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2013年3月の日記

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【おまけ】先輩に学べ!

2013/03/09 22:20 騎士と魔法使いの話十海
  
  • 拍手お礼短編の再録。
  • 本編終了後に薬草店を訪れたエミル。によによしながら出迎えたおいちゃん。そしてこの回、ここにしか出番のなかった不憫なダイン。
 
「落ち着くの、下さい」
「……んー、それじゃあカモミールとオレンジの花ってとこでどうよ?」
「あ、それで」

 アインヘイルダールの下町、北区と呼ばれる一角にある薬草屋「魔女の大鍋」。
 薬も花も毒もいっしょくたに香る店のそのまた奥のカウンターで、亜麻色の髪の小柄な中年男――主のフロウライト・ジェムルことフロウが手際よく薬草茶を入れる。
 カウンター前のスツールに腰かけて、ぺったりと天板に突っ伏しているのは深緑のローブをまとった体格の良い黒髪の青年。中級魔術師にして魔法学院薬草科の優秀な学生、エミリオだ。

「ほい、お待ちどう」
「ありがとうございます」

 がっしりした背中を丸め、両手で湯気の立つカップを手で包み込んでまずは深呼吸。どこかリンゴに似た甘酸っぱい花と、柑橘系の爽やかさの入り交じった蒸気を何度も吸い込む。
 心ゆくまで香りを堪能してから、エミリオがおもむろにカップに口をつける。その瞬間、フロウが口を開いた。

「んで、結局入ったのか、薔薇風呂」

 途端に青年は、ぶっと吹き出した。まだ少量しかお茶を含んでいないのは幸いだった。
 
「何で……それを」
「にしし、何でってお前さん、そもそも薔薇風呂の話題出したのはニコラだろ?」
「あ」

 師匠と弟子。話が伝わらない訳がない。

「その後は、まあ……」

 にまにまとほくそ笑みつつ、フロウはついっと蜜色の瞳を上に向けた。
 剥き出しになった太い梁の上で、黒と褐色斑の猫のような生き物が一匹、きちっと翼を畳んで座っている。金色の瞳がこちらを見おろし、赤い口がかぱっと開いた。

「ぴゃあ!」
「ちびさん……」

 がっくりとエミルが肩を落とす。

「まあ、クッキー程度じゃ口封じにもならないってこったな」
「あうう」
「で、どうだった」
「それが」

 ずぞぞぞぞーっと薬草茶をすすると、エミルは深いため息をついた。カモミールとオレンジの混ざった、それはそれは香しいため息を。

「確かにいいにおいがしましたし、久しぶりにシャルと一緒に風呂入って幸せでしたよ! だけど。だけど、何かこう、違うんですっ」
「ほおお」

 かちゃり、と置かれた空のカップにそれとなく二杯目を注ぎながらフロウは促した。

「どこが、どう違うって?」

 三杯目をあける頃には、エミルは風呂場での一件を洗いざらい白状させられていた。

「……で、シャルにキスされて、鼻血出したと」
「はい。不本意ながら」

 エミルはがばっと両手で顔を覆った。

「必死で女神さまにお祈りしたんだけど。もちませんでした!」

 けらけらと笑いながらフロウはエミルの肩を叩く。

「まっ、祈るべき女神の神子さんが原因じゃ、どうにもなんねぇわなぁ」
「まさか、まさかシャルがあんなに積極的に出るなんてっ」
「もういっそ結婚しちまえば良いのによぉ」
「できればそうしたいっすよ、俺も」

 ようやく顔から手を離したエミリオの瞳は血走り……いや充血し、潤んでいた。

「でも誓っちゃったんです。上級術師になるまではって」
「そもそも……上級魔術師になるかならねぇかってのは、かなりの違いだぜ?」

 蜜色の瞳がすがめられる。上級術師になると言うことは、同時に自らの『魔名』を定める事。
 根源から己を支配し、使役すら為し得る呪文を独自に産み出す事でもある。

「『ならない方が良い事もある』くれぇにな」
「上級になるのには、はっきりとした目的があります。将来、ヴァンドヴィーレの力線の調律をするためです」

 エミルとシャルの故郷、ヴァンドヴィーレはこの世界を構成する純粋な魔力の流れ――力線と、精霊界や神界、魔界と言った『この世界とは別の世界』との境目から漏れ出した魔力の流れ――境界線。二つの大きな力が交わる、特別な場所だった。
 年に一度行われる神事において、二つの流れが滞りなく流れるように。歪められることのないように確かめ、整える。
 ヴァンドヴィーレの司祭は代々、その役目を担ってきた。しかし力線を感知し、調律するには魔術師の力が不可欠である。一人で全てをこなせる者は決して多くはない。
 そのため、ヴァンドヴィーレからは長きにわたり、魔術の資質のある子供をアインヘイルダールの魔法学院に進学させていた。ゆくゆくは魔術師として、司祭を助けるために。
 エミリオもその一人である。もっとも彼の場合、助けたいのはただ一人。生まれて数日後に下った神託により『女神の神子』とされ、母親からいち早く神事を取り仕切る役目を受け継いだシャルダン・エルダレント意外は眼中になかった。
 前任者である魔術師は彼の熱意を認め、本来なら見習いであるはずのエミリオに役目を譲った。
 しかしやはり、努力や熱意では追いつかない部分は、ある。幼い少年の頃はただただ一生懸命だった。だが中級魔術師となった今は、ひしひしと感じてしまう。
(俺って今、かなり女神様に助けてもらってる)
 シャルダン自身が、エミルを強く望んでいるから。
 神子の意志はすなわち、女神の意志でもある。

 エミルはうつむき、カウンターの上で軽く手を組んだ。

「正直、今はシャルの手伝いするのが精一杯なんで……」
「……はいはい、ごちそーさん」

 肩をすくめるフロウの手元に、ぽすっとちびが舞い降りる。ふかふかの羽毛をなでながら中年薬草師は言葉を続けた。

「まあ、魔名についての覚悟ができてるんなら良いんじゃね?」
「それは、もう! シャルに教えるって決めてますから」

 清々しく言い切ってから、エミルははた、と何かを思い出したようだった。打って変わって目を半開きにして、じとーっとフロウをねめつける。

「あの、それでフロウさん」
「ん? なんだい?」
「シャルのキスの仕方が、妙に手馴れていて。どこでこんなやり方覚えたのか、聞いてみたんです」
「ほおお?」
「そうしたら、ダイン先輩からいろいろフロウさんとの惚気聞いて覚えたって言うじゃありませんか」

(あんのお馬鹿わんこめ!)
 内心舌打ちしたものの、さすがは百戦錬磨の中年男。おくびにも出さず先を促す。

「へぇ……それで?」
「あやうく舌入れられるとこでした」
「おやまあ、積極的だねぇ」
「積極的すぎるんですよ」

 低くドスの利いた声だった。ごろごろと咽を鳴らしていたちびが、ぴっと耳を後ろに伏せる。
 エミリオはカウンター越しにずいっと上半身を乗り出した。

「ちょっとは加減しろって、ダイン先輩に言ってください」

 眼差しは真剣そのもの。抜き身のナイフにも似た鋭さと、食らいついたら最後、二度と逃がさない肉食獣さながらの迫力があった。
 フロウはじいと見返してから、ふいっと視線を横にそらし、小さな声でつぶやいた。

「……ダインに言い含めたとこで、何が変わるとも思えねぇけどなぁ」

 その瞬間、エミルは無言で頭をかきむしり、悶絶した。

「格好つけて、結婚先延ばしにしてるからじゃねぇか。お前さんにしろ、シャルにしろ、実家なら食っていけねぇわけでもねぇのに」

 時として若さは純粋で、歯止めが利かない。そして、正解に至る道は必ずしも一つではない。
 ここに愚痴りに来るくらいなら、くそ真面目に誓いを果たすより先に結婚でもなんでもしちまえ、と勧めたのだが……。

