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とりねこの小枝

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2014年4月の日記

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四の姫、羊を追う。

2014/04/11 3:06 お姫様の話いーぐる
魔法学院の中級魔術師、エミリオ=グレンジャーがやってくる頃には、訓練場は混沌とした有様だった。
冒険者だけでなく、途中から参加したナデューが召還した妖精や幻獣が入り乱れ、訓練用の刃を潰した剣を持った騎士達と火花を散らしている。
フロウとニコラは後半はもっぱら、怪我をした騎士や幻獣達の手当てに追われることとなっていた。
そんな光景を見ながらもエミルは、その中から訓練が一段落して身体を休めているシャルダンをすぐさま見つけて声を投げる。

「シャルー!今日はまだ訓練中なのかー?」

「エミルっ?ううん、もうすぐ終わるはずだよ。」

「む、エミリオか。」

訓練場の内と外……窓越しの会話が耳に入ったのかロベルトが大柄な魔術師の姿を認めると……何やら少し考え込むように沈黙する。

「…………よし。エミリオ!こちらに来い。ディーンドルフ、シャルダン、ハインツ、レオナルド!」

『はい!』「はい?」

騎士達は返答と共にロベルトの前にザッと並び立ち、急に呼ばれたエミリオは疑問符を浮かべながらも訓練場の中へと入ってくる。

「訓練の最後に、俺達で冒険者の面々と模擬戦を行う。エミリオ、お前も後衛として入れ。」

「え?でも俺は騎士じゃぁ……。」

と言いかけた所で視界に入るのは、ロベルトの前に立つシャルダンの姿。……そう、『俺のシャルと一緒に模擬戦!』だと認識した時点で、エミリオから断るという選択肢は空の彼方へ飛び去った。

「はい!頑張ります!」

「よし。」

魔術師を一人後衛に獲得出来たことに満足そうにロベルトは頷く。模擬戦といえども手を抜く気は全くないらしい。

(これは模擬戦だ。断じて気に入らない薬草師の鼻を明かすチャンスなどではない。断じて……!)

ぐっと握りこぶしを作りながら自分に言い聞かせたロベルトは、引き締めた表情のまま冒険者達に呼びかける。

「薬草師!最後に俺達と手合わせしてもらおう!」

「んぁ?……こりゃまた、知った顔ばっかりだねぇ。お~い、最後に派手にやるってよ。」

声を掛けられた薬草師が他の面子に声をかけるとそれぞれが集まってくるが、四の姫が後からやってきた召喚師ナデューによって制される。

「今度は私に入らせてくれないか。この面子とは久しぶりだからね。」

「え……ん~、まあナデュー先生じゃしょうがないか。」『しょうがないかー』

頭の上の水妖精と一緒に首を傾げながらも、納得したように下がった四の姫に微笑を向ければ、彼も冒険者達の陣に加わった。
金髪の少女と水妖精の少女の間に居たはずの黒いとりねこは、いつの間にか自分の主の金褐色の頭の上に戻っている。

「ちび、お前はエミルを手伝え。」

「ぴゃ、えーみーる!」

ぱさっと翼を羽ばたかせて、深緑のローブの肩の上にたしっと乗っかるのを、銀髪の騎士が羨ましそうに見ていた。

(いいなぁ、エミルの上にふわもこ……良いなぁ。)

羨ましがっているのがエミルなのかその肩の上のとりねこなのか、それは誰にも分からない。

「よし、それでは……。」

ギュッと剣の柄を握り締め、試合の始まりを告げようとした瞬間……バン!と砦に繋がる扉を開けて衛視が一人飛び出してきた。

「隊長、大変です!」

「っ……どうした!」

一瞬ギリッと歯軋りした気がするのは、本人も含めて気付かない。先を促された衛視がビッと背筋を立てて言葉を紡ぐ。

「放牧していた羊の群れが野犬に追い立てられて街の中に逃げ込んで走り回っています!衛視だけでは数が足りません!」

「何……分かった。ではこれにて訓練を終了し、羊の暴走に対処する!いいな!?」

『はい!』


***


羊の群れが逃げ出した街は、既にちょっとした騒ぎになっていた。
慌てる羊飼い達を他所に露店の品物を引っ掛けて落としたり、水瓶を抱えた女性の目の前を走り抜けて驚かして転ばせてしまったりしながら、白いもこもこが町中を動き回っている。

「まずは追い込むぞ!盾を使って中央広場へと追いやり、包囲網を作れ!」

『はい!』

隊長であるロベルト=イェルプの指示により、騎士達がいっせいに散らばる。
模擬戦の相手として雇われた四の姫や冒険者達も手伝うことにしたのか、一緒に街へと散らばった。

「こらっ!そっちだ!向こうへ行け!」

「此処は木箱で塞いじまうか、ちょっと借りるぜ?っと。」

「レプラコーンレプラコーン、暗い闇のちっちゃいさん、羊さんを脅かして!」

「こっちは私の友達が脅かして追いやったよ!」

そうしてなんとか逃げ出した羊を中央広場に追いやり、外を騎士達で塞いだのだが……そこから先が問題だった。
広場に押しやり、逃げ出さないようにするだけなら人手は足りるし運ぶための荷車はあるが、追いやって半ばあらぶっている羊達を牧場まで誘導する手段がない。

「運ぶにも、街中を安全に誘導するにも人手が足りんな……どうしたものか。」

広場中を白いもこもこが蠢いているのを眺めながら唸るロベルトの後ろから…すっ、と男が一人前に出る。
他の騎士達に比べても高く見える長身が黒髪を揺らしながらポケットに手を入れる。冒険者の魔導士レイヴンだ。

「そこの魔導士。」

「え、俺っ?」

「フェレスペンネの力で眠りの魔術を広場に拡大する……手伝え。」

「え?あ、そうか!ダイン先輩、ちびさんをお借りします!ちびさん、ちょっと手伝って!」

「おう。」「ぴゃ?ぴゃ!」

ダインの頭にたしっと乗っかっていたちびを抱えて問いかけるエミルに飼い主は快く頷き、とりねこは一度小首を傾げるも心得たように鳴き声をあげ、
しゅるしゅるとエミルの腕から頭の上に登り、たしっと飼い主にひっついていたのと同じ場所へ収まった。
そうして隣に立って楡の木の杖を取り出すエミルを確認すると、レイヴンは手を入れたポケットから召喚符を一枚取り出した。

