▼ 【4-8-2】伏せられた写真
部屋に戻り、アレックスの家で撮影してきた写真をパソコンに取り込んでいると、呼び鈴が鳴った。
半ば進行中の作業に意識を持って行かれたまま、さほど深く考えることもなく玄関に出てドアを開けると……金髪の少年が一人、ぽつんと立っていた。
「どうした、シエン………」
「……しちゃった………」
「え?」
「喧嘩……しちゃった………」
「ディフと?」
黙って首を横に振った。
「まさか……オティアと?」
答えはない。だがそれ故にわかる。
正解だって。
「とにかく、中、入れ……」
素直に入ってきたが、黙って立っている。
「何で、兄弟喧嘩なんか?」
「…………出てった」
「オティアがっ?」
「飛び出してった……外に……」
「マジかよ、おいっ!」
この霧の中、いったいどこへ? ソファの背に引っ掛けた黒のナイロンパーカーをばさっと羽織った。まだ湿っぽいが気にしてられるか!
「ディフにも言っとけ。とにかく俺、追いかけるから」
「ん………」
「見つけたら電話する。それじゃっ」
廊下に飛び出し、エレベーターを待つ傍ら、ちらりと時計に目を走らせる。20時……まだお菓子ねだりで出歩いてる連中がいる時間帯か。町の中はそこそこにぎやかなはずだ。
だが、ハロウィンの夜ってのは犯罪発生率がとびっきり高い時期なんだよ!
滅多に動じない奴がパニック起こして外に飛び出すなんて。
一体、何があったってんだ、オティア?
「くそ、早く上がってこいっつのっ」
だんっと壁を叩いた刹那、エレベーターのドアが開いた。
たかだか3フロア降りるだけなのに、やたらと遅く感じられる。1Fについて扉が開き切るのも待たずに飛び出し、ドアマンに尋ねた。
「レオンとこの金髪の子が来たろ」
「はい、お一人だけ。外出なさいました」
それはわかってる、もう一人は俺の部屋にいる。
「出てったんだな?」
「ええ」
別に珍しいことじゃないですよね? ドアマンの表情は暗にそう言っていた。
ハロウィンなんですから。
「どっちに行った?」
「さあ、そこまでは……」
だ、ろうな。
「ありがとさん」
一声かけて走り出す。
湿った白い闇のただ中へ。
顔会わせたらまた凍えるような目つきでにらまれるんだろうな。だが構うもんか。
オティア、お前を失いたくない。
※ ※ ※ ※
一人残されたヒウェルの部屋で、シエンはため息をついた。
(やっぱり、オティアの方に行っちゃった)
ぷるっと頭を振ると、壁際の本棚が目に入った。
写真立てが並んでいる。
高校時代のレオンとディフとヒウェル。
キルトを着た、今よりちょっとだけ若いディフとマクダネル警部補。
結婚式の写真。白のタキシード姿のレオンと、キルト姿のディフ。前の写真より髪の毛が伸びて、穏やかな目をしている。そして紺色のタキシードを着た自分とオティア。
手を伸ばし、写真の表面を撫でる。あの時、こんな表情してたんだ……。
「あ」
結婚式の写真の隣にもう一枚、小さなパネルが立てかけてあった。
金髪に紫の瞳、パステルグリーンのストライプのエプロンを身につけて、はにかんだような表情で笑いかけている。
カメラを構えた相手に。ヒウェルに向かって。
すっと手を横に滑らせて、パネルを伏せると、シエンは部屋を出た。
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