「それじゃダメなんです。俺は……シャルを支えるって決めてんですっ」

 むすっとした顔でエミルは腕組み。今度は自分がそっぽを向いている。
 男の意地か、はたまた若さゆえの頑なさと一途さか。いずれにせよ、決心は固いようだ。

「だったら頑張れ、っていうか夫婦の諍い持ち込むな……あ、そうだ、いい事考えた」

 にんまりとフロウは意地の悪い笑みを浮かべ、じいっと視線を下に注ぐ。

「いっそ、勃たなくしてやろっか。そうすりゃ悩まされる事もなかろ?」
「それだけはご勘弁をっ」

 エミリオは股間を抑えて後じさり。震えながら首を左右に振る。
 フロウは熟練の薬草師なのだ。この台詞、断じて洒落にならない。

「にしし、遠慮すんなって」
「めっそーもないっ」
「お茶のおかわりいるか?」
「遠慮しますっ」
「ぴゃ、とーちゃん!」
「え?」

 ぎぃ、と裏口に通じる扉が開き、のっそりと。エミルに負けず劣らず背の高い、がっちりした男が入ってきた。たくましい上半身には何も着ておらず、腕に丸めたシャツを抱えている。
 均整のとれた見事な筋肉質の体には、今しがた浴びたとおぼしき水の名残が滴となって残っていた。金髪混じりの褐色の髪もしっとりと濡れて、いつもよりくるっと巻いている。

「薪割りと水くみと草取り、終わったぞ」
「ご苦労さん、ダイン」

 どうやら、汗をかいたのでそのまま井戸で水をかぶって来たらしい。これ幸いと、フロウはわんこ騎士にエミリオの矛先を向けた。

「エミルがお前に話あるってよ」
「よっ、エミリオ来てたのか」

 ダインは疑いもせず、エミルに向って片手をあげてほほ笑んだ。騎士団員でこそないものの、彼にとってはエミルもまた、可愛い後輩なのだ。何でその頼みを断れよう。

「どーした何の話だ。聞くぞ、俺でよければ」

 全て心得たフロウはただ一人、にやにや笑って事の成り行きを見守る。
 そこはかとなく流れる不穏な空気に首をかしげるちびをなでながら。

「先輩……折り入ってお話が」
「ん?」

 すうっと胸いっぱいに息を吸い込むと、エミルはまなじり決してダインの緑の瞳をにらみつけ、びしっと厳しい言葉を叩きつけた。

「先輩のキスはエロすぎます。もっと控えてください!」
「……」

 五つ数えるくらいの間、ダインは全ての活動を停止し、無言で立ち尽くしていた。
 しかる後、エミリオの言葉の意味を理解したのか、急にかーっと頬が赤くなる。

「いきなり何言い出すかーっ」

 うろたえるダインを、フロウがのほほんとした声で諭す。

「後輩がお前さんのキスを真似できるくらい、俺とのアレコレ吐いてるから……被害者(エミル)から、苦情が来たんだろうが」
「だって、シャルが教えてくれって言うから!」 

 必死に言い返すダインを、エミルがぎんっと睨む。それこそ目つきで人をも刺せそうな勢いで。
 ひっそりとちびが尻尾を太くした。

「どんな風に始めて、どーやって唇重ねるか細かく聞かれてっ、それで、俺……肩つかむより、手のひらで頬を包んだ方がいいって、つい」
「まあ、可愛い後輩の頼みじゃあ断れねぇよな」
「うん」
「……あぁ、つまり……あれだ」

 うなだれるダインの胸板をぺちぺちと手の甲で叩きながら、フロウはゆるりとエミルにほほ笑みかける。

「『将来を誓い合った仲なのに、キスも無いなんて~』とか考えてたんだろ、シャルダンが」

 案の定、こくっと金髪混じりの褐色頭ががうなずく。

「涙目で」 
「涙目で!」
「そう、涙目で」
「わかりました。よーっくわかりました」

 エミリオは固く拳を握ったまま、ぶるぶると震え出した。ずごごごご、と音でも出そうな勢いでどす黒いオーラが立ち昇る。

「ぴゃああ………」
「いてて、こら爪立てんなって」

 ちびが本格的に怯えてフロウにしがみつく。

「涙目でシャルに迫られて、キスのしかたを教えたと……」
「どこをどう省略したらそうなる!」
「手取り足取り腰取り入念に!」
「ねつ造すんじゃねえっ!」
「あーもう、面倒くせぇなあ」

 もはや諦め半分。髪の毛も服もくしゃくしゃにしてしがみつくちびを頭に乗せたまま、フロウはカウンターに肘をつき、じとーっとエミルを上目遣いにねめつけた。

「要はエミルがちゅっちゅちゅっちゅキスしてやれば良いだけじゃねぇか」

 その瞬間。エミルの剣呑なオーラがしゅわわっと霧散し、入れ替わりに花が咲いた。
 いや、散ったと言うべきか。

「おわ、エミルお前すげえ大出血してるぞ、鼻から!」
「うえええっ?」
「おいおい、店の床汚すなよ?」
「拭け、拭けーっ……ってそりゃ俺のシャツだーっ」
「あーあ」

 苦笑いするフロウの頭上で、ちびがかぱっと口を開けてさえずる。

「えみる、はなー、ぼとぼとぼと」

(先輩に学べ!/了)

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【28-3】22のキスその後★★★

2013/03/09 22:19 騎士と魔法使いの話十海
 
 フロウの背中はきれいだ。
 肌の肌理が細かくて、すべすべしてて、いいにおいがする。
 肩甲骨の突起の間にすうっとまっすぐ通った背骨のくぼみがなだらかな曲線を描き、腰の所でくっと窪んでから尻に向って丸く盛り上がる。
 見ていて飽きない。
 見てるだけじゃ足りない。

「ここは、執着、だったよな」

 首筋に唇を当てて、吸った。すると奴は手を回して俺の髪を撫でて来た。
 振動が伝わってくる。
 咽の奥で笑ってる。この辺りはまだ、余裕ってことらしい。
 だったらと念入りにちゅくちゅく吸ってたら、ぴしっと人さし指でデコを弾かれた。

「いつまで吸ってる」
「……ケチ」

 仕方がないから、手の届かない所に移動した。
 肩甲骨に向って、吸ったり、ゆるめたりを繰り返しながら滑らせる。チュ、チ、チュウっとコマドリがさえずるみたいな音が出た。

「こら、ダイン! あんまし強く吸うな、痕が残っちまうだろ」
「つけてるんだよ」
「てめぇっ」

 身を起こしかけるのを肩を掴んでシーツに押し付ける。

「あ」
「構う事ぁないだろ? どうせ服で隠れる場所じゃねぇか」
「うぐっ、この、覚えてろっ」

 文句言ってるその割に、肌が汗ばんでるのは何故だ? 顔が赤い。うなじも。背中も。ほんのりと斑な赤が広がってる。
 まるで水面に浮かんだ花びらだ。
 腰のくぼみに顔を埋めて、長く長くキスをした。しっとり汗ばむ肌を音を立てて吸い上げて、そっと歯を当てる。

「っくぅっ」

 びくんっとフロウの全身がこわばり、手足が跳ねた。

「ここは、束縛。そうだったよな、フロウ」
「う……ぐ」
「何、シーツなんか噛んでるんだ? 素直に声出した方が楽だって、教えてくれたのはお前じゃないか」

 尻の双丘を手で包む。むっちりと張りつめて、指に力を入れるとぐにっとくぼんで包み込む。
 だがちょっとでも力を抜くと押し返してくる。
 指の形に赤い痕を浮かばせて。

