「ピンクのフルーツ」 by 十海 四百字詰め原稿用紙換算60枚

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(1)ピンクのフルーツ

 疼いてる。
 
 私の体の真ん中で、やわらかなピンクの果物が。
 ぬるく潤い、かすかに震え、そっと指で触れると、痛いような、もどかしいような感覚が、びりっと背筋を走り抜ける。

 なでるほどにとろとろと、内側からぬめりを帯びた露を吐き出して。

 いやよ、そんなの。
 触らないで。

 拗ねたところでそれもつかの間。
 じきに上品な仮面なんかかなぐりすてて、せつないほどに訴える。

 ほしいの。
 ほしいの。
 もっとちょうだい。

 外側から内側に、痛いほどにきゅうっと縮んで引き寄せて、何もかものみこみ、捕まえようとする。
 そして……やがて訪れるささやかなクライマックス。
 やっぱりだめ。

 一人じゃ、つまんない。つまんないよ。

 ピンクの果物は欲張りだ。熱の余韻を持て余し、くすぶりながらも呟いている。
 ほんと、ヤんなるほど正直。

 ほしいの。
 ほしいの。
 もっとちょうだい。

 何が?

 答えはけだるい眠りの中。
 曖昧でかすかな夢うつつ、思い描く抱擁はあまりにも微かで、カラダとココロのすき間を埋めるには儚すぎる。

 って言うか、ぜんっぜん足りないーっ!

 それもこれも雪斗さんのせいなんでございますよ。ええ。
 まーったく、あの人ときたら、ここんとこ一ヶ月ばかり工房にこもりっきりで、ほとんど天ノ岩戸状態。
「決して中に入らないでくださいね。集中したいから」
 とか言って、食事もドアの小窓から差し入れる始末。(機織りでもしてるのかいっ)
 二時間ほどして取りに行くと、きっちりからっぽになった食器が出されてるのを見て、ああ、ちゃんと食べてるんだなって安心する。三日に一度ぐらいの割合で、ぼろぼろの状態でぬぼーっと出てきて、風呂に入って、ちょこっとベッドで寝て行くだけ。

 別に欲求不満ってわけじゃないんだよね。『してる』ことはしっかりやってる訳だし。ただ、黙々と、素っ気無いと言うか、つれないと言うか……コトが終ったらはい、それまでよってな感じで。終ったらぱたっと眠って、私が起きるより先にいつの間にやらいなくなっちゃうの。
 取り残されたベッドの中でふと思う。
 
 これじゃ、まるっきしカラダだけが目当てじゃないか。
 私っていったい何なのよ?

 正面切ってきっぱり言えれば楽なんだけどね……。
 ぞんび状態になってふらふらしてる雪斗さん見てると、何も言えなくなっちゃった。

 そしてまた疑惑の悪循環。
 いかんなぁ……。

 ってな具合に鬱々したまま一ヶ月が過ぎて、二ヶ月目に突入しかけた朝のこと。
 
 とろとろとぬるまる眠りの中に、けたたましいベルの音が割り込んできた。
 出所はわかってる。
 私はほぼ無意識のうちにまくら元をまさぐり、ぴしゃりとひっぱたいた。
 掌に固く、冷たい感触を残して音が途絶えた。
(あーかったるい……)
 思わず、もう一度寝直そうとして、のそのそとベッドから這いずり出す。いや、もぉ。アンヌイな目覚め、だの、さわやかな朝の空気の中に飛び出す、だの言ってる場合じゃなくって。
 ただ、もぉひったすら『眠っ』。
 半分、眠ったまんま床に降り立ち、のそのそと洗面台に向かう。ぱしゃっと冷たい水を顔にかぶせたところでようやく目がぱちっと開いた。
 変ね。
 体は人形なんだから、眠る必要なんてないはずなのに。
(カラダは欲しがらなくっても、ココロは欲しがってるんですよ)
 脳裏に彼の言ったことがひらめく。
(キッスと同じに、ね)
 ついでに余計なことまで。
「だったら、てめーはなんだっつのよっ。これじゃモノ扱いと変わんないじゃないのっ」
 腹立ちまぎれにばさっとタオルを鏡に投げ付け……はたと我に帰って拾い上げる。
 きりり、とかすかに体の中で、歯車のきしる音がした。

