▼ 【4-12-11】★★★誕生日の贈り物
宴の後は、すがすがしい寂しさとちょっぴりの気だるさが残る。
招待客が帰り、本来、この家にいる人間が残った。なのに急にがらんとしたように感じられる。
「おつかれさま」
「……そっちこそ」
くしゃりと柔らかな明るい茶色の髪を撫でる。目を閉じて、すりよって……
「んっ」
手のひらにキスして来やがった。大胆だな、まだヨーコたちが帰ってから2分も経ってないんだぞ?
悪戯にも程が有る。ドアこそ閉めたが、下手すりゃまだ廊下にいるかもしれないタイミングでこんなこと仕掛けてくるなんて。
こっち見て笑ってやがる。わざとだな。絶対わざとだな?
「書斎にいるよ」
「ああ」
今しがたのキスなんか忘れたように涼しい顔をして、レオンはリビングを出て行った。
まだ仕事しようってのか? こんな日まで……まったく、お前は働き過ぎだ。
「さてっと、ざっと片付ける……か」
七面鳥のローストは、ヒウェルに押し付けてもまだだいぶ肉が残っている。明日はこれでシチューにできるな。
春巻きに小エビのサラダにミートローフ。常温で置いとくとやばそうなものから優先して冷蔵庫にしまう。
サリーから預かったスティックケーキもキッチンへ。明日あたりEEEの店に持ってくか。
汚れたグラスと皿をざっとすすいで食器洗い機にセットしてスイッチを入れる。明日まで放っておいたら汚れがこびりついちまうからな。
ざっと片付けてリビングを見回す。まだまだ通常営業にはほど遠い状態だが、残りは明日やるとしよう。
動いた後で何となく甘いものが欲しくなった。サリーのスティックケーキを一本とって口に入れる。
グリーンティーのほろ苦さと、上に乗った甘く煮た豆が口の中で結びついて溶けて行く。
「ん……美味い」
灯りを消してリビングを出た。
歯、磨いておくか。
※ ※ ※ ※
寝室に入って行くと、かすかに水音と人の気配がした。
「レオン?」
浴室に通じるドアがほんの少し開いている。音の発生源はそこか。椅子の背にはさっきまであいつの着てた服がかかっている。まさか全部脱いでから風呂まで歩いてったのか?
いかん、つい想像してしまう。煌煌と灯りのついた部屋の中を一糸まとわぬ姿で歩いて行くレオンの後ろ姿を……。
あ、くそ、顔熱くなってきた。飲み過ぎたかな、いくら何でも。
椅子の背にかかったシャツやセーターを畳み、ズボンをハンガーにひっかけてほこりを払う。
珍しいこともあったもんだ、あいつまで床に座り込んで飲むなんて。
「っと……」
肝心なことを思い出す。浴室のタオルとボディーソープ、切らしてたんだった! まさか補給するまえにレオンが風呂に入るとは思わなかったもんだから。
うっかりしてたぞ。
洗濯室に飛んでって洗いたてのを抱えてとって返す。ついでに物置からボディーソープのボトルも。大急ぎで寝室に戻り、浴室のドアを開けた。
「……レオン」
「どうしたんだい?」
「タオルと……石けん。切れてたろ」
「ああ、そう言えばなかったね」
のん気すぎるぞ、お前!
どうやって風呂から上がるつもりだったんだ?
バスタブに近づき、タオルかけにばさりと白い大きな布をひっかける。
「そら、ここに置いて……」
ざばっと水のしたたる音がした。と思ったらいきなり背後から抱きすくめられた。
濡れた布と濡れた腕にすっぽり包み込まれて自由を奪われる。
illustrated by Kasuri
「おい、レオンっ」
何てこった、こいつ、シャワーカーテンごと抱きついてきやがった!
じっとりとお湯が染みてくる。寒くはないが、濡れた衣服が肌に張り付く。
「じっとして……」
「ぅ」
もとより動けるはずがない。奴の腕が体に巻き付き、もう片方の手のひらが、がっちりと顎を押さえている。
「素直に大人しくしてられるか! くそ、せめて服を脱がせろ、濡れる!」
「もう……濡れてる」
「このっ!」
じたばたもがいていると、耳にキスされた。
「あ」
静かに柔らかく湿った唇が耳たぶを挟み込む。
「あぁ……」
目がそらせない。水滴がしたたり、お湯の熱でほんのり上気したレオンの体から。何も、着ていない。風呂に入ってるんだから当然だ、だけど俺は違う!
