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とりねこの小枝

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2013年6月の日記

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隊長さんはどS?

2013/06/18 4:25 お姫様の話いーぐる
「新しい隊長って『どS』なんですって?」

 四の姫ことニコラ・ド・モレッティ嬢が、じょうろを抱えてきっぱりと、言い切ったのは薬草畑のど真ん中。ぽかぽかと陽射しの暖かな日であった。
 師匠の畑を耕すのは弟子の役目、と言うことで、薬草店の畑を耕しているのだ。『匿名の贈り物』の中に入っていた種を植えるために。しかしながら、一番の働き手であるダインは先日、祈念語の勉強をサボっていたことが判明し、今しもフロウがつきっきりで再教育の真っ最中。
 そこで、代わって後輩二人……エミリオとシャルダンが手伝いにはせ参じた次第。
 元々二人とも農作業には慣れているし、エミリオに至っては薬草術を専門に学んでいる。手際よく作業をすすめ、一段落したところでぶちかまされた爆弾発言だった。

「大丈夫? シャル、いじめられてない? まだ遠くからちらっと見たことしかないけど、あの手のサド目男はシャルみたく可愛いくて若い子を目の敵にするに決まってるんだから!」

 ロベルト隊長が就任してから五日目。噂が町を駆け抜け、彼女の下へと到達するのに、三日とかからなかったのである。
 高々と銀髪をポニーテールに結い上げて、腕まくりをしたシャルダンは、きょとんとしたまま、青緑の目をぱちくり。言われたことをしばらくの間、かみ砕いて理解しようと勤めた。
 やがて、がばっと顔をあげるやいなや、よどみのない澄んだ声できっぱりと言い放った。

「いじめるなんて、とんでもありません!

 ひらっと赤い金魚のような翼をはためかせ、小さな少女の姿をした妖精がニコラの肩に舞い降りる。
 先日召喚したばかりの使い魔、ニクシーのキアラだ。この家は力線が強く、境界線も安定しているため、術者の消耗を気にせずのびのびと実体化することができるのである。

「ロブ隊長は、男らしくて、公平で、かっこいい立派な人です!」
「そ、そうなの?」
『なの?』

 勢いに押されてニコラは使い魔キアラともども一歩後ずった。すかさずシャルダンがずいっと身を乗り出す。

「はい! 先日、ダイン先輩が非番だったんで代わりにロブ隊長と一緒に市中の見回りに出たのですが……歓楽街の一角で、女性がからまれていたのです。筋骨逞しい男、3人に。そうしたらロブ隊長はつかつかと近づいていって、こう……」

 シャルダンは咳払いして、じとーっと目をひそめた。たいへん人相がよろしくない。

「貴様、その手を離せ……って!」

 どうやらロブ隊長の物まねらしい。

「だけど、男たちは三人とも酔っぱらってて、殴り掛かってきたんです。加勢しようと駆け寄った時には、もう勝負がついてました」

 シャルダンは胸の前で腕を組み、うっとりとつぶやいた。

「目にも留まらぬ早業とは、あのことを言うのですね! 殴り掛かってきたその手を掴んで逆に投げ飛ばし、二人目にぶつけて共倒れさせて。飛びかかってきた三人目を、ごつっと一発で!」