『異界の者よ 喚ばれし者よ 符に交わしたる誓いと名の下に来たれ 応えよ 顕れよ……サリクス』

符に込められた使い魔との縁が召喚陣を形作り、異界に還っていた喚ばれし者が現れる。それは……大きな『とりねこ』であった。
銀灰色の艶めいた毛皮と羽毛が陽光を弾き、しなやかだが人が乗れそうなサイズの翼の生えた猫がゴシゴシと顔を洗うと……一声鳴いてみせた。
それを見て薬草師とその弟子の少女が感心したようにその姿を眺めている。

「びゃあぁぁぁーっ」

「うわっ、なんていうかちびちゃんと比べるとあれね……声が分厚い?……師匠、ちびちゃん大人になったらあんなにおっきくなるんだ」

「みてぇだな、俺も聞いた話だったからちょっとびっくりだわ。」

「ちびじゃなくなっちゃうね。」

「俺もそう言ったんだけどなぁ……でも契約した以上名前変えるのもなぁ……。」

言いながら、二人が同じ男に視線を向けると、なんだかむず痒そうな顔で見られた男……ちびの飼い主であるダインが唇を尖らせた。

「……なんだよ。」

『べっつにぃ~?』

「ぴゃっ、ぴゃぁっ!」

「あ、ちびさんちょっと……今はお仕事があるんで我慢して下さい。」

「ぴゃ……。」

一方、こちらの世界で初めて見る『仲間』にちびがはしゃぎ、ぺしぺしと肉球でエミルの頭を叩く。
それをエミルがたしなめると、一応通じたのか、ぺたりとまた頭に張り付いて大人しくなった。

「同時に唱える。基点は左右に分担しろ。」

「はいっ!」

すっと、発動体の腕輪をしている手を広場の方に持ちあげたのを合図に……二人の詠唱が始まる。

『世界の根源たる流れる力よ 黒に染まりて我に従い 闇夜の如くその威を広めよ 意識を曇らせ眠りを誘う力をここに……』
『眠りを誘う力をここに……びゃーっ!』

『世界の根源たる流れる力よ 緑に染まりて我に共鳴せよ 草木の生い茂るごとく広がらん 意識を曇らせ眠りを誘う力をここに……』
『眠りに誘う力をここに ぴゃあ!』

二人と二匹の詠唱が完成しようとした瞬間、広場に押し込められて興奮したのか、バリケードをドンッと一匹だけ羊が乗り越えて走りこんでくる。
たった今最後の一節を唱えようとしている魔術師達に避ける術はなく、ふたりとも目を見開いたが、その瞬間……

「危ないっ!!」

ガンッ!と角と金属がぶつかる音と共に前に躍り出たのは、金褐色の髪を揺らしたガッシリとした男……ダインであった。
羊を盾で抑えこみ、生まれた時間に魔術師二人は最後の呪文を紡ぎ上げる。

『『Sleep Cloud【眠りの雲】!』』

力線と術者の体から編み上げられ、属性を染められた魔力が、呪文によって魔法の靄となって広場を包み込む。
しかしそれも十秒にも満たぬ間の事……魔法の靄……いや、雲が晴れた広場には、眠りこけた羊達が転がっていた。
そして目の前には、巻き添えを食らって一緒に眠る金褐色の騎士も……その姿を見た四の姫は、憧憬に目を輝かせる。
興奮に手をきつく握り締めながら、朗々と呪文を唱える魔術師達を青い瞳で見詰める。

(凄い……!私もあんな風に魔法が使えたら……!)

使い魔の力を使役し……強力に、広大に力を及ぼす魔法の使い手…その姿はまさに、彼女の思い描いた「魔法使い」の姿だった。




喧騒が静まると、銀灰色のとりねこを従えた魔術師は踵を静かに返した。
自分がやるべきことはもう終わったと考えれば、彼が此処に居る理由はない。

「……後は任せる。」

そう静かに告げる魔術師の言葉に、同じく無骨な隊長は鷹揚に頷きそれを受諾する。

「……承知した。眠った羊を荷車に載せて牧場へ運べ!……とっとと起きんかディーンドルフ!」

ガン!!と隊長が眠り続ける騎士ダインの鎧を蹴りつける金属音が響く中、その背中が消えるまで四の姫はずっと凝視していた……。

(私も、あんな魔法使いになりたい……。)

憧れと興味で魔法を学びだした少女の中で、確かに「魔法使い」への夢が強く芽吹いた瞬間であった。


<四の姫と騎士訓練/了>
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四の姫、模擬戦をする。

2014/04/11 3:04 お姫様の話いーぐる
そんなこんなで薬草学の講義が終われば、終わった部屋に入ってくるのは、隊長であるロベルト=イェルブ。
ゆらりと脇に退いたフロウに代わり教壇へと立てば、さっきまでだらけていた件の騎士もピシッと顔を引き締める。

「今日の座学はこれまで…この後は実践訓練を行う。30分後に装備を整えて訓練場に集合だ、良いな!」

『はい!』

30分とは長いな、と思ったがすぐに思い直す。騎士達が身に付けるのは自分達と違って重厚な全身鎧が中心だ。
あれは脱ぎ着するのに大分時間がかかると知り合いの重戦士が愚痴っていたのを思い出した。
騎士が装備を整える時間としては妥当なのだろう。まあ、着ける鎧はそれぞれのようだから、
実際に騎士達が訓練場へと足を運ぶのは、三々五々とバラバラであったが……。

実際、丈夫な鎧は身に着けるが、全身を隈なく覆うプレートメイルは好まないダインや、
射手なので動きを妨げないように軽い鎧を身に着けるシャルダンなどは、刻限より10分程早く着いている。

