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ローゼンベルク家の食卓

【5-5-4】Earthquake!

2012/07/17 1:52 五話十海
 
 不愉快なクラスメート」の訪問にもそれなりに利点はあった。
 結局、荷物の存在に気を取られたお陰でその後の時間が早く進んでくれたのだ。
 
 陽射しが西へと傾く頃、力強いノックが聞こえてきた。今度こそ間違いない。飛んでいってドアを開ける。

「ただいま、レオン!」
「……お帰り、ディフ」

 途端に部屋の中の空気が変わった。

「これ、お土産だ! 卵とバター。牛乳もあるぞ!」
「そうか。良かったね」
「明日の朝楽しみにしてろよ!」

 意気揚々と土産を冷蔵庫に収めてから、ようやくディフは気付いた。自分の机の上に乗っている、見慣れない箱に。

「あれ、これどうしたんだ?」
「君あてに届いた」
「え」

 まさか実家からだろうか? その割には封がされていないし、送り状もない。開けてみると、中には見覚えのあるノートが入っていた。

「ヒウェル来てたのか」

 レオンはちょっとの間考えた。
 名前は知らないが、とにかくディフの知り合いらしい生徒が来ていたのは確かだ。

「ああ」

 小さく頷く。

「すぐ帰ったけどね」
「そっかー」

 確かにヒウェルから月曜日に歴史のノートを借りる約束をしていた。
 だが箱の中味はそれだけじゃなかった。インスタントのスープや缶詰め、そして未使用のタオルに靴下!

(あいつ……!)

 友人からの救援物資を、ディフはありがたく受けとる事にした。

「ゆっくりしてればよかったのに」
 
 レオンは胸の奥でかすかに何かがよじれるような気分になった。
 よりによってディフはほほ笑んでいたのだ。あいつの持ってきた荷物を見て、口元を緩め、目元を和ませて、それはもう、嬉しそうに笑っていたのだった。

     ※
 
 夕食後、部屋に戻り、レオンとお茶を飲んでいる時にそれは起きた。
 カタカタと窓が鳴った。
 最初は思ったんだ。風が強くなったのかな、って。でも違っていた。

 いきなりめきっと窓枠が軋み、壁が、天井が、床が揺れ始める。ゆっさゆっさと得体の知れない巨大な生き物が、建物に手をかけて揺さぶってるみたいだ……
 いや、揺れてるのは地面。
 これは………地震だ。
 大地震だ!

「地震だーっ!」

 大急ぎでテーブルの下に潜り込む。だがレオンの奴は平然として、すましてお茶なんか飲んでる。

「レオン、何やってんだ!」

 慌てて上半身を突きだし、手を伸ばす。

「早く来……いでっ」

 後頭部にずがんっと衝撃が走り、目から火花が散った。

「ってぇえ……」

 頭を抱えてしゃがみ込む。どうやら思いっきり天板の裏に後頭部をぶつけてしまったらしい。
 
「大丈夫かい?」

 目を開けると、レオンの顔がすぐ近くにあった。彼は床にしゃがみこんで、こっちをのぞき込んでいた。

「大丈夫……ってお前、早くこっちに!」
「揺れならもう収まってるよ」
「……へ?」

 本当だ。壁も床も天井も、もう揺れてはいなかった。窓ガラスも静かだ。
 おっかなびっくりテーブルの下から這い出した。

「すげえ地震だったな。震度5ぐらいか」
「さあね。震度3ぐらいじゃないかな」
「へ?」
「ここは四階だし、建物も古いからね。実際より大きく揺れを感じたんだろう」

 よく見ると、部屋の中の物は何一つ倒れちゃいなかった。俺の分のカップに満たしたお茶がちょっと零れていたけど、それは多分、俺がテーブルにぶつかったせい。

「見事な避難行動だったね。正に教科書通りだ」

 くくっとレオンが咽を鳴らす。こいつ、笑ってる。力いっぱい噴き出してる。
 かーっと頬が熱くなった。

「こ、これはビビってるんじゃないぞ! ただ、ちょっと、びっくりしただけだ!」
「すぐに慣れるさ。ここは地震の多い地域だから」

 頬の熱は顔全体に広がり、耳までぽっぽと熱くなってきた。
 あんなに地面が揺れたのは、産まれて初めてだった。テキサスは地震のない州だ。物心ついた時から、地震に会った記憶なんてほとんどない。

 抜かった。
 南カリフォルニアは地震の多発地帯だった……。何で今まで忘れていたんだろう。
 ロマ・プリータ地震でベイ・ブリッジが崩れてから、たかだか6年しか経っちゃいないんだ!

「う………」

 ぞわあっと背筋が寒くなる。子供の頃、ニュースで見た映像が脳裏に蘇る。橋が溶けたチョコレートみたいにぐねぐねとうねって、ワイヤーがぶちっと切れて……。

 いや、いや、落ち着けディフォレスト。記憶を混ぜるな、あれはカリフォルニアの映像じゃない(多分)。
 ベイ・ブリッジもゴールデンゲート・ブリッジもここからは遠いんだ!

 分かっているのに、さっきまで火照っていた顔から血の気が引く。まるで氷でも当てられたみたいにはっきりと、皮膚が冷えるのを感じた。

「ディフ。どうしたんだい?」

 レオンがこっちを見てる。もう、笑ってはいなかった。

「な……何でもない!」

 心配かけちゃいけない。無理に歯を見せてにかーっと笑い、胸を張る。

「も、大丈夫だ。ちょっとびっくりしただけだからな!」

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