 ほう、とため息をついて、銀髪の騎士は頬を染めた。

「かっこよかったです」
「ふうん……」

 ニコラはちょっとばかりサド目の隊長を見直した。週末におばあさまのお茶会で顔を合わせる予定だけど、彼の人となりを判断するのはその時にしよう、と。

「しかも、ロブ隊長の個人紋は、ウサギなんですよ!」
「ちょっと待って、それ関係あるの?」
「ありますとも」

 はあ、はあ、と息を荒くしてシャルダンはぎゅむっと拳を握った。

「ウサギですよ! ふわもこなんですよっ!」
「……シャル」

 ぽん、とエミリオが肩を叩いた。

「フロウさんを呼んできてくれ。種を入れる準備ができたって」
「うん、わかった!」

 肝心要の種を蒔くにはやはり、フロウの目と指先が必要なのだった。
 ぴょっこぴょっこ飛び跳ねる銀色のしっぽを見送りつつ、ニコラがぽつりと言った。

「シャル、隊長さん好きすぎ」
「しかたないです、むきむきだから」
「むきむきなんだー。それじゃしょうがないよね」
「……俺ももーちょっと鍛えようかな……」

 ニコラは首をひねってエミリオを見上げた。作業中なので今はローブを脱いで、身に付けているのはシャツとベストとズボンのみ、と言う身軽な状態でさらに袖をまくっている。故に体つきがよくわかる。筋骨逞しい腕、広い背中、厚い胸板。

「それ以上鍛えてどうするの、魔術師なのに」
「自分、中級ですから」
「や、それ関係ないし?」

 きぃいと裏口の扉が開き、シャルダンが戻ってきた。その後からフロウと、妙にげっそりしたダインが後に続く。さらにその肩の上では……

「ぴゃあ!」

 得意げに前足を踏ん張るちびの姿があった。

「あれ、ちびちゃん得意げ?」
「ああ。こいつ、ダインより早く祈念語の詠唱覚えやがった」
「え」
「え」
「え?」
「んびゃっ!」
「おう、ちび公。一つお披露目してやんな」

 フロウに言われて、ちびは澄んだいとけない声で唱え始めた。

『混沌より出でし白、天空の高みより降り注ぐ光、万物をはぐくむ太陽、リヒテンダイトよ。我は請い願う その光もて穢れし亡者を祓いたまえ!』

「おお」
「お見事」
「すごいすごーい」
『すごーい』

 この場に居合わせたほぼ全員が、ちびの唱えた呪文を聞き取ることができた。唯一の例外にして当のちびの飼い主以外は、全員。

「俺は……猫以下だったのか」
「とーちゃん?」

 がっくりと肩を落とすダインの頬に、ぷにっとちびが前足で触れた。

「ほれ、せっかくちび公が覚えても、お前さんが唱えらんなきゃ意味ないだろ?」
「うん……」
「こいつは人の心に共鳴して、呪文の力を増幅してるんだからな? 自分だけじゃ、ただ言葉を真似するだけだ」
「うん」
「ほれ、種蒔くから手伝え」
「わかった」

 ものの見事に誘導されると、ダインは喜々としてフロウの後に着いて畑に向かうのだった。

「んで、力線がいい具合に伸びてるのはどの辺だ?」
「ここと、ここ……それから、ここ」
「OKOK。ほんとに便利だな」

     ※

 その後。
 一仕事終えて店の中に戻り、お茶を飲みながらくつろいでると……シャルダンはふと椅子の上に置かれた真新しいクッションに目をとめた。スミレ色の布地に、優しくかすむ青紫と緑の糸で精巧なラベンダーの刺繍が 施されている。縁には一面に柔らかなフリルが縫い付けられていた。

「これは、どなたがお作りになったんですか!」
「ああ、それな。ニコラのお手製だ」
「素晴らしい………」

 クッションを抱えてぷるぷると震えるシャルダンに、ニコラが声をかける。

「一度、型紙作っちゃえば後は同じだから、いくらでも作れるよ? シャルにも作ってあげようか?」
「本当ですか? わあ、うれしいな!」

 はっとダインとフロウが表情を堅くする。いけない、このままではえらいことになりかねない。
 
「あー、その、シャルダン」
「何でしょう先輩」
「リクエストしたいモチーフがあったら言っておけ。ニコラの刺繍の腕前はすごいぞ」
「それでは、猟犬をお願いします」

 にこにこしながらシャルダンは、マントを留めていたブローチを外してニコラに見せた。
 卵ひとつぶんほどの大きさの盾の形をしたブローチには、ほっそりとしなやかで、精悍そのものの顔立ちの犬が刻まれていた。

「これは、あなたの個人紋なの?」
「はい」
「ああ、だから背景に弓が刻まれてるのね」
「はい!」

 シャルダンは胸を張って答えたのだった。

「弓と、猟犬です!」

 その隣では、エミリオが陽に焼けた頬をほんのり染めていた。
 
『猟犬はエミリオ、弓は私だよ』

 入団に際して個人紋を決める時、そんな会話が交わされたことは……当人たちだけが知っている。
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何で猫がそこにいる?