今までこんなことは一度だってなかった。こいつがヌードで俺がきっちり服着たままなんて……
「は……あぁ……」
かすかにほほ笑む気配がした。
唇が滑って行く。
耳から頬へ。首筋へ。じりじりと熱が広がる。風呂場にいるせいか。蒸気で蒸されてるせいか、いつもより比べものにならないくらいに速やかに、体の隅々まで行き渡る。
「きれいだ……」
左の首筋。皮膚の薄くなった火傷跡の上に吸い付かれた。何本もの微細な刺激の糸が皮膚を貫き、浸食してくる。
「ん、んっ」
いけねえ、声が漏れちまった!
そんなに大きな声を出したつもりはない。だが浴室の中では声が響く。ああ、なんか焦れてるみたいで、いたたまれない。
それなのにまだ吸うのか、レオン!
「う、く、あぅ」
舌まで這わせてやがる……。
「ふ、うぅ」
かろうじて動く左手を口に当てる。出口を塞がれた声の音程が下がり……
余計に響いた。
「くぅう……」
これじゃ、逆効果だ。身をよじった瞬間。
「あ」
戒めがほどかれ、あっさりと解放された。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあ………」
レオンの奴は何事もなかったようにバスタブに戻り、すました顔で浸かってる。
今、自分のしたことなんか気にもかけてないってぇ表情だなおい。
「この……濡れたじゃねえかっ」
※ ※ ※ ※
息をはずませ、首筋を押さえてこっちをにらんでる。ああ、可愛いな。
指のすき間からきれいな薔薇色がのぞいている。瞳の中にペリドットの粉末を散りばめたような緑色がゆれている。いい具合に熱が入っているね……。
さて、どうするのかな?
勢いよく服を脱ぐ気配が伝わって来る。
一緒に入ってくるだろうか。それとも拗ねて出て行くか。
ざっかざっかと大股で出て行き、寝室に戻ってしまった。
ばたん、とドアが閉められる。
「そう来たか」
こまったな、どうにもくすくす笑いが止まらない。
ちらりと見えたディフの後ろ姿は、完全に裸になっていた。赤い髪、金色の翼、そして中央で護るライオン。かろうじてバスタブに引きずり込みたくなる衝動と戦った。
ここで焦ったら、全てが水の泡だ。ゆっくりと時間をかけて入浴の続きに専念するとしよう。
楽しみは後になるほど悦びが増す。
※ ※ ※ ※
風呂から上がり、寝室に戻ると部屋の照明が落とされていた。かろうじてベッドサイドのスタンドが一つだけ。
それも一番、弱い明るさで灯されている。
ベッドに横たわる人物は、首筋はおろか顔まですっぽりと布団をかぶって隠れていた。
枕の上に広がる、波打つ赤い髪をのぞいて。
「……ディフ」
返事はない。
ベッドに近づき、布団をめくってみた。
「…………」
小さなオレンジの灯りに照らされて、ほの白く裸身が浮かび上がる。
何も身につけてはいなかった。左手の薬指にはめた指輪と………左手首の赤と緑のリボン以外は。
つややかな光沢を帯びた細長い布。おそらく絹だ。どこかで見たような気がするが、今はそれどころじゃない。
「これは?」
「………誕生日のプレゼントだ」
ぶっきらぼうな言い方をして、目をそらす。照れてる時の君のお決まりの仕草だ。
「うれしいね」
「何……見てる」
「リボンだけでもかなり違うんだなあと思ってね。なまじ一糸まとわぬ姿でいるより、刺激的だ。どうして手首に?」
「首とか脚だと………なんかプレイメイトみたいで気恥ずかしいから……な」
手をとり、リボンに口づける。ああ、やっぱりこれは絹だな。
「なに……リボンになんか……………気に入ったのか?」
ゆっくりとバスローブを脱ぎ、ベッドに上がった。
「お前だって裸じゃないか」
「俺の裸なんか見慣れているだろう?」
「そう言う問題じゃない!」
ぷいと顔をそらすのを顎をとらえてのしかかり、唇を重ねた。
肌と肌が触れ合う。皮膚の表面、細胞の一つ一つに至るまでが互いに呼び合い、引きつけ合う。