「ここへのキスは教えてくれなかったよなあ」
「んくぅっ」

 ちゅう……。
 唇くっつけたままわざと唾液を肌に滴らせ、改めて吸い上げる。

「ひぃ、んっ」

 また、フロウの体が跳ね上がった。きつく目を閉じて、唇を噛みしめてる。飲み込んだ悲鳴が体の中を通って直に伝わってくる。
 ああ、歯がむずむずする。もう我慢ができない。
 押さえ込んで歯を当て、含んだ肌めがけてぐっと力を入れた。ぴちぴちした体を。肉を。噛みしめると、腹の底から得も言われぬ甘美な昂ぶりがこみ上げる。
 気持ちいい。
 もっと欲しい。
 じわっとさらに力を入れた。フロウの声が一段と高くなる。

「あ、あ、よせっ、ダイ、ンっ!」
「……痛かったか」
「ったりめえだ、馬鹿っ」

 白い肌の上にくっきり刻まれた、赤い噛み痕。点々と歯の形が押された上向きの弧と下向きの弧は、次第に歯と歯すき間が消えて、馴染んで線になる。
 今までの吸い痕より強く、濃い。何だか申し訳なくなって、舐めた。

「んぅうっ」
「……どうした、痛いのか?」
「ち、が……」

 はあ、はあっと息を荒くしてる。肌の赤みが強くなってる。握った指の下でシーツが皴になってる。
 唇の周りが妙につやつや濡れてるのは何でだ?
 まさか、お前……。
 よだれ垂らしてたのかっ!

 濡れた唇に誘われて、改めて背後からのしかかる。いきり立った一物をすりつけながら、奴の肩に顎を乗せた。

「ダイン」
「ん」
「しゃぶりたい」

 反撃のつもりか。ナニを舐められて俺がさんざん悶えたり喘いだりするのを楽しむ気か。
 確かに気持ちいい。今まで何度もされたことだ。だけど。いやだからこそ、あっさりうなずきたくはなかった。
 うっかりしゃぶらせたら最後、フロウのしたいように翻弄され、結局はいいように鳴かされちまう。
 それが、わかっているから。

「いいぜ。だけど俺も、舐めたい」
「え?」
「フロウのを、しゃぶりたい」
「は、は、言うねぇ」

 頬を押さえて引き寄せて、にんまり笑う唇を奪ってやった。

「っはっ、はっ、ふっ、はふっ、ふ」
「んんん……っくぅ……」

 浅くかみ合わせたまま、舌だけ奥まで突っ込んで、じゅぶじゅぶ音を立ててなめ回してやった。すすった所で到底追いつかず、両方の口から零れた唾液が口をしとどに濡らす。
 散々なめ回してから唇を離すと、フロウは口を開けて水から上がったばかりのように咽を鳴らし、空気をむさぼった。

「っはぁ……っ、いいぜ。ただし俺が上な?」
「む……」
「お前が乗っかってきたら、俺が動けない」

 確かに。
 今の勢いで本気でこいつにのしかかったら多分潰しちまう。さっきもかなりやばかった。
 しぶしぶフロウの体の上からどいて、改めて仰向けになる。逆にフロウはベッドに手をついて体をくるりと回し、起き上がった。角度が変ったせいだろうか。口元と目元に浮かぶ細かい皴が。ゆるんだ喉元が、くっきりと影に縁取られる。
(あ、あ)
 どうしようもなく昂ぶった。かっかと火照る耳に、情けなくもじじくさい掛け声が飛び込んでくる。

「よっこいしょっとぉ」
「へっ、中年」
「その中年に惚れてんのは、誰だ?」
「……俺だよ」
「ん、それでいい」

 鼻にキスされた。くそ、人を愛玩犬扱いする気か!
 歯を剥き出してにらんだ先に、むっちりとした尻が突き出された。フロウはうつ伏せになってこっちに尻を向け、俺の股間に顔を寄せていたんだ。
(何つー無防備な! 丸見えじゃないか!)
 この格好、初めてだ。好きにしていいってことだよな? ならばとむしゃぶりつこうとしたが。

「フロウ」
「ん?」
「届かない」

 何てこったい。身長に差がありすぎて、フロウのナニまで口が届かない。無理すりゃいけないこともないが、腹筋が、かなりきつい。

「ったく世話の焼けるわんこだねえ」
「るっせぇっ」
「んじゃま、こうしますか」

 促されるままベッドに横向きになって、輪になって、ようやく互いの股間に口が届いた。
 濡れてかちかちに固くなったペニスが目の前に突っ立ってる。
(何だ、お前だってきっちり欲情してたんじゃないか)
 こいつはなかなか悟らせない。いつだって余裕のある表情と動きで俺を翻弄している。
 こうやって剥き出しの体を見てようやく気付く。それが、悔しい。

 手で引き寄せて、肉棒の先端を口に含んだ。ぴくっとフロウの体が震えて、俺の股間の辺りで声がする。

「うっ、この、がっつきやがって」

 お返しとばかりにしゃぶられた。前置きも何もなしでいきなり奥までずぼっと。

「おううっ、フロウ、やばいってそれっ。あ、こらくわえたまま笑うな!」

 言った所で聞きやしねぇ。
 何か先っぽにぴとっと引っ付いてる? え、咽の奥まで当たってないかこれ。苦しくないのか。

「んふっ、んー、んー、ふっ、んんっ、ん、ふー、ふーっ」

 あ、息遣いが荒い。やっぱ苦しいのか。
 でも止めない。気持ちいいのか。どっちだ?
 試しにこっちもフロウのを飲み込んでみる。

「んくっ」

 ほんの少しえずくような感触があったが、無視して進む。直に先端が咽の奥にぺとっとひっついた。
 一瞬、息が詰まる。慌てて頬を膨らませて横にすき間を作ったが、それでもまだ息苦しい。鼻でしか息ができないから、どうしたって呼吸が荒くなる。
(ああ、こう言うことか)
 咽が。鼻腔が、フロウの匂いで満たされる。
(俺のも今、そうなってるんだ)
 くわえた感触と、くわえられた感触が頭ん中で混じり合って一つになる。

「う」

 妙なことに涎がどぼどぼ溢れて来た。にじんでくる先走りと一緒になって口の中がぬめる。
(これだけ滑りがいいなら動かしても大丈夫だろう)
 顔を上下に動かしてみる。唇が、含んだ逸物の表面とこすれる。

「んぶぅっ、ふ、んぅっ」

 フロウがまた呻いてる。動くかな、と思ったら、しゃぶったまんま頬をすぼめたらしい。ぺとぉっと左右から柔らかくって弾力があってぬるぬるに湿った熱い肉が押し寄せてきた。あまりに気持ち良くて、ぞわぞわして、震えた。その瞬間、舌の先を俺の先端にねじ込んで来た。

「うぶっ、ぷっはぁっ」

 反則だ!
 呻くと同時に口を離してしまった。ぷるんっと震えたフロウの先端から、粘液が弾けて顔に飛ぶ。
 透明で、ぬとぬとして、しょっぱい。
 先走りにしちゃ粘つきが薄いのは、俺の唾液も混じってるからだ。

「ふー、はー、はー……」
 
 股間でほくそ笑む気配がした。
『その程度で俺のマネしようってか? 無理すんなよ、坊や』
 得意げな声が頭の中に響く。
(くっそっ!)
 腹立ち紛れに舐めてやった。絶対的に経験ってもんが足りないんだ、奴の真似したって芸がない。だから尻たぶをかき分けて、その奥の肉厚な入り口を。
 いつも俺が突っ込んでる穴を、ぬるつく舌で舐めてやった。

