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ローゼンベルク家の食卓

【5-5-7】Wデート

2012/07/17 1:56 五話十海
 
 新学期が始まってはや三ヶ月。互いに顔と名前も知り、ある程度趣味やら嗜好なんかもわかって来ると、お次に来るのは異性への興味だった。
 来るべきクリスマスを意識して、ここぞとばかりにちらほらと、意中の女子、男子に声をかける者も増えてくる。
 何もいきなり、「愛の告白」なんて重たい深刻なものに挑む必要はない。もっと気軽に、さりげなく。

「デートしない?」

 それで十分。一緒に出かけて、コーヒーでも飲んで、ドーナッツかじって、喋って、遊んで、気が合えばまた次の約束をする。そうやって軽口(light)なデートを重ねて行くうちに、恋人になれたらいいな、なんて……。
 ごくごく一部の例外を除き、多くの生徒がそう考えていた。そしてディフォレスト・マクラウドもまた、ご多分に漏れずその一人なのだった。

     ※

 気になる女の子がいる。ショートカットの黒髪にあおい瞳。活発で、朗らかな声で笑う彼女の名はモニーク。
 デートに誘いたい、だけど一人で申し込むのは気が引ける。言われた方だって、身構えてしまうんじゃないか? こんな時はまず、友達を誘ってWデートに持ち込んだ方がいい。
 その方が、気軽にOKしてくれるだろう。そう考えて、親しい友人に声をかけてみる。

「なーヒウェル」
「何?」
「デートしないか?」
「……誰と?」
「モニーク。誘いたいんだけど、いきなり二人っきりってのは照れくさくってさ。2対2でWデートなら、行けるかなって」
「……なるほど、そう言う事か」
「うん、そう言う事」

 ヒウェルは眼鏡を外して、息を吹きかけ、きゅっきゅっとハンカチで拭いた。それからまたかけ直して、おもむろに口を開く。

「せっかくだけど俺、今つきあってる人いるから」
「そうか。だったら彼女連れてこいよ!」
「いや、彼女じゃなくって……彼なんだよね」
「彼?」

 彼? 確かにそう言った。彼女(she)じゃなくて、彼(he)って。

「うん。三年の男子」
「つまり、あれか、お前がつきあってる相手ってのは……男?」
「そ。俺、ゲイなんだ」

 あっさり言ったよ! 目をぱちくりして、目の前のヒウェルを見つめる。
 今、耳にしたことが信じられなかった。
 俺の育った町じゃ、誰も自分のことゲイだなんて公言しない。言えば酷い目に遭わされるってわかってるからだ。それこそ命に関わるレベルで。

 よってたかってゲイを殴り殺すのは正しい事だって、信じられてた時代もある。目鼻立ちのわからなくなるくらい顔の膨れ上った死体を『教育のため』と称して子供に見せる父親も多かった。
 こんな物騒な話を聞くのに、祖父や曽祖父の時代まで遡る必要はなかった。
 他ならぬ伯父や父が、誰かからの伝聞ではなく、現場で見聞きしていたのだから。

 ひょっとしたらまだ続いてるかも知れない。昔に比べれば件数は減ったものの、潜在化しただけなんだって、兄貴から聞いた事がある。
 嘆かわしい事だと前置きして……多分、自分は少数派なんだろうとも。

「お前、勇気あるな」
「別に? それほどでもないさ」

 ヒウェルは肩をすくめた。

「だってここは、サンフランシスコだぜ?」
「……そっか」
「うん、そう言うこと」

 ぽんぽんっと肩を叩かれた。何だか急に恥ずかしくなった。
 地震に怯えた時と、ゲイって告白に過剰反応した時と。感じた羞恥と居心地の悪さ、いたたまれなさは、同じだった。
 どっちもまだ、俺がこの町に馴染んでいない。異質だって事実を知らしめる……クラスの連中にも、俺自身にも。

「ごめん」
「おいおい、どーしてそこで謝るよ!」
「とにかく、ごめん。他の奴を誘ってみる」
「待て待てディフ、ちょっと待て」

 くいっとシャツを引っ張られる。

「中学生じゃあるまいし、そーゆー時は、まどろっこしい手順なんざ踏むな。1on1でデートしたいって言え! その方が、女の子はグっと来る」
「……でも俺、女の子連れてけるようなとこ知らないし」
「そらしょうがないわな、テキサスから出てきたばっかなんだし? 素直に言っちゃえ。『俺、どこいったらいいかわかんないから教えて』って」
「む……」

 拳を握り、口元に当てる。
 確かにヒウェルの言ってることは正しい。でも女の子に頼るってどうなんだ? 納得が行かない。
 初めてのデートなんだぞ。男がリードして、エスコートするのが当たり前だろう!