そしてそこには、当然のように隊長であるロベルトが装備を固めて待っていた。

「む、来たかディーンドルフにシャルダン。」

「相変わらず早いですね、隊長。」

「兵は拙速を尊ぶものだからな。」

ロベルト=イェルプは何事も有言実行、そしてそれ以上に不言実行の男であった。
最初はちらほらと集まっていた騎士達はすぐに隊長の目の前に隊列を組み、刻限にはピシッ!と訓練場に全員が並びそろっていた。

「うむ、刻限ピッタリ…重畳だな。」

ロベルトは遅刻した部下が居なかった事に満足げに頷くと、再び低く通る声を張り上げる。

「今日の戦闘訓練は趣向を変えて、外部の者……つまり冒険者と模擬戦をしてもらう!」

その言葉にざわっ、と騎士達にどよめきが走り、ダインとシャルダンは顔を見合わせる。

「お言葉ですが隊長……。」

「む……なんだクラウス、言ってみろ。」

どよめきの中、ロベルトに向けて言葉を投げたのは、先ほどダインと一悶着起こした騎士…名をクラウス=アールフェイスと言った。
ロベルトに発言の許可を得たクラウスは、短く切った金髪を揺らすように肩を竦めて声を返す。

「俺達騎士が、民草に毛が生えた程度の冒険者風情と戦っても得るものなど無いと思います。まだ騎士同士で何時もの模擬戦を行う方がマシなのでは?」

「……つまり、俺の見立てが不満だ、と?」

ギロ、と睨むようにクラウスをロベルトが見据える。さもありなん、この訓練内容を考案したのはロベルトだ。
それに異議を申し立てるということは、ロベルトの見立てに異議を申し立てるのと同じことだった。
それに気付いたクラウスの顔色がサッと変わるが、ロベルトは睨むような視線をフッとはずした。

「いや、その……。」

「まあ良い、そういう意見が出るのは薄々分かっていた事だ。ならお前が模擬戦を行ってみろ。」

「なっ……!?」

「好きなメンバーを4人選んで小隊を作れ、小隊長にはレオナルドを付けるから6人小隊だ。良いなレオナルド。」

「了解いたしました。」

レオナルドと呼ばれた年輩の騎士がビッ、と姿勢良く敬礼を伴った返事を返せばロベルトは頷き。

「というわけだ、クラウス。貴様が不要だというなら、貴様の手でそれを証明してみるが良い。」

「……了解しました。」

どこか不承不承に頷いたクラウスは、しかし手早く自分と普段つるんでいるメンバーを選び、小隊を組みはじめる。
そのメンバーを見てダインがどことなく眉根を寄せるのは、普段自分を「恥掻きっ子」や「魔族混じり」なぞと揶揄する面子だからだろう。

「他のものは一旦見学席に行け。さて、それでは冒険者達にも来て…もらおう……か……。」

「もう来てるぞ。」

そう言いながら別の入り口から現れたのは、さっきまで講義をしていたフロウを含めて6人……。
一番背の高い寡黙な男レイヴンに、どこかおちゃらけた雰囲気の抜けない蒼髪の男ジャック。
一見子供にも見えるフェアリトルのタルト、半裸に刺青を施した民族衣装の大柄な男…先に宿に戻ったというガルドが彼だった。
そして……もう一人の姿を見て、ロベルトは自分の言葉に間が出来るほど唖然としているのを自覚するのに数秒かかった。

「な……何故四の姫がここにぃぃっ!?」

そう、四人目は白い革鎧を纏い、腰にメイスとショートソードを挿した金髪の少女……自分の上司である騎士団長の愛娘、
ニコラ=ド=モレッティに他ならなかったからだ。当の本人はその問いかけに恥らうようにもじもじしてみせる。

「だってぇ……師匠が騎士団と模擬戦するって言うんだもの、弟子としては是非一緒に……って思うじゃない?」

「弟子!?だっ、誰の弟子だと言うのですかっ!?」

「あ~……俺?」

血相を変える隊長に苦笑いしながらも、少女の言葉を肯定するようにすっと手を挙げる……
なるほど、あの薬草師が師匠だからあの店に四の姫が入り浸っていたのか……と納得するわけもなく

「ディーンドルフ!」

「はいっ!?」

「どういうことだっ!何故四の姫がこの薬草師とっ!」

「え、あのえっと…色々ありまして……とりあえず、フロウがニコラの師匠なのは本当です。」

「シャルダン!」

「本当ですよ?ニコラさんに魔術の基礎を教えたのはフロウさんらしいですから。」

「む、ぐぐ……しかし薬草師!何故四の姫をここに連れてきた!」

そう、ここに居るという事は彼女は冒険者として「戦う」ということだ。
それを非難するように視線をフロウに向けなおして問い詰める隊長に、薬草師は緩く肩を竦めて。

「いや、俺だって止めたんだぜ?でもほら…最初っから立ち聞きされてたらどうにも……。」

「ちょっと師匠!恥ずかしいから言わないでよ!」

「ぐ、ぅ……なるほど。」

つまり、彼が不用意に漏らしたわけでなく、最初から知っていて…なおかつ薬草師には止められなかったのだろう。

「…四の姫、これは模擬戦とはいえ戦です。覚悟はおありですか?」

「……もちろん、レイラ姉様と馬泥棒だって捕まえたんだもの、今更怖気づいたりしないわ!」

……今聞き捨てならない台詞を聞いた気がしたが、まあ……良い。彼女は彼女なりの覚悟を持っているようだ。

「……分かりました。……クラウス、レオナルド、用意はできたか?」

「こちらは何時でも。」

いち早く返したレオナルドにクラウスも続き、ロベルトが小さく頷けば、隊長自らも見学席へと移動する。
それを確かめたクラウスは、冒険者達を見据えるとハッ、と鼻で笑った。