舌が絡み合うのにいくらもかからなかった。
互いの口内にあふれる唾液がこぼれるのも構わず、夢中になって貪った。貪られた。
からめた腕で、指で、まさぐり合った。触れられる全ての場所に。
「きれいだな……」
「俺にとっては君の体の方が、よっぽどきれいだ」
外見の美しさなんて、俺にとっては何の意味も為さなかった。母からゆずり受けたこの容姿を、むしろ厭わしいとさえ思っていた。
だけど君が美しいと言ってくれたその時から、意味のあるものになったんだ。
「あれ、もう堅くなっているね? まだろくに触ってもいないのに」
「お前が……見るからだ」
「OK、それじゃこれから触るよ」
「いちいち声に出すなっ! あ、あ、あぁ」
初めてベッドを共にしたとき、ディフはほとんど声を出そうとしなかった。必死になって歯を食いしばってこらえていた。
しかし今は違う。触れられるたびに素直に声を挙げ、伝えてくれる。
(俺と君が育んできた全てを……奴らは無惨に引き裂き、食い荒らした)
(自分を責めないでくれ)
(お願いだから)
「ん、そこ、もっと……」
「ここかい?」
「あっ、い、いいっ」
「気持ちいい?」
「あ……う……ん……。気持ち……いい……」
ちろりと舌先を這わせると、喉をそらして可愛い声で鳴いた。
念入りに口で愛撫する。これから待ち受ける儀式を少しでも潤滑に行うために……。もっとも、ほとんどその必要も無かった。
既にキスする前から彼のペニスは堅く張りつめ、先端からとろとろと透明な蜜をあふれさせていたのだから。
「う、あぁう、レオンっ」
太ももに手をかけ、先端を口に含む。ぎっちりシーツを握り、体を強ばらせた。
「く」
「大丈夫だよ、ディフ。大丈夫だから」
「う、うん」
引き締まった腰をまたいでのしかかる。さりげなく後ろに手を回して入り口を広げ、すっかり蕩けた先端に押し当てて……
「は……あぁ……」
息を吐きながら腰を落とした。
「う……ぁ……えっ? レオンっっ?」
ぎょっとして半身を起こしてきた。予想外のタイミングで抉られ、全身が引きつった。
「あうっ」
「なんで……おまえ……あ…き……つっっ」
「……ごめん、ひさしぶり……だから……俺も、きつい……」
ゆっくりお湯につかりながら指で広げて、中にローションも塗り込めてきたはずだった。それでも、やはりきつい。
押し入って来る灼熱の塊が内蔵を圧迫する。のどもとまでせり上がってきそうだ。一方でアヌスは限界まで押し広げられ、わずかな動きにもぴりぴりと反応してしまう。
「君のが……大きすぎるんだ……」
「そんなこと言うなっ」
ああ、俺の中で小刻みに震えているじゃないか。君は恥じらってるのか? むしろ自慢げに誇示する男も多いと言うのに。
「もうすぐ……全部入るから……」
「う……んん……」
背中に腕が回され、支えられた。
押しのけようだなんて微塵も考えつかないんだね………つくづく可愛い人だ。
「言ったろう……君は俺の全てで………俺の全ては……君のものなんだよ」
「レオン……」
目の縁にうかぶ透き通った雫に口づけた。
※ ※ ※ ※
「あ……あったかい」
それは未知の感覚だった。女性との結合とはまるで違っていた。
最も強烈に締めつけられるのはむしろ入り口で、奥に行くにつれて弾力のある肉のひだが優しくまとわりつき、包まれるのを感じた。
(レオンに包み込まれてる……すごく……安心できる)
「も……少し……」
ずぶっと一気に奥まで飲み込まれた。
「あ、うぅっ」
「くぅ」
俺の上でレオンがわずかに眉をしかめる。
「…………レオン……すごく可愛いよ……おまえって最高にセクシーだ」
見下ろすとうっすらと微笑み、髪をなでてきた。
illustrated by Kasuri
「どうやって……すればいいんだ? 男相手に入れるの……初めてだから………わからない」
「心のおもむくままに……というか、そうだな……。普段、俺がしてるようにすれば、いい、かな」
