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2012年10月の日記

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【21】花と犬★★

2012/10/26 17:59 騎士と魔法使いの話十海
 
 事が終わった後の男の態度ってのは、大ざっぱに分けて二種類ある。
 一つは急に素っ気なくなって背中を向けて、肌も触れないようなベッドのはじっこに寄ってふて寝する奴。
 やるだけやって、出すもん出しちまったら頭が冷えて、こっぱずかしくなっちまうんだろうな。
 鼻息荒くして盛りまくってた自分の姿が。

 あんあん鳴いて、動物みたいに腰振って。溜まりに溜まった精を吐き出す、一番無防備な瞬間を見られちまったのが今さらながら、恥ずかしい。できるならなかった事にしたい。
 胸の奥をにしにし噛むいやぁな感触を持て余し、結果として素っ気なくなるって寸法だ。
(こっちも大概にはぁはぁ言ってんだからお互い様だ。別に恥ずかしがる事もないだろうによ?)
 なまじ若くてガタイも良くて、腕に自身のある奴とか。頭のいい奴、社会的にそれなりの地位のある奴に多い。
 まあ気持ちはわからんでもない。同じ男だしな。

 二つめは……。

「ん……」

 これだ。今、まさにこの瞬間、俺の腕ん中でうっとりと目ぇ閉じて、顔をすり寄せるでっかいわんこ。
 ぴちぴちした肌の内側からほわほわと熱気が伝わってくる。
 出すもん出した後の気だるさでぼーっとしながら、臆面も無くひっついて来る。安心し切ってる。無防備と言うか、あけっぴろげと言うか……。
 男同士でやる時は、どうしたって喰いあいになる。どうにかして相手を支配しよう、屈服させようと躍起になっちまう。
 若くて強い雄ほどその傾向は強い。だがこいつは違った。最初から、素直に委ねていた。
 男として一番無防備でみっともない瞬間を、見られてもかまわない。聞かれても平気だって思ってる。俺になら。そう、俺になら。
 最も男女を問わず最初にダインと肌身を合わせた相手が他ならぬ俺だったりするんだが……要するに、まあ、『最初が肝心』って事だな。

「おい、こらダイン?」
「ん?」
「くすぐったい」
「へへっ」

 へらっと力の抜けた笑みを浮かべ、胸に顔を埋めちまった。なるほど、こいつにも例の気恥ずかしさはある訳だ。ただ、胸の中でもわもわ転がるむず痒さを隠そうともせず、素直にぶつけて来るってだけで。

「ったく」

 くしゃくしゃと髪の毛の間に指をつっこんでかき混ぜてやった。

「くすぐったい」
「これであいこだ、ざまーみろ」

 火照りの引かない皮膚は未だに感覚が研ぎ澄まされたまま。髪の毛の先がちょっとこすれただけでも縮み上がりそうになる。
 それを心得た上でわざと、褐色の癖っ毛が耳をこするように撫で回してやった。

「うー」

 思った通りだ。小刻みに震えて唸ってる。しきりともぞもぞしてるが、それでも離れようとはしない。

「……なんでここまでオレにくっつくんだかねぇ」
「お前は、光だから」
「は?」

 今、何つった、ダインくん?

「真っ暗で閉ざされた箱の中にうずくまってたら、光がさし込んできた。それがお前だよ、フロウライト?」

 がっちりした腕が背中に回され、抱き寄せられる。
 分厚い胸に抱かれながら、思い出していた。
 初めて出会ったあの日、こいつはたった一人でうずくまっていたなって。手柄を嫉んだ仲間に見捨てられ、怪我の手当ても受けられずに飢えて、乾いて。

「……光って、そんな綺麗なもんじゃねぇんだがなぁ」

 ただ俺は、撫でてやりたかったんだ。
 恨み言を吐く事も、キレて暴れる事も無く。増して腹いせに自分より弱い者を痛めつけようなんて欠片ほども考えず、ただ、ただじっと耐えていたこの馬鹿みたいなお人よしを。
 そりゃまあ、若干の役得を期待しないでもなかったし、実際、美味しくいただいちまった訳だが。