「隊長がつれてくるから誰かと思えば、魔神の祭司に蛮族・チンピラ崩れがお姫様連れとは……ここは子守をする所ではないのだが?」

そう、明らかに馬鹿にした口調を隠しもせずに告げられた冒険者達は、それぞれが口端を歪める。
笑みか、不満にか…それは個々に別だ。例えば薬草師は……

「そりゃ失敬……ま、お手柔らかに……?」

と返して小さく笑みを浮かべ、両手に柄を短く改造したジャベリンを二槍携えた蒼髪の男は、ニィッと…楽しげに笑みを浮かべる。

「さて、騎士様のお手並み拝見といかせてもらいますかねぇ。」

一方で、牙をむき出すように獣染みた笑みを浮かべた蛮族風の男は、楽と怒が入り混じった声で両拳をガツンと合わせ。

「蛮族風情の力、とくと見てもらうとしようか。竜は受けた汚名は必ず濯ぐ……必ず、だ。」

少年にしか見えない風体の彼は気にした風もなく楽しそうで、寡黙な男の表情は変わらない。

「なはは~、楽しそうだな~、良いぞ良いぞやる気が出るぞ~!」

「6対6……同数で向こうが騎士のみなら、ふむ……。」

そして、四の姫は……大層ご立腹だった。

「こ、こ……子守ですってぇぇぇ!?おのれ許さん……絶対ギャフンッて言わせてやるんだから!」

『やるんだから!』

「ぴゃぁ!」

頭の上にとりねこと水妖精を乗せた少女は手にメイスを握り締めてギリギリと力を込めながらも、師匠達の言いつけ通りに後ろに下がる。
冒険者と騎士達が各々の間合いを取り直したところで……ロベルトは声高に宣言した。

「それでは……始めっ!!


***


ロベルトの合図が出た瞬間、騎士側の指揮官であるレオナルドが声を張り上げる。

「散開しろ!左右と正面から挟むように攻め込め!」

レオナルドはこの砦の中でも古株と呼んでいい面子の一人だ。魔術師とも縁が深い辺境の古株騎士ともなれば、魔術師を相手取るセオリーもそれなりに心得ている。
まず『視界に入るな』『時間をやるな』……そしてできれば『固まるな』……それに従って指示を出すレオナルドだったのだが。

『うおおぉぉぉっ!』

若い騎士達は、それを無視して最短距離とばかりにまっすぐ剣を構えて突き進んでいく。

「なっ、お前ら何をっ!」

「そんな小細工をせずとも、冒険者風情に俺達が負けるはずがないっ!」

叱責の声を自信に満ちた若い声に断たれて、チッと舌打ちをすれば、熟練の騎士は即座にその塊から大きく横に逸れて、側面から攻め入る。
その騎士達を止めるのは、前衛を張る冒険者達…二槍のジャック フェアリトルのタルト 竜司祭のガルドだった。
二本のジャベリンが、一本のダガーが、両手のセスタスが、若い騎士達の初撃をギンッ!と剣の腹を器用に、または強引に叩いていなし、進路を塞ぐ。
その後ろからは、三種三様+αの詠唱が響いた。

『内なる力よ 流れる力よ 集い弾けよ 我に従い火花を散らせ』『火花を散らせ、ぴゃあ!』

『黒にして緑 草花の守護者マギアユグドよ その力を我が手に宿し 敵を打て』

『世界を流れる根源たる力よ 黄に染まりて我に従いその威を示せ 雷のごとく迸り 我が前を駆け抜けよ』

金髪の少女と鳥のような猫のような生き物、その両側に立つ男が呪文を唱え……そのうちの一人、薬草師がトン、と一歩後ろに下がると同時にパン!と両手を打ち鳴らすと…

「よっと!」

「ほいっ!」

「はっ!」

青髪の戦士が、小さな短剣使いが、竜司祭の拳士が…打ち鳴らした音に反応するようにバッ!と騎士達から離れた瞬間。

『スパーク!』『ぴゃあ!スパーク!』

『ライトニング』

『っぎゃっ!?』

騎士達の頭の上で散る無数の電気の火花と、直線を駆け抜ける雷撃…二種類の雷の魔術が金属鎧を纏った騎士達の身体を駆け巡る。
身体を襲う熱と痺れに、小さく飲み込むような若者達の悲鳴を耳にしながら側面から盾を構えて飛び込む熟練の騎士に、薬草師が手をかざしていた。

『フォース!』

かざした手にわだかまる不可視の力が空を裂いて迸る。しかし、ある程度見越していたが故に盾を前面に構えていた騎士は、
ゴッ!と盾ごと押しやられるように数mを飛ばされて蹈鞴を踏んだだけに留まった。

「うわ、魔法を盾でいなす奴ぁ久しぶりに見たさね……でもまぁ。」

「……勝負あり、だな。」

負けた事自体は悔しいのか、熟練の騎士レオナルドの声には苦味が混じるも…既に劣勢は明らかだった。
二種類の電撃の魔法で痺れた身体に武器を突きつけられ、あるいは組み伏せられた若い騎士達は既に戦える状態でなく、
衝撃波をいなした熟練も騎士も、このまま戦いを続ければ魔法の集中砲火を受ける。面制圧を許した時点で大局は決していたのだ。

「そんな……レオナルド殿!」

「そこまでだ。」

その事実を認めたくないように、槍の穂先を突きつけられて動けぬクラウスが健在なレオナルドに非難の声を上げるも……その声を低く鋭く遮る男がいた。

「レオナルド、ご苦労。勝負は決した、お前達も離してやってくれ。」

ムスッと不機嫌に顔をしかめた騎士隊長ロベルトの声に、組み付いていた腕を…首筋に突きつけた武器を各々離せば、
ようやく身体の痺れが取れてきた若い騎士達にロベルトは鋭く問いかける。

「貴様等、レオナルドは散開命令を出したはずだぞ。何故纏まって突っ込んだ。」

「それは……冒険者如きに小細工など必要ないと……」

「この愚か者がぁっ!」

問いかけに答えるクラウスに落ちた雷に、若い騎士達全員の肩がビクンッと跳ね上がる。ダインやシャル、ニコラもつられて肩を竦ませていた。

「冒険者如きと侮った結果がこれだ!上官の命令を無視した結果全滅など、実戦なら懲罰ものだぞクラウス!……貴様等もだ!
 魔術師や神官とそれを守る前衛が揃っている相手に、馬鹿正直に正面から全員で突っ込めば魔法の餌食になるのは当然だろう!
 そもそも相手を身分で侮るとは何事だ!冒険者如きと侮っていたのだから、足を掬われて当然だこの馬鹿者がっ!」