2013/06/18 4:23 お姫様の話いーぐる
「ぴゃあ」

 ダインの肩に乗っていた猫が、ばさっと翼を広げた。

(え、翼?)

 あっと思う間もなく黒と褐色斑の猫は空を飛び、シャルダンの肩にふわりと舞い降りる。

「ちびさん! 連れてきてくれたんですね、先輩!」
「んむ、今日は非番だからな」
「しゃーる、しゃーる!」

(しゃべったー!)

 親しげに銀髪騎士の名を呼びながら、しっぽをつぴーんと立てて首筋に、顔に体をすり寄せている。

「ははっ、くすぐったいなあ! 今日もふわふわだね!」
「ぴゃー」

 シャルダンは名前を呼ばれてもさして驚く風もなく、妙てけれんな猫を抱きしめ、ふかふかの羽毛に顔をうずめている。

「んー、お日さまのにおいがするー」
「ぴぃいい」
「どうしてこんなに可愛いのかなーちびさんはー」

(ちがうだろ。追求すべきはそこじゃないだろ!)

 こいつはいったい何者なんだ。
 鳥か? 猫か? しかも喋ってる。オウムか?
 
「……何だこれは」
「これは、ちびさんです」
「いや、名前を聞いてるんじゃない」
「ダイン先輩の使い魔です」
「…………」

(は? 使い魔?……ディーンドルフの?)

 ぱくぱくと口を開け閉めしたが、上手く言葉が出てこない。だめだ、これ以上こいつと話してるとどんどん妙な方向に引っ張られる。
 ぎちぎちと首を回し、ディーンドルフに向き直った。

「何で騎士が使い魔連れてる! ってか兵舎で猫飼ってるのか貴様ぁっ」

 大声に驚いたのか。羽根の生えた猫はぶわっとしっぽを膨らませてディーンドルフの頭にしがみついた。
 少なくとも、こいつが飼い主だと言うのは理解できる。
 がっしりした手で、よしよしとか言いながら頭を撫でてるし、撫でられた方もぶわぶわに膨らんでいたしっぽが少しずつ細くなり、元に戻った。

「ロブ先輩。こいつは猫じゃありません。似てるけど」
「どっから見ても猫だろうが!」
「これは、とりねこです」
「とりねこ?」
「はい。鳥のような、猫のような生き物だから、とりねこ」
「……そうか」
「異界から迷い込んできたのを保護しました。今は俺が正式な宿主(host)としてこいつを管理しています。人に危害を加える心配はありません」
「そうか」

 納得した。
 種としての名前が判明し、きちんと管理されているとわかれば、それでいい。いいってことにしておこう。
 
「馬屋で排泄はさせるなよ?」
「大丈夫です。そこは、ちゃんと躾けてありますから」
「ちびさんは、優秀なんですよ! ネズミとか、虫とか獲ってくれるし!」
「見せに来るけどな」
「うん、こないだ獲ったのはでかかったっすね」
「……そうか」

 プラス、有能。だったら文句をつける筋合いはない。さっさとするべきことを済ませてしまおう。

「貴様に手紙だ、ディーンドルフ」
「ありがとうございます。でもどうして先輩が?」
「王都まで届いていたんだ。こっちに来るついでに預かってきた」

 手紙を受けとると、ディーンドルフはさっと宛名に目を通し、顔を輝かせた。

「伯母上からだ!」
「それと、こっちは荷物だ」

 頑丈に梱包された、形といい長さといい、丸太ほどの大きさの荷物をずしっと渡す。

「わ。こんな重たいもの持ってきてくれたんですか!」
「ついでだからな」
「………ありがとうございます」

 何てやつだ。あんな重たい荷物を小脇に抱え、平然と手紙を読み始めやがった。

「中身何なんでしょうね、これ」
「絨毯」
「え?」
「俺が生まれた家で使ってたものだそうだ。そろそろ落ち着いただろうから、こっちで使えって」

 ディーンドルフは愛おしげに、荷物を手のひらで撫でた。
 絨毯と言っても部屋全体に広げるほどの巨大なものではなく(そんなものだったらそもそも運んでは来られなかっただろう)。せいぜい、人一人が上に寝ころべるくらいの小さなものだ。
 兵舎内のダインとシャルダンの部屋に運び、開封してみる。

