターは気付いてしまった。

「あの、神父さま。今回の事件って、女装する意味あったんでしょうか?」
「というと?」
「コネで女性ハンター集める方が、正攻法じゃないですか?」
「あー、それは時間と趣味の問題でしょうね」
「趣味って……誰の趣味ですか!」
「着る方じゃなくて着せる方です」
「あー……つまり……その……」

 三上は厳かにうなずき、言外に彼女の思い浮かべた名前が正しいことを伝えた。

「あと、サンフランシスコ側には女性ハンターのコネがないのも理由の一つですか」
「ああ、それは仕方ないですね」
「まぁ、あちらは結城くんなら問題なく代用効きますが」
「……え?」

 思い起こすのは、慌ただしくも活気あふれる新年のあれやこれや。
 白衣に緋色の袴も鮮やかに、ちょこまかと境内を飛び回る巫女さんたち。あくまで普通に。あくまで自然に。『特別なこと』をしていると言う空気は微塵も感じられなかった。

「彼の女装、全く違和感ありませんし、そもそも本人に女装の意識があるかどうか怪しいですねぇ」
「それはそれで、どうかと思いますけど」
「ぽちも彼なら慣れてますし、何より結城神社の売り文句、知ってますか。『結城神社の巫女姉妹』って言うんですけど」
「……姉妹、ですか?」
「ええ、実際には従姉弟なんですが、要は家族揃って……というか、少なくともお母さん達はそういう扱いですね」
「いいんでしょうか、それ」
「正直なところどうかと思うこともありますが、本人が嫌がっている訳でもないし。ドリームイメージもアレなんで、別にいいかなーと……」

 見習いシスターはじーっと、おだやかな笑みをたたえる神父の顔を見上げ、それからおもむろに小さくため息をつき、首を左右に振った。

「……兄さん」

 無論、血のつながった兄妹ではない。共に教会で育った『兄』であり『妹』だった。

「理解を示しているようで、実は思いっきりトドメさしてますね?」
「おや、そんな風に聞こえましたか?」
「……はい」

 三上蓮は何食わぬ顔でさくっと十字を切り、聖堂を後にした。
 残されたシスターは、マリア像を見上げてぽつりとつぶやいた。

「私も行きたかったなぁ……」

 それが、夢魔から少年を救う義務感に基づくものなのか。
 あるいは、チームメイトの滅多にない女姿(と言うか仮装?)を見てみたかったからなのかは……
 神のみぞ知る。

(ぽち参上!/了)

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