「きゃあっ」

 今度はフロウが喘ぐ番だった。
(何だ、今の声)
 ついぞ聞いた事のないような可愛い声がした。
 これか? このせいか?
 目の前の、浅く息づく濡れた穴を見つめる。だったら。
 口で全体をすっぽり覆って吸ってやった。わざと唾液を滴らせ、すすって音を立てて……。吸い込む勢いで肉ひだがめくれる。すかさず舌先で逆立てて、なぞってやった。

「ひゃあん、あ、ふ、や、よせ、あひっ」

 舐める余裕もからかう余裕もなくなったか。俺の股間に顔すりつけて喘いでる。

「お前ってさ」
「ん……な、何だよ」
「前より、後ろ舐めた方がいい反応するよな」
「あー……それは……その…」

 はぁっと愉悦のため息がこぼれる。内股に当たってくすぐったい。

「……好き、なんだ」

 その瞬間、頭ん中が沸騰した。夢中になって舌全体を広げ、フロウの後ろを舐めて、吸った。
 べちょべちょと音を立てて、唾液を絡め、滴らせて。

「ひぁっ、あ、いい、ダイン、もっと……っ!」

 高く、切なげに訴える声に誘われて口を離した。

「あン、何で、やめる?」
「止めてない」
「ふぇ?」

 濡れそぼって充血し、ぽってりふくらんだ穴に指をあてがう。ひくっと表面が収縮して吸い付いてきた。
 誘ってる。
 指に少しずつ力を入れる。

「あふぅ、お、おお、あお、ダ、イ、ン」

 徐々にのめり込み、仕上げに一押し。指先から真ん中まで、ずるっと飲み込まれた。
 ぬちっと熱い湿った肉が引っ付き、締めつける。あまりの強さについ、問いかける。

「動かしてもいいのか、これ?」
「う、う、んうぅ」
「何とか言えよ。黙ってたら、わからない」

 じわじわと一気に根元まで沈めた。どんどん強くなる締めつけと、切れ切れに上がる悲鳴がフロウの『答え』だ。
 ゆっくりと回す。

「くぅうううんっ」

 痙攣とともにフロウの中が収縮し、奥に引き込まれる。

「あっ。あっ、あーっ」

 かと思うと、緩んで押し出される。
 俺は何もしてないのに、勝手に俺の指をくわえ込んで抜き差ししてる。
 フロウの動きに合わせてこっちも指を出し入れしてやった。次第に厚みを増し、ほぐれる後ろをまさぐった。

「はひぃっ、んん、もっと弄って……っは、あ、そこぉ」
「ここか?」

 ぬちぬちと蠢く肉の壁の中に一ヶ所、ぷくっと膨らんだ部分を見つけた。大きさはヒマワリの種ぐらいだろうか。

「何だ、これ?」

 くい、と押した瞬間、悲鳴があがった。

「いぃいっ、や、そこ、だめえっ」
「逃げるなよ」

 背筋が反り返り、手足がびくっ、びくっと不規則に震えてる。押しのけられたらたまらない。今こいつと離れたら、発狂する!
 尻をがっちり抱え込み、改めてぐいと押す。

「ひぃっんっ! っくぅ、は、あっ、あはぁ、やぁんっ!」

 首を左右に振ってる。解かれた亜麻色の髪がシーツの上に乱れて広がり、頬に、口元にまとわり付いている。

「いい、そこ、いいっ、あ、やだあっ」
「いやなのか? いいのか? どっちなんだよ」
「あ、あ、あ」

 ふるふると小刻みに身を震わせながらフロウが囁く。せわしなく乱れた呼吸の合間から、切なげな声を振り絞って。

「いい……気持ちいい……だからぁっ」

 体をよじってこっちを見てる。赤みのさした顔の、頬と目の回りが一段と濃くなっている。蜜色の瞳が潤みきって、涙の滴まで浮かべてる。

「もっと、弄ってくれよぉ、ダイン……」

 ああ、もうどんだけ可愛いんだこのオヤジは!
 すがりつくような眼差し、息も絶え絶えにかすれた声。その一言で、ぷっつんと頭の奥で何かが弾けた。

「はひっ、う、ぐぅ、ひぃ、うっ」
「あふぅっ、あ、ひゃぁ、ら、め、そこ、ん、んぐ」
「ひっ、あ、あ、ああああああ、ダイン、い、いく、いくいく、いくーっ!」

 気がつくと指二本つっこんで夢中になって奥までぐりぐりかき混ぜていた。
 我に返ってこんなに激しく動かしていいのかと心配になったが、指に伝わってくる感触からは苦痛の兆しは感じられない。
 フロウの声も表情も、せっぱ詰まってはいるが苦しそうではない。気持ち良さそうにうっとりしてるし、腰まで揺れてる。
 俺が見てるのに気付いたか、首を横に振った。

「やぁ、見る、なぁ」
「何で?」
「みっとも、ないっ」
「そんな事ない」

 言い返した途端、妙に指に力が入ったらしい。ねじれて、膨らんだ部分を強く圧迫してしまった。

「ふひぃっ、お、奥、奥がぁっ」
「あ……可愛いな……」

 みっともないくらい、何もかもかなぐり捨てて。涙と汗とよだれでべとべとになって、ひくひく震えて呻いてるフロウは……

「最高に可愛い」

 尚もぐいぐい押しながら、不規則な脈動を始めたペニスの先端にキスをした。
 その瞬間。

「あっ、ぎぃっ!」

 びったんっと背筋をしならせ、フロウの全身が跳ねた。弾む体に叩かれて、派手にベッドが軋む。ペニスの根元が震えた。膨らみが根元から先端にかけて伝わり、広がって行く。
(あ、来るな)
 敢えてぱくっとくわえた。

「も、らめ、いく、いぐぅうぅっ」

 ぷくっと口の中の亀頭が震えて膨らみ、咽の奥を穿つほどの勢いで粘つく奔流が放たれた。

「んぐっ……」
「は、あ、あっ」
「ん、んぅ」

 口の中に吐き出された生あったかい粘つく体液を、余さず味わい飲み込んだ。最初の噴出の後も、すすればすするほど面白いくらい溢れてくる。

「や……何、してるぅ……」
「……飲んでる」

 舌の奥に引っかかる、いがいがした青臭い粘つく液体。他の奴のを飲み込むなんて考えるのも御免だが、フロウのは別だ。

(俺、変だ)
(男の精液飲んで、興奮してる)

 惚れた男が昇りつめた証拠だからか。飲み込んだ分がそっくり自分の中に溜まって、血流に押し流され、凝縮し、どくっと脈打つ。

「や……お前、何、でかくしてんだよ……」

 ぐいっと無造作に手の甲で口を拭った。
 体を起こし、改めてのぞき込む。たった今、俺自身の手で果てた男の顔を。
 普段の余裕たっぷりの表情が嘘みたいだ。小刻みに震えながら、息も絶え絶えに喘いでる。震えてる。顔を真っ赤に火照らせて……。
 この熱は外側から来たんじゃない。全部、フロウの中から湧き出した物だ。

「今度は、俺の番だ」
「ひゃっ」

 涙目で弱々しく首を左右に振るが、火照った柔肌は手のひらに吸い付き、駆り立てる。早く来いと煽ってる。
 まるまっちぃ肩に手を当てて仰向けに押し倒し、足を開かせる。

「はひいっ!」

 ひくつく尻穴に己の性器の先端をあてがった。

「フロウ」
「あ……」

 フロウは自分の手で口を塞いで、こっちを見上げ………小さく頷いた。
 ほっとして、腰を沈める。
 ずぷぷ、ぬぷ、ぷちゅっ。
 濡れた肉と肉のこすれる音が、体を通して直に響いてくる。指に与えられた締めつけが、二倍三倍になって一物に与えられる。

