▼ 【2-11】Twin-Tornado
2008/03/13 1:31 【二話】
オティアは扉に飛びつき、鍵を念動力で開けようと試みた。最初に逃げた時はそうやって扉を開けたのだ。
繊細な作業なので集中が必要、今みたいな状況にははなはだ不向きなのだが。
手間取っている間にだかだかと重たい足音が近づいて来る。
お迎えだ。
ヒウェルはとっさにオティアを引っ張ってドアの前から遠ざける。
その直後に、巨大な生き物が体当たりをかませてきた。
ぐわっとドアがきしむ。
「な、何だ?」
「ディフだよ」
めき、びし、ばき……。
がごん!
ガタのきてた蝶番がきしんで壊れて、ノブ側を支点にドアが開く。
ちらりとひらめく赤い髪が見えた。
「ほらな」
足があがり、とどめとばかりに蹴りつける。
半壊したドアが今度こそきれいに吹っ飛んだ。
「ヒウェル! 無事か? 死んでないかっ?」
ある意味失礼な言い方だ。
ぽそっとオティアが答える。
「残念だけど生きてる」
お前も大概に失礼だね、おい。
「君ら……」
「迎えに来た。帰るぞ」
「…シエンは」
「一緒に来た。そこの廊下の突き当たりで待ってる」
オティアは物も言わずにすっと廊下に飛び出した。慌てて俺とディフも後を追う。
「待てよ、オティア!」
走って行くと曲がり角にシエンが立っている。
おかしい。
表情が凍り付いている。近づくオティアを見て小さく視線を左右に揺らす。
来ちゃいけない、とでも言うように。
オティアが立ち止まる。
ちらっとディフの目を見る。奴もうなずき、銃を構えた。
果たして……すぐ後ろから、拳銃を握った手がにゅっと出てきた。銃口はぴたりとシエンの頭につきつけられている。
「銃を降ろせ、その子を離せ!」
「そっちこそ捨てろ! ガキをこっちに寄こせ……」
よりによって俺が最初に殴り倒した男だった。
あーあ、こりゃもう交渉の余地はねえわ。
「ディフ……それ、降ろせよ」
「ここで捨てたら、全員殺される」
迷いのない声だ。
シグ・ザウエルを両手で構え、ぴたりと狙いをつけている。教科書通りのポーズだ。ぴくりとも震えていない。
つくづく警察で銃の撃ち方習った人間だよなと思い知らされる。
拳銃を握っても冷静でいられるよう、みっちり訓練されているんだ。
「どうせこの騒ぎだ、俺は上に消される! 道連れは多い方が楽しいぜ……」
しかしながら相手はそうでもないようで。
目が完ぺきにイっちまってる。いつぶち切れてもおかしくはない。
幸い、男はシエンより背が高い……ディフもそのことを察しているのだろう。
撃つ気だ。
だが、どっちが先だ?
