▼ 【4-7-8】晴れた日に公園で
翌日の土曜日はよく晴れた。
先週と比べて空気はいくぶんかひんやりしていたが太陽は金色の輝きを惜しみなく地上へと注ぎ、ほんの少し、うっすらと綿をはいたような青い空が広がっている。
カルヴィン・ランドール・Jrは、くたくたの木綿のチェックのシャツに履き古したジーンズと言ったラフな格好で公園を歩いていた。買い直したばかりのスニーカーはまだ足になじみきっていない。
先日の失恋旅行以来、たまにはスーツを脱いで気楽な格好でぶらつくのも悪くないなと思い、こうして実践してみた。
芝生の上には、日光浴を楽しむ男女や弁当を広げる家族連れがあちらこちらに点在している。
ボールを追いかけて走り回る子どもたち。木の枝でさえずる小鳥。灌木の花の間を飛び交うマルハナバチの羽音は眠たげに耳に響き、どこからかバーベキューのにおいが伝わってくる。
あれからもう一週間になるのか……。
ぼんやりと思いめぐらせていると、まず軽くて丸いものが足首に当たり、続いてどすん、と何か柔らかい生き物がぶつかってきた。
「おっと」
とっさに踏ん張って受けとめる。腕の中に小さな男の子の体がすっぽりと収まっていた。
あったかい。
一週間前に額に触れた小さな手の感触を思い出し、重ねてみる。
鳶色の髪に濃い茶色の瞳のこの子は、あの時の子より少し年下らしい。
ああ、それにしても、小さな子どもって体温が高いんだな……。
「失礼、Mr。痛くしなかったかな」
「大丈夫」
足元に転がっていたボールを拾い上げ、手渡した。
「ありがとう」
「一人で散歩かい?」
男の子はすっと右手を挙げて芝生の上の一角を指さした。
灰色の髪の男性と、短い鹿の子色の髪の女性が並んで腰を下ろしている。こちらに気づいたのか、立ち上がって近づいてきた。
「パパとママ」
アレックスだった。
(ああ、この子と彼女なんだ。あの夜、夢に出てきたのは……)
「これは……ランドールさま」
「やあ、アレックス」
奥方は再婚だったのだ。そして息子はアレックスを慕っている。もう、この三人は家族なんだな……。
「パパを知ってるの? Mr?」
アレックスJrがちょこんと首をかしげている。大人とは微妙に異なる、子どもならではの細やかな仕草で。見ていて自然と笑みがこぼれた。
「ああ、よく知っているよ。でも君のママとは初めて会うから、君から紹介して貰えると嬉しいね。私の名前はカルヴィン・ランドール・Jr」
「OK、Mr.ランドール。ぼくはディーン・オーウェン。ママはソフィア」
ディーンはランドールの手を握って両親の方に引っぱって行く。案内されるまま歩いて行き、母親の前に立った。
「ママ、こちらはMr.ランドール」
「はじめまして、Mr.ランドール。お会いできて光栄ですわ……先日は、素敵な薔薇をありがとうございました」
「お気に召して何よりです、Mrs.オーウェン」
「どうぞ、ソフィアとお呼びくださいな。主人をアレックスとお呼びなんですもの、私だけMrs.オーウェンじゃくすぐったいわ」
そう言って彼女はころころと笑うと芝生の上に広げたレジャーシートを指し示した。
「あの、よろしければランチをご一緒にいかがですか?」
赤いギンガムチェックのシートの上には、家族用のたっぷりしたサイズのピクニックバスケットが置かれている。
「シルクの薔薇のお礼もしたかったし、せっかくお会いできたんですもの」
「しかしせっかくの家族水入らずなのに」
「どうぞ、ランドールさま」
「……それじゃあ……ありがたく」
こうして芝生の上でアレックス一家とランドール社長の会食が始まった。
バスケットの中からは、たくさんの皿と、タッパーに入ったポテトサラダ、サンドイッチ、そしてピザが魔法のように現れた。
「もしかして、このピザはハンドメイドかい?」