「う、あ」
(気持ちいい)
「ひゃあ、あ、あ、あ、あ、入ってる、入ってくるぅっ」
(可愛い)
「んあうぅんっ」
(気持ちい)

 妙だ。
 確かに口を開けて、声を出してるのに自分が何言ってんだかまるで聞き取れない。音は入ってくるのに意味を成さない。
 ただ聞き取れるのはフロウの声ばかり。

「あぐ、あ、あぎ、ひ、う、お、あ、あ、あひっ、ん、あんっ」
「お、おう、ふぐっ、ひゅっ、ひっ、あ、あっ、あおっ」
「んっ、んっ、ん、あっ、あんっ、あ、あーっ、ダイン、ダ、ダインんんっ」

 甘い声。
 いやらしい声。
 可愛い声。
 駆り立てられる。煽られる。いきり立つ。
 夢中になって動く。
 ぽとぽとと透き通る汗の滴がしたたり落ち、フロウの上に零れ、弾けて珠になる。
 自分が動けば動くほど、湿った肉と肉のこすれあう音が。ベッドの軋む固い音が大きくなる。
 体の中で心臓がものすごい勢いで脈打ち、それがそのまんま、足の間に吸い込まれる。
 一瞬、意識が体を離れて浮かぶような感覚に囚われた。手も足も確かにフロウを掴んでるはずなのに、上も下もない真っ暗闇のど真ん中に浮いているような。
 煮え滾る頭の片隅で、ぽつっと氷みたいな冷たい一かけらが光ってる。

   花は、それを見て、きれいだと思う全ての人のものだ。
   手折るは容易い。されど手折れば萎れて朽ちるばかり。
   愛でられてこその花なれば……
   一人占めなんかできるはずがない。
   どんなに恋しくても。狂おしいほど求めても。

 だけど今は。
 今、この瞬間だけは!

「あ、あ、あっ、ダイン、ダイン、もっと、んんっ、あ、ダインっ!」
「フロウ!」

 夢中になって愛する男の名前を呼んだ。
 むっちり張りつめ、汗で濡れた体を抱きしめて。力の限り奥底まで打ち込み、放った。
 ……ひょっとしたら、物すごい声で叫んでいたかもしれない。
 吠えてたかもしれない。
 ぎりぎりまで張りつめて昇りつめた瞬間、振り絞ったのが声なのか。精なのか。
 わからない。
 ただ、うねり蠢く生きた体にしっかりと受け止められたのを感じた。
 呑まれるのが、わかった。
 すごく気持ち良くて……安らぐ。

「はぁ……フロウ……」

 どちらからともなく腕を絡め合い、ぴったり体を触れ合わせていた。抱き合っていた。
 やっぱりキスと同じだ。
 二人分の熱と水を重ねて混ぜ合わせ、一つにする。どっちがどっちなのか、分からなくなるまで。
 荒くなった息はまだ収まらない。抑えようとしたって、静かになる訳がない。
 汗ばみ、上下するフロウの胸に顔を押し当てる。すぐ目の前で、濡れてぴんっと尖ったピンクの乳首が揺れていた。
 ……吸ったら、怒られるかな。

「ダ、イ、ン……」
「ん? どうした」
「もう一回」

 断る理由なんか、あるはずがない。

(若者×おっちゃんで22のキス★/了)
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【28-2】攻守交代★★

2013/03/09 22:18 騎士と魔法使いの話十海
 
 わんこ騎士は俺に言われるまま、おとなしくしてる。お陰でこっちはやりたい放題だ。
 挨拶のキスなら今までダインは何度もしてきたろうし、何度も受けてきただろう。
 祝福のキスにしたってそうだ。
 いっとき、悪意と害意の中で暮らさざるを得なかった時期もあるが、少なくとも話を聞く限りじゃ、子供時代のこいつは家族から愛されている。おそらく使用人たちからも慕われていた。
 だからこそ、ここまで真っ直ぐに育ったんだろう。
 他人のために身を挺する事を厭わないのは、自分がそうやって大事にされてきた事を知ってるからだ。

 だが、性愛のキスを交わしたのは、俺だけ。
 初恋の相手にしたって頬止まりだったしな。
 別れ際に受けた口付けにどんな意味が込められてたのか、改めてわかったんだろう。少しばかり残念そうな面してやがったから、ちょっぴりシャクに障ってつい、歯を立てちまった。
(ったく、大人げねぇ)
 こいつといると、どうにもこう、調子が狂う。照れ隠しにぐしゃぐしゃと、抱き寄せた髪の毛をかき回してやった。
 こしがあって、太くて、硬い。そのくせくるっと巻いてるから、全体的にふかふかして触り心地は悪くない。
 
「何、してる」
「撫でてる」
「くすぐってぇ……」

 夢でも見ているような、とろっとした目でこっちを見てる。いじり回した髪の毛が鳥の巣みたいにふくらんで、顔の周りで飛び跳ねている。色っぽいと言うにはほど遠い。遊び回った子供みたいな有り様だ。
 よほどうっとりしてるのか、左目をちろちろと月色の虹がかすめる。

「これで22ヶ所だ。どうよ、全部覚えたか?」

 不意に虹色の煌めきが広がり、左目全部を覆い尽くす。

「わかった」

 二の腕を掴まれる。がっしりした手のひらは火照り、熱い。
 うっかりしてた。
 子犬が雄に化けていた。

「おうっ?」

 太いたくましい腕が背中に巻き付き、抱き寄せられる。有無を言わせぬ動きだ。
 そのくせに、痛みは感じさせない。本能なのか、それとも自分の馬鹿力を自覚した上での気遣いなのか。
 張りつめた筋肉の上、ぶつかる体が軽く弾む。
(ああ、まったく、相変わらずいい体してやがるよこいつ)
 ぶっとい骨の上にきれいに筋肉が乗っていて、流れも厚みも自然で見ていて気持ちいい。
 無理して鍛えたんじゃない。重たい武器を振るい、力仕事に精を出し、でっかい馬を乗りこなしてる内に自然と作られた体だ。
 陽に焼けて、所々に古傷が残っちゃいるが取り繕おうとも隠そうともしない。裸を人に見られて、触られてどう思われるのかなんて、欠片ほども考えちゃいないんだ。
 それがそれでまた、そそる。
 大きな体の、素直な生き物に引っ付くのは気持ちがいい。包み込まれると安心する。支えられてる。守られてるって感じがする。
 あったかい。
 
「あ、こら何する」
「じっとしてろ、フロウ」

 もさもさの癖っ毛頭がひっついて来た。毛先があたってこそばゆい。身をよじる暇もあらばこそ、咽に唇が当てられ、すう……と。息をするついでのように軽く吸われた。

「はっ、んっ、んぅっ」

 ご丁寧に口の中に含んだ肌をちろちろと舌先で舐めてる。
 こいつ、さっき俺がやったことをそっくり返して来た!
 じゅる、と喉元で唾液をすする音がする。直に肌を通して伝わってくる。

「ダインっ」
「ん……」
「はっ、あっ」

 歯、当てて来やがった。
(こいつめ、痕なんかつけてみろ、承知しないからな?)
 ぞわぁっと皮膚に粟粒が浮き、手足が小刻みに震える。
 あ、だめだ。気持ちいい。
 もっと、強いのが、欲しい。
(ちくしょう、やっぱり変だ。たかだかキス一つで!)