 手のひらいっぱいに鬣のような髪を掴み、流れにそって撫で梳いた。汗でもつれた髪が少しでも本来のツヤを取り戻すように。

「俺には光に見えた。そう感じた」

 何、見てやがる。蕩けそうな目で……。こんなおっさんの顔でうっとりするな。

「あったかいし。触ってて気持ちいいし」

 囁きながら俺の背を撫でてる。肩から背筋に沿って、手のひらで味わうように。

「すごくいいにおいがする」

 うなじに顔くっつけてくんくん嗅いでやがるし! ああ、もう、息が当たってこそばゆいったらありゃしねぇ。思わず首をすくめる。
(触って気持ち良いのも、いいにおいがするのも。いつ男に抱かれてもいいように、備えてるからだ)
(その為に磨いてるってだけの事なんだぜ、ダインくん?)
 なのに、お前さんと来たら。

ユグドのウィッチに一途に惚れても、良い事ねぇぞ?」

 もぞっと金髪混じりの褐色頭が動く。ゆるく首を横に振っていた。

「充分過ぎるほど……幸せだよ、俺」

 ダインはゆっくりとまばたきした。見栄も意地も取り去って、自分の中味をさらけ出して。(そもそも隠した所で丸わかりなんだが)
 月がきれいで泣きたくなる……そう言ったいつぞやの夜も、こんな表情(かお)をしていた。根っこにあるのは、同じ感情なのだ。
 咽を震わせ、泣きたくなるほどの感情に今、こいつは『幸せ』と言う呼び名をつけたのか。

「奔放で自由で。多くの人に愛される花で……そんなお前に。いや、そんなフロウだから惚れてるんだ」
「……あぁもう、オレの負けだ負け……好きにしろ」

 はぁっ、と大きく溜め息一つ。改めて両手を掲げ、ダインの頭をそっと抱き抱える。奴は逃げようともせず、素直に身を委ねて来た。
 思わず滲む擦れた笑みを噛みつぶし、汗ばむ額に口づける。唇に伝わる汗の味は妙にまろやかで、肌からは柔和な小動物みたいなにおいがした。

「愛し続ける覚悟は無理だが……愛され続ける覚悟くらいは決めてやるよ」

 ダインは胸にぺとっと顔をくっつけ、小さく身を震わせた。
 表情は見えない。だが耳までほんのり赤くしていた。断じてこれは、さっきまでの艶事の余韻なんかじゃない。

「嬉しいな。すごく嬉しい」

 顔を上げた。月色の虹に覆われた左目と緑の右目。もろとも細めて柔らかな笑みを浮かべている。

「……嬉しがるような言葉じゃねぇと思うんだが」

 己の言葉は薄情に近い。
 己からの気持ちを保証せず、ただ彼を受け入れるだけの空虚な誓いだ。
 それでもまるで愛する女性の睦言を受けたように舞い上がっちまって、まあ……。
(困ったわんこめ)
 眉根を寄せたまま笑み返す胸中を、察しているのかいないのか。よりによってこのタイミングで、奴はとんでもない事を口にしやがった。

「愛してる、フロウ」

 おい。
 お前、耳聞こえてるのか?
 言葉、理解してるのか?
 ユグドのウィッチに本気になってどうするよ、ダイン。考え直せ。気の迷いだと言い直せ!
 今ならまだ間に合う。へらへら笑ってる場合か。って言うか顔が近い。息が当たってる。

「……」

 唇が重なる。
 がっしりとした腕が。握り合わされた手のひらが逃げ道を封じていた。
 まっすぐに見下ろされ、改めて告げられる。

「愛してる」

 二度目か。くそ、引き返すつもりはないって事かよ。せっかく逃げ道用意してやったのに頭から突っ込んできやがって、この馬鹿犬が!
 にらむつもりが目元にも口元にも力がまるで入らない。内側からガンガン金槌でぶったたかれたみたいに脈打ってるのは、果たして俺の心臓なのか。
 ぴったり重ねられた、奴の鼓動なのか。

 どうする。でこの一つも張り倒し、『ばーか、冗談言うな』と笑い飛ばす手もある。だがそんな真似したらこいつはどうなる? 拒まれたと思うだろう。頭は残念だがそう言う所は妙に聡い子だ。
 十代から二十代にかけての最も多感な時期を、絶えざる悪意に苛まれて生きて来たのだから。
 陽に焼けて、がっちりした逞しい身体が。腕が。胸が。小刻みにぶるぶる震えている。眉を寄せて、捨てられたらどうしようって鼻を鳴らす子犬みたいな顔してやがる。
(そんな顔すんなって)
 ゆるりと笑みを浮かべ、手のひらで頬を包んでやった。

