▼ 【4-12-12】★★今日は君をひとりじめ
2009/07/24 0:24 【四話】
次の日の朝。
ディフとレオンはなかなか寝室から出て来なかった。俺もオティアも起きたのはゆっくりめ。
パーティーの後だし、お休みの日だし。
人がいっぱい来て、ちょっと疲れていたし。
ぼーっとしながらキッチンに行き、冷蔵庫を開けて中味を確かめる。ちゃんと昨日の料理の残りがラップで包まれて入っていた。
「ミートパイあっためようかな……あとは……サラダの残りと……スープあっためて」
ディフにはちょっと足りないかもしれない。パンも焼いた方がいいかな。
その瞬間、思い出す。
『オプティマス・プライム!』
得意げなディーンの顔。粘土で作られたロボットのようなパン。
「ふふっ」
可愛かったな……でも、あのパンは食べるのには、あまり向いてないような気がする。
ふと、背後に人の気配を感じた。だれかがキッチンに入ってきたんだ。オティアじゃない。このずっしりした足音は……
「ディフ?」
「あ………その……」
恥ずかしそうな顔してる。寝坊したからかな。くしゃくしゃと赤い髪の毛をかき回しながら小さな声で
「おはよう」と言ってきた。
「おはよう」
「寝坊しちまったな……すぐ、飯の仕度するから」
「ん」
ミートパイをあっためて、スープとサラダと野菜ジュース。俺とオティア、2人分の食事を用意すると、ディフはスープだけ別にとりわけて。パンをあっためて、トレイに載せた。
「先に食っててくれ。俺はこれ、レオンに食わせてくる」
「わかった」
レオン、起きられないってことなのかな。珍しいな。
「レオン、どこか具合悪いの?」
「う……ん、まあ、そんなとこだ」
「?」
食事を載せたトレイを持ってそそくさと歩いて行く。
「あ」
ちょうどキッチンに入ってきたオティアと鉢合わせしたその瞬間、ディフはさっと目をそらしてしまった。
「…………」
「あ……その……」
ちらっと横目でオティアを見て、また小さな声でぽそっとつぶやいた。
「おはよう」
「ん」
逃げるように寝室に向かうディフを、オティアはむすっとした顔で見送っていた。
※ ※ ※ ※
寝室に戻り、サイドテーブルに食事を載せたトレイを置いた。
枕の上に広がる乱れた明るい褐色の髪を撫で、囁きかける。
「……レオン?」
「あぁ……」
うっすらと目を開けた。声がすっかりかすれちまってる。理由は俺が一番良く知っている。
「飯……持ってきた。食えるか?」
「ん……」
ちらっとトレイの上の食事を見て、ゆるく首を振った。
横に。
「ごめん……」
さあっと血の気が引いた。そんなに弱ってるのか。ああ、俺って奴は、夢中になってがっついて何てことをーっ!
おまえの誕生日だったってのに、自分がプレゼントもらっちまった。限度も知らずに攻めまくって……しかも終ったらそのまんま爆睡。
ああ。
ごめん、レオン。
穴があったら入りたい。
「何か……口に入るもの……あるか?」
「……ああ………水をくれないかな」
「わかったっ」
キッチンにすっ飛んでって、ボトルウォーターとコップをつかんでとって返す。
「水、持ってきたぞ。一人で飲めるか?」
「ん……」
ベッドの上に身体を起こそうとして、途中で止まっちまった。
「待ってろ」
隣に腰かけ、背中に腕を回して支える。腕にも、背中にも、腰にも、全身に妙な具合に力が入ってる……きついんだろうな。体中がきしむ痛みを思い起こし、胸が詰まった。
背骨を突き抜ける鈍痛、ほんのちょっと動いただけで衝撃の余波が骨を噛む。甘い夜の名残と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。
片手に持ったペットボトルの蓋を歯でくわえてこじ開け、中味を口に含む。そのまま唇を重ねて、静かに注ぎ入れた。
レオンのペースに合わせて少しずつ。喉がこくん、と鳴るのを確かめながら、むせないように、溺れないように。
ほんの少し震えたけれど、受け入れてくれた。
こぼれた水を指でぬぐうと、かすかにほほ笑んだ。
「今日は寝てろ……ずっと着いててやるから」
「わかったよ……」
うなずくレオンをベッドに横たえる。静かに静かに、そっと……軽やかな羽毛を扱うように。ガラス細工を扱うように注意深く。
「新聞持ってきてやろうか。それとも絵本でも読むか、ん?」
「いや……もう少し……眠るよ」
「……そうか」
かがみ込んで額に口づける。
「おやすみ」
結局、持ってきたスープとパンと水の残りは俺の朝飯になった。食べ終わった頃に携帯が鳴る。アレックスからだ。
「よう、アレックス。おはよう」
「おはようございます。昨夜の後片付けをしにうかがいたいのですが、よろしいでしょうか」
「ああ、来てくれ。それで、その、あー、えっと……」
ちらっとベッドをうかがう。
もう眠っているようだ。
「レオンが寝込んでる。あ、いや、心配しないでいい。病気とかそう言うんじゃない、ただ、その……疲れただけで」
我ながら苦しいいい訳だ。
「さようでございますか」
それでも多くを聞かずに受け入れてくれる。何て懐の広い男なんだ、アレックス。
「わがまま言っていいかな。俺、ずっと付き添っていたいんだ」
「……それがよろしいかと存じます。後片付けは私の方でやっておきますので」
「すまん。恩に着る」
電話を切って、ふーっと一息。
食べ終わった食器を持ってキッチンに行くと、シエンが皿を洗っていた。
「あ、そっちも終ったんだ?」
「うん……それで、な」
「ん?」
すーっと深く息を吸う。
「レオン、起きられそうにないから付き添っていたい」
金髪の頭がこくっとうなずいた。
「わかった」
「すまん。もうすぐアレックスが来るから……」
ちょうどその時、呼び鈴が鳴った。
シエンはとことこと玄関に向かって歩いてゆき、ちらっとこっちを振り返った。
「レオン、待ってるよ?」
「あ……うん、行ってくる」
寝室に戻り、ベッドの枕元に椅子を持ってきて腰掛ける。
さてと。
今日はここが俺のポジションだ。
※ ※ ※ ※
レオンは静かに眠っている。読みたかったけど読めずにいた本をとってきて、寝顔を見守りながらつらつら目を通した。
こんなに穏やかな時間をすごすのは久しぶりだ……。
しばらく文字を追うのに夢中になっていると、ふと気配を感じた。顔を上げると、レオンが目を開けてこっちを見ていた。
「何だ、起きてたのか」
「あぁ」
「いつから?」
「さあ、いつから……かな」
朝よりはだいぶ声がしっかりしている。ほっとして頬に手を当てると、自分から顔をすり寄せて来た。
珍しいな、こんな風にこいつが素直に甘えてくるなんて……。参ったな。胸の奥がきゅっとなったぞ、くそ、十代のガキじゃあるまいし!