 実際、モノじゃん、私。
 殿方に愛でられ、応えることだけを期待されたお人形。中身がどこの誰であれ、記憶がない以上は器の属性が魂を凌駕する。
 わかってんだけどさ。わかってんだけどね、うん。

 しおしおにうなだれつつ部屋に戻り、さて着替えようとしたら……
「あれ?」
 服がなかった。
(っかしぃなあ。夕べ、寝る前に出しといたはずなのに……)
 と、辺りを見回す。ふと、華やかな赤いひらひらが目に入る。
(何?)
 赤を追い掛け、椅子の上に目をやる。
 真っ白な箱。赤いリボン。

 ワタクシはプレゼントございます、と全身全霊で言ってるような箱が置かれていた。さほど厚みがある訳ではないが、けっこう大きい。
 そっと触れた指の中で、赤いリボンがするすると心地よくすべる。
 絹だ。
(……ちょっと、イイかもしんない。)
 軽く引っ張っただけでするりとほどけ、間にはさまれていた紙が一枚、ひらりと床に落ちる。拾い上げると、少し右上がりの見慣れた字で『to Vanilla』と書かれている。
 ほんと、雪斗さんの字ってすぐわかるんだよね。アルファベット書いても、どこか漢字っぽいの。
「ふ〜ん、モノでご機嫌とろうってか?」
 口とは裏腹、内心かなりときめいちゃったりして……。
 好きな人からプレゼントもらって悪い気はしないしね。
 何をもらうかは二の次。もらえたって事そのものが、私のために、私のこと考えてくれたってことそのものが嬉しいの。
 とは言え、どんなに短かろうと、手紙に書かれてることにはそれ以上に興味がある訳で……
 そそくさと開く。
 真っ白な紙の上、相変わらず気帳面な字がびっしり並んでいた。きりっと一直線上、髪の毛ほどの乱れもありゃしない。
 まったくどうやって書いたんだろ?

『バニラさんへ
 放ったらかしにしてすみません。でも、君のこと忘れてたからじゃないんです。
 仕事を言い訳にしたくはないけれど、僕にとっては仕事と生き甲斐の区別はかなり曖昧なんです。気に入ったモノしか造らない、造りたくないんです。だからのめりこむと、つい廻りへの回路も閉ざしてしまう。
 今迄はそれでもよかったんですけどね。
 一人だったから。
 それにお仕事しないと僕ら、暮らしてかれませんし、何より君に不自由させたくない』

 さすがにどきっと来たね。
 そう言えば自動人形の維持費って、すっごくかかるんだっけ……精巧なものであれば、あるほど。

『だけど、お仕事の方もやっと、区切りがつきました。ゴールが見えてきたって感じです。
 あとは仕上げの一歩を残すのみ……そこで、お願いがあるのです。
 手伝ってもらえませんか?』