「どうしたい。今日のわんこは欲求不満かい?」

 震えながらもどうにか笑い返し、喉に吸い付いたダインの頭を抱える。背中に回された腕に力が入る。
 あ、来るな。
 思った瞬間、ぐるっと視界が回り、逆に押し倒されていた。
 背中がベッドに押し付けられ、支柱が軋む。
 見慣れた天井を背に、ダインがのしかかって来る。左の瞳を月色の虹に染めて、一心不乱に俺を見つめて。
 目も頬もつやつやさせて。肌から、口から、鼻から湿った熱を吐き出して……にじむ汗からも、吹きつけられる息からも、濃密な雄の匂いがした。
 こいつ、欲情してる。
 誰に?

「お前にキスされて、欲情しない訳ないだろ」

 俺に、だ。
 自分の半分しか年のいってない若造。男前で、体格もいい。剣の腕も立つし馬術もなかなかのもんだ。
 本来ならお姫さまや貴婦人にかしずいてるはずの男が今、俺の腕の中にいる。
 見えない首輪につながった、見えない鎖の操るままに素直に動き、飛び跳ね、這いつくばる。
 ちらりと考えるだけでもう、背骨の内側から蕩けそうなくらい甘美で、御しがたい疼きがこみ上げる。

「ここは……何だったかな」

 太い親指で唇をなぞられる。その頑丈さに反して羽毛でくすぐるみたいな手つきで。
 覚えているのに、あえてとぼけてるな、この犬っころめ。

「全部、復習するから覚悟しろ」

 やばいな。俺も大概にイカれてるのかも知れない。
 童貞捨てて一年にも満たないような、青臭い若造相手に。

「痕、つけんなよ?」
「見える場所にはな」
「……こいつ」

 ごつごつした手のひらが頬を包む。目を閉じて、降りてくる唇を受け入れた。

次へ→【28-3】22のキスその後★★★
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【28-1】キスの意味★★

2013/03/09 22:17 騎士と魔法使いの話十海
 俺、何だか変だ。
 フロウと一緒に居ると、変になる。声を聞いただけでそわそわする。姿を見たら触りたくって指がむず痒くなる。
 目元とか口元にすっと入った皴が、光の加減で浮かび上がったのが見えただけで心臓がきゅうきゅう締めつけられる。
 何かの拍子に肌のゆるんだ喉元とか、筋の浮いた手首が見えりなんかしたら、もう……抑えが利かない。

「お?」

 で、そんな時に限って目の前を寝巻き姿でうろちょろしてるもんだからつい、肩の上に手を乗せちまう。
 この後一緒のベッドに入るってわかってんのに、触らずにいられない。触ったら触ったで、もっと強く掴みたくなる。
 抱きしめたい。
 もっと強く。
 もっと近くに。
 無意識のうちに、丸っこい肩に置いた手の指先に力が入る。
(よせ。全力でつかんだら骨、軋む。下手したら、折れる)
(ああ、だけど……)
 このまま手首なり肩なりつかんで押さえ込んだらどうなるんだろう?
 知れた事だ。俺の方が背が高いし力も強い。目方もある。一度組み伏せてしまえばこいつは多分、逃げられない。
(って何考えてんだーっ)
 ああ、まったくもう……キリが無い。
(変に我慢してるからいけないんだ。そうだ、我慢するな。早いことキスしちまえ!)

「なぁダイン?」

 屈みこんでキスの準備にとりかかってた口に、指が一本押し当てられる。骨格はまちがいなく男の手だ。関節がごつごつしてるし、骨そのものは太い。だが表面はやたらとふっくらして、すべすべして、おまけにいい匂いがする。

「キスって、いろんな意味があるって知ってるか?」

 虚を付かれてぽかんっと口を開ける。

「え? して気持ちいいからじゃないのか?」
「そりゃまた単刀直入な……まあいいや、ちょっとベッドに座ってみな?」

 自分からお預け食らわせといて、その言い草かよ! ったく小憎らしいったらありゃしねぇ。
 口をヘの字にひんまげてにらみ付けるが、にやにやするばかりで一向に気にする風もない。
 わかってやがるんだ。
 一度言えば充分だって
 俺が必ず言う事を聞くって! ちくしょう、そういっつもいっつも大人しく従うと思うなよ!

「……早くしろよ。待ちきれねぇだろ?」

 ついっと唇をつきだして、拗ねた声出してきた。微妙に上目遣いでこっちを見て、眉をしかめる。寂しげって言うか。不満げって言うか。とにかく、求めてるってのが伝わってくる……痛いくらいに。

「待たせんなよ、ダーイーン?」

 ちくしょうっ!
 心臓が限界まで縮んで、そこから爆発的にふくらんだ。
 ちくしょう。その顔は反則だ。
 ブーツを脱ぎ捨てどかっとベッドに座りこみ、枕にもたれかかって足を伸ばす。

「ったく。またロクでもない事企んでるんだろ」
「人聞きの悪い事言うなよ。単なるレクチャーさね」

 フロウはほとんど音を立てずにベッドに上がり、するすると足の間に入って来る。
 まるで猫だ。

「じゃ、始めるぞ?」
「勝手にしろ」

 蜜色の瞳が細められる。目元に寄る細かな皴に、目が吸い寄せられる。触れたい。撫でたい。キスしたい!
 だが奴の手が太ももに当てられ、動けなくなる。そのまま指先でなで下ろし、膝の裏をかすめる。奥歯を噛んで腹の底に力を入れた。

「ほんと、妙なとこで行儀いいよな、お前って」
「何……が?」
「ベッドに上がる時は必ず、靴脱いでるだろ?」
「っ!」

 ふくらはぎをつかまれ、ぐにっともまれた。思わずすくみあがる。が、かろうじて声は堪えた。

「おお、相変わらずかってぇなあ。それともアレか、おいちゃんに足撫でられて緊張してんのかな、ダインくん?」
「うるさい、さっさとやれ、エロヒゲ」
「へいへい」

 足首をなでおろした手は最後に足を包んで持ち上げて。

「まず、崇拝」
「え」

 爪先にフロウの唇が、触れる。柔らかいぷにぷにしたものがくっついて、小鳥のさえずりみたいな音がした。

「っっ!」

 やばい。
 触られた場所から何かこみ上げてきた。小刻みに体が震える。
 ってかこれ、見た目がかなりやばい。俺のつま先にフロウがキスしてる姿がものすごくエロい。やってはいけない事をやってる。背徳的だ。目が離せない!

「って……おい、ちょっと待て」
「んん?」
「こないだ、俺に足の指舐めさせたのは、まさか」
「かも、な?」

 にんまり笑って今度は足の甲へと顔が滑る。じわじわと近づき、息が肌に触れ、今、唇が触れた。
 さっきより強く、深い。ぬるっと湿った内側まで押し付けられてる。
 くそ。足が勝手に痙攣しそうだ。

「ここは、隷属。ふくらはぎは服従、腿が支配」

 待てこらちょっと待て。そこ、全部この間、お前に言われて俺がなめたとこだよな。しゃぶったとこだよな。
 俺はお前を崇拝して隷属させられて服従させられて支配されてるって事かよっ!
 勝手に決めやがってこのエロヒゲがーっっ!
(否定できない。何一つ)
 顔が、熱い。
 そのくせ腹の奥はぶるぶる震えてる。
 俺は怒ってるのか。
 それともたぎってんのか?
 こいつに服従させられて。
 今、ことごとく同じ痕跡をキスで辿り、全く逆の立場に自らを置いてるフロウを見て。
 ふわふわの亜麻色の髪が足を伝い、登って来る。むっちりしたあったかい体が今にも太ももに触れそうだ。
 断続的に聞こえる湿ったさえずりが。押し付けられる柔らかな唇が、燃えたぎる炎にぼんぼんと景気良くたきぎを放り込む。
 生殺しもいいとこだ!
 たまらず右足を曲げてフロウを受け止め、支える。いっそ自分から触ってしまった方が……楽だ。

「服、邪魔だな」

 ぺろりと舌なめずりすると、奴は器用に俺のベルトを外してズボンの留め金も外しちまった。
 やけに慣れてるなおい。
 そう言や初めてした時も……
 いやいや、考えるな、余計なとこに血が上る。

「こら。ぼーっとするな」

 頬に手が当てられ、フロウの方を向かされる。

「しっかり見てろよ、騎士サマ?」

 シャツがまくり上げられ、ゆるめられたズボンがずり降ろされて行く。

「腰が……束縛」

 よりによって、腰骨の真上にキスされた。
 触れた感触が一番、ダイレクトに伝わる場所だ。

「うっくっ」

 ちくしょう。されるってわかってんのに、声出ちまった!