いきなり相手の持ってる銃が、誰かにつかまれたかのようにぐいっと、不自然な角度で跳ね上がる。
「うぉっ」
暴発した相手の弾が壁に当たって跳ねて。オティアを掠める。
「オティアっ」
なりふりかまわず駆け寄った。
ほぼ同時にディフが引き金を引く。
腹に響く低い銃声とともに、男の腕の付け根近くに赤黒い穴が開いた。
「……当たったね」
「当てたんだ」
ディフは構えを崩さず倒れた男に近づき、拳銃を蹴り飛ばした。
シエンは目を見開いたまま、身じろぎもしない。オティアが黙って近づく。
どちらからともなく手を握り合った。
じりじりと進み、廊下の曲がり角に立った瞬間。前方からじゃきっと撃鉄の音が聞こえた。しかも一つじゃない。
ほっと息つく間もなく最悪の事態に陥ったことを知った。
いくつもの銃口がこっちを狙っていた。
「くそ……時間切れか」
「もしかして、最初の一発、スタングレネード?」
「ああ」
ってことはこいつ、俺のデスクの上の封筒の中味は読んでないな。
あれ見てたら、間違いなく手榴弾を投げ込んでいただろうから。
幸いと言うべきか。
不幸と言うべきか。
「……弾、あと何発残ってる?」
「12」
「……足りないねえ、一人一発だとしても」
じわじわと銃口の壁が迫ってくる。
「最悪、あの子らが逃げる時間だけでも稼ぎたいとこだが…」
「んー、率の低い賭けだが、手伝いましょうか…」
床に落ちていた拳銃を拾い上げ、構えた。
グロックか。多分9mmってとこだな。
運がいい。これがマグナムやパイソンならお手上げだが、こいつなら俺の細腕でもどうにか扱える。
「こう言う状況でも言うべきなのかな。銃を降ろせ、って」
「やめとけ」
やめとくべきだった。
気の早い奴の撃った一発がシエンの金髪を掠めて舞い上がらせる。
心臓が縮み上がった。
ディフが喉の奥でぞっとするような唸り声を挙げ、発砲した男に銃を向けた。
撃つか。撃たれるか。
覚悟を決めた。
倉庫の中にひしひしと殺気がたちこめ、高まって行く。
二発目の銃声を聞き終わるまで生きていられるだろうか?
ふわりと、金色の光が視界の隅をよぎる。
髪だ。
金色の髪が二人ぶん、風にでも舞い上がったみたいに逆立ち、波打っている。
見開かれたアメジストの瞳、四つ。
瞳孔が拡大して深みを増した紫色の奥底で、あらゆる色が明滅し、たがいに打ち消し合い、虹のように煌めきながらうねっていた。
双子の中で荒れ狂う何かが、今にも解き放たれようとしていた。
「うぉっ」
「何だっ」
通路いっぱいに積み上げられた荷物がぐらぐら揺れて、男たちの上に崩れ落ちる。
キィイイイ、と甲高い音を立てて空気が震え、ポップコーンが弾けるみたいな音を立てて蛍光灯が破裂する。
続いて窓がいくつかばりばりとふっとんで、ガラスの破片が降り注いできた。
「……偶然…じゃ、ないよな」
「うわっ、まさか……お前たちかっ」
返事はない。双子は手を取り合ったまま硬直し、ぴくりとも動こうとしない。
ばんっと真上で蛍光灯が吹っ飛ぶ。とっさに飛びつき、覆いかぶさる。背中にチクチクと何かが刺さる感触があった。
ぐらぐらと地震さながらに建物全体が震える。
もう、犯人一味は俺たちのことなんか構っていられない。まっくらになった狭い通路で、我れ先に外に出ようと慌てふためき逃げ惑う。
混乱の最中、ディフは経験(+野生のカン)で危険を察知していた。他の人間よりほんの少し早くだけ。
その瞬間、確かに聞いた。
建物を支える決定的な何かがきしみ、崩れる音を。
今まで何度か聞いたことがある。
崩れる。
外に出る時間はない。
思考が凄まじい早さで駆け巡る。
落ち着け。
『爆心地』があの二人だとするなら……一番被害の少なそうな場所は……。
ぐい、と双子を抱えるヒウェルをひっつかむ。
「ここか!」
二本の支柱の間にできた、わずかな壁の窪み。
最悪、天井が落ちてきてもここならまず柱で止まる。支柱が崩れても、倒れるより先に互いにぶつかり、直撃は避けられるはずだ。
……あくまで理論通りに行けばの話。だが、迷っている時間はない。
避難場所に退避した直後に、巨大なミキサーの中にまるごと叩き込まれたみたいにそこらの物が飛び交う。
背中にばらばらとがれきが落ちてくる。必死で踏ん張った。
俺が支えていれば下の3人は直撃を免れる。俺が倒れてもヒウェルが居る。
いくつかでかい瓦礫が落ちてきた。しかしぶつかる直前に、妙に不自然な角度で逸れた。
見えない手がはじき飛ばしたように。
双子の力か?
あまり重いものは動かせないはずだ。
こんなことまでやって大丈夫なのか?