(あちゃあ……そう来ましたか)
 苦笑しつつも、そろそろ手伝ってもいいかなあ、なんて思いはじめてる自分がいたりして。

『箱の中身に着替えて、工房に来てください。
 待ってます。
 雪斗より』

「しょうがないなぁ」
 とか言ってる割には顔がほころんできちゃう。なぜ?
 答は明白。
 うれしいから。
 
 いそいそと手を箱の蓋にかけ、えいやっと持ち上げる。
 ぱふっと空気が舞い上がり、中からきちん、と畳まれた白い布地が現れた。
 ほんわか控えめのパフスリーブにスタンドカラーのワンピース。
「これってもしかして……アレか?」
 思ったまさにその瞬間、見つけてしまったナースキャップ。
 間違いない。
 看護婦さんの服だよ、これ。
 こんなもの、いつ買ったんだろう。まさか、手作り? さらに御丁寧なことに白いストッキングと、ほんのりピンクの入ったシューズまで添えてある。
「凝ってるなぁ」
 まあ、ここまではわかるんだけど……この、レースのガーターベルトとパンティは何なんだろぉ。しかも、サイドをヒモで結ぶタイプ、いわゆるヒモパンと言うやつだ。
「趣味に走ってるなぁ」
 ま、いいでしょう。
 おつき合いしたげようじゃないの。
 それに……こう言う機会でもなきゃ、滅多に着られるもんじゃなし。
 いそいそと着替えてから、鏡を見て、はたと気付く。
「うわっ、こりゃやばっ」
 白い布地の下から、ブラジャーのラインが透けてるじゃありませんか! そりゃもう、レース模様までくっきりはっきり。
「これだから白は……」
 あわててタンスの引き出しひっかきまわし、ビスチェタイプのブラジャーと長めのスリップを重ね着した。ちょっぴり『えっちっぽくていいかも』とか思ってしまった気恥ずかしさも手伝って、何げに重装備。(やぁね、オトナって……)
 初めて着たナース服は、袖を通した瞬間こそ、ひやりとしたけれど、あつらえたようにしっとりと優しく私の体を包みこんでくれた。
 やっぱりお手製か?


