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» クレオパトラ(上)(下)(再録) » date : 2004/09/25  
■クレオパトラ(上)(下)/宮尾登美子/各660円/朝日文庫

エジプト最後の女王、クレオパトラ。彼女は最初から女王だった訳ではない。プトレマイオス十ニ世の子供たちの中では、姉ニ人に次いで三番目、しかも女だから王位継承権は弟ニ人よりさらに低かった。つまり、そのままでは隣国にでも嫁に行ってそのまま静かに終わるような、非常につつましやかなポジションにいたはずの王女だったのである。
その彼女が、いかにしてエジプト最後の女王となり、シーザーとアントニー、ローマのニ英雄と愛を交わし、死に別れ、遂には自ら命を絶つに到ったかが、宮尾登美子の、簡潔にして流麗な文章で鮮やかに綴られる。随所にちりばめられた、当時の食べ物、風俗、服そう、嗜好品、娯楽の描写が、無味乾燥な歴史に鮮やかな色と香りを与えているのも本作の特徴だ。ことに、女王の催す船上の饗宴はさながら、指輪物語りと見まごう幻想的な光景だ。一瞬、全てが作者のでっちあげか、とも思うのは、創作ファンタジーを読み、爛れた目の悪い癖。下巻巻末の膨大な参考資料を見ると、全て実際にあったものを調べて書き込んだのだと知れる。朝日新聞の日曜版に連載された作品なだけに、見た記憶のある人も多かろう。
クレオパトラと言えばエジプトの女王。クレオパトラと言えば絶世の美女。クレオパトラと言えば、シーザとアントニーを手玉にとった稀代の悪女。クレオパトラと言えば…
正直言って、プトレマイオス王朝最後の女王に対する私の今迄のイメージはこんなもん。あまり女としての視点から見て魅力的な人物とは言えないし、知名度の割にゃ〜この女性のことはあまり知らなかった。
なにしろ彼女が実はマケドニア系ギリシア人で、エジプト人じゃなかったと言うことすら知らなかったんだから。別に異説でも宮尾登美子の創作でもない。エジプト最後の王家、プトレマイオス家そのものがマケドニア人の家系だったのだ。よって、本作品のクレオパトラは燃えるような亜麻色の髪の巻き毛に、黄金色に輝く肌、と言ったギリシア神話の女神さながらの容姿を持って登場する。
本作の主人公、クレオパトラは実に愛らしい。彼女が絶世の美女と称えられたのは、その容姿と言うよりむしろ、才知故だったとする説がある。宮尾登美子の描くところのクレオパトラは正にそれだ。いつでも少女のように溌溂としていながらも鋭い洞察力と明瞭な頭脳でどうどうと王者の道を突き進む。
現代女性にも通じる、生き生きとした女王の姿の、何と爽快であることか。恋に目がくらむと思えば冷静に政治と戦争を見据えたり。男との駆け引きにしたって、恋愛ゲームと言うよりは、さながら外交の一手段。自らの美貌さえもそのファクターの一つに過ぎない。
しかしながらも一方では、愛する人と結婚し、神の前でも、公の場でも認められた妻になりたいと、実に女らしい望みさえ叶えられずにひとり枕を濡らしもする。(シーザー、アントニーともに正妻がいたんだから要するに不倫の関係である。)
一方、女王のお相手をつとめるローマの英雄どもときたら…シーザーにしろアントニーにしろ、お前ら一体ドコに目をつけている、と言いたくなるほど歯がゆい我が侭オトコとして描かれているのが面白い。かくも稀なる女性の心を射止めながらも、政治上の立ち回りを誤り、結局自滅しとるのだ、ニ人とも。もっとも、ーはその達観した器の大きさ故に。アントニーは、どこか子供じみた天真爛漫さ故に。だけど二人ともツメが甘かった。
仮にジョン・カーターのごとく誠実で、行動力のある男が伴りょとなったのであれば、彼女は容易く世界を制したであろうに。結局、男運がなかったんだな、この人。
これらの主旋律に加え、脇を奏でる従者たちの、何気ない描写が巧みだ。18歳の年、14才の王女クレオパトラの護衛に任ぜられてから、影のように彼女を慕い、忠節を続けてきたアポロドロス。同じ年、神殿に身を寄せる王女に女王の輝きを見い出し、以後、彼女の運命を導くことになる女占い師メリエト。クレオパトラの乳母の娘で、乳姉妹にあたる物静かなカルミオン。彼らのみが、黄金の衣装とカツラをまとった堂々たるエジプトの女王たるクレオパトラと、一人の素の女性に戻った時のクレオパトラの双方を見ていると言ってもよいだろう。ある意味、読者の分身と言ってもよい。(アポロドロスなんざ、強烈なツッコミ入れてるしな。)
この3人のうちメリエトは下巻半ばで退場してしまうが、アポロドロスとカルミオンは最後の女王の自害の場面まで付き従い、共に殉死して果てる。エリザベス・テーラー主演の映画で有名なこのラストシーン、宮尾版では、さらっと。実に静かに描かれているが、それ故にかえって切なさが胸を打つ。
哀しい終わり方ではあったけれど、読後感はさっぱりして清清しい。
文章も平易で読みやすい。って〜か流れるようにするっと頭に入り込んできて、読んでて疲れないんですな。歴史の好きな人、最近、似たようなファンタジー小説読みすぎちゃってげんなりしてる人、ちょっと疲れてて装飾華美な文章に耐えられないっつう人にも安心してお勧めします。

行動的でありながらもしなやかな女らしさを失わない、そんな、においたつような美女に憧れる人にもおすすめしたい。文章だけでの描写によって、さりげなく対象を美しいと感じさせることは、十分に可能なのですなあ。
» category : 本のこと ...regist » 2004/09/25(Sat) 02:22

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