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» 猟犬探偵・竜門卓・セント・メリーのリボン
» date : 2004/10/30  
『犬を探している。』ぴりっと透き通る山の寒気にも似た自然体のハードボイルド

★原作・稲見一良「猟犬探偵」「セント・メリーのリボン」(新潮文庫)
★脚本・松原敏晴/主演・渡瀬恒彦/フジ系

冬枯れの山の中。男が独り歩いている。足元にはシェパード系とおぼしき黒っぽい犬。「犬を探している。相棒のジョーと一緒に。」やがて川べりに横たわるビーグル犬を発見するが、小柄なその体は既に冷たく強ばっていた。
「遺体は引き取られますか?」
「いえ、見るにしのびません。山に埋めてやってください。狩猟になど連れ出さねばよかった。」
「いや、私はそうは思いません。猟犬が、猟犬として命を全うすることができたのですから」
「そう言っていただけると…。ありがとう。」
携帯を切ると男は犬の亡骸を真新しい毛布でくるみ、土に埋める。最後に石を一つ、土盛りの上に据えた。
彼の名は竜門卓、猟犬専門の探偵である。狩猟の最中に遭難したり、あるいは盗まれたりして行方不明になった猟犬を、飼い主の依頼で捜索するのが仕事だ。相棒のジョーは3年前に彼の山に捨てられていた雑種。稲見一良の原作を渡瀬恒彦の主演でドラマ化、2/27の金曜エンタティメントで放映された。キャスティング(人、犬ともに)セリフまわし、雰囲気といい、適度なアレンジを加えつつ、丁寧に原作のイメージを映像化している。ただ、中編
「セント・メリーのリボン」に短編集「猟犬探偵」から抜粋したエピソードを混ぜこんでいるため、話の展開がやや散漫としていたのが残念。
竜門は 昔の女 かつての依頼人、ケイから強引に依頼を受ける。
「友だちの娘さんの犬を探してほしいの。名前はスワニー。ラブラドールレトリバーよ。」
「悪いが専門外だ。」
渋る竜門にケイは一本のビデオを見せる。そこには一頭の犬の献身と愛情だけを頼りに暗闇を歩む少女の姿が写っていた。スワニーは盲導犬だったのである。
「お前は、あの女の頼みを断れんよ。」
はた迷惑な悪友の予言に苦笑いで答えつつ、結局、彼はこの仕事を受けた。
母親の撮影していたビデオを手がかりに、竜門はスワニーの居場所を突き止める。しかし、盗んだ男にはやはり目の見えない娘、ハナがいたのだ。「お願い、メリーを連れて行かんといてぇ」一方の少女には希望と光を取り戻しながら、もう一人からはそれを奪ってしまった。それが仕事だ。何を悔やむことがある?

「お嬢さん、花束を作ったらもう一つお願いがあるんだ。こっちの優しい顔の犬に、
リボンをつけてやってくれないか?」
「あら、でもそっちの恐い顔の犬にもつけてあげないと、ひがんじゃいますよ。」
(結局、2匹ともつけてもらっていた。結構似合ってたぞ、ジョー。)
(本編より)

★「優しくなければ生きる値うちがない」
ここで冷酷になり切ったらハードボイルドではなくなってしまう。かのフィリップ・マーロウかて言うてます。タフなだけではいけないと。
「予言するわよ。竜門卓は、きっと明日からあの子の力になる。」
ケイの言葉どおり。彼は友人のリチャードを訪ねる。
本名は大須賀と言うこの男、若い頃はアメリカで盲導犬の訓練を手掛けていたが今は引退し、孫娘と愛犬と暮らしている。アメリカ仕込みの冒険心あふれる実に快活なじーさまである。しかし飼ってるシェパードにつけた名前が…
「その娘さんさえよければ、この太郎と盲導犬を扱う訓練をしてみないかね?」
んなアホな。と、少しでもアイメイトの知識のある人は思うだろう。
いいじゃないか。たかだか2時間弱のおつきあい、確かに相手は絵空事の登場人物だけれども。その身の不幸に同情して泣くよりは、一緒に幸運を喜びたいじゃないか。心のどこかで訴える「こうあってほしい」「こんなんじゃ、いけない」と言う願いに応えてこそのエンタティメントではないか。