(2)ジューシィなフルーツ

 螺旋階段を昇る。
 とん、とん、とん。
 歯車の音が響く。
 きり、きり、きりり。
 鉛筆みたいに細い、石造りの建物。壁に、床に、音が響き、また跳ね返るのを聞きながら、私は三階まで上がった。
 そう、一番最初に、目を覚ました部屋だ。
 冷たいドアをノックする。
 こつ、こつ、こつ……。
 ややあって、雪斗が応えた。
「どうぞ」
 きぃっとドアを開けるとそこには。
「ようこそ、僕の診察室へ」
 白衣着た彼が立ってたりして。
「……そこまでやりますか、そこまでっ」
「いやあ、どうせだから、徹底的にやろうと思いましてね」
「あーもう聴診器までつけちゃってぇ。どっから持ってきたの、こんなもんっ」
「材料仕入れるついでに、ちょっと」
「材料?」
「医療用のシリコンとか、いろいろね」
 シリコン? って、人肌になじみやすい、あれだよね。
 人形の肌にでも使うのかしらん。
「その服、よく似合ってる」
 え?
 意外な言葉に耳を疑う。
「そ、そぉ?」
「うん」
 あ、あ、やだよこの人ってば、しみじみ腕組みしながらうなずいて。何なんだ、やけに素直と言うかしおらしいと言うか。こう……かえって、どきどきしちゃうじゃないですか。
「あれ?」
「ひゃおうっ」
 ってなこと考えてたらいきなり、背中をつすーっと指でなぞられたりした訳で。
「い、い、いきなりナニすんのっ」
「ずいぶん、しっかりしたの着てるんですね」
「何が?」
「ぶらじゃあ」
「……真顔で言うなーっっ」
 かーっと頬が熱くなる。が、雪斗さん相変わらず涼しい顔。
「他に言い様がないじゃないですか」
「そ、そりゃ、まあ」
「乳バンド、とか言ったらかえってヤらしいでしょ?」
「ちちばんど……」
 ヤらしいと言うか。ダサいと言うか。
「……確かに、まあその」
「あ、よく見たらスリップまで着てるし」
「だって、透けるから、さ。気になって。白い布だし」 
「そこがイイのに……」
 この男はっ。
 いっそ殴ってやろうかと一歩前に出た瞬間。
 ぼふっと、深く抱き寄せられ、やわらかく唇をふさがれた。
「んっ」
 びっくりして顔をそむけようとしたら優しく髪の毛を押さえられた。
 細長い指がそっと、髪の毛と耳たぶをなでる。
「んん……」
 そうだよ……。
 こんな風に、してほしかったんだ。
 ずっと。
 くにゃあっと、体から力が抜けた。
 唇を離し、そっと彼が耳もとにささやく。肌をくすぐる吐息さえ心地よい。
「悪かったですね。ずっと、寂しい思いさせて」
 言いたいこと、山程あったはずなのに。その瞬間、全部溶けて消えちゃった。
「いぃよ。これで、帳消し」
「わぁ、よかったあ」
 破顔一笑。子供みたいに顔全体で笑うと、彼はぎゅーっと私の体を抱きしめた。
(かわいい……)
 と思った私が甘かった。舌の根もかわかぬうちに、針飲んだような声がひそっと耳もとで囁いたのだ。
「それじゃ、僕の気がすまないんですよ」
(あ、やばいかも)
 意識の隅っこで警報が鳴る。
(話題、変えたほうがよさげね)
 不覚にも背筋にぞくぞくっとした快感を覚えつつも、私は慌ててするん、彼の腕をかいくぐり、抱擁から抜け出した。
 ちぇ、と小さな舌打ちが聞こえたがとりあえず無視する。
「あ、あの、それで手伝ってほしい事って、ナニ?」
「ああ。さるお得意さまから、たいへんデリケートな品物の作成を依頼されましてね」
 やっぱりプロだね。仕事の話持ち出したら、急にしゃっきりしちゃった。
「ああ、だからシリコン?」
「ええ。直接、肌に触れるものですから」
「なるほどぉ」
「できる限りの努力はしたんですが、なにぶん、男の僕には確かめられないこともありますし」
 言いながら雪斗さんは、ぱっと作業台にかけてあった布を取り払った。
「色々試行錯誤したら、こんなに造っちゃいました。好きなの一つ、選んでくれませんか?」
 ずらりと現れたのは。
「かっわいー」
 イルカや鯨、魚、三日月、バナナ、苺、マンゴー。
 やわらかな丸みを帯びた、やさしいフォルムのオブジェたち。
 赤、青、黄色、虹のような派手派手な縞模様に塗られているものもあれば、やわらかな透ける真珠色の中にトランプのマークを象った小さなビーズを封じ込めたものもある。
「触っても、いいの?」
「どうぞ」
「ど、れ、に、し、よう、かな」
 ちょっと迷ったけど、透明なイルカに決めた。
「わぁ、もこもこしてる」
 きゅっと握る。最初はひやりとしたが、次第に体温に馴染んで温かくなってきた。手触りも、にごにごと言うか、もちもちと言うか。新鮮で、飽きない。
「何か、なごむなぁ……」
「なごみますか」
「うん、とんがってた気分が、ふにゃあっと柔らかくなる感じ」
「それは、よかった」
 って雪斗さんってば、いつの間に背後にっ!
「じゃ、まずはソレで試してみましょう」
「はい?」
 細いくせにがっちりした腕が有無を言わさず背後から羽交い締め。ひょいと抱き挙げられたかと思うと、とさっと椅子の上に降ろされ、あっと言う間にベルトで四肢を固定されてしまった。
 待て。椅子って言うかこれ……治療台?
「こ、こんなものまで揃えるなーっっ」
「失敬な。元からここに有りましたよ」
「そーだっけ?」
「ええ。人形のメンテ用に」
「そ、そうか、メンテ用ね」
「まあ若干、改造してありますが」
「えーっっ」
 かち、と雪斗の指がレバーを倒した。
 すると、足の部分がぎしぎしと持ち上がり始めた。
「や、やぁ、何これっ」
 しかもだんだん開いてゆくし……
「やだぁっ」
 スカートが次第に上にずりあがり、足の付け根があらわになって行く。
「大丈夫。君の方からは見えないでしょ」
「た、確かにそうだけどっ」
「こっちからは丸見えですけどね」
「ばかぁっ」
 身悶えするが、あいにくとウエストのところもがっちり固定されてるのでほとんど効果なし……かえってスカートが乱れただけ。
 ちらり、と足元に視線をやると。
 眼鏡越しに彼の目がじぃっとある一点を見つめている。
 視線だけで、貫かれそうな気がした。
 ずくん、とピンクのフルーツがかすかに疼く。
「ちゃんと、下はプレゼントしたのを履いてきてくれたんですね。感心、感心」
「……ヒモぱん?」
 ずるっと白衣が肩からずり落ちる。
「親父じゃないんですから……ちゃんとサイドリボンパンティって言ってくださいよっ」
「だって、ヒモじゃない」
 ぐすっとかすかに涙ぐみつつ、わずかな反撃を試みる。
「ふぅん……まだ、そんな事言うんだ」
 あ。
 やばい。
 声の温度がぐっと下がった感じ。
「あ、やめて、今のナシっ」
 身をよじる暇もあらばこそ、ぐいっとスカートの中に潜り込んだ指に、きゅっとつままれた。
「っ」
 びっくん、と痛いくらいに背筋が反った。
 するっとリボンが素肌を滑る感触。
「だめ、そこはだめっ」
 言った時には、小さな布地は既に取り払われ、ピンクの果実が剥き出しにされていた。スカートに隠されて私の目には見えないけれど……。
「ああ、やっぱり……」
 指で押し広げられた。つす、と内またを滴り落ちる滴の感触。
 見られている。
 それだけで、私はじわじわと全身がどうしようもなく火照るのを感じていた。
「こんなになって」
 押し殺したような呟きは、はっきりと震える果弁のすぐそばで聞こえた。
「やだっやめて、だめぇっ」

