▼ 【4-12-13】お届けものです
「うー……」
ごそごそと起き上がり、最初にはて、と首をかしげる。
俺、こんなシャツ持ってたっけ?
頭がはっきりするにつれてすぐに記憶と目の前の現実が一致した。そうだ、これ昨日もらったんだよな。日本からの土産。真ん中に書かれた日本語は、俺の頭文字なんだとかなんとか。
時計を見ると午前11時。パーティーの翌日にしては珍しく、昼前に目が覚めたらしい。
もっとも昨夜はもっぱら作るか注ぐばかりで、自分ではほとんど酒を口にしていない。なかなか起きられなかったのは、日頃の不規則な生活リズムを引きずっているのと、妙に気づかれしたせいだ。
まったく、あの魔女ときたら、人を顎でこき使いやがって! Mr.ランドールのキス一つでさっくり大人しくなったのを見た瞬間は、寸での所でひざまずいて祈るとこだったぜ。
まあいいさ、夕方の便でヨーコは国に帰る。
しばらく面ぁ会わせることもないだろう。(って八月の結婚式の後も思ったんだよなあ……)
一風呂浴びて、酒の臭いやその他もろもろの汚れ疲れを洗い落として。サッパリしたところで携帯が鳴った。
「……ディフ?」
「よう、起きてたか」
「ん、まあな。どうした、そんなに俺の声聞きたくなったのか?」
「……ひょっとしておまえ、アホだろ」
「しみじみ言うなよ、何か悲しくなってくる……」
「すまん。実は頼みたいことがあるんだ。上に来てもらえるか?」
「ああ、いいけど」
「昨日、サリーから届け物を頼まれたんだけどな。今日、部屋を……いや、家を出られそうにないんだ。代わりに届けてくれないか?」
「どこに?」
「EEEの店だ。届け物はキッチンカウンターの上に置いてある」
「中味は?」
「スティックケーキ。グリーンティーの」
「ああ、昨日食ったあれか」
「そう、あれだ」
部屋から出られない理由は敢えて聞かない事にしておこう。昨日はレオンの誕生日、その辺を追求するのは野暮ってもんだろ。
6階に上がり、呼び鈴を鳴らす。ドアが開くなり、目の高さより少し下で白い子猫がにゃーっと鳴いた。
「へ?」
オティアだ。肩には相変わらずオーレが陣取っている。
黙ってくいっと顎をしゃくった。入れってことらしい。
「へいへい、おじゃましまーす」
何となくそわそわしながらキッチンに向かう。
シエンの姿は無かった。
思わずほっとした自分に自己嫌悪。
……だめだ、俺。
『私は君に、嘘は言わないよ』
『優しい嘘なんか、ついてあげない』
(畜生)
(あんたがうらやましいよ、Mr.ランドール)
(せめてあんたの半分でいい、潔くできたなら)
ぶるっと頭をゆすってネガティブな思考を振り払う。勢いつけすぎて眼鏡がずれて、こそっとかけ直した。
カウンターの上の紙袋……これだな。念のため中を確認する。パラフィン紙に包まれた緑のスティックケーキが入っていた。
うん、間違いない。
抱えてリビングに戻ると、オティアが立っていた。相変わらず白い生きた襟巻きを肩に乗せて。
「どうした? ん?」
「……これ」
ずい、とさし出されたのは白い封筒。きちっとした字で宛名が書いてある。
『Mr.エドワード・エヴェン・エドワーズ&Ms.エリザベス・エドワーズへ』
ああ……そう言うことか!
「OK。お任せあれ」
うやうやしく受け取った。
「一命にかけましても、必ずやお届けいたしましょう」
「阿呆か」
「本気だよ。お前の頼みだからな。オーレのあれも忘れず入れとくよ」
「……」
「じゃ、行ってくる」
「ん」
ドアを出てから、こっそり封筒にキスをする。オティアの目の前でやらかすのは自制したんだ。これぐらい役得ってもんだろ、役得!