「あ、ぐ……っ!」

容赦ない騎士隊長の叱責に、ギリッ……と拳を握りこみ、歯軋りするように噛み締める若い騎士達……一部が睨むような視線を冒険者に向けるが、
そ知らぬ顔で男達はかわし、四の姫に至ってはいい気味だとばかりにフフンと笑ってみせる。お守り扱いがよほど腹に据えかねたらしかった。
そんなやりとりをギロリと見据えて中断させたロベルトは、空気を切り替えるようにパンパン、と手を軽く打って声を上げる。

「相手を侮ることの危険性が身に染みたなら、医務室で手当てを受けて来い。他の者達は訓練に入る!
 今日は遅れてだが魔法学院のナデュー師も来られる。幻獣や精霊との模擬戦もするので各自準備を怠らぬように!」

『はい!!』

隊長の声に騎士達の返事が唱和し、本格的な鍛錬が始まった……。
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薬草学講習

2014/04/11 3:00 お姫様の話いーぐる
騎士団には何日か…または週に一回程と不定期だが、座学の時間が取られている。
魔法学院や神殿から人を呼んで魔術や祈術についての基礎知識を学んだり、ベテランの騎士が任務中に役に立つ知識を若手の騎士に伝授したりする。
二の姫が来た時には、王都や西都の社交界で必要なテーブルマナーを伝授したとかしていないとか……。

ディートヘルム=ディーンドルフはここ数日、仕事に支障はないがどこか上の空のまま過ごしていた。
隊長が悪いわけでも落ち込んでいるわけでもない、ただ……気になって仕方が無いことがあるのだ。
それは、自分が入り浸っているフロウの薬屋に帰ってきた「同居人」と会った日のことだった……。

***

「ようフロウ!」

威勢の良い声と共に薬草店の扉を勢い良く開ける彼ディーンドルフは、長ったらしい名前だというので、彼は周りから基本的にこう呼ばれている。

「ん、よぉダイン。今日は怪我してねぇみたいだな。」

「おい、俺がいっつも怪我して帰ってきてるみたいに言うなよ。」

「いっつもしてるだろ?大なり小なり……。」

薬草店の扉を開けるなり投げられた言葉に、軽口に苦笑いを浮かべて返した騎士に店の主がしれっと返すと、心当たりがあるのか騎士が言葉に詰まって視線をそらしてしまう。
そんなやりとりをどこか楽しげにしていると……住居部分への入り口からぬっと、男が一人顔を出す。
風呂から上がったばかりなのだろう、引き締まった上半身はそのままで下だけ衣服を身に着け、髪をどこかしっとりと濡らしたその男は、
昼間に冒険から帰ってきたというレイヴンだ。……それをダインが知っているはずもなければ、きょとんと面食らったような顔になる。

「……誰だお前。」

「……客か?」

「いや、半年ちょっと前からうちで寝泊りしてる騎士様さね。で、ダイン……こいつはレイヴン、今日長期の依頼から帰ってきた冒険者でうちの居候。」

「居候!?フロウお前……一人暮らしじゃなかったのか!?」

さも話しただろうと言わんばかりの態度でレイヴンを紹介されて、目を見開いて驚くダインに……当のレイヴンは思い当たったようにフロウに視線を向ける。

「……なるほど。……言った気になっていたようだな。」

「あれ?っかしぃな……言ったろ?奥の部屋使ってるって。」

言われて、金褐色の髪を揺らし首を捻るダインの記憶が、頭の中でグルグルと回り始めた……

(「おいダイン、部屋貸すのは良いが、奥の二部屋は使ってるから他の部屋にしてくれよ。」)
(「分かった、それじゃあお前の隣にする。」)
(「あいよ。」)

「……使ってる、としか言ってないからお前が二部屋使ってると思ってた。」

掘り返した記憶を元に紡がれたダインの言葉に、フロウがなるほど、といわんばかりに頭をポリポリと緩く掻く。

「あ~……そうだったか。まあアレだ……俺が使ってる部屋の向かいがコイツの部屋なんだよ。ってわけで、よろしくしてやってくんな。」

「……レイヴンだ。」

「俺はディートヘルム=ディーンドルフだ、ダインでいい。」

「ぴ?……ぴゃぁ!」

名乗っている間に、いつの間にか音も無くレイヴンの足元に忍び寄ったちびが……くん、とレイヴンの足元を一嗅ぎすると、すりすりと頬を寄せて懐くように一鳴き。
それに気付いた長身の視線が足元のとりねこへと向けば……少しだけ、驚いたように目を見開く。

「……フェレスペンネ?」

「おや、知ってたのか?レイヴン……。」

「……あぁ、自分の使い魔だからな。」

「……へ?」

「……ぁ?」

「ぴゃ?」

二人が同時に疑問符に満ちた声をこぼし、それにつられたように、ぴゃあぴゃあした声を放ったちっこいのが首を傾げた。

「……?」

薬草師と騎士の思考が一瞬停止した理由が分からずに、今度はレイヴンが疑問符を浮かべると……

「ちょ、ちょっと待て!」

「何だ?騎士。」

「ダインでいい!いやそれよりも……お前もその……『とりねこ』を使い魔にしてるのか?」

「……とりねこ?俺の使い魔はフェレスペンネだが。」

「あ~、レイヴン。今のところ俺らの周りでは『とりねこ』って呼んでるだけで、そのフェレスペンネのことだ。」

「……成程。」

「……で、どうなんだ?」

改めて騎士が問いかけると、男はあっさりと首を縦に振る。

「あぁ。」

「み、見せてみろ!」

どことなく上から目線な言葉になっているのは、にわかに芽生えた対抗心か、孤独な己の使い魔の同胞を見つけた興奮からか……
どちらにしろ、言われるままに、黒髪の男はポケットに手をやり……静かに告げる。

