ローゼンベルク家の食卓

【side3-4】★★★絹のネクタイ(1)

2008/05/03 22:28 番外十海
 店を出て歩き出す。
 メインストリートから角ひとつ曲がり、細い道に入ったところで腕をからめ、半ばすがりつくようにして体を預けた。
 かすかに笑う気配がした。

「どうしたんだい、ヒウェル」
「待てない」

 目を細めてのびあがり、耳元に囁く。甘えた子犬が鼻を鳴らすような声で。ここ数年ほどのあいだとんと出番がなかったが、まだ錆び付いてはいなかったようだ。それとも、彼が相手だからだろうか?

「ホテル……行きましょう、先輩」
「わかったよ。行こう」

 思った通りだ。この人の目に写る俺は、未だに可愛い下級生のままなんだ。
 腕をからめたまま歩き出す。

(そう、家じゃ困るんですよ、先輩。思いっきり声も出せませんから、ね)

 あえて行き先はアッシュに任せてみた。彼がどんなホテルを選ぶのか少々興味があったし、この時点ではまだ思わせておく必要がある。
 リードをとっているのは、あくまで彼自身だと。

 誘(いざな)われたのは、俺が今まで足を踏み入れたことのないような趣味のいい……しかしながら、格式の高さにビビらずにすむ程度にカジュアルなホテルだった。適度に表通りから引っ込んだ場所にあって、出入りに気を使わずに済む。
 アッシュは慣れた感じでさくさくフロントで鍵を受け取り、俺を先導してエレベーターに乗った。
 なるほど、常連さんって訳ですか。
 服装や態度からして、大企業の若き重役候補ってやつかな。確かこの人の父親はシリコンバレーのでかい会社の重役だったはずだ。

 部屋に入った所でわざと体をすり寄せ、甘えた声で呼びかける。

「先輩……」
「どうしたんだい。積極的だね」

 優しくほほ笑んでる。
 ああ、今すぐにでもその金色の髪に指をからめたい。抱き寄せて体中なで回してやりたい。が、我慢だ。
 もう少しの辛抱だ。

「俺だってもう大人ですよ」
「そうだね。何だか新鮮だよ。ネクタイしめてる君って」
「それは……先輩もですよ」

 手を伸ばして、そっとタイに触れた。すべすべしてるな。おそらく絹だ。指をからめて、しごくようにして撫で下ろしつつ小さく出した舌で唇の周りを舐め回した。

「よく似合ってる」

 ぐい、と引き寄せられ、キスされた。
 この人には珍しく強引な動きだが、誘いをかけた自覚はある。目を閉じてうっすらと唇を開くと待ちかねたように舌が差し入れられた。
 力を抜き、委ねた。
 見てみたいな。いったい今どんな表情(かお)してるのだろう。口の中で彼の舌が踊り、柔らかな先端でくすぐられる。
 まるでダンスでもしているみたいに軽く、穏やかな動き……記憶の中にあるのと同じ、優しいキスだ。
 やっぱりあなたって人は、どこまでも王子様なんだなあ、アッシュ。

「ん……」

 わずかに唇が離される。ゆっくり目を開いた。

「相変わらずキスうまいっすね、先輩。くらくらした」

 白い頬にうっすら紅がさしている。青い瞳はつやつやと濡れて輝き、わずかに息が荒い。頬に手をのばし、軽くなでると優しくほほ笑まれた。

「でもね……今の俺は、それだけじゃ足りないんだ」
「っ、ヒウェル?」

 ぐいと肩をつかんでベッドに押し倒す。はっと息を飲む気配がして、サファイアの瞳が見開かれる。驚いてるな? いい顔だ。
 目を開けたままのしかかり、唇を奪った。

「ん……うっ」

 深く重ねて今度は俺から舌をねじ込み、むさぼるようにして舐め回す。逃げようとする相手の舌を押さえ込み、根本から先端まで執拗に舐め上げた。くり返し何度も。赤みがかった金髪に指をからめてなで回すと、絡めた舌がびくびく震えてかすかな震動が伝わって来た。

「う……ううっ、うっ」

 顔、しかめてる。さすがに苦しいかな。少し顔を浮かせて重なりを浅くして、その代わりに重ね合わせた舌を互いの口に出入りさせてみる。
 わざと派手な水音を立て、唇の表面をこするようにして。
 押しのけようとした手の動きが止まり、背中に回されて……すがりついて来た。余韻を楽しみつつ唇を離す。どちらのものとも知れぬだ液があふれて、端正な白い顔を汚していた。

「く……うん……はぁ……あ……」

 顔はもとより首筋、耳、まで赤くしながら喘いでいる。きっちりとスーツに包まれた体もさぞいい色に染まってるだろう。
 想像もできなかったな。この人が俺の腕の中でこんな表情(かお)を見せてくれるなんて。