途中で自分の部屋に寄って、オーレの写真を封筒に入れてから改めて封をした。さて、ホリデイ・シーズンど真ん中だけど開いてるかな、エドワーズ古書店。
※ ※ ※ ※
コロン、コロロン……
年代物のドアベルが穏やかな音色を響かせる。
「やあ、Mr.エドワーズ」
「いらっしゃい、Mr.メイリール」
クリスマスの翌日だってのにエドワーズ古書店は開いていた。
毎年そうなんだよな、ここ。先代の店主の時代からずっとそうだった。むしろ閉まってるのを見た覚えがない。
「……あれ、どうしたんです、その怪我」
「ああ、これですか」
濃いめの金髪にライムグリーンの瞳、皺ひとつないシャツと黒いベスト、ダークグレイのズボンを着こなした英国紳士は、頬を斜めに走る絆創膏に手を触れた。
「ちょっと、昔を思い出しまして」
「はあ」
「強盗と格闘などを」
「ええっ、この店に強盗がーっ?」
「いえ、近所の教会に」
「あー、あー、あー、あれですか、ニュースでやってた! それじゃ強盗を撃退した元警察官って」
「ただもみ合ってるうちに向こうが逃げただけですよ」
「は、はは、そうなんだ……」
刃物持って押し入った強盗が逃げたくなるよーなことしたんだ、この人は……。
「それで、今日は何をお探しですか?」
「うん、実は俺、今日は配達人なんです」
「はい?」
穏やかな笑みを浮かべたまま怪訝そうに首をかしげている。カウンターにひょいっと白いしなやかな猫が飛び上がり、先端に薄茶の混じった長いしっぽを優雅にくねらせた。
「Hi,リズ。本日もご機嫌うるわしゅう」
「み」
「えーっと……失礼ですが、何か配達のアルバイトでも始められたので?」
「んー、幸いまだそこまで食いっぱぐれちゃいないよ。言うなれば無料奉仕、ボランティアだね、まずはこいつ」
とさ、と紙袋をカウンターに載せた。
「サリーから、あなたへ、スティックケーキ一袋」
「え………わ、私にっ?」
お、お、お。今、声が裏返ったぞMr.エドワーズ! うーわー、頬染めちゃって……そんなにケーキが好きなのか、それとも気になるのはケーキを焼いた本人か?
人の好みをどうこう言うつもりはないが、いい度胸だMr.エドワーズ。そりゃ確かにサリーはほんわか穏やかな気性で付き合いやすい奴だが、あの女の従弟なんだぞ。
同じ遺伝子持ってるんだぞ!
ああ、でも、そもそも俺の「ヨーコ怖い」ってほとんどの人に理解されないんだよなあ……。
気を取り直して、行くぞ。
まだ大事な任務が残っている。
うやうやしく胸ポケットから封筒を取り出した。
「こちらはMr.エドワーズならびにレディ・エリザベスに……Mr.オティア・セーブルとプリンセス・オーレから」
なにげに猫のが格が上だが、気にするような奴はこの場にいやしない。
「ありがとうございます」
Mr.エドワーズは厳かに封筒を両手で受け取り、カウンターからレターオープナーを取ると慣れた手つきですっと封を開けた。
「おお、これは……」
ツリーに興味津々のオーレの写真を見て、古書店の主は顔全体を笑み崩した。にゅっとリズが鼻を寄せてのぞきこむ。
「すっかり大きくなって。幸せそうだ」
「ああ、美人さんになったよ。探偵事務所にも出勤してる」
「事務所にも?」
「うん。毎日、オティアと一緒に通ってる」
「そうですか……あの小さなモニークが……失礼、今はオーレでしたね」
「あの子が来てから、オティアはずいぶん……落ちついた。彼女は救いの天使だよ」
ごろごろとのどを鳴らしてリズがカードに顔をすり寄せる。
折り畳まれたカードがぱたりと開き、中に書かれた文字があらわれる。
それは、以前俺が見たオティアの字とは少しばかり違っていた。もちろん筆跡は変わらない。同じ人間が書いてるんだから当然だ。
だけどその文字は、落ちついた安定した手で書かれていた。涙がにじんでもいないし、ペン先が潰れるほど力任せに叩き付けられてもいない。
歪んでもいないし、書き殴られてもいない。
何よりも嬉しいのは、そこにつづられていたのが壮絶な記憶の吐露ではなく……
心からの祝福の言葉だったってことだ。
何て書けばいいのか迷ってる間にクリスマスは過ぎてしまった。だから一文書き加えたのだろう。
『メリー・クリスマス&ハッピー・ニューイヤー』
(ホリデイ・シーズン2/了)
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