「……符を部屋においてきた。」

思わずこけそうになった二人だがさもありなん、彼は風呂上りなので、自宅で術具を風呂場まで持ち込む者はそう居ないだろう。

「あ~……とりあえず服着て来い、風邪引くぞ。」

「……そうだな。」

***

その後、なんだかんだでうやむやになってしまい、まだ事実の確認ができていなかったのだ。気にもなるというものである。
この座学が終われば時間が出来る、そしたら薬屋に一直線に向かおう、なぞと考えいるダインの耳に、今日の座学の講師の声が入った。

「さて……これから座学を始めるぞ~。今日は薬草や野草について役に立つ知識を、ってことで俺……薬屋のフロウが講師さね。」

「あ、今日はフロウさんが先生なんですね……先輩?」

「……フロ、ウ?」

隣でにこにこと声をかけたシャルダンが、どこか呆けた顔のダインを見て首を傾げる。
ダインもダインで、『座学の講師』にまさか悩みの種の一人が来ると思っていなくて呆然としていた。
そんな二人を見つけたフロウは、してやったりと言わんばかりの顔でニンマリと、悪戯な笑みを浮かべていた。

(あ、あの顔は……くそっ!知ってて黙ってたなあのオヤジっ!)

その笑みを見て我に返ると同時に、自分が彼の仕込みに嵌められてまんまと間抜けな顔を晒したのを悟り、キュッと眉根が寄る。
しかし、声を荒げては座学の邪魔になるのが分かっているからか、ムスッとした顔のまま立ち上がりかけた腰を下ろす。
それを見たフロウが緩い笑みを浮かべてから、教壇にとんと両手をついた。

「んじゃ、まずはお前さんらが良く使うだろう薬草と、食べられる草についてな。」


フロウが始めた授業は、ざっくばらんな説明が多いけれども、それなりに分かりやすいものだった。
食べられる野草の見分け方や、薬草の簡単な煎じ方。植物系の魔物のちょっとした弱点などを浅く広い知識を騎士達に伝授した。
特に口を酸っぱくして言っていたのが「素人は絶対に茸には手を出すな。」というものだった。
野草や、よっぽど外見に特徴がある木の実だけならまだしも、茸は良く似た毒キノコを経験のある野伏でも間違えてしまうこともあるため、
野伏の訓練を詰んでいるシャルダンを例に出し、専門知識のある者以外はキノコには手を出さない事、と強く言い含めた。
いくつか、食べられる茸とそっくりな毒キノコを見せて、その毒性について説明もした事もあってか、若い騎士達は神妙な顔をしていた。

……何人かを除いては。

「ふぁ……あ~!もう終わったかぁ?」

これ見よがしに欠伸をする声は、部屋の後ろの方から……そこには、退屈そうに机にわざわざ足をかけて寛いでいる男。
おい、と隣の騎士が嗜めるように言うが、聞く気がないようでニヤニヤとした笑みをフロウに向けている。
当のフロウは、そういう奴も居るだろうと思っていたのか、気にした風も無く言葉を紡いだ。

「もうすぐ終わりだが、聞く気がないなら別に出ていっても構わねぇぞ?」

「いやいや、ちゃんと終わるまでは居るさ。……聞く必要性は感じないが。」

「そうかい、まあ別に静かにしてくれたらそれで良いさね。」

「はっ、大体…」

話を切り上げようと言葉を流した薬草師に更に皮肉を紡ごうとした言葉を、バンッ!と大きく机を叩く音が遮る。
音の主は、褐色の髪を緩やかに波打たせた大柄な騎士……ダインであった。

「足を下ろせ、そして黙れ。」

「はっ、恥掻きっ子が何……を……。」

鼻で笑って言葉を紡ぎながら声のする方を向いた男の言葉が止まり、顔が引きつる。
何時も背中を丸めて、何を言っても大した言葉を返さなかった「ガタイだけは良い温厚な恥かきっ子の男」が、
まるで、喰い殺さんと言わんばかりに鋭い視線で己を睨みつけているのに気付いたからだ。
隣に座っている乙女のような美貌の後輩騎士の怜悧な抗議の視線も相俟って、背筋に氷を入れられたように背中がぞわりと震えた。

「もう一度言う。足を下ろして、その口を閉じろ。」

「っち……。」

結局、その視線に耐えられなくなった男が舌打ちを零しながら渋々と足を下ろすのを見たフロウは苦笑いを浮かべ、

「……んじゃ、続きいくぞ~。」

そう言いながら教壇に帰る途中、ぽんぽん……と未だ剣呑な雰囲気の残る肩を叩いた。
たったそれだけで、獲物を狙う獅子のようなダインの怒りの気配が、しゅるしゅると霧散するように消えてしまうのを、
周囲の騎士達は、隣で必死にノートを取りはじめた後輩騎士と、不貞腐れた当事者を除いてなんとも複雑な視線で見ていたりしたのだけど。
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師匠の準備と古馴染み

2014/04/11 2:59 お姫様の話いーぐる
「ブルックとルーナは流石に無理か、だとするとアイツらだよなぁ。そろそろ戻ってくるはずなんだが…。」

「師匠~、言われたとおりに持ってきたんだけど…家族の愛が重い、物理的に。」

ニコラが訓練に混ざるのをフロウに取り付けた数日後、フロウがカリカリと書き物をしている所に荷物を抱えたニコラがやってきた。
若干重そうに荷物をカウンターの前に置くと、書いてある書類を覗き込む。

「よっこいしょ、っと…師匠なに書いてるの?」

「ん~?模擬戦のパーティ構成。」

「へぇ…あれ?ブルックとルーナって…もしかして鍋と槌亭の?」

「そ、一応パーティメンバーなんだけどよ、冒険者の酒場は流石にそんなホイホイ休めねぇからなぁ。」

ブルックは聖金神リヒテンガルドに帰依するドワーフの神官戦士…ルーナは精霊魔法を操るエルフなのだが、
仲が良くないと評判の二人はあれよあれよとくっついて結婚し、二人で冒険者の宿『鍋と槌亭』を経営している。
もともと二人はその宿のコックとウェイトレスだったが、5年前に先代の店主から経営を引き継いだのと、
自分が祖母から薬草店を引き継いだのもあり、一緒に冒険に出るのは極々稀になっていた。
まあ、もともと仕事が休みの日に適当に集まって依頼を受ける暢気な日曜冒険者ではあったのだが…。