 嘘よ。
 嘘。
 全部嘘。

「やめてったらあっ」

 ちょうだい、ちょうだい、ずっと待ってたの。
 私を触って。
 可愛がって。

「可愛いよ」
 一言ささやくと、彼は深く、やさしく、キスをした。
 うるみきった、欲張りなピンクのフルーツに。
「あ、あ、あ」
 その時、初めて私たちは同じ言葉にたどり着いた。
 
 嬉しい。
 嬉しい。
 気持ちいい。

「ああっ」

 沸き上るうねりに飲み込まれ、頭の中でかーっと火花が散る。
 うそでしょ?
 これだけでイっちゃうなんて?

 頭の片隅でちらりと思った。けれど、すぐにそんな事はとろとろにとろけて消えてしまう。

「すごいな……あとから、あとから溢れてくる」
「やぁん」
 急に、ひやりとした感触が押し当てられた。
「や、なに?」
「心配しないで。ちょっと、集めてるだけですから」
「何……を?」
 ちらり、と見せられたのは、ちっちゃなガラス瓶。内側に向かっていく筋も垂れた痕が残っている、その底に溜まっているのは……。
「やだぁっ」
 急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「恥ずかしがることなんて、ないですよ。人間の体液なんて、みんな海の水みたいなもんなんですから」
「海ぃ?」
「成分的には、同じなんだそうですよ」
 言いながら雪斗は作業台に向かって歩いてゆく。

 ずくん、とかすかに、またフルーツが疼いた。

 ねえ。
 ねえ。
 これで終り?
 終っちゃうの?

(黙って、お願い、静かにして)

