俺には弟がいる。名前はディー、年は8歳、3つ下。
ママそっくりのくるくるの赤毛にヘーゼルアイ、鼻と目のまわりにはそばかすが散っていて、いつも犬みたいに後をくっついてくる。
「にーちゃん、あそぼー」
「よし、フリスビーしよう」
「わーい」
「そら、行くぞっ」
力一杯投げたフリスビーを夢中になって追いかけて、木に激突したことがあった。ものすごい音がして、びっくりして駆け寄った。
「大丈夫かっ」
「うん、へーき」
けろっとしてるけど、おでこから血がだらだら流れていた。
「………そうか、平気か。でもいちおう洗っておこうな」
「うん」
「消毒もしような」
「しみる」
「がまんしろ」
こんなことはしょっちゅうある。傷を洗って、消毒して、絆創膏をぺたっとはった。
「にーちゃん、ありがとー」
「どういたしまして」
家族はみんな慣れっこだ。俺も、父さんも、母さんも。週末ごとに遊びに行く伯父さんの家でも。
洗面所にはいつも、ディー専用の絆創膏が徳用箱でキープしてある。
このごろは本人も覚えてきて、ちょっと切った程度では自分でさっさと手当するようになってきた。
ちょっとさみしい。前はケガするたびに俺のとこに飛んできてたのにな。
これだけ丈夫な弟だけど、一つだけ変わったクセがある。
寝る時は必ず、クマのぬいぐるみと一緒じゃないとダメなんだ。
茶色のふかふかしたクマ。目は黒いボタン。ディーが生まれた時におじいちゃんが買ってきた、古いぬいぐるみ。ちっちゃい頃からこいつがぶんぶん振り回したり、投げ飛ばしたおかげで耳がかたっぽとれている。
それだけワイルドに扱ってるくせに、寝る時だけは別。
いつも大事そうに抱えてベッドに入る。
これ、隠したらどうなるんだろうな………。
※ ※ ※ ※
部屋で本を読んでいたら、ばたばたとディーが駆け込んできた。
「にーちゃん!」
「どうした、ディー」
「ぼくのクマがいないんだ。どっかいっちゃったんだ」
ものすごく真剣な顔をしてる。笑い出したいのをこらえて、真面目な顔で答えた。
「そうか、大変だな」
「そうさくねがいってどうやって出すの?」
難しい言葉がさらっと出るのは、パパが警察官だからだ。
「捜索願いは出せないけど、捜索隊はつくれるぞ」
「どうすればいいの? おしえてよっ」
シャツのすそをぎゅっとにぎって見上げてくる。ぱたん、と本を閉じて立ち上がった。
「よし、では捜索隊を結成するぞ! 隊長は俺、隊員はお前」
「えー。ぼくも隊長がいいー」
不満そうだ。口をへの字に曲げて、頬をふくらませてる。
「こういうのは年上がなるんだぞ。パパがいたらパパが隊長だな」
「……わかった、にーちゃん隊長OK。ぼく隊員」
こくこくうなずいた。ほんと、素直なやつだ。
「よし、それじゃ、捜索隊出発だ」
「おー!」
二人で家中、クマを捜索した。
地下室、パントリー、客用寝室、パパの書斎、ランドリールーム、屋根裏の物置。
いつもは開けちゃいけませんって言われてる扉の中にもディーはもぐりこみ、夢中になって中身を引っぱり出している。
「たいちょー、ここにもいませんっ」
「あわてるな。こう言う時は……現場に戻ろう」
「はいっ」
そして、ディーの部屋に戻る。
「こんなに、さがしてもいない……クマ……どこいっちゃったんだよぉ……」
ぐしぐしと鼻をすすって、半分べそをかきながら探してる。ディーがベッドの下にもぐりこんでる隙に、こっそりとクローゼットの中にクマを置いた。
わざと半分、はみ出すようにして。
もそもそとベッドの下から這い出してクローゼットの方を見るなりディーはぱあっと目を輝かせた。
「あ、いた!」
「やった、クマ救出だな!」
「きゅうしゅつかんりょー」
ぎゅっと両手でクマをかかえて、ディーはうれしそうに笑った。顔いっぱいに、ヒマワリが咲いたみたいな笑顔で。それから、クマをかかえたまましがみついてきた。
「にーちゃんありがとー」
すごくあったかい。子犬みたいだ。ああ、頼られてるんだなって気持ちで胸がいっぱいになる。
「よーし、ジュースで乾杯だー」
「おー!」
キッチンに行って、リンゴジュースで乾杯していると、ママが入ってきた。
「ジョニー。ディー。ちょっといらっしゃい」
二人してごちゃごちゃになった客間に連れて行かれて、きっちり怒られた。
しょんぼりしていると、ディーがママのエプロンをつかんで言った。
「にーちゃんは悪くない、ぼくのクマさがしてくれたんだから、おねがい、にーちゃんはしからないで!」
ママはじっと俺の顔を見て、それからディーの顔を見て。しばらく考えてからディーの頭をなでた。
「そう……わかったわ。あなたは部屋に戻ってなさい」
「……うん」
ディーは何度も俺の方を振り返りながら部屋に戻っていった。しっかりとクマを抱えて。
「さて、と」
ぱたん、とドアを閉めるとママはかがみ込み、まっすぐに俺の目を見つめてきた。
「クマが一人で歩く訳ないでしょう? 本当のこと言いなさい。何があったの?」
「う……」
思わず目をそらしたけれど、逃げられない。すきとおったヘーゼルアイが追いかけてくる。
「ジョナサン。ママの目を見て」
「………ごめんなさい」
※ ※ ※ ※
あんなに大事にしていたクマなのに、高校に進学して家を出るとき、ディーのやつは家に置いていった。
もう自立するんだから、クマから卒業するんだ、と言って。
あいつの置いていったクマはその後、俺の妻の手で修理されて。
ギンガムチェックの耳をつけ、今では娘のナンシーの大事なお守り役になっている。
それでも不思議なもので、時々、遠く離れたサンフランシスコでディーがこいつを探してるような気がするんだ。
「ぼくのクマどこ?」……って、ね。
(ぼくのクマどこ?/了)
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