(お前の存在を受け入れよう)
(その愛を許容し、己に向けられたものだと認めよう)

「……あぁ、分かってる」

 寛容に。混沌より出し黒、花と草木の守護者、マギアユグドの御心のままに。

「来いよ」

 抱き寄せた身体の温かさが、重なる肌からじんわりと染みる。抱き返す腕はすがりつくようでもあり、包み込むようでもあった。

「あったかいな、フロウ。あったかいよ」

 左の胸元から鎖骨の合わせ目、咽へと順繰りにキスが這い登る。顎、頬、まぶたと音も立てずに唇で触れてきて……最後に深く重なった。

(花と犬/了)

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教えて?フロウ先生!10―世界と神々6神々の階級―

2012/10/26 17:54 その他の話十海
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<教えて?フロウ先生!10―世界と神々6・神様の階級―>

「さて、次は金の神様……と思ったがその前に、ニコラ?」

「はいっ!何ですか師匠!」

 そのまま次の神様について話そうとしていた口が気まぐれに別の言葉を紡ぎ出した男と、男の言葉に一言一句反応する金髪の少女……ハーブティとクッキーの残り香が漂う店内は、スラム街に程近い薬草屋とは思えない程和やかなものだった。

「一般の信者は知らない奴も結構居るが……神々には一応階級があるのは知ってるかぃ?」

「え、そうなの?神様は神様じゃないの?」

 きょとんとしながら言葉を投げる少女の言葉もまた的を得たものではあるが、男は緩い笑みを浮かべたまま。

「まあそれはそうなんだが……一応上下関係ってのもあるんだわ。一応それも説明しとくとレポートの厚みも増すんじゃねぇかな、ってね。」

「なるほどなるほど……で、一番偉いのってやっぱりリヒトマギア様?」

「当然。神様には一応四つの階級があるとされていて…一番上の『主神』と呼ばれる階級に在るのは始祖神リヒトマギア様だけさね。
 その下に『上位神』『下位神』『従属神』と続く全4階位……その第一階位ってわけだ。んじゃあ問題、次の階位『上位神』に当たるのは……?」

「はいっ!リヒテンダイト様とマギアダルケン!」

「ん、正解。リヒトマギアの直接の子となる太陽神と冥月神がこの階級に当たるさね。ここまでくれば次も簡単だよな。
 ってわけで次の階級……『下位神』に当たるのは……?」

 言いながらも、少しばかり苦笑いを浮かべてしまう。彼女が悪いわけでは決してないが、魔の神に敬称を付け忘れるのはおそらく育ち故だろう。
 貴族として……騎士の娘として育った以上、魔神に縁が殆ど無いのは詮無い事。
 そもそも、いちいち目くじらを立てていたら「寛容」を美徳とするマギアユグドの神官としては心が狭いと言わざるを得ない。

「子供の子供で、リヒキュリア様達……よね? 10柱の属性神。」

「正解正解。下位神に位置するのは聖魔二神の子である属性神達だな。ちなみに神様以外をこの階級に当てはめて例える事も学者連中ではあるらしい。
 例えば上位神、下位神級の力を持ったドラゴン……とかな。まあそういうのが伝説にしか残って無いだろうが。」

「へぇ、そうなんだ……じゃあ、主神級とかいうのもあるの?」

「この世界にいるかは分からねぇが、異世界になら居てもおかしくねぇんじゃねぇか?他の世界には、その世界を作った神様だって居るだろうしな。」

「あ、そっか……ナデュー先生なら何か知ってるかしら。」

「かもな。……それじゃあ最後はちょっと難しいかもな…。下位神のさらに下……『従属神』に当たるのは?」

「え?更に下…って、え~っと……え~っと……。」

『えーっと、えーっと』

 世界を創ったといわれる神々は既に出尽くしているせいか、さっきまでとは違い使い魔と一緒に頭を抱え始める少女……使い魔の妖精は真似をして遊んでいるだけだが……に、クツリと男を小さく喉を鳴らして笑うと、そっと助け舟を出すことにした、。

