少年♂赤ずきん

外伝2「赤いずきんと黒い蜘蛛」

kumo「おやまあ勿体無い。」

「何が?」

俺、月代 桜架がその子に初めて会ったのは、地獄のTV番組の控え室だった。

事の発端は、時折うちに仕事ついでに茶を飲みに来る片方がご機嫌斜めで、もう片方が至極ご機嫌な事だったかしら。
まあ、そもそもこの二人は、どっちかがご機嫌ならもう片方はご機嫌斜めなことが大半なのだけれど……。
今回はちっちゃいジャックオーランタンに手足をつけたような「南瓜屋」ことかぼちゃんがご機嫌斜めで、
ちょっとパニクると骸骨の本性が見える美中年「骨屋」こと骨ちゃんがご機嫌だった。ちなみにどっちも人間でなく地獄の悪魔である。
何か良い事でもあったかしら?と話の水を向けると、それはもう骨ちゃんは上機嫌に話しはじめたわ。

「そりゃあもう!罪過の子羊に加えて、ついでで手に入れたR級がSR級まで飛び上がってくれたんで大収穫ですよぉ!今度の放送枠で早速出ていただく予定なんです!」

ねぇロビン?と燕尾服の男が和室の畳の上で自分の隣に座る藍色の綺麗な髪をした美少年を愛でながら話してくれるけど、端から見たらちょっとシュールかも?
勝ち誇った笑みを向けられた南瓜ちゃんがハンカチを噛み締めながらポンッと消える。なるほど、取り合いに負けちゃったってとこかしら……。
確か、罪過の子羊って悪魔にとっては極上の、物凄く珍しい魂……だったかしら?灰色の屑でなく、無垢の白と業の黒をきっちり併せ持ってるとか、なんとか。
ちょっと考え事してたら、骨ちゃんの紳士フェイスがグッと近寄ってたわ。

「どうです?桜架さんもこれを機に南瓜なんかほっぽって私と専属契約を……ぎゃっ!」

と、うちで飼っている猫のぬーちゃんを抱えていた藍色髪の美少年ロビン君に書類を用意させながら詰め寄る骨ちゃんの額を、軽くコンッと煙管で小突く。
純銀でないとは言え、銀混じりの金属製の先端はちょっとは痛いみたいね、覚えておきましょ。それとも単に煙草が熱かったのかしら。
煙草がチリチリと燃える煙管を吸い……ゆっくりと吐き出す。

「んもう、欲張らないの。まあでも、新しく入った子は気になるわねぇ……骨ちゃん、当日俺も見に行っても良い?」

「おや、構いませんが……どういう風の吹き回しです?何時もなら後で番組見るだけで十分だと言うでしょうに。」

「ん~……まあ、なんとなくよ、なんとなく……ね?」

「貴方の『なんとなく』は怖いですねぇ……。」

ゆるりと笑い合う骨ちゃんと俺……ちょっとだけピリッとした空気はお遊び程度にして、彼は収録当日の見学許可をちゃんと出してくれたわ。

で、まあ当日に局についたけど、収録まで時間あるし、俺が決まって使ってる控え室で時間でも潰そうかってドアを開けてみたのがちょうど今……
目の前には、綺麗に畳まれた赤頭巾をゴミ箱に放り投げようと振りかぶった可愛らしい子が居たってわけ。……そういえば、ネームプレート確認してなかったわ。

「……何が勿体無いの?」

「その頭巾よ、せっかく良い素材と色してるのに、勿体無いなぁ…って。」

一寸の躊躇も啼く放り投げようとしていた赤頭巾を、俺の言葉でタイミングを失ったのかどこか不服そうに眺める少女のような少年。

「だって、これ古臭くてダサいじゃん。」

「……あ~……そうね。」

と、広げて見せてくれたのは、確かに……絵本で出てくるような典型的な赤頭巾、良く言えばクラシック、悪く言えば地味だったわ。
この趣味は骨ちゃんね。ってことは、やっぱり彼が件の「罪過の仔羊」ちゃんなのだろう。もう一人居ると聞いたのだけど、別の部屋かしら…。
どっちにしろ、今の問題はかわいそうに今まさに捨てられようとしているフードちゃんね。

「まあ、骨ちゃんってクラシカルなのが好きだからねぇ。」

「……骨の事知ってるの?」

「そりゃあまあ……俺もこの控室時々使ってるからね。」

俺の肩に乗っていたぬーちゃんを両手に持ち、ちょっと持ってて?と彼の両手にぬーちゃんを預ける。
突拍子の無さにキョトンとしている彼の手から、そっと赤ずきんを抜き取った。彼はぴゃあぴゃあ鳴いているうちのぬーちゃんにちょっと戸惑ってるみたい。