 足りないよ。
 あたし、まだまだ足りないよ

「え〜っと、確かバニラさんのお気に入りは……」
 お願い、こっちを見ないで。
 今は背中を向けてるからいいけれど。こんな格好のままじゃ、すぐばれちゃう……。
「この、イルカでしたよね?」
 くるり、と雪斗は振り向いた。
 その途端。
 ひくん、と果肉がふるえた。
 何て正直。
 何て欲張り。
 眼鏡の奥の瞳がすうっと細められた。ネズミを呑んだ猫みたいな目付き。
「イルカは……海の生き物です」
 こつり、こつりとわざとゆっくり近付くと、雪斗はあのイルカのオブジェを目の前に差し出した。
「かわいいでしょう?」
「う……ん」
「キスしてみませんか?」
 ただ、もう、剥き出しにされた下半身から目を逸らしてもらいたい一身で私はうなずいた。目の前にイルカが差し出される。おどけた目付きつん、と尖ったくちばしのさきっちょに、私は軽く唇を当てた。
 温かい。
「もっと、深く」
「ん……」
 くい、とイルカのくちばしが唇をかきわけ、口の中に入ってくる。おそるおそる舌をあてる。
 何の味もしなかった。
 強いて言えば、味のない味、と言うか何と言うか。
 ただ、もこもこした感触が楽しくて、思わず歯できゅっと噛んでしまった。
「あ」
 その感触は、雪斗の指にも伝わったのだろう。
 悪戯っ気を出してもう一噛みしようとしたら、するり、と抜き取られてしまった。
 イルカのくちばしから一筋、透明な糸が滴る。
「駄目ですよ、海の生き物をいじめちゃ」
「だって」
「かわいそうに。すぐ、海に戻してあげますからね」
 言いながら雪斗はさっきのガラス瓶を取り上げると
「とびっきり、温かい、南の海に」
 わざと私の目の前で、中身をイルカのオブジェに注ぎかけた。
「いやぁ……」
「いや、ですか?」
 診察台の足元に廻ると、彼はのしかかるようにして顔を寄せてきた。
 そして片手で器用にボタンを外すと、うなじに唇をすべらせた。
「まだ、これからなのに」
 言うなり、軽く歯を立てた。
 もう、何も考える前に私の唇の間から、かすかなため息がもれていた。
 満足げにうなずくと、彼はまた足元に潜り込み……。
「教えてあげましょう」
「え?」
 あたたかい、ぺったりしたものが内またをはい上がる。
「これの、本当の使い方を、ね」
 次の瞬間。
 うるみきった果肉の入り口に、無機質な丸いものが押し当てられた。
 何をされようとしてるのか、初めて知った。
 知ると同時に、全身がすくみ、震えた。
「いやあ、許してっ」
「さあ。海だよ」
「あ、や、だぁ……」
 悲鳴の最後は甘い吐息にとろけて消えた。
 押し入ってきたそれは、あくまで丸く、なめらかで。
 確かに異質ではあったけれど、決して私を損なったり、傷つけたりする類いのものではなかった。ひたすらそこを愛で、触り、快感を引き出すために造られたものだったのだ。

 ……なぁんてのは、後になってから落ち着いて思い出した理屈であって、挿れられてる時はもうそんな事、かけらも考えられなかったんだよね、これが。
 雪斗さんときたら私の体、知り尽くしてるもんだから。おまけに、そこを突くために造ったものな訳ですから……。それに腰よりは、手のほうが自在に動く。
 彼は冷たい眼鏡の奥からつぶさに私の乱れ様をながめながら、器用にイルカを操り、泳がせる。

「……おや。これは何だろう」
 イルカのくちばしが、つん、と入り口のそばをつつく。
「アーモンドみたいに盛り上がって……」
 もう、とっっくに一番上まで昇ってしまったと思ったのに。
 まだ、感じることも、できるんだなって、わかった。
「そうか……ここが」
 反射的に体をよじろうとしていた。
 けれどがっちり押さえられた。
「大丈夫、もっと、気持ちよくしてあげますからね……」
 優しいささやきとは裏腹に、イルカの先端は執拗にその部分だけを攻めてくる。
 次第に激しく、容赦なく。
 動かすたびに、じゃぶ、じゅぶっと、みだらな水音が聞こえる。
「やだよ、やだよ、もぉ……やめて、お願いだから」
 弱々しく応える声の何と甘くせつなげなことか。
「やめて、おねがい、もうゆるして」

 いいわ、いいわ、もっと頂戴。

「だめよ、もう、おかしくなっちゃう」

 もっと愛でて。もっと可愛がって。

「おねがい、おねがい」

 お願い、お願いっ。

 次第に自分でもわからなくなってきた。
 悲鳴あげてるんだか、悦んでるだか。
 二つの声が完全に溶け合い一つになる。
 背筋が震え、弓なりに体が反り返った。
 大きな、大きな波が私を遥かな高みまで持ち上げ、飲み込んだ。
 押し寄せる外側と内側の波に痛いくらいに引き絞られ、私のフルーツはひくひくと震え、勢いよくジュースを吐き出した。
 