ディーンがこくこくとうなずく。
「パパがね、作った。ぶんっとなげて、回した!」
両手をぶんぶんと振り回して一生懸命解説してくれる。
「そうか、さすがアレックスだ、すごいな」
「おそれ入ります」
「味つけしたのは、ママ。ぼくもちょっとだけ手伝った」
「そうかすごいね」
「エビ、のせた。コーンも!」
「そうか、このエビは君がのせたのか」
「うん!」
「それじゃ、心して味わわなきゃいけないね……いただきます」
一口かじる。ぱりっと焼けたピザ生地の上でぷちりと新鮮なエビが弾けた。トマトにバジルに、塩、胡椒、そしてチーズ。慣れ親しんだピザの味の他にもう一品、何か入っている。
それは本来、この料理に入れるものではないような気がした。しかし、生地ともエビとも相性は抜群だ。
どこかで自分はこの味を口にしている。そう、確かに……。
「もしかして……オイスターソースが入っているのかな」
ソフィアは大喜びしてぱちぱちと手を叩いた。
「すごい、おわかりになるんですね!」
心底うれしそうだ。隠し味を看破されて悔しがるどころか、むしろわかってくれたと喜んでいる。
ああ、かなわないな……。
素直にそう思った。
「さすがアレックスの選んだ女性だ、素晴らしい人だね」
有能執事はぱちぱちとまばたきすると、ほんのりと頬をそめ、はにかんだ笑みを浮かべた。
「……おそれいります、ランドールさま」
「アレックス、君…今、とても良い顔をしている。幸福なんだね」
「はい」
父と、母と、自分と。
家族を愛し、愛されることはとても幸せで、自然なことで……自分は何の疑問も持たずその温かさに包まれて生きてきた。
アレックスと、ソフィアと、ディーン。
自ら得た家族を愛することも、やっぱりとても幸福なことなのだ。
妻と息子とめぐり合い、一緒に住んで、こうして家族になることのできたアレックスは、とても幸せな人なのだと思った。
とてもうれしい。
ほろほろと胸の奥の一番深い場所から温かな何かがあふれ出す。わき水のようにこぽこぽと、あとからあとからとめどなく。
ああ。
彼に恋することができて良かった。
恋しい人の幸せを確かめることができて良かった。
「Mr.ランドール。どうしたの? どこかいたいの?」
ディーンがナプキンを手にのびあがり、おぼつかない手つきでランドールの目もとを拭う。
「大丈夫……だよ、ディーン。大丈夫だから……どこも痛くはないから」
ディーンは首をかしげてしばらく何やら考え込んでいたが、やがてランドールの手にしたかじりかけのピザを見て納得したようにこくっとうなずいた。
「粒ペッパー、かんだ? からいから、気をつけて」
「ああ、そうだね……ちょっと、つーんと来た」
「こっちのピーナッツバターとジェリーのサンドイッチなら、からくないよ」
「そうか……ありがとう、ディーン」
「お水いかがですか?」
「いただきます」
んくんくと赤いプラスチックのマグを両手でかかえて水を飲む若社長の姿を見守りながら、ソフィアは思っていた。
この青い目のハンサムさんとは、何だかとても趣味が合いそうな気がするわ。何故だかわからないけれど……ディフとは少し違うけれど、きっと、良いお友達になれそう。
「ピザをもうひときれいかがですか、ランドールさん」
「ありがとう。いただこう」
「アップルジュース、飲む?」
「ありがとう、ディーン」
十月の土曜日、昼下がり。時間がゆったりと流れて行く。
こうして、カルヴィン・ランドール・Jrの恋は終わった。
終わったけれど、それは決して悲しいだけでも苦いだけでもなく、むしろ清々しい後味を残してふんわりと、おだやかな金色の陽射しに溶けて行くような……
そんな、幸せな失恋だった。
※ ※ ※ ※
その頃。ローゼンベルク家のリビングでは、シエンがぽつんと座っていた。
膝に白い子猫を抱えて。