「ん~……確かに、これはちょっとクラシカルよねぇ。今時の子向けじゃないし、貴方が着るにはちょっと趣向が違うかしら。」

「でしょ?ハロウィンの仮装じゃないんだから、もっとオシャレじゃないと。……色は良いのに。」

彼と赤ずきんを見比べての俺の言葉に同意する彼の瞳や雰囲気が、『なんとなく』……己に彼の持つ雰囲気を伝えてくれる。
その『なんとなく』に従うなら、この頭巾じゃ駄目だ。クラシカルに可愛いだけの赤い頭巾じゃ、この子はきっと満足できない。現に今不満タラタラだし?
陳腐に言うなれば薔薇のように……艶やかに紅く、しかし拒むように、切り裂くように硬く鋭く……そしてそれを隠すように可愛らしく仕上げないと。
頭の中でイメージを固めて袖にしまった扇子を抜いてトン、と頭巾を突付くと……地獄の素材で出来たそれを内包する魔力ごと『解く』。
赤い糸に解けてふわふわっと部屋の宙に浮いて漂うそれらを、猫を抱き上げていたあの子は視線で追いかけ、どこかうっとりと見つめた。
その瞳を見てあぁ、成程……と納得しちゃったわ。垣間見えるだけでも分かるくらいいっそ純粋な程の「赤」に対する執着と狂喜。
……うん、こりゃ骨ちゃんやかぼちゃんが気に入るわけね。

「ねぇ……こんなのは如何?」

扇を開いてフッと一扇ぎ、ただよう赤い糸が一瞬で編み直され、可愛らしい彼の体を包み込む。
真っ赤なフードつきケープと短めのオーバースカートにはそれぞれ色味の異なる赤の刺繍が体の動きと光の変化に合わせて浮かび上がる。
前立てにフリルをたっぷりあしらった黒いブラウスを締めるのは、ハードな革のコルセット。
前面は複数のベルトとバックルで固く留めてしまうのがきっと薔薇の刺みたいでこの子には合うかしら。
スカートはブラウスと同色で、ふわりと広がる形はさながら漆黒の薔薇。ケープともども裾丈は太股の上半分を覆う程度に留めないと動き難いわよね。
それから足にはロングブーツ。コルセットとそろいのデザインで、もちろんバックルとベルトで固めるのは忘れずに。
あとはちょっぴりサプライズ、血が一滴でも触れたら服の黒が全部白に変わるように魔力を編みこんでしまう。
紅く染まっていくのを堪能するなら黒より白よね、やっぱり……でも、元から白じゃこの子には合わないわ。
狂気の黒に垣間見える無垢な白……それがすぐに血で真っ赤に染まる……うん、素敵ね。

「うわっ……へぇ、これ良いな。骨のより全然素敵!凄いねオネェさん!ひょっとして魔法使い?」

お気に召してもらえたようで何よりね、くるりと自分を見回すのに手放されたぬーちゃんがタタッと俺の肩まで戻ってくる。

「ふふ、どうかしら。……っと、そろそろ収録時間じゃない?初めてなら、無理しちゃ駄目よ?」

「だいじょーぶ、僕はプロだからね! オネェさんありがと!」

「どういたしまして。俺は観客席に居るけど、縁があったらまた会いましょう?」

じゃあねと手を触り合えば、上機嫌になった赤ずきんちゃんが控室をひらりとスカートや頭巾を翻して出て行く。
俺もお節介が上手く行って割とご機嫌、肩に乗ったぬーちゃんの顎をごろごろと撫でると、上機嫌にパサリと背中に生えている羽を広げた。

「ふふ、あの子の番組なら見応えありそう。……楽しみね、ぬーちゃん?」

「ぴゃあ!」

そうして、俺もゆっくりスタジオに向かって観客席に座る。
周りの席に人なんて居やしない、角や尖った耳、あるいは骨だけなんてのも居る。皆悪魔よ、地獄の悪魔。
そう、ここは地獄の悪魔に放送するためのテレビ局、契約した人間に地獄の最低限の法すら犯した悪魔を狩らせるエンターテイメント。
視界の骨ちゃんが今、幕を引き上げた。スタジオモニターの向こう側、赤い血を浴びて赤頭巾ちゃんが華麗に死の舞踏を舞い踊る。
思った通り、見応えあったわ。この先、どんな役者になるか楽しみ……また会えるかしら?

なんて思っていた赤頭巾ちゃんとその旦那さんが、偶然俺のお隣に越してくるのは……もうちょっと先の話だから、知りたい子は良い子で待っててね?

 

(Fin)

 

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