「可愛い声出たなあ。もっと聞かせてくれよ」
「っはっ、だ、れ、がっ」

 息が弾んでる。顔が熱い。ただキスされてるだけなのに。何でこんなに?
 やっぱり俺、変だ。
 フロウといると、変になる。

「お? おお? ダイン、もしかして……」

 にんまりと、無精ヒゲに縁取られた口元が笑う。

「勃ってる?」
「う、うるせえっ、さっさと続けろっ」
「おーい、そんなねだり方あるかよ」
「ねだってねぇえっ」
「ふん、意地っ張り」

 半分閉じた目で睨め付けられる。同時に股間をなでられ、びっくぅうんっと体全体が跳ね上がる。
 唇を噛んでどうにか声は殺したが、目の縁に涙がにじんでいた。まずい。気付かれただろうか。
 それとなく横目でうかがう。フロウは楽しそうにこっちを眺めていた。
 ……ばれてる。何も言わないけど、きっちりばれてる。
 だがあえて言葉には出さない。にやにやしてるだけだ。するりと手を忍び込ませ、腹をなでて来る。

「きれいに割れてんなあ」
「っは、お前それいつも言うよな?」

 すべすべした手が筋肉の流れをなぞり、シャツをまくり上げて行く。
 嫌なら振り払えばいい。俺の方が力はあるんだから。なのに何故、動けない?

「腹が回帰」

 布が、邪魔だ。俺の体にキスをする、フロウの顔が見えない。だが自分から脱ぐのもシャクに障る。
 皮膚の感覚に意識を集中するしかなかった。

「ここ、傷ができてんぞ。また無茶しやがったろ」

 癒えたばかりの傷口に唇が触れる。盛り上がった肉を、薄い皮に覆われただけの場所だ。
 あまりに強く、執拗に吸われ、うっすら開いた唇の形まで脳裏に描かれる。

「……あ」

 一気に背骨から力が抜けた。その間にフロウはにゅうっと伸び上がって胸に顔を押し付けてきた。

「ふはっ、髪の毛、くすぐってぇっ」
「笑うな、狙いが外れる」
「へ?」

 押し殺した声が胸元で響き、熱と湿り気を含んだ吐息が胸板をくすぐる。

「ここは……所有」

 乳首を吸われた。
 ぴりっと細い雷が駆け抜ける。吸われた乳首から体の内側に向って突き刺さる。
 声を飲み込んだ直後に、今度は心臓の真上に吸い付かれる。ちゅ、じゅ、じゅうっと唾液を滴らせながら強弱を着け、念入りに吸われた。
 も、だめだ。
 食いしばった歯の間から零れる息が、音になる。

「は……う、あ、……」

 ばらばらの音が連なり、一つの名前を結ぶ。
 俺の乳首をしつこく吸い上げてる男。
 生まれて初めて肌身を合わせた男。
 どうしようもないほど心底、惚れてる男。

「フロウ………っ」

 思わずさらさらの髪に指を絡め、くっと掴んでいた。
 フロウが顔を離す。
 吸われた皮膚が空気にさらせれ、一瞬、ひやりとした。だがすぐに、じわじわと火照り始める。

「ああ、痕、ついちまったなあ……」
「つけたんだろっ!」
「いいじゃねぇか、誰に見せるってもんでもなし?」

 何だって、小憎らしい台詞をそんなに色っぽい声で囁くのか、こいつは。ほんの少しかすれて、いつもより、低い。
 その声に。潤みを増した瞳に思い知らされる。
 性的な事をされてるんだと。しているのだと。耳に。肌に、血に、肉に、骨に、吹きこまれる。
 こみ上げる羞恥心と快楽が混じり合う。もうどっちがどっちなのか区別がつかない。むしろ恥ずかしいから、気持ちいいのかとさえ思えてくる。
(ちくしょう、変だ、俺、絶対におかしい!)
 ぷちぷちとボタンが外され、シャツの前がはだけられた。
 フロウはすっかり俺の腰の上に馬乗りになっていた。むちむちした尻が股間を圧迫してもう気持ちがいいやら、もどかしいやらで、股間が沸騰しそうだ。
 いっそこすりつけたい。だが太ももでがっちり挟まれて動けない。

「そら、それほど目立つもんでもないだろ?」
「う?」

 指で胸元をつつかれる。濡れた皮膚がうっすら赤くなっていた。今はまだその程度だ。だが知っている。時間とともに濃くなるってことを。
 幸い、俺はフロウほど色は白くないし体もやわらかくない。だから奴ほどくっきりとは出ないって……思いたい。

「今は届かないけど、ここは確認、な」

 素早くつっこまれた指が、すうっと背中をなで下ろす。完全に不意打ちだった。

「はぁうっ!」

 高い声が漏れる。

「お、いい声」

(くそっ、くそっ、くそーっ!)
 むず痒い。いたたまれない。焦れったい。恥ずかしい。
 これ以上、自分のみっともない声なんか聞きたくない。聞いていられない!
 とっさに左に顔を傾け、シャツの襟を噛んだ。
 くっとフロウの咽が上下する。
 ……笑ってやがる。
 また、こう言う時に最高にいい顔しやがるんだ、この親父は。
 ゆっくりゆっくり手を動かして、右の襟を掴んでる。布が滑り肌をこする。

「ぅ」

 蜂蜜色の目が細められる。
 ご丁寧に指先で鎖骨をなぞりながら、シャツを肩から外して滑り落とした。
 まだ服に覆われた左側と、脱がされた右側。やたらと鋭くなった皮膚の感触が、左右でくっきりと分かたれる。
 こいつ、俺が抵抗するなんて考えてもいないんだ。むしろ抵抗したらしたで面白いと思ってる。
 そう言う男だ。

「おぉ。片肌脱いだだけってのもいいもんだねぇ。実に色っぽい」

 襟を噛んだままぎろりとにらんだ所で、やめる訳がない。肩をなで下ろし、腕をさすりながら袖を抜き取って行く。脱がされた場所をそのまま唇がなぞる。

「指先が賞賛、掌が懇願、手の甲が敬愛」

 妙だ。俺がいつもやってる事なのに。何で見ていてこんなにうろたえる。頬の内側が熱くなる。肌にじわっと汗が浮かぶ。
(フロウの目からは、こんな風に見えてたのか)
(うわあ、やっぱ犬っぽい。飼い主の足元に座ってる犬っぽい)
 腕がくるりとひっくり返され、手首の内側に唇が乗せられる。

「手首が欲情」

 どくっと心臓が強く脈打つ。体の隅々まで、煮え滾った熱い血を押し流す。

「お。いいね、だいぶ雄の匂いが強くなった」
 
 くん、くん、と鼻を鳴らして俺の体を嗅いでる。くすぐったい! とっさに体をよじったが胸に手のひらを当てられ、動きを封じられる。
 変だ。
 力なんか、ほとんど入ってないのに。何故、逃げられない?
 変だ。
 俺は、フロウに触られるとおかしくなる。

