ローゼンベルク家の食卓

ハッピーハロウィンin文化祭

2008/11/10 0:31 短編十海
  • 拍手お礼用短編に一部加筆したものです。
  • ハロウィンと文化祭、初掲載時は十月の終わりだったので季節ネタです。。
  • ヨーコ先生と教え子二人、再び参上
 
 文化祭を二日後に控えたある日の午後。
 戸有高校の社会科教務室でくつろいでいた結城羊子は教え子二人の訪問を受けた。

「あ、いたいた、よーこ先生」
「おう、風見にロイか。どうした?」
「何してたんですか?」
「うん、よその学校の部誌なんだけどな。知り合いの先生が送ってくれた。けっこう面白いぞ」
「へえ、『十六夜伝奇行』か……」
「地元の古い言い伝えや伝説を集めたものなんだ。作りも凝ってる。読むか?」
「日本の民間伝承ですか! とっても興味あります。ぜひ読ませてくださいっ」
「いいよ、2冊あるから。ちょっと難しい表現もあるけどな」
「問題ないです」

 にまっと笑うと、ロイは風見光一の肩に手をかけた。

「コウイチに教えてもらいます!」
「うん、いいよ?」
「そーかそーか、よかったなー」

 幸せそうな教え子を見守りつつ、羊子はうんうんとうなずいた。

「あ、でも俺、英語苦手だからな……そうだ、サクヤさんにメールして」
「No! ボクはコウイチに教えてほしいんだ」
「……そっか。がんばるよ」

 アメリカからの留学生にして風見光一の幼なじみロイは秘かに、サリーことサクヤを警戒していた。久しぶりに再会した幼なじみのコウイチが、見知らぬ青年をセンパイとして慕っていたからだ。

(たとえセンパイと言えども、ボクのコウイチには指一本触らせない!)

「それで。何か、用か? 大荷物抱えて……」
「ああ、これ……衣装です」
「衣装?」
「はい」

 文化祭の出し物で、彼らのクラスは『ハロウィン喫茶』をやることに決まっていた。
 要するに教室をオレンジと黒を主体にしてお化け屋敷チックに飾り付け、パンプキンクッキーやパイ、かぼちゃぜんざい(え?)等のハロウィンっぽいメニューを出す。
 そしてウェイターならびにウェイトレスは(ここがハロウィン喫茶のハロウィンたる由縁なのだが)全員、仮装。

「だからって何で担任まで……あー、巫女装束でいいかな」

 たるそうに言う羊子にすかさずロイがビシっと突っ込んだ。

「センセ、それ仮装じゃないです。正規のユニフォームです」

 結城羊子の実家は神社。彼女も本職ではないが幼い頃から実家を手伝っているのだ。従弟のサクヤともども。

「あーもーめんどくせーなー。それじゃ、何かてきとうに考えて……」
「実は先生の分はすでに用意してありまして……これです」

 風見光一がうやうやしく手にした紙袋をさし出した。

「準備がいいなあ……」

 羊子は素直に衣装の入った袋を受けとった。ずっしりと手に重さがかかる。もしかして、すごく凝ってる?

「どんだけ金かけたんだ」
「先生の衣装はクラス一同で選びました」
「女子のみなさんのハンドメイドです」
「わかった……わかったよ」

 参った参った。ここまでされたんじゃ、断る訳にも行かないや。

「それじゃあ、ちょっと試着してくる」
「行ってらっしゃい」
「俺たち、教室に戻ってますね」

 そして、10分後。
 教室で各々の衣装合わせにいそしむ生徒たちは、どどどどどどっと駆けて来る足音を聞いた。

「わ」
「何?」

 廊下を走っちゃいけないのに……なぞと突っ込む暇もあらばこそ、がらりと教室の扉が開いて……。

「ロイ! 風見ぃいいい! よりによって甘ロリたぁどう言う了見だ!」
「着てるし」
「お似合いですヨ」

 08923_159_Ed.JPG ※月梨さん画「アリスと白兎とチェシャ猫」

 羊子がまとっているのは風船みたいなパフスリーブにぽんっとパラソルみたいにふくらんだスカートの水色のワンピース。白のふりふりエプロン、頭にはレースのヘッドドレス、足元はしましまの靴下(ちなみにオーバーニー)に赤のストラップシューズ。
 スカートのすそからは、動くたびに長めのパニエのレースがちらりとのぞく。

 さらに出迎える風見はピンクと紫の縞模様の猫耳、しかも猫手袋にしっぽつき。ロイはと言うとタキシードに白い兎の耳と尻尾、さらに懐中時計をぶらさげている。

「もしかして、これは………アリスか」
「アリスです」
「………どこがハロウィンだっ!」
「アメリカでは定番ですヨ?」

 ぐっと羊子は言葉に詰まる。
 そうだった……。
 アメリカのハロウィンでは、仮装はお化けに限らず何でもありなのだ。
 ドラキュラもいたしお姫様もいた。医者にナースに何故か迷彩服の兵士、海賊、妖精、当然アリスもいた。

「安心してください、交代制ですから」
「そ、そうか」

 落ち着いて見回すと、他にもアリスやチェシャ猫、白兎がいるようだった。
 文化祭の間この格好かと冷や冷やした。
 ほっと胸をなでおろした瞬間、カシャリとシャッターの音が聞こえる。

「ちょっと待て、風見、何撮ってる!」
「え、いや、せっかくなのでサクヤさんに写メを」
「ぬぁにいいい!」
「What's!」
「………どうした、ロイ」
「い、いや、何でもない、何でもないヨっ」

(落ち着け、落ち着くんだ、ロイ)
(サクヤさんはヨーコ先生のイトコだ。だから報告するだけなんだ。これは決して、コウイチとサクヤさんが親交を深めるためでは……)

「あ、返事来た。早いな……『がんばってね』だそうですよ、先生」
「うぐぐぐぐ」
「ぬぬぬぬぬ」

(ああっ、やっぱりガマンできないっ!)