「わあ、きれいだ」
「星空ですね」
「む、見事な品物だな」

 みっしり織られた毛織りの絨毯。目の覚めるような藍色に、金糸銀糸で星が織り込まれている。そして絨毯の縁には、牡羊、雄牛、双子に蟹に獅子、乙女……星空を囲むようにぐるりと、星座を象った絵が刺繍されていた。

「これ、覚えてる。確かにちっちゃい頃、この上で遊んでた」
「ぴゃあ!」

 とりねこが、すたんっと絨毯の上に飛び降りる。縁の一ヶ所のにおいを嗅いで、がしがしと前足で引っかいた。

「ちびさん、いけませんよ……あれ?」

 抱きあげようと屈みこんだシャルダンの動きが途中で止まり、首を傾げた。皮肉にも水瓶座の回りが焼け焦げていた。だが表面は既に摩滅し、馴染んでいる。できる限り焦げた部分を整えようとした痕跡が見受けられた。燃えた繊維特有の臭さもほとんどしない。
 昨日今日できたばかりの焼け焦げではないようだ。

「ここ、焦げてますね。どうして?」
「………さあな」

 ダインが肩をすくめた。

「うっかりロウソクでもひっくり返したんだろ。子供の頃のことだし」

(嘘だ)

 珍しく視線が左右に泳いでいる。
 こいつは、覚えてる。知っている。だがそれを今追求してどうなる? 言いたくないのなら、言わなければいい。

「また、これを見ることができるなんて思わなかった。ありがとうございます、ロブ隊長」
「感謝してるのか?」
「はい!」
「だったら、行動で示してもらおうか。まだ、引っ越しの片づけが済んでおらんのだ」
「喜んで!」

     ※

 ロベルトの居室に引っ越し荷物を運んで、片づけて。一段落着いた頃には、昼を過ぎていた。兵舎の食堂で昼食を取る。
 とりねこは感心なことにテーブルの下に置かれた皿から餌を食べ、卓上のものには手を出さなかった。
 そして、何故か銀髪の騎士の前には、リンゴのパイにリンゴのお茶、リンゴ粥と見事にリンゴ尽くしのメニューが並んでいた。

「シャルダン。お前、何でそんなにリンゴばっかり食ってるんだ」
「ダイン先輩が、見習い時代から毎日食べてるって聞いたので」
「ああ、確かに、しょっちゅう丸かじりしていたが……」

 同じぐらい、肉も魚も穀類も食べていた。いくらなんでも、これは極端すぎる。
 一言注意しようとするより早く、エミリオがぎっしり肉の詰まったパイをシャルダンの前に置く。

「しっかり筋肉つけたいのなら、バランス良く食べなきゃな?」
「うん!」

 とん、と反対側からディーンドルフがマグに満たした牛乳を置いた。

「牛乳も飲んどけ」
「はい!」

 いきなり後輩二人を紹介された時は、果たしてこいつに世話役が勤まるのかと疑わしかったが……既に上手いこと連携も取れているようだし。
 これなら心配あるまい。
 なお、聞く所によるとリンゴ尽くしは、全て町のご婦人からの差し入れだったと言う。

「ありがたいですね」
「うん、美味いな!」

 昼食を終えると、ダインががたんと立ち上がった。

「じゃあ、俺、そろそろ帰りますんで」

「え、もう帰っちゃうんですか、ダイン先輩」

 いつの間にかシャルダンの膝にはちゃっかりちびが座っていた。

「明日は魔法学院の公開授業なんだ。予習がまだ終わってなくてさ」

 エミリオが答える。

「ナデュー先生の授業ですね。勉強になるっすよ。教え方も丁寧だし、何てったって召喚のプロですから!」
「そうか!」
「上級だし!」
「そうか!」
「……そうか」

 何で魔術の勉強なんかしてるんだ、とロベルトの脳裏を過るが、ダインに使い魔が居る以上それは事実なのだろうし、
 勉強そのものは生産的で良いことなので、ロベルトはそれ以上言及しなかった。