★セント・メリーを待ちながら
厳しい訓練に耐え(合間に竜門に恨みを持つヤクザに誘拐されもした)もうすぐ、一人立ちできる所まできたその時。盲導犬太郎は静かに、眠るように息を引き取った。(やー危ないと思ったんだよ、演じてる犬が妙に年寄りっぽかったから)
冷たくなった太郎の体にすがりつき、号泣するハナ。それでも彼女は言う。
「竜門のおじさん、ありがとう。太郎と会わせてくれて…。」
できるだけの事はやった。何を悔やむことがある?
「あなたはそれでいいかも知れないけれど、あなたに関わったばかりに引っ掻き回されたハナちゃんはどうなるの?あたしの知ってる竜門卓は、こんなことで諦める男じゃないわ。」
そうとも。話はここでは終わらない。
お気付きだろうか。まだ名前しか登場していない第三の盲導犬がいることに。

★愛すべきオヤジ犬
TVドラマとなると、どうしても人間中心で話が進み、この作品の第2の主役とも言うべきジョーの扱いが小さくなってしまったのがちょい残念。3年前に竜門の所有する山に捨てられていた彼は由緒正しい雑種犬で、原作では「シェパードに日本犬やら何やらが混じっているらしい」と記述されている。ブラウン管に登場した『ジョー』の姿は正に「ぱちもん臭い」シェパードで、イメージぴったりだった。(これで血統書付きだったりしたらどうしよう)彼の好物はビール。守備よくひと仕事終えた後は、相棒と冷たい缶ビールを一本あけるのが何よりも楽しみ。その洋風な容貌とは裏腹に和食派で、パンやドッグフードより米の飯を好む。ちなみに竜門はパン食派。ひょっとしたらこの人、毎日ジョーのために飯炊いてるんじゃなかろうか。

★気取らず騒がずされどハードに
ハードボイルドは恥ずかしい。ロマンチストはもっと恥ずかしい。知らずにやってりゃただの馬鹿、気取るだけなら、はや道化。少し照れながらも、自然に振る舞いその結果、タフでハードな男のイメージを残す。喋りはいつも淡々と、滅多に感情を荒立てず、まっすぐに人の目を見て話す。物静かだが冷酷ではない。鋼のように真実で、刃のようにまっすぐな…と言い切っちゃったら誉め過ぎか。けっこうええかっこしぃなとことか、子どもっぽいところとか、後先考えずに突っ走る傾向ある人だし。銃の腕はいいが、お世辞にも肉体派ではない。犬の事はわかるが、女の子の相手は苦手。ただしいつでも誠心誠意。竜門卓とはそんな男だ。小説だと気付かなかったが、「りゅうもん」と口に出すと、実にインパクトのある名前だと思った。一度聞いたら忘れまい。日本語の名前なのにどこか異国めいた響きがあり、アラスカあたりをのし歩いても違和感なさそうな彼のキャラクターをうまく表現している。改めて原作者稲見一良の言葉の巧みさに感じ入るばかりだ。

★メリー・クリスマス
ラスト。竜門はジョーともう一頭の犬を連れ、ハナの家に向かう。折しもクリスマスイブの夜。雪の降りしきる中、バラの花束を手に彼は何度も言うべきセリフを練習する。最初は照れるように小さく。
「ハナちゃん。この犬はメリーだ。セント・メリーって名前なんだ。今夜からハナちゃんの家族だよ。」
くり返すたび少しずつ声が弾み、大きくなる。
無骨な顔が次第にほころんでゆく。
雪の中、男と2頭の犬の後ろ姿が遠ざかる。
窓の中、少女が一人佇んでいる。小さなクリスマスツリーに祈るように手を触れる。
じき、誰かがドアを叩くだろう。

一歩間違えるとあまりの空々しさと気恥ずかしさにのたうちまわりかねない素材を、
木綿のシャツのようなさり気なさに仕上げた上質なオヤジボイルド。(オヤジのハードボイルド、略してオヤジボイルド…あ、北風)
馴れ合いに終わらない、ちょっと突き放した犬への愛情は見ていて共感できます。
原作は新潮文庫から2冊の文庫本として発行されている。

今はスカパーで割と2時間ドラマの再放送率が高いので、そのうちやってくれないかなあと秘かに期待してたりします。
» category : Bの大箱(再録) ...regist » 2004/10/30(Sat) 11:13

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