「コウイチ!」
「ん、どうした、ロイ」

 その瞬間、ロイはうっかり真っ正面から見てしまったのだった。猫耳をつけて、ちょこんと小首をかしげる風見光一の愛らしい姿を……。
 肋骨の内側で心臓がどっくんどっくんとスキップを踏み始める。送り出された血流が、一気に顔へと駆け上がり……ぼふっと赤面。

「い、いや……何でも………ない」

 おろおろと目を逸らす。

(ああ、コウイチ……何てCuteなんだ。その愛らしさ。ボクにはあまりに破壊的だっ)

 一人苦悩するロイの横では。

「あ、先生、あとでもう一着、試着お願いできますか」
「まだあるのかっ!」
「クラスの総意パート2です。満場一致で、ハートの女王を、ぜひ」

 教師と生徒が丁々発止の漫才を繰り広げていた。

「お前らあたしを着せ替え人形かなんかだと思ってないかっ」
「いや、だって……」
「似合うし」
「可愛いっすよ、先生」
「むきーっ」

 結城羊子の身長は154cm。
 うっかりヒール付きのサンダルを脱いでぺったんこのストラップシューズをはいた今、彼女の視線は生徒たちより余裕で低い。

 実はこの後さらに羊飼いの女の子の衣装も控えているのだが。
 しかも犬耳の自分(牧羊犬役)に羊のロイまでついているのだが。
 それにしても、ロイはさっきから真っ赤になって何をうろうろしているのだろう?

「あーその、先生」
「何?」
「実はさらに羊飼いの女の子(ちっちゃなボー・ピープ)の衣装もあったりするんですけど……」
「お前ら……やっぱり、あたしを着せ替え人形かなんかだと思ってるだろ」
「着てくれないんですか?」
「アリスとハートの女王で十分だろ! それに、羊飼いなんかあたしがやったら……行く先々でメリーさんの羊〜♪の大合唱だぞ!」

 実はそれが狙いだったりするんだけど。ここはストレートに押してもよけいにヘソを曲げられるだけだ。
 風見光一は腕組みして、じーっと羊子のウェストのあたりをねめつけた。

「ふむ‥…衣装担当が夏休み前のヨーコ先生のサイズ参考にしたって言ってましたけど。夏も終わって食べ物が美味しい季節になってきましたから…ひょっとして油断しちゃいましたか?」

 しかし敵もさるもの、ふっと鼻で笑われる。

「甘いな風見……自分のサイズは常に把握してるのだ、その程度の挑発に乗ってたまるか!」

 しかたない。プランB、発動だ。

「……女子の有志が夜なべして作ったこの羊飼いの衣装…着てくれないんですか……?」
「そ、それは……そっか……夜なべか……」

 情にほだされた羊子がぐらりと来たところで必殺最終兵器、プランCが炸裂した。
 風見光一は軽くうつむくと、さみしげな子犬のような瞳でじーっと羊子の顔を見上げたのだ。ただ黙って、じーっと。

「う………よ、よせ、その目は………」

 しかしこの必殺最終兵器、ちょいとばかりレンジが広すぎたらしい。

「うわっ、ロイ、よせっ、何血迷ってるんだよっ」
「離せっ! コウイチが泣いている! ヨーコ先生が着ないのなら、代わりにボクがーっ!」

 ピンクのパフスリーブのブラウスに、ぽんっと膨らんだ白地にピンクの水玉のスカート、白とピンクのボンネットに白い羊飼いの杖。
 ちっちゃな羊飼いの衣装を無理矢理着ようとするロイを、クラスメートたちが必死で押しとどめていた。

「無茶言うな! とてもじゃないがお前には入らないぞ! ……主に肩幅が」
「そうよ、ロイくんには小さ過ぎるわ! ……胸囲も、多分」
「お前ら……その限定的なサイズ表現は、いったいどう言う意味なのかなぁ?」

 ドスの利いた声にはっと硬直する生徒一同。アリスが両足をふんばってにらみつけていた。

「先生……その格好で仁王立ちはどうかと」
「おっと」

 ささっと足を閉じると羊子はこめかみに手を当てると、ふーっと深ぁく息を吐いた。

「わかった、素直に着るから、羊飼い。だから、ロイも落ち着け。な?」
「Y……Yes,Ma'am」

 やれやれ。
 風見はほっと胸を撫で下ろし、ロイの背中をばふばふと叩いて耳元に口を寄せ、囁いた。

「ナイスフォロー、ロイ。ありがとな。見事な陽動作戦だったよ」
「コウイチ……いいんだ、君の役に立てたのなら、それで!」

 耳まで真っ赤になってうつむくロイをにこにこと見守りながら風見は思った。

 それにしても、あそこまで一生懸命になるなんてロイの奴、きっと、よっぽど好きなんだな………

 ハロウィンが。

(ハッピー・ハロウィンin文化祭)

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