「へぇ…じゃあこっちのジャックとガルドって人は?」

「あぁ、その列に書いてる奴は専業の冒険者みたいなもんで、長期の依頼からそろそろ帰ってくるはずだから多分大丈夫さね。
 後はナデューなんだが……。」

「あ、ナデュー先生から伝言。『休み取れたから大丈夫だよ。』だって。」

「了解。っと…それじゃあ、持ってきた物見せてくれるか?」

「は~い。えっと…コレなんだけど…。」

そう言ってニコラが荷物の袋から取り出したのは…派手ではないがどこか煌びやかな武具一式であった。

持ち手を白い組紐で滑り止めもかねて飾り、鍔の辺りが円形に造られ、その中央にサファイアが埋め込まれた刃渡り30cm程のショートソード。
持ち手をしっかりと保護し、先端を実用的な範疇で可愛らしく丸みを帯びたデザインにした、明らかにオーダーメイドと分かるライトメイス。
質の良い白い革を縫い合わせて銀糸で飾ったソフトレザーに、モレッティ家の家紋が入ったスモールシールド…。

そのどれもが、ニコラのためだけに、金に糸目を付けずに誂えた品々だというのが見ただけで分かるものばかりだった。

「こりゃまた…豪勢な。ソードとメイスに至っては発動体に出来るように加工してあるし…これだけで普通の武器の倍の価格が飛ぶぞ。」

「え、そうなの!?」

「っていうか、何で武器が二つあるんだ?」

「えっとね、最初はレイラ姉様が『騎士の娘たるもの、自分の武具くらいは持たないとな!』って言って、
 剣と革鎧を送ってくれたの。そうしたらお父様が『予備の武器と盾くらい持っておけ!』ってメイスと盾が…。」

「……いやはや、噂には聞いていたが、溺愛っぷりもここに極まれり…って奴かねぇ。」

そういえば二の姫レイラが馬上の槍試合でダインが身に付けていたハンカチが四の姫のものと知って、次は剣で勝負を挑んだらしいが本当なんだろうか…。
ふと過ぎった疑問だが、なんとなくニコラから聞き出す気にはなれなかった。しかし……

「でも、お父様がくれたメイス。魔法の杖みたいで可愛いのは良いんだけど……メイスとして使えるのかしら、これ。」

「いや、見た感じ普通に鈍器として使えるような形には収まってるが……普通可愛い事を喜ぶもんじゃねぇのか?女の子って。」

「可愛いのは可愛いけど、使えなかったら意味ないじゃない。」

「……なるほど。」

どうやら、父親より姉の方が好みをきちんと把握しているようで、思わずクスリと笑ってしまった時、カランカラン……とドアベルが音を鳴らした。

「ほい、いらっしゃ……って、何だ…お前さん達か。」

「何だとは何だよ、ご挨拶じゃねぇか。」

「そうだぞ、幼馴染に酷いんだぞ!あとガルドは先に宿に戻ったんだぞ!」

「……戻ったので、報告に来た。」

客を出迎えるためにドアに向けた笑みを、溜息と共に気だるげな顔に戻しながら告げるフロウに、口々に入ってきた三人が答える。
最初に文句をつけたのは、蒼い髪を短く纏めた男だ。腰から下げれる程に短い槍が二本、両腰に提げているのが特徴的だった。
フロウを幼馴染を言い張ったのは、そうとはまるで思えない少年風貌。ちょっと尖った耳が人ではなく、長寿な妖精族であるのを示している。
最後に静かに言葉を紡いだのは、ダインがここに居たとしても一番長身となる男。どこか感情に乏しい感のある男が、全員を見下ろすように見つめていた。

「はいはい、悪かったよ……ジャック、タルト、レイヴン。首尾はどうだった?」

「上々ではあるが、遠出だから経費考えると…まあ黒字ってところか。アリスタイアまで行ったんだからそれなりには、な。」

「マジックアイテムと、ガーディアンからマテリアル抽出したから、売ればお金になると思うぞ~。……売れば。」

「……遺跡探索の悩ましいところだな、売るか戦力にするかで迷うのは。」

「なるほど、確かにそりゃ悩ましいねぇ……っと。」

少し考え込むような仕草をしたフロウの服をグイ、と引っ張ったのは先客である四の姫。
彼女はもう、好奇心で目をキラキラさせてグイグイと師匠と呼ぶ男の裾を引っ張り、説明を要求した。

「ねぇねぇ師匠、この人達誰!?」

「ん?あぁ、俺の冒険者仲間だよ。鍋と槌亭に所属してるんだが、遠くの遺跡の探索依頼でお前さん達とは会ったことなかったな。
 まず、左の蒼い髪の軽そうな男が傭兵上がりのジャック。」

「軽そうは余計だっつの。っと、改めて……俺はジャック、よろしくな嬢ちゃん?」

「んで、その隣のちっこいのはフェアリトルのタルト、専門は錬金術だな。」

「やほー、タルトはタルトでタルトだぞっと!」

「最後にそのでっかいのが、レイヴン。上級魔導師さね。」

「…………レイヴン、だ。」

「頭下げるのは良いがちょっとは挨拶しろっての。ったく……で、こっちはニコラ。少し前からうちに来てる魔法学院の生徒さね。」

「よ、よろしくお願いしますっ!……え、3人とも冒険者?本物の!?」

「お、おぅ……あともう一人、ガルドって奴が居るがそいつは先に宿に戻ったらしい。」

目をさっきよりも輝かせて師匠と慕う店主に詰め寄る少女に、当の詰め寄られた男は気圧されるように体をのけぞらせながらも頷く。

「すごーいすごーい!冒険の話聞きたいっ!あ、師匠!この人たちとパーティ組むの?」

「あぁ、まあな……っとそうだそうだ。お前さん達、ちょうど次の依頼が入ったぞ。」

四の姫の言葉を流したかったのか、単にそれで思い出したのか、ピラリと……今まで書き込んでいた紙を翻らせて薬草師は笑みを浮かべた。
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四の姫、立ち聞きする