「……どうした、シエン」
「ヒウェル」
この頃は夕食だけではなく、週末にも時々ランチを一緒に食べることがある。もっとも、ヒウェルは大した用事が無くてもちょくちょく顔を出しに来ているのだけれど。
理由はわかっている。
オティアに会いたいんだ。
「……珍しい組み合せだな。どうした」
「……今、誰とも会いたくないみたいだから」
「お前とも?」
「……ん」
「お前ともか……」
ヒウェルは手を伸ばすと白い子猫を撫でた。オーレは小さくのどを鳴らしてヒウェルの手に顔をすり寄せる。
アレックスの結婚式から帰って来た時、オティアはすごく沈み込んでいた。自分で決めたことだけど、やっぱり行けないのがショックだったんだ。
あれから一週間、家に居る時はほとんど書庫に閉じこもっている。自分も、オーレさえも中に入れず、本当に一人っきりで。
本を読んでるのならまだいい。クッションや毛布を持ち込んでる所を見ると、きっと眠っているんだ。床にうずくまって、胎児のように体を丸めて。
何も見ず、何も聞かず、何も考えずに、ただ一人で。
食事と勉強の時間には何事もなかったように出てくるけれど……。
シエンは小さくため息をついた。
何だか一緒の部屋に居るのがいたたまれなくて、その度にこうして本宅の方に来ている。
(俺……こっちの部屋で寝ようかな……)
「シエン」
「ん?」
ヒウェルはそっと手を伸ばし、ややくすんだ金色の髪を撫でた。
その時。
オーレがピン、と耳を立て、床に飛び降りた。
「みゃっ!」
尻尾をたかだかと垂直に掲げてたーっと走っていく。双子の部屋との境目のドアを目指して。しかし彼女が行き着く前にドアがぱたんと閉まった。
「み…………」
はっとしてヒウェルが振り向くと、閉ざされたドアの前でオーレが世にも切なげな後ろ姿でしょんぼりとうなだれていた。
波紋は未だ広がっている。
(迷走波紋/了)
次へ→【4-8】ひとりぼっちの双子
先週と比べて空気はいくぶんかひんやりしていたが太陽は金色の輝きを惜しみなく地上へと注ぎ、ほんの少し、うっすらと綿をはいたような青い空が広がっている。
カルヴィン・ランドール・Jrは、くたくたの木綿のチェックのシャツに履き古したジーンズと言ったラフな格好で公園を歩いていた。買い直したばかりのスニーカーはまだ足になじみきっていない。
先日の失恋旅行以来、たまにはスーツを脱いで気楽な格好でぶらつくのも悪くないなと思い、こうして実践してみた。
芝生の上には、日光浴を楽しむ男女や弁当を広げる家族連れがあちらこちらに点在している。
ボールを追いかけて走り回る子どもたち。木の枝でさえずる小鳥。灌木の花の間を飛び交うマルハナバチの羽音は眠たげに耳に響き、どこからかバーベキューのにおいが伝わってくる。
あれからもう一週間になるのか……。
ぼんやりと思いめぐらせていると、まず軽くて丸いものが足首に当たり、続いてどすん、と何か柔らかい生き物がぶつかってきた。
「おっと」
とっさに踏ん張って受けとめる。腕の中に小さな男の子の体がすっぽりと収まっていた。
あったかい。
一週間前に額に触れた小さな手の感触を思い出し、重ねてみる。
鳶色の髪に濃い茶色の瞳のこの子は、あの時の子より少し年下らしい。
ああ、それにしても、小さな子どもって体温が高いんだな……。
「失礼、Mr。痛くしなかったかな」
「大丈夫」
足元に転がっていたボールを拾い上げ、手渡した。
「ありがとう」
「一人で散歩かい?」
男の子はすっと右手を挙げて芝生の上の一角を指さした。
灰色の髪の男性と、短い鹿の子色の髪の女性が並んで腰を下ろしている。こちらに気づいたのか、立ち上がって近づいてきた。
「パパとママ」
アレックスだった。
(ああ、この子と彼女なんだ。あの夜、夢に出てきたのは……)