「腕が恋慕……」

 とくん、とまた胸が高鳴る。おなじ心臓なのに。さっきと同じくらい強いのに。ずっと、熱い。
 お前、いいのか。意味わかってんのか? 俺に欲情して、恋してるって言ってるんだぞ……そのふっくらしたやらしい唇と、そこから零れる甘い声で。
 ついと顎を持ち上げられる。

「ん、で……首筋が執着、喉が欲求」

 少し、強く吸われた。いつも俺がやってるから仕返しのつもりか。
(咽にキスされるのって、こんな感じなんだ)
 生き物として本能的に危機を覚える。そらせた咽に、他の生き物が口をつけているってことに。
 熱くてぷっくりしてぬるぬるした唇から皮一枚隔てた下には、どくどく流れる血が走ってる。切られれば勢い良く吹き出し、死に至る場所。
 見えない分、感覚が鋭くなる。生物として本能的に警戒しているのか。少しでも強く感じ取りたいのか。どんな些細な動きも逃さないように。

「おいおい、なぁに固まってんだ? お前さんがいつもやってることじゃないか」

 フロウが顔をあげ、伸び上がる。舌で自分の唇をなめ回しながら見おろしてくる。

「その布、よっぽど気に入ったんだな? 俺のキスより、そっちのがいいってか?」

 慌ててくわえていたシャツの襟を離す。

「そうだ、それでいい」

 屈みこみ、唇が重なる。
 ああ。やっと俺からもキスできた。
(同じなんだ。唇を重ねるのも。体を重ねるのも)
(キスは情事の一部だ。けれど同時に、その中に全部が入ってる)
 二人分の熱と水を共有し、こすりあって、もっと気持ち良くなる。されるだけじゃ、物足りない。

「これは……どう言う意味なんだ」
「愛情」

 もう一回、こっちからしようとしたら逃げられた。代わりに頬でちゅくっと湿ったさえずりが響く。

「頬が親愛」
「親愛」
「ああ、親愛だ」
「……そうか」

 束の間、ほろ苦い記憶が胸の奥をよぎる。
 遥か東の王都、夕暮れの水辺でそこにキスした娘が居た。俺が初めて恋して、そして、拒まれた相手。
(あれって親愛のキスだったんだな、グレイス)
 かりっと軽く鼻を噛まれた。

「うおっ?」

 しんみりと過去を振り返ってたらいきなり『現在』に引き戻される。
 改めて、噛まれた部分が唇に含まれる。

「ん……」
「ここは愛玩」

 気のせいか。唇よりやってる時間が長かったぞおい。

「ここは……」

 耳たぶを口に含まれ、ちゅるっと舌で押し出される。ぞわぞわっと小刻みに身を震わせていると、すぐそばで囁かれた。

「誘惑」
「う」
「お、何かここがぴくってなってるぞ、わんこ?」

 わざと尻で人の股間をこね回してきやがった。

「う、おお、おう、や、やめろってっ」
「もう少しで終わるから。いい子にしてな?」
「う……わかった」

 さんざん煽り立てておきながら、瀬戸際で引き戻す。見えないリードに引っ張られ、生つば飲み込んでこっちは下がるしかない。
 結局俺の手綱はこいつが握ってるんだ。いつもいいように引き回される。

「目、閉じろ、ダイン」
「……やだ」
「何で」

 何故って? お前がそれを言うか。蜂蜜色の瞳が濡れてつやつや光ってる。息の届く距離から俺を見てる。
 俺を。
 少なくとも今は、俺だけを。
 淡く光る緑のつる草に囲まれて、蜂蜜色の花が咲いている。花びらの中に露をたたえて。
 ここで目なんか閉じてられるかってんだ!

「……きれいだな」
「お前さんこそ」

 フロウの親指が軽くこすった。俺の左目のすぐ下を。

(ああ)
(だからこんな風に『見えた』のか)

 声を抑えた分、熱が内側にこもってたんだな。左の瞳の奥底で、月色の虹が目を覚ましていた。
 魔力の流れ、異界との入り口、目に見えないはずの存在を見通す『月虹の瞳』。感情が昂ぶると現われる、この世の一番始まりの神から授かった祝福の印。珍しいがこの世で俺一人が授かった訳じゃない。
 だが騎士たる身にはいささか持て余す。父と義母には忌み嫌われ、同僚の中には快く思わない者もいる。
 外では押さえる事を覚えたが、今みたいにベッドの中で二人っきりになってる時は別だ。
 隠す必要もない。
 色の変わった左目を、フロウがうっとりとのぞきこむ。

「きれいだ。たまに、舐めたくなるね」
「やらしい事言うな、お前」
「今更、だろ?」

 フロウが笑う。蜜色の目を細めて、口元をゆるめて。気付いてるんだろうか。こいつの感情が動くたびに、体から伸びる実体のない緑のツタを、ぽわぽわと淡い光の粒が駆け抜ける事を。

「目、閉じろよ。本気で舐めちまうぞ」
「……わかった」

 素直に閉じる。
 フロウが顔を寄せて来る。顔の距離が近い。肩に手がかかり、胸と胸がぴとっと触れ合う。
 同じ男なのに。俺の方が厚みがあるくらいなのに。
 フロウの胸は気持ちいい。肌が滑らかで、すべすべしていて、適度にふっくらって言うか、しっかりって言うか、とにかく弾力がある。固いだけの自分の胸と違うから、つい触りたくなる。
 形も微妙に違うんだよな。乳首を真ん中にしてうっすら盛り上がっていて。手だろうが唇だろうが胸だろうが、触れあった場所を受け止めてくれる。
(もみしだきてぇ。手のひらいっぱいに掴んで……)
 目を閉じてるんだから、何を見ようが自由だ。こっそり頭の中で服を脱がせる。
 むっちりして触り心地のいい胸の真ん中には、ぽっつり固くなる場所がある。外側は褐色、内側に行くにつれて少しずつ色が薄くなり、真ん中はにごりのないピンク色に染まった場所が。

「ったく、にやけやがって何を想像してるかね、このばかわんこめ」
「うるせえっ」

 声が近い。零れる息で睫毛が、前髪が揺れる。
 不意にあたたかくて、湿って、張りのあるやわらかな物が触れた。
 瞼に。
 左の瞼に。
 
「ここは憧憬……憧れだ」

 目を閉じても左目に映る光は消えない。より鮮やかにくっきりと浮かび上がり、包んでくれる。
 あったかい。 

「ここが、思慕」

 髪の毛に顔が埋められる気配がした。そのまま頭が抱き寄せられ、額の真ん中でちゅくっと小さな音がする。
 触れたって気付くより前に離れていた。

「額が祝福……な?」

次へ→【28-2】攻守交代★★
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【28】若者×おっちゃんで22のキス★

2013/03/09 22:13 騎士と魔法使いの話十海
  • ひたすらダインにおいちゃんがキスしている話。後半はがっつり絡んでいるので★三つです。閲覧注意。
 
「なぁ、お前知ってるか? キスってのはする場所によって意味があるんだぜ?」
「また何か企んでるんだろ」
「ただのレクチャーさね。そら、横になれよ」
飼い主フロウにわんこが逆らえるはずも無く、言われるままに大人しく横になると……
 
  • 後半はテンポ重視で地の文章に比べて台詞の割合が多め。小説としてはいささか「行儀のよろしくない」文法ですが感性と煩悩の赴くまま書きつづりました。
 
※参考ぺージキスの場所で22のお題
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