「確かに思い出は美しい。だけど後ろばっか見てちゃだめですよ、アッシュ」

 上着の中に手を差し入れて、シャツの上からなで回しながら脱がせてゆき、肩から滑り落した。
 襟元からタイをほどいて抜き取る。

「じっくり味わってください、今の俺を」

 体の前で白い手首を合わせて。やさしく腕を上にさしあげ、きっちりと縛った。ほどいたばかりの絹のネクタイで。

「あ……何……を……っ」
「恐がらないで。あなたを傷つけるような事はしません」

 無防備にさらされた喉をくすぐり、うなじに舌をはわせた。

「一緒に気持ち良くなりましょう。ね、先輩?」
「よ……せ……ヒウェルっ」
「いいんですか? ここで止めても?」

 くりっと膝で足の間を刺激すると、くぐもった悲鳴があがった。思った通りだ。もうしっかり熱くなってる。悔しげに唇を噛むと、アッシュはにらみつけてきた。
 ああ、まったく何ていい顔してるんだろう。背筋がぞくぞくする。

「思い出に浸るのは今夜だけにしましょう。帰ったらお互いに全て忘れるってことで。OK?」
「わかったよ……好きにすればいい」

 ぷい、と顔を背けられた。

「可愛いですよ、アッシュ。待っててください。すぐ、脱がせてあげますから」

 それが必ずしも真実ではないってことは俺自身が一番よく知っている。ズボンのベルトを外し、金具を外してジッパーを引き下ろす。
 慌ただしくシャツの裾を引き抜き、ボタンを外してゆく。前をすっかり開けてしまうと、肌着をたくしあげた。


「ああ、残念。きっちりアンダーシャツ着てるんだ……ちょっと期待してたんですけどね。シャツの下ヌードじゃないかなって」
「何を、馬鹿な事をっ」

 陶磁器のようになめらかな白い胸を露出させ、まずは存分に目で楽しませてもらった。

「明るい所であなたの体をしみじみ見るのって、初めてですよね。俺とする時はいつも部屋を暗くしていたから。もったいないことしましたよね……こんなにきれいなものを隠していたなんて」
「きれいだなんて……言うな……」
「だって本当のことですから?」

 だいぶ息が乱れてきたな。鎖骨に合わせて舌を這わせてみる。

「このラインなんか、最高」

 びくっと震えてすくみあがった。いい反応だ。意識の隅でちらりと思う。もしかしてこの人、ずーっとタチばっかりやってたんだろうか?
 こんな風に弄られることに、あんまり慣れてないような気がする。

「乳首、こんなにいい色してたんですね、先輩。ピンク色で、すごく美味しそうだ」
「ばかっ、何……言ってるっ」

 囁きながら顔を寄せてゆき、ふっと息を吹きかける。

「あうっ」
「ほんと、美味しそうだ。もう我慢できない」

 たっぷりだ液を含ませた舌で舐め上げると、のけぞった喉から高い悲鳴がほとばしる。口に含んで軽く歯で挟み、舌でつつきまわした。
 逃げないよう、しっかりと押さえ込んで。

「あ………あぁっ、だ、め、だ、ヒウェルっ」
「ん……何がダメ、なんですか? ああ、そうか」

 にやりと笑ってもう片方に手を伸ばした。

「こっちがお留守でしたね。すみません、気がつかなくて」
「ち……が……あぁっ」

 片方は口で。もう片方は指で。交互に入れ替えつつ、たっぷりと愛でてさしあげた。
 男でも胸は感じるのだ。
 ただ弄り方にコツがあるだけで。
 最初から無闇に強くこね回せばいいってもんじゃない。まずは羽毛でくすぐるような微弱な刺激を与え続ける。ゆるゆると弄られる間に皮膚が温められて、慣らされて、そのうちもっと強い刺激を欲しがるようになる。そこまで追いつめて、さらにもう少し焦らしてから初めて強烈な一撃を与える。

 何もこれは乳首に限ったことじゃない。
 かつては何度も触れあった体だが、その時はいつも俺が触れられるばかりだった。今は違う。

 胸、わき腹、肋の間。
 じわじわと唇と指を滑らせ、まだ衣服を取り去っていない場所をまさぐる。指先に熱い、ぬるりとした堅いものが触れた。

「は…あ……あぁっ、や、めっ」


 腕の下で背中をのけぞらせて身悶えしている。
 ん……いいね。実に正直だ。いっそこのままイかせてしまおうか。
 下着の中で果てさせて、このきれいな体を汚してみたい……つかの間、そんな誘惑に駆られるが、かろうじて思いとどまる。
 ゆっくりと。
 余計な刺激を与えないようにゆっくりと。
 ズボンのジッパーをさげて、脱がせて行く。腰、太もも、膝、足首となでおろしながら丁寧に。靴も、靴下も片方ずつ抜き取り、仕上げに指先にキスをした。