「これは……ランドールさま」
「やあ、アレックス」
奥方は再婚だったのだ。そして息子はアレックスを慕っている。もう、この三人は家族なんだな……。
「パパを知ってるの? Mr?」
アレックスJrがちょこんと首をかしげている。大人とは微妙に異なる、子どもならではの細やかな仕草で。見ていて自然と笑みがこぼれた。
「ああ、よく知っているよ。でも君のママとは初めて会うから、君から紹介して貰えると嬉しいね。私の名前はカルヴィン・ランドール・Jr」
「OK、Mr.ランドール。ぼくはディーン・オーウェン。ママはソフィア」
ディーンはランドールの手を握って両親の方に引っぱって行く。案内されるまま歩いて行き、母親の前に立った。
「ママ、こちらはMr.ランドール」
「はじめまして、Mr.ランドール。お会いできて光栄ですわ……先日は、素敵な薔薇をありがとうございました」
「お気に召して何よりです、Mrs.オーウェン」
「どうぞ、ソフィアとお呼びくださいな。主人をアレックスとお呼びなんですもの、私だけMrs.オーウェンじゃくすぐったいわ」
そう言って彼女はころころと笑うと芝生の上に広げたレジャーシートを指し示した。
「あの、よろしければランチをご一緒にいかがですか?」
赤いギンガムチェックのシートの上には、家族用のたっぷりしたサイズのピクニックバスケットが置かれている。
「シルクの薔薇のお礼もしたかったし、せっかくお会いできたんですもの」
「しかしせっかくの家族水入らずなのに」
「どうぞ、ランドールさま」
「……それじゃあ……ありがたく」
こうして芝生の上でアレックス一家とランドール社長の会食が始まった。
バスケットの中からは、たくさんの皿と、タッパーに入ったポテトサラダ、サンドイッチ、そしてピザが魔法のように現れた。
「もしかして、このピザはハンドメイドかい?」
ディーンがこくこくとうなずく。
「パパがね、作った。ぶんっとなげて、回した!」
両手をぶんぶんと振り回して一生懸命解説してくれる。
「そうか、さすがアレックスだ、すごいな」
「おそれ入ります」
「味つけしたのは、ママ。ぼくもちょっとだけ手伝った」
「そうかすごいね」
「エビ、のせた。コーンも!」
「そうか、このエビは君がのせたのか」
「うん!」
「それじゃ、心して味わわなきゃいけないね……いただきます」
一口かじる。ぱりっと焼けたピザ生地の上でぷちりと新鮮なエビが弾けた。トマトにバジルに、塩、胡椒、そしてチーズ。慣れ親しんだピザの味の他にもう一品、何か入っている。
それは本来、この料理に入れるものではないような気がした。しかし、生地ともエビとも相性は抜群だ。
どこかで自分はこの味を口にしている。そう、確かに……。
「もしかして……オイスターソースが入っているのかな」
ソフィアは大喜びしてぱちぱちと手を叩いた。
「すごい、おわかりになるんですね!」
心底うれしそうだ。隠し味を看破されて悔しがるどころか、むしろわかってくれたと喜んでいる。
ああ、かなわないな……。
素直にそう思った。
「さすがアレックスの選んだ女性だ、素晴らしい人だね」
有能執事はぱちぱちとまばたきすると、ほんのりと頬をそめ、はにかんだ笑みを浮かべた。
「……おそれいります、ランドールさま」
「アレックス、君…今、とても良い顔をしている。幸福なんだね」
「はい」
父と、母と、自分と。
家族を愛し、愛されることはとても幸せで、自然なことで……自分は何の疑問も持たずその温かさに包まれて生きてきた。
アレックスと、ソフィアと、ディーン。
自ら得た家族を愛することも、やっぱりとても幸福なことなのだ。
妻と息子とめぐり合い、一緒に住んで、こうして家族になることのできたアレックスは、とても幸せな人なのだと思った。
とてもうれしい。