その瞬間、めきっと壁がきしみ、ゆがんで剥がれて……天井が落ちてきた。
次へ→【2-12】clear!
繊細な作業なので集中が必要、今みたいな状況にははなはだ不向きなのだが。
手間取っている間にだかだかと重たい足音が近づいて来る。
お迎えだ。
ヒウェルはとっさにオティアを引っ張ってドアの前から遠ざける。
その直後に、巨大な生き物が体当たりをかませてきた。
ぐわっとドアがきしむ。
「な、何だ?」
「ディフだよ」
めき、びし、ばき……。
がごん!
ガタのきてた蝶番がきしんで壊れて、ノブ側を支点にドアが開く。
ちらりとひらめく赤い髪が見えた。
「ほらな」
足があがり、とどめとばかりに蹴りつける。
半壊したドアが今度こそきれいに吹っ飛んだ。
「ヒウェル! 無事か? 死んでないかっ?」
ある意味失礼な言い方だ。
ぽそっとオティアが答える。
「残念だけど生きてる」
お前も大概に失礼だね、おい。
「君ら……」
「迎えに来た。帰るぞ」
「…シエンは」
「一緒に来た。そこの廊下の突き当たりで待ってる」
オティアは物も言わずにすっと廊下に飛び出した。慌てて俺とディフも後を追う。
「待てよ、オティア!」
走って行くと曲がり角にシエンが立っている。
おかしい。
表情が凍り付いている。近づくオティアを見て小さく視線を左右に揺らす。
来ちゃいけない、とでも言うように。
オティアが立ち止まる。
ちらっとディフの目を見る。奴もうなずき、銃を構えた。
果たして……すぐ後ろから、拳銃を握った手がにゅっと出てきた。銃口はぴたりとシエンの頭につきつけられている。
「銃を降ろせ、その子を離せ!」
「そっちこそ捨てろ! ガキをこっちに寄こせ……」
よりによって俺が最初に殴り倒した男だった。
あーあ、こりゃもう交渉の余地はねえわ。
「ディフ……それ、降ろせよ」
「ここで捨てたら、全員殺される」
迷いのない声だ。
シグ・ザウエルを両手で構え、ぴたりと狙いをつけている。教科書通りのポーズだ。ぴくりとも震えていない。
つくづく警察で銃の撃ち方習った人間だよなと思い知らされる。
拳銃を握っても冷静でいられるよう、みっちり訓練されているんだ。
「どうせこの騒ぎだ、俺は上に消される! 道連れは多い方が楽しいぜ……」
しかしながら相手はそうでもないようで。
目が完ぺきにイっちまってる。いつぶち切れてもおかしくはない。
幸い、男はシエンより背が高い……ディフもそのことを察しているのだろう。
撃つ気だ。
だが、どっちが先だ?
いきなり相手の持ってる銃が、誰かにつかまれたかのようにぐいっと、不自然な角度で跳ね上がる。
「うぉっ」
暴発した相手の弾が壁に当たって跳ねて。オティアを掠める。
「オティアっ」
なりふりかまわず駆け寄った。
ほぼ同時にディフが引き金を引く。
腹に響く低い銃声とともに、男の腕の付け根近くに赤黒い穴が開いた。
「……当たったね」
「当てたんだ」
ディフは構えを崩さず倒れた男に近づき、拳銃を蹴り飛ばした。
シエンは目を見開いたまま、身じろぎもしない。オティアが黙って近づく。
どちらからともなく手を握り合った。
じりじりと進み、廊下の曲がり角に立った瞬間。前方からじゃきっと撃鉄の音が聞こえた。しかも一つじゃない。
ほっと息つく間もなく最悪の事態に陥ったことを知った。
いくつもの銃口がこっちを狙っていた。
「くそ……時間切れか」
「もしかして、最初の一発、スタングレネード?」
「ああ」
ってことはこいつ、俺のデスクの上の封筒の中味は読んでないな。
あれ見てたら、間違いなく手榴弾を投げ込んでいただろうから。
幸いと言うべきか。
不幸と言うべきか。
「……弾、あと何発残ってる?」
「12」
「……足りないねえ、一人一発だとしても」
じわじわと銃口の壁が迫ってくる。
「最悪、あの子らが逃げる時間だけでも稼ぎたいとこだが…」
「んー、率の低い賭けだが、手伝いましょうか…」
床に落ちていた拳銃を拾い上げ、構えた。
グロックか。多分9mmってとこだな。
運がいい。これがマグナムやパイソンならお手上げだが、こいつなら俺の細腕でもどうにか扱える。
「こう言う状況でも言うべきなのかな。銃を降ろせ、って」
「やめとけ」
やめとくべきだった。
気の早い奴の撃った一発がシエンの金髪を掠めて舞い上がらせる。
心臓が縮み上がった。
ディフが喉の奥でぞっとするような唸り声を挙げ、発砲した男に銃を向けた。
撃つか。撃たれるか。
覚悟を決めた。
倉庫の中にひしひしと殺気がたちこめ、高まって行く。
二発目の銃声を聞き終わるまで生きていられるだろうか?