「じゃ、俺も午後から授業があるからそろそろ学院に戻るわ」

 そう言ってエミリオは、椅子の背にかけてあった布を羽織った。
 てっきりマントかと思っていたが、実はそれは深い緑色のローブなのだった。

「行ってらっしゃい! ダイン先輩も、ちびさんも、またねー」
「ぴゃー!」

 ごっつい二人組が並んで食堂から出て行くのを、シャルダンは名残惜しそうに、だが笑顔で見送っていた。

「あいつ、魔術師だったのか」
「はい」
「ガタイがいいから、てっきり騎士団員かと……」
「エミリオの専門は植物学と薬草術ですから。普段から、畑仕事をしたり、野山を歩き回ってるんです」
「なるほど……」

 確かにエミリオからは薬草の匂いがしたと頷いている間に、シャルダンの口から爆弾が飛び出た。

「どうして誰もダイン先輩の可愛さに気付かないんだろう……」
「貴様今何と言った?」
「えー、ダイン先輩が可愛いって」
「何っ」
「だって可愛いじゃないですか。素直で、一途でまっすぐで。見てるとぎゅーっと抱きしめたくなります」

 そんなシャルダンの言動にロベルトがギョッとしたり内心慌てたりしていると……

「実家の犬を思いだします」
「ああ……そう言う意味か」
「はい」

 ぜいぜいと呼吸を整えた。
 それなら、わかる。確かにディーンドルフは犬っぽい。

「お前の家、犬飼ってるのか」
「はい。一個小隊ほど」
「おいおいおい、何匹いるんだ!」
「子犬が生まれたばかりなんで」

 シャルダンは狩りと果樹の守護神ユグドヴィーネの神官の息子だ。実家には女神の神獣である犬がたくさん飼われている。全て優秀な猟犬で、生まれた子犬たちは地元の狩人に引き取られ、女神の恵みをもたらすのだった。
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隊長と呼べ!

2013/06/18 4:15 お姫様の話いーぐる
 そして、当日。
 ディートヘルム・ディーンドルフことダインは西道守護騎士団の砦を訪れた。非番の日ではあったがきちんと制服を着て、黒毛の軍馬にまたがりさっそうと……

「ぴゃああ」

 翼の生えた猫のような生き物を連れて。

「もうすぐロブ先輩に会えるぞ、ちび」
「ぴゃあ!」
「三年ぶりだよ。ああ、楽しみだな……」
「ぴぃ、ぴぃ!」

 騎士団の勤務シフトは、非番の週と勤務の週が交互に入る仕組みになっている。
 開拓者を守護する一方で、団員自らも開墾に携わっていた時代の名残である。
 砦の外にも家と、土地を持つ騎士に利便を計るためにこんな勤務体制になっているのだ。自らの住む家と、所有する土地を管理するのもまた、騎士たる者の勤めなのである。

 しかしながら、独り者はもっぱら非番の週、勤務の週を問わず兵舎から離れることはなく。砦、もしくはその周辺で過ごすのが常だった。
 ダインやシャルダンのように、独り者でありながら外で過ごす人間は比較的少数派なのだ。

 今日、ダインがちびを連れてきたのは他でもない。猫好き(と言うか動物全般が好きな)後輩のためだ。
 砦の門をくぐり、中庭に入った途端に彼は面食らった。

「あれ、ロブ先輩?」

 出迎えに来たはずの当人が、むすーっと不機嫌そうな顔で、腕組みして待ちかまえていたのだから!
 傷跡の目立つ腕や顔、三つ編みの金髪にスミレ色の鋭い瞳……ダインに残る記憶のままの彼だった。

