▼ 【5-6-1】何の仮装する?
2012/10/30 23:15 【五話】
10月に入ると、町のそこかしこにオレンジのカボチャが湧く。三角の目とギザギザの口を刻んだジャックどもが、どこからともなくにゅうっと現われる。
家々の軒先や店を飾るディスプレイは日ごとに増えて行き、第四週ともなれば町はハロウィン一色に染まる。
店先に山と積まれたランタン用のカボチャ。紙やフェルトを切り抜いたコウモリ、ガイコツ、魔女、そしてゴーストのシルエット。夜になればイルミネーションのスイッチが入り、ちかちかとオレンジ色の明かりが灯る。ガイコツの目が光り、ゴーストが回り、カボチャが笑う。
不気味なはずなのに、どこかユーモラスな空気が漂うのは、基本的に「楽しむ」ためのお祭りだからだろう。
ハロウィンと言う行事そのものが。
無論、聖アーシェラ高校もその例外ではなかった。さすがに教室の飾り付けは控えめだがその分、学生寮やカフェテリアは賑やかさ倍増。また、知らない間に何故か増えるのだ。頼まれてもいないのに、誰かしらが付け加えて行くから。
「あ、また増えてる、幽霊さん」
「まだまだ増えるよ。ハロウィン本番まであと一週間あるものね!」
ヨーコこと結城羊子は、同じクラスのジャニスとカレン、そしてルームメイトのカリーンと彼女の友人モニーク、あわせて五人でテーブルに着いた。
手にしたトレイにはハロウィンシーズン限定セットメニュー……カボチャのグラタン、パンプキンスープ、カボチャのサラダにパンプキンパイが載っている。
「すごいね、カボチャづくし」
「ランタン用に大量に中味をくりぬくからね」
「あー、再利用なんだ」
「そゆこと。無駄がないっしょ?」
「うん、合理的だね」
すました顔でフォークを動かすヨーコの皿の上から、みるみるLLサイズのパンプキンパイが消えて行く。
「……それデザートじゃなかったの?」
「ん、こっちはご飯。で、デザートはこっち」
よく見るとパイは二切れあった。難なく一切れ平らげて、さらにもっしゃもっしゃとグラタンを口に運ぶヨーコを見守りつつ四人の少女は顔を見合わせた。
(どこに入ってるんだろう?)
食事が終わり、今度は全員でデザートのパンプキンパイをつつく中、カレンが口を開く。
「ねー、確かうちの学校って仮装OKだったよね?」
「あー、うん、ハロウィン当日限定でね」
「朝から着ていいの?」
「うん」
モニークがうなずく。彼女の兄はアーシェラ高校の卒業生なのだ。
「ほんとは放課後まで仮装禁止だったんだけどね。皆聞かないからもういっそ自由にしちゃえって事になったんだって」
「わお。さすが、アメリカ」
「で。衣装は皆、どうする?」
「私もう準備した」
「私も」
「もうちょっとでできあがるかな?」
そう答えたのはカリーン。寮ではヨーコと同じ部屋で暮らすアフリカ系の少女だ。
「カリーン、衣装自分で作ってるの?」
「そんなに凝ったことしてる訳じゃないけどね。古着を切ったりデコったりして、作るって言うよりはアレンジ?」
「すごーい」
「まさかハロウィンの衣装まで実家から持って来る訳にも行かなかったし」
「そりゃそーだ、けっこうな荷物になるしねー」
ひとしきり盛り上がってから、ジャニスがん、と首をかしげる。インド生まれの母親から受け継いだ、くっきりしたラインに縁取られたアーモンド型の目を細めてヨーコを見つめる。
「ヨーコはどうするの、ハロウィン?」
4人兄弟の長女でもある彼女は何かと面倒見が良い。カリーンと同様、家を離れているヨーコを気遣ったのだ。
「んー、また浴衣でも着ようかな」
「えー、何それ九月にも着てたじゃない」
「って言うか仮装じゃないでしょそれ」
こくっとパンプキンパイの最後の一かけらを飲み込み、カレンが拳を握って力説する。
「民族衣装じゃん!」
「いや、浴衣はリラックスするためのものだから」
「考えてごらんなさいよ、ヨーコ。あなたがキモノ着るなんて……」
カレンはぽんっと隣に座るジャニスの肩をたたいた。
「ジャニスがサリー着て、マックスがキルト履くようなものよ!」
「あー……それは確かに、仮装じゃないよね」
「むしろ盛装?」
「そうだね。私も、サリー着るとちょっと堅苦しい気分になっちゃうかも」
「そうなの?」