ほろほろと胸の奥の一番深い場所から温かな何かがあふれ出す。わき水のようにこぽこぽと、あとからあとからとめどなく。
ああ。
彼に恋することができて良かった。
恋しい人の幸せを確かめることができて良かった。
「Mr.ランドール。どうしたの? どこかいたいの?」
ディーンがナプキンを手にのびあがり、おぼつかない手つきでランドールの目もとを拭う。
「大丈夫……だよ、ディーン。大丈夫だから……どこも痛くはないから」
ディーンは首をかしげてしばらく何やら考え込んでいたが、やがてランドールの手にしたかじりかけのピザを見て納得したようにこくっとうなずいた。
「粒ペッパー、かんだ? からいから、気をつけて」
「ああ、そうだね……ちょっと、つーんと来た」
「こっちのピーナッツバターとジェリーのサンドイッチなら、からくないよ」
「そうか……ありがとう、ディーン」
「お水いかがですか?」
「いただきます」
んくんくと赤いプラスチックのマグを両手でかかえて水を飲む若社長の姿を見守りながら、ソフィアは思っていた。
この青い目のハンサムさんとは、何だかとても趣味が合いそうな気がするわ。何故だかわからないけれど……ディフとは少し違うけれど、きっと、良いお友達になれそう。
「ピザをもうひときれいかがですか、ランドールさん」
「ありがとう。いただこう」
「アップルジュース、飲む?」
「ありがとう、ディーン」
十月の土曜日、昼下がり。時間がゆったりと流れて行く。
こうして、カルヴィン・ランドール・Jrの恋は終わった。
終わったけれど、それは決して悲しいだけでも苦いだけでもなく、むしろ清々しい後味を残してふんわりと、おだやかな金色の陽射しに溶けて行くような……
そんな、幸せな失恋だった。
※ ※ ※ ※
その頃。ローゼンベルク家のリビングでは、シエンがぽつんと座っていた。
膝に白い子猫を抱えて。
「……どうした、シエン」
「ヒウェル」
この頃は夕食だけではなく、週末にも時々ランチを一緒に食べることがある。もっとも、ヒウェルは大した用事が無くてもちょくちょく顔を出しに来ているのだけれど。
理由はわかっている。
オティアに会いたいんだ。
「……珍しい組み合せだな。どうした」
「……今、誰とも会いたくないみたいだから」
「お前とも?」
「……ん」
「お前ともか……」
ヒウェルは手を伸ばすと白い子猫を撫でた。オーレは小さくのどを鳴らしてヒウェルの手に顔をすり寄せる。
アレックスの結婚式から帰って来た時、オティアはすごく沈み込んでいた。自分で決めたことだけど、やっぱり行けないのがショックだったんだ。
あれから一週間、家に居る時はほとんど書庫に閉じこもっている。自分も、オーレさえも中に入れず、本当に一人っきりで。
本を読んでるのならまだいい。クッションや毛布を持ち込んでる所を見ると、きっと眠っているんだ。床にうずくまって、胎児のように体を丸めて。
何も見ず、何も聞かず、何も考えずに、ただ一人で。
食事と勉強の時間には何事もなかったように出てくるけれど……。
シエンは小さくため息をついた。
何だか一緒の部屋に居るのがいたたまれなくて、その度にこうして本宅の方に来ている。
(俺……こっちの部屋で寝ようかな……)
「シエン」
「ん?」
ヒウェルはそっと手を伸ばし、ややくすんだ金色の髪を撫でた。
その時。
オーレがピン、と耳を立て、床に飛び降りた。
「みゃっ!」
尻尾をたかだかと垂直に掲げてたーっと走っていく。双子の部屋との境目のドアを目指して。しかし彼女が行き着く前にドアがぱたんと閉まった。
「み…………」
はっとしてヒウェルが振り向くと、閉ざされたドアの前でオーレが世にも切なげな後ろ姿でしょんぼりとうなだれていた。
波紋は未だ広がっている。
(迷走波紋/了)
次へ→【4-8】ひとりぼっちの双子