「ずいぶん早い到着ですね」
「昨日着いた」

 何から問い詰めるべきか。この期に及んでロベルトがまだ思案しているうちに、ダインは素早く馬の背から飛び降りていた。
 避ける暇もあらばこそ。駆け寄って、腕を広げ、全力でしがみつく。

「ロブ先輩! 会いたかった。会いたかったぁ!」
「おわっ」

 力いっぱいしがみつかれて、ぐらぐらと揺れる。むわっと無駄に発散される体温が押し寄せてくる。

「さっさと離れろ、暑苦しい!」
「……はい」

 ぐいっと押しのけると素直に離れた。少年の頃は容易く引きはがせたその腕を、今となっては全力を振り絞ったところで果たして外せるかどうか。

(こいつ、すくすくすくすくでっかくなりやがって!)

「それから。今日付けで俺は正式にアインヘイルダール駐屯所の隊長に就任した。だから、きちんと隊長と呼べ!」
「はい……すみません、隊長」

 眉尻を下げ、しゅん、と肩を落とす姿に急いで付け加える。

「それでいい」
「はいっ!」

 途端にぱあっと目を輝かせた。
 自分の些細な言葉に一喜一憂し、くるくると表情が変わる。相変わらず素直で、まっすぐで、欠片ほどの疑いも抱かない。
 以前は信じていた。何不自由なく育てられた純真無垢なお坊ちゃん。故に単純な奴なのだと。

 だが彼の置かれた立場や実の父親、その正妻たる女性から受けた仕打ちを知るにつれて呆れると同時に驚いた。

 自らの息子の跡取りとしての地位を守るため、事あるごとに悪意ある噂を流して彼を貶めてきた継母。年齢的にも、実力も申し分なく成長した『愛人の息子』が、正騎士になるのを断固として許さなかった。
 三ヶ月違いの兄は、形ばかりの修業を経てとっくに騎士になっていたと言うのに。
 正妻のその行動を知りながら、父親は見て見ぬふりを決め込んでいた。たかだか目、一つで。たかだか、色の変わる瞳を持って生まれた、それだけの理由で息子を疎んじていた。

 それでもなお、ディーンドルフは自分を慕い、信じていた。ロブ先輩、ロブ先輩とそれこそ犬っころみたいに後を着いてきた。
 己が身の不運を嘆いて世をすね兄を嫉み、捻くれることもなく。
 あんな扱いを受けて、よくぞここまで真っ直ぐ育ったものだ。

「ロブ隊長! 俺にも後輩ができたんです」

 珍しく、背筋をしゃっきりと伸ばしている。

「ほう。そうか。お前もようやく正騎士になれたんだってな」
「はい!」
「おめでとう。よくやった」

 その言葉を聞くなり、彼の顔がくしゃっと崩れた。目元に笑い皺が寄り、口が大きく開き、白い歯が光る。ディーンドルフは顔全体で笑っていた。

「ありがとうございます!」

(あーくそ、やっぱ変わってねえじゃないか、こいつ。相変わらずだな)

「ロブ隊長!」
「おう」

 呼ばれて我に返る。ダインの隣に二人、年若い団員が居た。一人は、つんつんにとんがった黒髪のがっしりした背の高い男。屋外作業の途中だったのか、騎士団の制服ではなく、丈夫な綿のシャツと、藍染めのズボンを身に着けている。

「エミリオ・グレンジャーっす」
「うむ。いい体をしてるな」
「ありがとうございます!」

 なかなか、はきはきして気持ちのいい返事だ。
 そしてもう一人は……

「シャルダン・エルダレントです」

 さらりとした銀髪に、深い森のごとき青みを帯びた緑の瞳、どこか真珠を思わせるなめらかな白い肌。女神のごとき美貌の年若い騎士……
 シャルダンはすーっとまっすぐに近づいてきて……いきなりぷにぷにと二の腕を突いた。