「ひ、あ、あぁんっ」
「おや。もしかしてここにキスされるの初めてですか?」

 うるんだ瞳できっとにらまれる。

「当たり前だっ、そんな、変態じみたことっ」
「わあ、怖い顔」

 じゅくっと吸い付き、舐め回す。左の小指から順番に一本ずつしゃぶってゆくと、右の人さし指に到達する頃には悪態が愛らしい喘ぎに変わり……左の小指を口から引き抜いた時には、腰を覆う紺色のボクサーパンツの中では何かがすっかり堅くなり、布地を持ち上げていた。
 かなり窮屈そうだ。
 試みに布地の上から手のひらをあててくりくりとなで回すと、陸にあげた魚みたいにびくびくと震え、身をよじった。
 目の縁にうっすら涙がにじんでいる。ちょっと刺激が強すぎたかな。

「腰、浮かせて」

 囁くと、素直に従ってきた。

「ありがと、先輩」

 素早く下着をずり降ろし、足首から抜き取る。解放されたペニスがぷるんと震えて顔を出した。

「わお。すっかり準備OKって感じですね。それとも、縛られて感じてました?」
「ばかっ」
「あ、傷つくなあ、その言い方……」

 太ももの間に手を入れて、内股をくすぐりながら押し広げる。さほど力はいらなかった。

「は……ああ……や……め…」

 のしかかり、顔を寄せる。
 ああ……やめろと言ってるくせに、期待してるじゃないか。
 顔を背けてはいるけれど、体を見ればわかる。次に何をされるのか。これからどうされるのか。気になって仕方がないのだろう。

「……不公平だ」

 ぽつりと言われた。

「え?」
「君も……脱げよ。僕だけだなんて不公平だ」
「なるほど。一理ありますね」

 さくさくと上着を脱ぎ、タイを緩めた。シャツのボタンを上三つほど開け、ベルトを外して……全部脱いだ。
 ただし、下だけ。
 そう、全部だ。ズボンも下着も、靴も靴下も、全て。上は着たまま、当然眼鏡も外さない。

「……脱ぎましたよ。これで公平ですよね?」
「っ、君って奴はっ」

 抗議の声を無視して一旦背中を向けて、備え付けの冷蔵庫を開けてみる。

「ああ、いいものがあった」

 取り出したボトルを手にゆらりと体を起こし、アッシュの目の前でわざと音を立ててキャップを開けた。

「何を……」
「先輩、お好きでしたよね。ジンジャーエール」

 程よく冷えた泡立つ金色の液体を、白い体に注ぐ。

「ひ……あ……よせ……」
「ありゃ? お気に召しませんでした? しょうがないな。すぐお拭きしましょう」

 顔を寄せ、舌を伸ばして舐める。鎖骨、胸、腹、肋、へその窪みも忘れず、下腹部に至るまで丁寧に。炭酸の弾ける微弱な刺激がけっこう効いたらしい。さっきとは微妙に異なる悲鳴が上がった。
 暴れ方もけっこう派手で、しっかり押さえなくちゃいけなかった。
 そのくせ張りつめたペニスは一向に萎える気配もなく、それどころか先端からとろとろと透明な雫すら垂らしている。

 要するに、気に入ったってことらしい。
 だったらもっと味わわせてさしあげようじゃないか。

 くいっとジンジャーエールを一口含み、そのまましゃぶった。
 すべすべした足の間で堅くなって震える、彼の一番敏感な部分。生まれて初めて俺に、男と寝る快楽を教えてくれた物を、両手で支えて。

「あ……や、何……を……ひ、う、あ、あぁっ」

 根本に指を絡めて軽くしごき、先端を舌先でなで回して尿道に差し込む。
 くぐもった水音を立てながら唇で軽く挟み、そのままゆるゆると抜き差ししていると、次第にアッシュの声が切羽詰まって行った。

「も……だめ……だ………出る……ヒウェル……お願い……だ……もう……許して……くれっ」

 ごくり、と口に含んだジンジャーエールを飲み下す。

「だめです。俺の中でイってください」

 舌なめずりしてペニスを奥まで飲み込み、吸い上げながら先端までしごき上げる。

「あ……あぁーっっ」

 無防備な絶叫とともにどくどくと、熱いものが口の中に吐き出された。わざと喉を鳴らして飲み込む。舌先を差し入れて丹念に舐めとると果てたばかりのペニスが口の中でぴくりと震え、余波を吐き出した。

「ん……先輩のって……こう言う味だったんですねぇ……すっかり忘れてた」
「は……あ……あぁ……」
「時にこっちの方は、使ってるのかな」


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