▼ 【side16-2】大事なのは演出
2011/12/21 0:29 【番外】
一時間後。
キッチンには小麦粉と卵とバター、そして砂糖の焼ける何とも魅惑的な香りが漂っていた。
食卓の上には、黄色いもこもこのケーキが並んでいる。
フタをした鉄鍋で焼いたもの。定石通りにオーブンで焼いたもの。
蒸し器で蒸したのは、シエンが得意とする中華風の蒸しケーキの要領で作った。
表面に数字が刻印されているのは、炊飯器で焼いたもの。内がまから外したら、目盛りの形が残っていたのだ。
さらに、真ん中に穴の開いた丸い『普通の』シフォンケーキも混じっている。
「勢いでこんなのまで焼いたんだ……ってか、型、あったんだ」
「どうだろう。食感的にはかなりイメージに近いと思うんだ」
「確かに、ふわんふわんだよね」
「美味いけど……ちょっと甘さ控えすぎじゃないか?」
「オティアは気に入ってるみたいだけど」
確かにオティアは一口試食して、その後もくもくと一切れ全部食べ切っている。
ふわんふわんのシフォンケーキをぱくりと口に入れ、サリーはあ、と小さく声を立てた。
「これ、何だか懐かしい味がするなぁ」
「ああ、隠し味にソイソースを入れた」
「シフォンケーキに……ソイソース入れたのっ!?」
びっくり仰天。丸いフレームの中で、濃い褐色の目が真ん丸になる。
「その発想はなかったなぁ……」
一方でテリーとヒウェルの評価は厳しい。
「菓子って言うより料理っぽいよな」
「うん、何つーかパンの味だ」
二人して顔を見合わせ、異口同音に一言。
「これは、ディーンの求める『あのパンケーキ』とは、ちがう」
「そっか……」
ダメ出しをくらってしょんぼりうなだれるディフの肩に、さりげなくレオンが手を回す。
「今回は、小さい子用のメニューだから、ね」
「うん」
炊飯器で焼いたケーキを口にするなり、シエンが「わあ」と目を丸くした。
「ほんとだ、材料の配合は同じなのに、もっちもっちしてる。不思議だなあ……」
「しっとりしてるな。蒸したのとも、焼いたのともちがう」
「不思議な食感だよね」
「形は一番、アレに近いかな?」
絵本の絵と見比べながら、真剣に試食が行われる中、ぽつりとヒウェルが口を開いた。
「確かにこれもそれも美味いけどさ。なーんかちがうんだよな?」
ってなことをフォークに刺した特大の一切れを、もっしょもっしょかじりながら言ってるのだから、説得力の無いこと甚だしい。
「ディーンが食べたいのは『ぐりとどら』のコレだろ?」
その場に流れる無言の圧力を物ともせず、へたれ眼鏡はぺしぺしと絵本のページを叩いて力説した。
「相手は大人じゃないんだ。4歳の子供なんだ。こーゆーのは演出が肝心なんだよ!」
ぱらぱらと最初から、順を追って絵本のページをめくって行く。
「こう、森の中で、でっかい卵見つけて。鍋もってきて、かまどで焼く! キッチンじゃなくて森の中で作る。そこが、大事なんだ」
『おお』
声にこそ出さないものの、一同、納得してうなずいた。ただし、二重の意味で。
「もっともだ」
「さすが、子供目線!」
「つまり、4歳児と同レベルってことだね」
「うるへーっ」
ともあれ。演出が大事なのは一理ある。
「よし、木の多い公園を探そう」
「野外で火を炊いて、料理のできる所だね」
「けっこう、ある」
いつの間に準備していたのだろう?
食卓の片隅で、オティアがノートパソコンを開いていた。
「仕事が速ぇな、さすが有能探偵助手」
ヒウェルの賛辞をさらりと受け流し、画面上にリストを表示する。
「候補を絞ってみた」
「スルーかよ」
「ここならどうだ? ロケーションも良さげだし、何よりマンションからも近い」
「よし、じゃあ俺とサリーで下見してくる」
「助かるよ」
「帰るついでだしな! 携帯で写真撮って送るよ」
「頼んだ」
「んで。決行日はいつにする?」
静かに、だが有無を言わせぬ口調できっぱりとレオンが答える。
「6月23日がいいね」
「土曜日?」
「ああ。土曜日だ」
穏やかな笑顔が全てを語っていた。
日曜日はディフとゆっくり過ごしたい。予定を入れるなんて論外。持っての他。あり得ない。絶対却下だ、と。
「はい、はい、決まり、はい決まり!」
ヒウェルが無駄に爽かな口調で締めくくり、ぱん、ぱんっと手を叩いた。
「それじゃ決行は6月23日ってことで!」
次へ→【side16-3】森の中、大きな卵