「やっぱりいい筋肉してるなあ……さすがダイン先輩の先輩ですね!」

 褒められた。そう、騎士として、男としてそれは自然な憧れであり、しごくありふれた賞賛の言葉のはずなのだが。

「きっさまあああ!」

 とっさに脚を上げて、蹴り着けていた。

「断りも無しにいきなり触るとは、何事かぁ! それから、先輩ではない! 隊長と呼べ!」

 どっかとばかりに頑丈なブーツに蹴られてシャルダンは、バランスを崩して後ろにすっ飛ぶ。そのまま地面に尻餅をつくかと思いきや。

「……大丈夫か」
「ありがとう、エミル」

 エミリオが背後からがっしりと、受け止めていた。何か言いたげにこちらを睨む褐色の瞳を、憮然として受け止める。
 よかろう、言いたいことがあるなら聞こうじゃないか。
 そのつもりで身構えたが。
 シャルダンはぽん、と黒髪の相棒の肩に手を置き押しとどめ、自分は背筋を伸ばしてきちっと一礼してきた。

「申し訳ありませんでした、隊長。以後は改めます」
「うむ、それでいい」

 シャルダンが蹴られた瞬間、ダインは反射的にぴくっと指先が動いていた。
 だが、彼は理解していた。シャルダンは見た目より力が強く体も丈夫だ。そして、ロブ先輩は決して、酷い怪我をするような蹴り方をする人じゃない。さんざん蹴られて育ったのだ。それは自分が一番良く知っている、と。
 それにこの場にはエミルも居る。
 果たして彼の判断は的確だった。後輩のその落ち着き払った反応に、ロベルトもまた満足していた。

(成長したな、ディーンドルフ。すっかり立派な軍人になりやがって……)

 だがこの光景は、シャルダン目当てで差し入れ持参で訪れていた町のご婦人たちに、しっかりと目撃されていた。

「蹴ったわ。シャル様を蹴ったわ!」
「ひどい! 隊長さんひどい!」
「きっと『どS』ね!」

 ロベルト隊長は『どS』。
 その噂がこの後、光の早さで町中を駆け巡るのだが……ロベルトは知る由もなかった。
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ロブ先輩がやってくる

2013/06/18 4:14 お姫様の話いーぐる
 金髪混じりの褐色の髪に陽に透ける若葉の瞳、剣を取っては豪快に斬り結び、盾を掲げては果敢に守る“鷲頭馬のダイン”ことディートヘルム・ディーンドルフと、
 その相棒にして白銀の髪に青緑の瞳、しなやかな若木のごとき手で強弓を引く、女神のごとき美貌の持ち主、“月弓のシャルダン”ことシャルダン・エルダレント。
 
 黙って並び立てば、もれなくご婦人方の胸を時めかせるこの二人は、実は筋金入りの『ど天然』だった。

 ひとたび口を開けば、あふれる直球、残念、あるいは空気読めない発言の数々。ちらとでも耳にした者は頭を抱えたくなることしきり。
 しかしながら方や勇猛果敢な剣の使い手、方や針の目をも射通す弓の名手として。互いの得手を活かし、不得手を補いつつ日々順調に任務をこなしていた。
 そんな対照的な二人のコンビもだいぶ板についてきたある日のこと。

 見回りから帰ったダインは、騎士団の詰め所で懐かしい顔に出くわした。

「よう、ディーンドルフ!」
「ハインツ! ハインツ・ルノルマンじゃないか!」

 リスを思わせる黒髪に琥珀色の瞳の小柄な男は、共に王都の訓練所で修業した同期だった。
 ダインより2年早く正騎士となり、先輩騎士ロベルトの副官として東の交易都市に赴任し、以来、互いの消息はそれとなく聞いてはいたものの、顔を合わせることはなかった。
 今、この瞬間までは。

「相変わらずでっかいなー。また育ったか、お前? 何食ってるんだ?」
「肉と野菜と、魚」
 
 ひょいと伸び上がると、ハインツはばすばすと旧友の肩を叩いた。

「……うん、聞いてみただけだから」
「あと、リンゴ」
「相変わらずリンゴしゃりしゃり食ってんのか」
「うん、美味いし」

 そんな二人の会話を聞きながらシャルダンはぼそっとつぶやいた。

「そうか……リンゴか!」
「あん?」
「ああ、こいつはシャルダンってんだ。俺の、後輩。シャルダン、こいつはハインツ。訓練所時代の同期だ!」
「よろしくお願いします、先輩!」
「おう、よろしくな」