ふわりと、金色の光が視界の隅をよぎる。
髪だ。
金色の髪が二人ぶん、風にでも舞い上がったみたいに逆立ち、波打っている。
見開かれたアメジストの瞳、四つ。
瞳孔が拡大して深みを増した紫色の奥底で、あらゆる色が明滅し、たがいに打ち消し合い、虹のように煌めきながらうねっていた。
双子の中で荒れ狂う何かが、今にも解き放たれようとしていた。
「うぉっ」
「何だっ」
通路いっぱいに積み上げられた荷物がぐらぐら揺れて、男たちの上に崩れ落ちる。
キィイイイ、と甲高い音を立てて空気が震え、ポップコーンが弾けるみたいな音を立てて蛍光灯が破裂する。
続いて窓がいくつかばりばりとふっとんで、ガラスの破片が降り注いできた。
「……偶然…じゃ、ないよな」
「うわっ、まさか……お前たちかっ」
返事はない。双子は手を取り合ったまま硬直し、ぴくりとも動こうとしない。
ばんっと真上で蛍光灯が吹っ飛ぶ。とっさに飛びつき、覆いかぶさる。背中にチクチクと何かが刺さる感触があった。
ぐらぐらと地震さながらに建物全体が震える。
もう、犯人一味は俺たちのことなんか構っていられない。まっくらになった狭い通路で、我れ先に外に出ようと慌てふためき逃げ惑う。
混乱の最中、ディフは経験(+野生のカン)で危険を察知していた。他の人間よりほんの少し早くだけ。
その瞬間、確かに聞いた。
建物を支える決定的な何かがきしみ、崩れる音を。
今まで何度か聞いたことがある。
崩れる。
外に出る時間はない。
思考が凄まじい早さで駆け巡る。
落ち着け。
『爆心地』があの二人だとするなら……一番被害の少なそうな場所は……。
ぐい、と双子を抱えるヒウェルをひっつかむ。
「ここか!」
二本の支柱の間にできた、わずかな壁の窪み。
最悪、天井が落ちてきてもここならまず柱で止まる。支柱が崩れても、倒れるより先に互いにぶつかり、直撃は避けられるはずだ。
……あくまで理論通りに行けばの話。だが、迷っている時間はない。
避難場所に退避した直後に、巨大なミキサーの中にまるごと叩き込まれたみたいにそこらの物が飛び交う。
背中にばらばらとがれきが落ちてくる。必死で踏ん張った。
俺が支えていれば下の3人は直撃を免れる。俺が倒れてもヒウェルが居る。
いくつかでかい瓦礫が落ちてきた。しかしぶつかる直前に、妙に不自然な角度で逸れた。
見えない手がはじき飛ばしたように。
双子の力か?
あまり重いものは動かせないはずだ。
こんなことまでやって大丈夫なのか?
その瞬間、めきっと壁がきしみ、ゆがんで剥がれて……天井が落ちてきた。
次へ→【2-12】clear!