「……バニラさん」
「あ……れ?」
「素敵でしたよ……すごく」
 ぽーっと頭の中が火照り、心地よいけだるさが全身を満たしていた。
「しみじみ言わないでよぉ……すっごく恥ずかしかったんだからっ」
「はて。今も充分、恥ずかしいと思いますが」
 足の間がぐっしょり濡れている。
 ずるり、と体の中から何かがすべり落ち、床に落ちた。
「やだ……服、汚しちゃったっ」
「構ないじゃ、ありませんか。そのために用意したんだし」
「あ、わかったぞっ」
 ピン、とひらめいた。
「括りつけたまま、脱がせるためにヒモぱん履かせたんでしょっ」
「だからヒモぱんはよしなさいってばっ」
 ムキになって言い返すとこがカワイイなあ、とか思ったのが甘かった。
 ついっと眼鏡を押し上げるや、彼はにっこりとほほ笑んだのだ。
「それだけ元気があるなら、次、行っても大丈夫そうですね」
「あ、いや、その」
「さ、はじめますよ……」
「ちょっと待ってぇ〜っっ」

 待ってくれるはずがない。

 で、それからどうしたかと言うと……。
 片っ端から試着しました、はい。
 もこもこしたの入れたり、フルーツ型のでこねまわしたり、全部。
 さすがに、最初みたく激しいのはなかったけれど、奥まで深々と挿入れられて
「ここは? どう? どんな感じ?」
 と尋ねられて……。また、わざと中途半端に意識を残した状態だったから、かなり恥ずかしくて、体の刺激と言うよりは、そっちで熱くなっちゃったような気がする。
 さんざん挿れられ、こねまわされて、身も心もとろんとろんになった私を見下ろして、雪斗は満足げにつぶやいた。
「これで自信を持って納品できます」
「おめでと……」
 さあ、これでほどいてくれるかなと思った。
 確かに、かちゃっとベルトの外れる音がした。
 でも、それは拘束具のベルトじゃなかったのだ。
「もしもし雪斗さんっ」
「はい?」
 ぜんぜん悪びれてないな、この男はっ。
「何してるの?」
「脱いでるんです」
「だからぁっ」
「医者と看護婦って、燃えるシチュエーションだと思いませんか?」
「もう、さんざん、したでしょおっ」
「あれはお仕事。今度は」
 彼は眼鏡を外すと、ゆっくりと覆い被さってきた。
「たっぷり可愛がってあげますよ。個人的に、ね」

 一つ発見。
 今度は体中まんべんなく気持ちよかった。

 さて、翌日。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
 かる〜いキッスで納品に出かける雪斗を送り出し、ふと暖炉の上に目をやると……。
「うっそ……」
 透き通ったイルカが、ちょこんと座っていた。

 『好きなの一つ選んで』って……こう言う意味ですか。

「しょうがないなぁ」
 めっとイルカのおとぼけ顔をにらみつける。
 分厚いスカートの下で、ピンクのフルーツがちょっとだけ、甘くとろけた。

 (終り)

【たわごと】
 ローターってのはあてて気持ちよくなるためのもので、バイブは動くもの。じゃあ動かないのは何て呼ぶのかと言うと、『ディルド』と言うそうです。
 今回、参照にしたのはLove pice clubと言う会社の商品です。ウーマンフレンドリーなセクシャルグッズをそろえたところで、文中の描写は全て同社のHP上に展示されてる商品のものだったりします。ココロとカラダを気持ちよくするため、楽しむために、女の人が女の人のために創ったとこなので、興味と時間がおありでしたら一度のぞいてみてみてはいかがでしょう。(とか言いつつこーゆー小説の資料にしてる私。)


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