「なあ、ディフ。相手が男でも女でも、王女様みたいに扱ってみろ」
「王女様?」
「そう。敬って、大切にして、しんどい時は遠慮なく寄りかかって、わからない時は素直に教えを乞うんだ。でもいざとなったら守る。全力でな」

 いざとなったら全力で守る。うん、それなら、わかる。抵抗なく受け入れられる。

「……わかった、やってみる」

     ※

 そうと決まれば話は早い。善は急げだ。ランチタイムにカフェテリアでモニークを見つけた。
 まっすぐ歩いていって、声をかける。

「Hi、モニーク」
「あら、マックス。どうしたの?」
「土曜日、暇か?」
「うん、暇」
「そっか、だったら……」

 こくっと咽を鳴らしてツバを飲み込む。ええい、ここで戸惑ったらかえってみっともない。一気に行け!

「俺とデートしないか?」

 モニークの頬にぱあっと赤みが広がった。後ろの女の子たちが息を飲む気配が伝わってくる。
 そう、カフェテリアの女の子ってのは群れるものなんだ。モニークと一緒のテーブルには、クラスの女の子たちが座っていた。見覚えのない顔も混じってるから多分、他のクラスの子も居る。
 今さら気付いた所で、もう引き返せない。言ってしまった言葉の尻尾は掴めない、引き戻せない。

 イエスか、ノーか、どっちだ? 頭のてっぺんからつま先まで、がっちがちに固まって答えを待つ。
 はーす、はーす。はーす……。鼻から出入りする息の音が耳の奥で轟く。心臓はばっくんばっくん跳ね回り、今にもどんっと口から飛び出しそうだ。

 モニークの頬がゆるみ、白い歯が現われた。

「イエスよ!」

 ぱーんっと頭の中でクラッカーが鳴った。
 OK、やったぜ、ブラボー! チューインガムとクッキーとキャンディケーンとキャラメルポップコーンを一度に吸い込んだみたいな甘い空気にむせ返る。

「そ、それでさ、あの、その」
「……ん?」

 首をちょこんと傾げてこっちを見てる。ああ、可愛いなあ。

「サンフランシスコのことはよくわかんないから、案内してくれると嬉しい」

 どぎまぎしながら、ヒウェルから教わった台詞を付け加える。ちょっと不本意だったけど。
 モニークは目をぱちくりさせて、にっぱーっと白い歯を見せて、景気良く笑った。

「OK、キュートボーイ! 思いっきりベタなサンフランシスコ観光に連れてったげる!」

 ころころと、鈴を転がすような声で笑いながら。あんまり楽しそうだったから、俺は素直にうなずくしかなかったんだ。

    ※

 夜、風呂上がりにレオンに報告した。

「良かったじゃないか」
「…………キュートボーイって言われたのが、ちょっとなあ」

 んぐっと、牛乳を咽に流し込む。もちろん紙パックから直飲みで。行儀が悪いってわかっちゃいるんだけど、コップを洗うより早いし。一応、料理に使う分とは分けてある。
 レオンはノートから目を放さず、さらりと言った。

「女の子のほうが精神的な成長は早いからね」
「……そっか。じゃ、しょうがねーな、張り合っても」

 パジャマを羽織ってベッドの上に座る。
 あの時、モニークは友達と一緒だった。不覚にもその事に気付いたのはデートに誘った後だった。
 もしも同じ状況で、俺が同じ事を言われてたら、果たしてあんな風に答える事ができただろうか?

(無理だ。絶対慌てる! パニック起こして変なこと口走る!)

 やっぱり女の子の方が、成長してるんだ。そりゃ可愛い、とも言いたくなるよな。
 膝を抱えて、顎を膝頭に乗せる。

 (俺、全然余裕なかった……。デートに誘うだけで一杯一杯で)

 ため息を漏らしたその時、レオンと目が合った。いつの間にこっちこっち見てたんだろう。
 ちょっと。いや、かなり気まずい。わしゃわしゃと髪の毛をかき回す。でもその程度じゃ紛れる訳がない。
 やっぱりはっきり言おう。こいつに隠し事はしたくないから。

「ごめんな、お前のこと誘おうかとも思ったんだけど、ヒウェルが『そーゆー時は1on1でデートしたいって言え、チャンスだから!』って言うから、つい勢いで」
「俺は誘ってもらっても、行けないだろうから」
「……そっか……」

 ほっとしたような。がっかりしたような。複雑な気分になる。
 レオンと一緒に出かけるのはどんなに楽しいだろうって、ちょっぴりわくわくしてたから。

「せっかくデートなんだから、花でも持って行っておいで」
「そうだな。花……何がいいかな……」

 安心したせいだろうか。あくびが出てきた。湯上がりの気だるさに身をまかせて、ごろん、とひっくり返る。足を投げ出し、指をもにもにと握って、開いて、思案を巡らせる。

「俺、マーガレットが好きなんだ。家の庭にいっぱい咲いてた」
「花屋の店員に相談すればいい。向こうはプロだから、だいたいの予算とイメージを伝えればつくってくれるよ」

 幸い、農場のバイトのお陰で懐には余裕があった。花束を持って、デートに行けるくらいの予算はある。

「うん……そうする…………さんきゅ、レオン……………………」

 ああ、何だろう。すごーく気持ちいいぞ……うん、すごーく……。

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