そう言ってレオンは俺の手をとり、キスしてきた。
「うあっ」
悶える動きがそのまま彼を突き上げてしまう。それだけで、俺を包み込む熱い壁がびくりと蠢いた。
「……そういう顔も……いいね」
「何……見て……ぅうっ」
睨んだつもりでも、目もとににじむ涙は隠せない。動くたびに盛り上がってゆく。
「はっ、はっ、はっ、はぁっ、う、んっ」
導かれるまま、小刻みに早いペースで突きあげた。鞭のようにしなる汗ばんだ背に腕を回して。
支えているのか、すがりついているのか。
彼を突き上げているのか、それとも絶え間なく襲って来る未知の快楽に悶えているのか。自分でもわからない、区別がつかない。
「ぁ……っ、ぁ、ディフ……まっ」
「ぁ、あ、あ、レオン、かわいいよ……おまえの声聞いてるだけで……んっ、たまらないっ」
揺さぶるたびに漏れるレオンの声が。息が、次第に乱れてきた。
「おまえの中……ぬるぬるしてて、すげえ気持ちいい……体が勝手に動いちまうっ」
「あ、う、ディフっ」
「きれいだな……そんな表情もするんだな、おまえって……」
すぐ目の前で、肉色の真珠が尖り、ゆれている。たまらず顔をすり寄せ、吸い付いた。
「う、んんっ」
しなやかに包み込んでいた肉の抱擁が、一転して強烈な締め付けに変わる。
「あ、だめだ、レオン、そんなにされたらっ、あ、もう、がまん、できなっ」
「いいんだ……君のしたいように、すればいい」
今度ははっきりと意図的に締め上げてきた。しかも、自分から腰をくねらせている。
根元から絞り上げられ、そのまま容赦なくしごかれた。
「あ、う、あう、レオン、レオンっ」
もう、我慢できない。限界だ!
しなやかな腰を抱え込んだまま、夢中になってレオンを押し倒した。深々と彼を貫いたまま。
「んっ、ディフっ」
そのままのしかかり、本能の求めるまま動いた。荒い息を吐き、獣みたいに腰をゆすり、打ち付ける。背中を反らして貫いた。突き上げた。
にじみ出す汗がこぼれ落ち、レオンの肌に滴り濡らす。枕元の小さな灯りを反射してきらきらと光った。
ああ、何てきれいなんだ。
「レオン……レオン……レオンっ」
三度まで果てたのは覚えてる。だけどその先は覚えていない。
ただ彼の中に深く包み込まれ、抱きしめられて。そこから出ることなくひたすら貪った。
※ ※ ※ ※
「んっ」
深々と押し入った彼がびくりと震えた。どくどくと脈動し、熱い奔流が迸る。既に俺の中は最初に塗り込めたローションよりも彼の放った精でいっぱいだ。
おかげでだいぶ滑りがよくなった。
これで……何度目だろう? 三回めから先はよく覚えていない。
ほんの二日前、悪夢に怯えて震えていた君を今夜無理に抱くことはできなかった。だからと言ってベッドを共にすることを諦めたくはない。考えた末の決断だ。
まったく君ときたら最初は俺を気遣うばかりでろくに動こうとしなかった。
他の女性たちを抱いた時も同じ様にしていたのだろうか?
これではだめだ。物足りない。体を張った意味がない
彼女たちと同じじゃいけない。がまんできないんだよ、ディフ。
だから煽った。駆り立てた。本来、彼の中に潜む荒々しい本能を呼び覚ました。
結果として、予想をはるかに上回る猛々しい獣を相手にする羽目になってしまったが……。
「は……あ……レオ……ン……」
ああ、それにしてもいい顔をしてるね、ディフ……実に気持ち良さそうだ。俺に抱かれる時とはまた違う。けれどやはり君は君だ。
可愛くて、たまらない。
「う、んっ」
「ん」
繋がりあったまま、唇を重ねて舌を絡める。
言葉になる前の『愛してる』が互いの口の中で蕩けて混ざり合う。
これで全てが解決するとは思えないけれど、せめて今は君の心を曇らせる憂い事を忘れて……俺に溺れてくれ。
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