 ハインツは元々平民の出だった。それ故、主に貴族層に振りまかれたダインの暗い噂を気にすることもなく、比較的対等に付き合っていた数少ない同期生の一人だったのだ。

「お前も先輩って呼ばれるご身分になったんだな。おめでとさん」
「ありがとう! んで、いつまでこっちに居るんだ?」
「今度の辞令で、西道守護騎士団に異動したんだよ。アインヘイルダール駐屯部隊の隊長補佐として」
「ええっ! すごい出世じゃないか!」

 西都への近さ故か、長い間アインヘイルダールの砦には確たる長は居なかった。団長であるド・モレッティ伯爵が兼任していたのだ。

「新しく隊長が赴任してくるって話は聞いてたんだが、お前まで来るとはなー!」
「これでやっと、書類やら届け出が団長の出向日まで保留! なんてことがなくなりますね!」
「……あー、その、君たち? 普通、こう言う時は『隊長って誰?』って聞くもんじゃないかな?」
「おお」
「そう言えばそうでした」
 
 ハインツは軽い目まいを覚え、こめかみを手で押さえた。

(後輩ができて、ちったぁしっかりするかと思ったら……ボケが二倍になってやがる)

「で、誰だ、隊長って」
「……そう、それだよ。俺が誰の副官やってると思う?」
「え。それって、まさか、ロブ先輩?」
「ああ、そうだよ。“兎のロベルト”先輩さ」

 しぱしぱとまばたきすると、ダインの口元がむずむずっと動き、直後、あどけない笑みが顔全体に広がった。さながら池に広がるさざ波のように。目元に笑い皺が浮かび、緑色の瞳がきらきらと輝きを増す。

「そうか! ロブ先輩、こっちに来るのか!」
「何で、そうにこにこしてんだよお前。あれだけしごかれたのに」
「だってロブ先輩に会えるんだぞ? 嬉しくない訳ないだろ! いつ来るんだ?」
「三日後ってとこかな。俺は先触れだ」
「そうか!」

 心底おめでたいっつーか、お人よしな奴だ。
 ハインツは小さくため息をついた。
 記憶にある限り、ロベルトはことさらダインには厳しかった。他の訓練生ならとっくに潰れていたような過酷なしごきを平然と課し、やり遂げた所でさしてねぎらうでもなかった。
 せいぜい、ただ一言「よくやった」と言う程度。
 思えばその一言に、こいつはそれはもう、いちいち嬉しそうに「はい!」って答えていたものだ。飼い主の足下にきちっと座り、しっぽを全開に振る犬みたいな表情で。
 
「ロブ先輩はな、訓練所で俺の世話役だった人なんだ。いろいろ面倒見てもらったし、みっちり鍛えてくれたんだぞ」
「なるほど、私にとってのダイン先輩みたいな方なんですね」
「ああ!」
「すっごく大事な人なんですね!」
「うん」

(……通じ合ってるよ)
(どんだけツーカーなのか、こいつらは)

「どーしたハインツ。疲れてるのか?」
「あ、うん長旅だったしな」
「そっか、ゆっくり休め!」
「お茶お入れしますね」

 旧友の気疲れの真の理由など知る由も無く。

「三日後か……楽しみだな」

 ダインは心に決めていた。非番の週に入ってるけど、朝一番で砦に出てこようと。ロブ先輩を、出迎えるために。
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四の姫と兎の隊長さん

2013/06/18 4:09 お姫様の話いーぐる
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  • 四の姫が使い魔を呼び出したのとほぼ同じ頃……
  • アインヘイルダールの駐屯地に、新しく隊長が赴任してきた。通称“兎のロベルト”、かつて見習い時代のダインを鍛えたロブ先輩その人である。
  • しかし、あることがきっかけでロブ先輩に良からぬ噂が……
  • 「ねぇ奥様聞きました?新しい騎士隊の隊長さん、どSなんですって。」
  • 更に回想ですが隊長が初登場したフロウとダインの出会いの話を再録。
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