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ローゼンベルク家の食卓

【4-14-11】バイキング警報発動す

2009/11/22 2:47 四話十海
 
 木曜日の朝。
 目を開けた瞬間、頭の中がすっきりと冴え渡る。
 カーテンを開け放ち、日の光をいっぱいに浴びた。ほんの少しだるさが残るものの、これぐらいなら気力でカバーできるレベルだ。
 ざっとシャワーを浴びて、着替えてキッチンに向かう途中でシエンとぱったり出くわした。寝室まで様子を見に来ようとしていたらしい。

「……おはよう」
「おはよう!」

 キッチンに行くと、オティアが既に朝飯の支度をはじめていた。リンゴとニンジン、皮をむいたオレンジをいつもの割合でジューサーに放り込み、スイッチを入れる。
 足下ではオーレがしたり顔でしっぽをひゅんひゅん振っていた。お手伝いの気分を味わっているらしい。こっちを見て、ピンク色の口をかぱっと開けた。

「にゃー」
「おはよう」
「……おはよう」

 卵を焼きながら何気なく尋ねてみる。深夜に目撃した疑問を。何故、皿が一枚多かったのか。
 
「ああ、エリック来てたから」

 あっさりと謎は解けた。

「そうか、来てたのか………って……何で?」

 俺に何か用事でもあったのか? いや、だったら事前に電話してくるはずだ。着信記録はなかった。

「コーヒースタンドで会ったんだ」
「ユニオンスクエアの、スターバックス?」
「うん。ディフが寝込んでるから、買い物して帰るっていったら、荷物運び手伝ってくれるって」
「で、一緒に買い物に行ったのか」
「うん」
「ホールフード・マーケットへ」
「うん。お米とか牛乳とか、重たいものいっぱい買わなきゃいけなかったし」
「で、飯食ってったと」
「そう。お礼に食べてってもらった」
「なるほど……」

 筋は通っている。
 水曜日の買い出しはいつも車だ。この子が一人で重量級の荷物かついで坂道を登る羽目にならなかったことを、エリックに感謝すべきなんだろう。
 だが。
 最初の部分に引っ掛かりを感じる。

(コーヒースタンドで会ったって?)

 これは偶然か。あるいは……。

(いや、ハンス・エリック・スヴェンソンは科学者だ。奴に偶然、なんてあいまいな言葉は似合わない)

「ふーん……スタバでね……」
「よく来るって言ってたけど、あのひと家近いのかな」
「………いや? 通勤路ではあるが」
「ふぅん? 途中下車してるのかな」
「多分な」
 
 考えてみたら、あいつのアパートのそばに、スタバ別に一軒あるじゃねえか! 下心見え見えだぞ、バイキング野郎め。

 食事が終わってからふと見ると、シエンが見慣れないちっぽけな機械をいじくっている。
 携帯……いや、あれは……iPodじゃないか。
 ヒウェルから借りたのか?(あいつMac派だしな)

 それとも……。

 サンフランシスコ市警ではMacintoshを使うことが多い。
 絶対的なユーザー数の違いから、Windowsに比べてハッキングされる危険性が若干、低くなるからだ。自然と署員にもMacを使う奴が多くなる。
 コンピューターを使う部署は特にそうだ。
 事務とか………鑑識とかな。

「どーしたんだ、それ」
「借りた」
「………誰に?」
「エリック。んー………なんか、使い方、よくわかんないな。気に入った曲だけ聴きたいんだけど」

 BINNGO。

「……あー…これは………すまん、俺もよくわからん」
「流しっぱなしにはできるんだけど……。いいや、今度、会ったときに聞こう

 待てこら、シエン、それは聞き捨てならないぞ!
 かちゃっとシンクの方で皿の触れ合う音がした。オティアだ。洗い物の手を止めて、こっちを見てる。
 ああ、気になるよな、俺も気になる。精いっぱい平静を装いつつ、話を続ける。

「会うって、どこで?」
「え、スタバ。別に約束してないんだけど」
「そう……か」

 多分、最初は警察への行き帰りの途中に立ち寄った程度だったんだろう。だが、非番の日までわざわざ行くか?
 まあスタバならな……コーヒー飲むぐらいだし……一応、現役の警察官だし……しかし、万が一ってこともある。

 ここで『親』がしゃしゃり出るのも気がひける。だが『兄弟』ならどうだ?

「………スタバなら、あいつのアパートのそばにもう一軒、あるんだけどな」

 それとなく口にする。
 オティアが聞いているのを、横目で確認しながら。

「ふーん、そうなんだ」

 気にする風もなくシエンは、平べったいリンゴマークのついた白い箱に見入ってる。
 その様子を見守りながら、オティアがきゅっと口を引き締めた。よし。伝えるべき相手にはきちんと届いた。

 ちりん、と鈴の音がした。

「にゃう!」

 オーレの声に、一時停止していた空気が動き出す。慌ただしく片づけを終えて、身支度を整えた双子を玄関から送り出した。

「いってらっしゃい。気をつけてな」

 ドアが閉まってから、左手首の時計を確かめる。まだ、ほんの少し余裕がある……そう、レオンにひと言、おはようと伝えるぐらいには。
 
 
(カルボナーラ/了)


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