「あー、その、何か、してほしいこと、あるか?」
「うん、そうだね……風呂に入りたいな」
「わかった」
バスルームに行き、バスタブに湯を入れる。熱すぎないように、ぬるすぎないように湯加減を調節して、タオルも着替えも全て準備万端整えてから寝室に戻った。
「風呂、準備できたぞ」
「ああ」
ベッドの上にかがみ込み、注意深くレオンの身体に腕を巻き付ける。
「え、ディフ?」
「俺も一緒に入る。いいな?」
ちょっとの間レオンは目を伏せて、左右に視線を泳がせたが、やがて俺の目を見返してうなずいてくれた。
「……………わかったよ」
昼間のバスルームはやたらと明るくて。お湯に濡れたしなやかな肢体に、昨夜の痕跡がくっきりと浮かび上がっているのが見てとれた。
「こんなに俺……激しくしちまったんだな………」
ひときわ赤々と浮かぶ跡を手のひらで覆う。
「ごめん」
「謝ることはないさ……」
「じっとしてろ。後は全部俺が洗ってやるから」
※ ※ ※ ※
ディフは今日はずっとレオンにつきっきり。だから昼ご飯は俺が作ることにした。
「何がいいかな……」
冷凍庫に緑色の塊がある。よく見たらエンドウ豆だった。きっと時間のある時に大量にサヤをとって、煮ておいたんだろうな。
これを解凍して……あ、トマトがある。ニンニクも。
パスタの買い置きはたっぷりある。
豆の種類がちょっと違うけど、「Pasta e Fagioli(パスタ エ ファジョーリ)」にしようかな。
本当は白いんげん豆を使うんだけど……エンドウ豆も同じ豆だから大丈夫だよね。
凍ったエンドウ豆を鍋に入れて、水を加えてコトコトあたためる。ベランダのプランターからセージを摘んできて、ざっと洗って刻んで加えた。後はオリーブオイルとニンニクを入れて。
豆を煮ている間にパスタをぱきぱきと短く折る。本当はショートパスタを使うんだけど、元々は折れたパスタを美味しく食べるための料理だったって言うし、これも有りだよね。
それに、これならきっとレオンも食べやすい。
豆が煮えたらつぶしたトマトを入れて一煮立ち。少しさましてから、ブレンダーでガーっと混ぜる。本当は丁寧につぶして裏ごしするんだけど、豆のスープを作る時はいつもこうだし……うん、きれいに混ざってる。大丈夫。
鍋に戻してあたため直して、黒こしょうと塩で味付け。柔らかく茹でたパスタを加えてしばらく火にかけて馴染ませる。
やっぱり料理作るのは楽しい。自分の好きなものを自由に作れるから。
お皿に盛りつけて、仕上げに粉チーズを散らした。後は並べるだけだ。
オティアがだまってキッチンに入ってきて、お皿を運んで行く。
ディフとレオンは……どうしようかな。呼びに行った方がいいのかな。それとも携帯、鳴らそうか。
リビングまで行ったものの、それ以上踏み込めず迷っていると。ドアが開いて、ひょこっと赤いふさふさした頭がのぞいた。
「遅くなってすまん、昼飯の仕度………」
「もうできてるよ」
「え」
目をぱちくりさせてる。
「おまえが作ったのか?」
「うん。レオンのぶん、持ってく?」
「ああ、その方がいいな……俺も寝室で食うよ」
「わかった」
パスタ エ ファジョーリ2人分、トレイに載せた。
「ありがとな、シエン」
※ ※ ※ ※
ベッドからほとんど動けないものの、レオンはすごぶる機嫌が良かった。
ディフがずっと自分の目の届く場所に居て。彼の声だけを聞いて、彼だけに触れていたからだ。
湯上がりの気だるさに浸りながらディフの腕に抱かれ、うっとりと赤い髪に指をからめる。
(今日は一歩もこの部屋から出ずにいよう。そうすれば、君もずっとここに居てくれる)
昼食の準備があるから、とディフが寝室を出た時はしぶしぶ見送ったが、何と言う幸運。すぐに戻ってきてくれた。
「レオン。飯持ってきたぞ……食えるか?」
「ずいぶんと早かったね」
「シエンが作ってくれたんだ」
「……そうか」
笑みがこぼれる。
後でアレックスに電話をして、夕飯は彼に頼んでおこう。
これで心置きなくディフをひとりじめできる。
(いいね。最高のプレゼントだ……)
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