「うん。母方の親戚の集まりとか、従弟の結婚式とかで着てるからつい、ね。条件反射?」
「そっか……」
何となくヨーコが納得しかけた所に、さらにカレンは一気呵成にたたみかける。
「ハロウィンの仮装は学校行事なんだよ? 学校公認で仮装できるんだよ? もっとはっちゃけようよ!」
気迫に圧されて、ヨーコは小さい声でぽそりと答えた。
「な……慣れてないから」
「何、日本ではやらないの?」
「うん。まだ、あまり定着してないし。それにうち、神社だから西洋のイベントはあまりね?」
「信じらんない! それじゃ感謝祭まで何を楽しみに生きてきゃいいの!」
「それも、無いです」
「うっそーっ!」
さすがに四人とも目を丸くして口々に叫んだ。
「ハロウィンも無し、感謝祭も無しなのっ?」
「それじゃ、クリスマスまで何を楽しみに生きてけばいいのよーっ!」
「……家の手伝いかな」
四人のアメリカンガールはいきなり黙ってしまった。
どうしよう。
ヨーコはほんのり頬を染めながら必死で言葉をつないだ。どうにかして気まずい空気を払拭しようと、必死になった。
「アメリカに来て、町中の家にハロウィンのイルミネーション出てたり、お店でハロウィンセールやったりディスプレイしてたりするの、見てるだけでもけっこう楽しいよ? この間はスーパーで、試供品のチョコバーもらったし!」
「試供品って……ピーナッツバターの?」
「そそ、ドラキュラと狼男が配ってた」
その瞬間、カレンとジャニスとモニークそしてカリーンの中にぶわっと熱いものが込み上げる。
(こっ、この子はスーパーの試供品なんかで、あんなに嬉しそうに!)
(ハロウィンも感謝祭もやったことないとか信じらんない!)
(やっぱりお家の都合なのかな。こう、宗教的な理由で!)
(こうなったら私たちが、ヨーコに最高のハロウィンを体験させたげるしか!)
「え、えと、あの、あれ?」
ヨーコはとまどっていた。
自分は、何かおかしな事を言ってしまったんだろうか。
実際、十月の後半は毎年、神社は七五三の準備で大忙しなのだ。暇さえあれば家族みんなでせっせと千歳あめを袋に詰めて、ご祈祷しなきゃいけない。
同様に十一月から十二月にかけても忙しい。年末年始の準備があるから。
けれどクリスマスのケーキとチキンはしっかり食べる。ゆっくり楽しんでる暇がないだけで。
「ヨーコ!」
「は、はい?」
「せっかくアメリカに来てるんだもん。今年のハロウィン、絶対成功させようね!」
「う、うん」
がしっと四人の少女はヨーコの手を握った。
「仮装衣装は」
「私たちにまかせて!」
「い、いいの?」
おずおずと問い返す。そう、本当はヨーコも仮装してみたかった。スヌーピーのアニメでハロウィンと言う行事を知って、ずっと憧れていたのだ。
「もちろんよ!」
「明日、家から昔着てた衣装持って来るね!」
「私も!」
「私も!」
「あ……ありがとう」
善は急げ。翌日、さっそくカレンとジャニスとモニークは家から衣装を持ち寄った。
しかし何分、昔の物だ。しかもそれを着て近所を歩き回ったりパーティーで飛んだり跳ねたりしたのである。所々染みになったり、かぎ裂きや穴ができている。
「んー、そのままって訳には行かないね、これ」
「そうね、サイズも直さないとだし」
「うちはこれ、妹も使ったからなー」
その間、カリーンは持ち寄られた衣装を一枚ずつ、じっくりと観察していた。チェックが終わってからおもむろに顔をあげる。
「大丈夫。使える所だけ切り取って、縫い合わせればいいのよ」
「その手が!」
「さすが被服室の魔術師!」
「任せて!」
「い、いいの?」
さすがにヨーコが遠慮がちに問いかける。お古の衣装をそのまま借りればいいと思ってたのに、まさか、新しいのを作るなんて!
「気にしない、気にしない。だって昔着てた服の再利用だもの!」
「カボチャと同じ!」
「そう、カボチャと同じよ!」
「では……」
カリーンはすちゃっとエンピツとノートを取り出した。授業のノートを取るのとはまた別のものだ。リング綴じで正方形、縦横どちらからも描ける方眼紙。
「さっそくデザインさせていただきます!」
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