2014/04/11 2:57 お姫様の話いーぐる
「キアラ、今日は何教えて貰おうかしら。」
『かしら…?』

スラム町に近しい北区の路地を楽しげに歩く金髪の少女…周りの風景から少し浮いた小奇麗な彼女は、
傍らに浮かんでいる可憐な少女に翼が生えたような姿の妖精に話しかける。
鈴のような声で、妖精や精霊独自の言葉で首を傾げる彼女だが、それでも主である金髪の少女は満足したのか目当てである薬草屋…
彼女が師匠と慕う薬草師の家の扉に手をかけた所で。

「…はい?」

中から聞こえた素っ頓狂な声に手を止める。…師匠の声であるのは彼女にも理解できたが、どうやら誰かと話をしているようで…。

「……一体何の話かしら。」

好奇心を擽られた少女はそっと…はしたないとは思ったが扉に耳を当てた。


***


「薬草学の講師ィ…?」

「そうだ、うちの若い奴に食える草と食えない草の違い程度でも良い、叩き込んでやってくれ。」

店の中で話していたのは、四の姫にとってどちらも聞き覚えのある声……この街の騎士隊の隊長となったロベルトと、この店の主であるフロウであった。

「お前さんが俺に頼み事なんて、どういう風の吹き回しだい?野草の事とかなら、シャルダンやエミルも詳しいだろうに。」

「貴様のことは当然気に食わん…が、腕や知識は確かだからな。専門家の貴様の授業ならシャルダンとて学ぶこともあるだろう。」

不本意だ、と言わずとも語っている大柄で褐色の三つ編みを垂らした騎士隊長のギロリと睨むような視線を、
ゆるりとした仕草で肩を竦めて受け止める小柄な薬草師にロベルトは更に目を鋭くさせて言葉を続ける。

「それで、受けるのか?受けないのか?ハッキリしろ!」

「まあ、受けるのは別に構いやしねぇが…。」

「そうか。……そういえば、貴様は冒険者だと聞いたが…?」

「あ?あぁ…まあ一応な、いわゆる日曜冒険者だがね。」

殆ど引退してるようなもんだが、と言いながらもフロウが頷けば、ロベルトは更に言葉を加えていく。

「ならちょうど良い、適当に仲間を集めて若い奴らと模擬戦をしろ。薬草学の講義も合わせて報酬は出す。」

「…は?いや、えっと…急に言われてもな。なんでまた急に?」

「今思いついた。うちの若い奴らの性根を鍛えるには、『外の強さ』を知る必要があるとな。」

思いついたら即実行…兎のロベルトは万事に対して直球な男であった。

「…まあ、パーティ組んでた奴はちょうど全員街に戻ってくるだろうから、都合を合わせる時間さえくれれば…?」

「問題ない、では頼んだぞ。」

「はいよ……あぁそうだそうだ、依頼はいいけどよ……鍋と槌亭に寄って依頼書を出すの忘れねぇでくれな。一応宿に仲介してもらうのが筋なんでよ。」

「む、そうだったな。……了解した、どうせ帰りに前を通るので寄って行くとしよう。」


***


ガチャリと木の扉を開けて出て来たロベルトが立ち去った後、ひょっこりと路地から顔を出したニコラは小さな溜息を吐いた。
別に隠れる必要は無かったはずなのだが、立ち聞きが後ろめたかったのか向かってくるロベルトに思わず路地に隠れてしまったらしい。

「ふぅ、危うく見つかる所だった。……でも。」

好奇心と冒険心に満ち溢れた騎士の令嬢は、獲物を見つけた狩人のようにニンマリと笑みを浮かべて、薬草屋のドアを潜った。

「しーしょーぉー♪」

ドアベルを鳴らしながら入ってきた少女のそれこそ上機嫌な声に、店主である男は嫌な予感を感じた。

「騎士団と模擬戦するんでしょ?私も混ぜて!」

あぁ、やっぱり…と男は額に手を当てた。この辺り一帯の騎士隊が所属する西道守護騎士団…その団長の娘が、あろうことか騎士と戦うと言い出している。

「…盗み聞きは関心しねぇぞ?お嬢様…?」

「聞こえちゃったのは仕方ないじゃない!とりあえず、私も出たい!」
『出た~い。』

使い魔である水妖精の少女と一緒になっておねだりする姿はとても可愛らしいのだが、内容は物騒極まりない。

「いやでもお前…武具は」

「お姉さまに買ってもらったのがあるから大丈夫!」

「う…いやでもあるからってなぁ…。」

「騎士の娘だから扱い方は習ってるし、魔法学院でも護身術の授業があるもの、実技にちょうど良いじゃない。」

「は?あの学校そんなことまで始めたのか!?」

「うん、発動体のロッドを使った簡単な棒術とか、小型の武器の扱い方とか…ほら、この辺の上流階級って大体騎士の家だし。」

「あぁ~…なるほど。」

彼女の通っている魔法学院は、一般教養の授業もあるため、魔術師の門弟だけでなく上流階級の勉学の場としても扱われている。
王都や領主の居る西都ならともかく、この辺りになってくると大体は貴族というより、騎士の家柄の人間が増えてくるのは確かだろう。
生徒の傾向がそうなると、教師の傾向も似通ってくる…そう考えると、フロウは護身術の授業があるのも納得できる気がした。
そういえば、魔法学院と名はついているが、貴族の子弟用の一般教養メインの組もあると、エミルが言っていたのを今更ながらに思い出す。
しかし、それだと体良く断ることも出来なくなってくる……結局フロウは、持ち前の不精さで悩むのを放棄した。

「……ま、良いか。」

「やったぁっ!」
『やったー』

折れた師匠に、少女は使い魔と共に飛び跳ねて喜んだとか。
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