▼ 【5-5-1】戸惑う姫
レオンハルト・ローゼンベルクは戸惑っていた。
全ての原因は同室の一年生、ディフォレスト・マクラウド。鮮やかな赤毛にヘーゼルブラウンの瞳、犬のように人懐っこい、図体のでかい奴。
およそ「美少年」なんて言葉からはほど遠いこの少年に、まさか。まさか自分がこんなにも心をかき乱されるなんて!
最初に会った時は、生活に割り込む珍獣としか思わなかった。
動きがいちいち大ざっぱで、立てる音も話す声もでかい。風呂上がりに裸でうろうろするし、牛乳は紙パックから直に飲むし……
寮の部屋に空きができ次第、速やかに出て行って欲しい。さもなきゃ自分が部屋を出ようとさえ思っていた。
できるだけ一緒に居たくないから、朝は速やかに寮を出て、授業が終わってからは学校のあちこちで時間を潰していた。
それが。
「レオン、飯できたぞ!」
「ありがとう」
「卵に塩足すか?」
「いや、このままでいい」
今は毎朝、彼の焼いたトーストと、卵を食べて自分の入れたお茶を飲んでいる。
彼が風邪を引いた時は気掛かりになって授業が終わるなり、部屋に戻ってしまった。
逆に自分が寝込んだ時は……。
いつもに増してお節介で。暑苦しいくらいにひっついて、世話を焼かれた。
のみならず、まさかあんな風に軽々と抱きあげられるなんて!
お姫様みたいに。あるいは花嫁みたいに。
ベッドにおろされた時、体が震えた。屈辱とも驚きともまた違う、どこか甘ささえ漂う不可思議な衝動で……。
(熱のせいだ)
(今は体が普通じゃないから)
(大体あれは、病人を運ぶのに至極一般的な抱き方じゃないか。花嫁もお姫様も関係ない!)
揚げ句、コメのスープをスプーンで食べさせようとした。(子供じゃあるまいし!)さすがにそれは遠慮して、自力で食べた。
何でそこまでして面倒を見るのか、と問いかけたら、自分の風邪がうつったから。自分が熱を出した時に看病してもらったからだと答えた。
至極真っ当な理由で、それ以上問い詰める必要性も感じなかった。
しかしその一件の後、確実にレオンハルト・ローゼンベルクとディフォレスト・マクラウドの関係は変わった。
まず、レオンはいつの間にか、マイク寮長を問い詰める事を忘れていた。以前はそれこそ顔を合わせる度に「あいつを早く引き取ってください」と詰め寄っていたのに。
さらに。
「レオン、風呂空いたぞ」
「………ディフ。そろそろ何か着てくれないか?」
「あ、ごめん」
マクラウドでもなければ、ディフォレストでもなく、愛称で呼ぶようになった。
赤毛のルームメイトは、今やすっかりレオンの生活の一部になっていたのだった。
しかしながらレオン自身はその事実をちらとも自覚してはいなかった。あくまで「一緒に居ることを認めている」だけなのだと思っていた。
クラブの練習や買い物でディフの帰りが遅くなると、妙に落ち着かず、そわそわしてしまう。
「今日は友達と出かけるから」
なんて聞かされでもした日は一日中、胸の奥にもやっとした奇妙な重苦しさが広がり、自ずと眉が寄ってしまうのだが……
本人はまるきり、その事実に気付いていない。
遠巻きに見守るクラスメイトたちも、何故『姫』の機嫌が悪いのか首を捻るものの、誰一人として真相に至る者はいないのだった。
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