「それじゃあヒントだ。……その信者とはもうニコラは会ってるし、名前も聞いてるはずさね。」

「え?……あ、ユグドヴィーネ!シャルダンの村の神様で、マギアユグドの娘!」

「ほい、正解。『従属神』に当たるのは、今までに出てきた神々と他の存在との間に生まれ、信仰を持たれるに至った者や、
 生前の働きを神々に認められて新しい神として迎え入れられた英雄や勇者、偉人達さね。
 あと正確には神様じゃねぇが、各属性の精霊を纏める精霊王達も、それぞれの属性の神に仕える者としてこの階級に属して居るといわれてるな。」

「なるほどなるほど……で、師匠……全問正解したんだから、何か賞品とか無いの?」

「いや、んなもんねぇけど。」

「ぶぅぅ~!!」

『ぶぅー』

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教えて?フロウ先生!9―世界と神々5木の神―

2012/10/26 17:53 その他の話十海
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「んじゃ、次は木の神だな。これが終わればようやっと半分ってわけだ。」

「今更だけど結構多いのね、神様って…魔神の事をあんまり意識してなかったからそう思うのかしら。」

「かもな…。それじゃあまずは、聖木神リヒトラシルからだ。豊穣神とも呼ばれる女神で、文字通り果物や作物の豊作を司っている。
 太陽の恵みだからリヒテンダイトの恩恵もあるから、農業とかやってる奴は大抵リヒテンダイトかリヒトラシル信者が多いな。
 リヒトラシルが司るのはさっきも言ったが『樹木』…そして『品格』だ。聖印も、木の枝や木の葉を模した物になっている。」

「品格?……でも農業ってあんまり品格とか関係…。」

「いや、上流階級とかのそれじゃなくて、要は『自分の営みに自信と誇りを持って生きましょう』ってことだ。それは他人への気遣いに繋がるからな。
 『心気高き者にこそ恵みあれ』……それが品格と樹木の女神リヒトラシルの教えさね。まあ、そういう教えがある以上、この女神様は凄くプライドが高いわけだが。」

「ん……どういうこと?」

「リヒトラシルの信者は、豊作を感謝するお祭りを収穫の時に良くするんだが、そこで供物をケチるとリヒトラシルの機嫌を損ねて次の年が不作になった、なんて良くある話で。」

「……い、意外と何ていうか……アレね。」

「まあ、そういう気質にほれ込んでリヒトラシル信者になる貴族もたま~には、居るんじゃねぇかね。……多分。」

「えっと、確か対になる神様は……師匠の守護神だったわよね?確か……」

「木魔神マギアユグド…寛容と草花を司る女神で、美華神とも呼ばれるさね。基本的に踊り子さんとかに信者が多いな。
 教義はざっくばらんに言うと『より多くの人に愛されなさい。』『自分の好きなことを楽しみなさい。』って感じかね。」

「ふぅん……何か他の神様よりハードル低い感じ?」

「どうだろうな……少なくとも、マギアユグドの信者を彼氏にするのは止めといた方が良いぞ。」

「へ?……何で?」

「絶対に浮気するから。」

 きょとんとした少女に小さく笑ってそうキッパリと告げると……なんとなく想像したのか少女の眉がキュッとつりあがる。

「どーいうこと!?」

「マギアユグドの教義は『花のようにより多くに愛される事』『より生を楽しみ、追求する事』……その最中にある不義理を悪としないのさね。
 マギアユグドの信者同士で夫婦とかだったら、お互いに愛人作ったりしてそれなりに平和に過ごせるだろうけど…。」

「……何かそれ、ちょっとヘン。」

『ちょっとへーん。』

 いつの間にか隣に居た彼女の使い魔と一緒になってむくれる少女の頭をポンポンと撫でながら苦笑いする。

「なはは……でもまあ、魔神の信徒ってのは基本的にどこか変なのは確かだな。ま…その辺は置いとくさね、価値観は人それぞれだからな。
 あ、ちなみに…マギアユグドの聖印は押し花か、花を模したものさね。次は金の神だな。」

 適当に言葉を濁しながら先を進める男は、彼女が魔神の信徒にちょっとした違和感を覚えた事を案ずるよりも…
自分の奉ずる女神の信徒には、娼婦や男娼が多い事を上手く伏せて説明できたことに安堵していた。

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【おまけ】ちびの思い出

2012/10/11 18:34 騎士と魔法使いの話十海
  • 拍手お礼用短編の再録。
  • ちびはどこから来たのか。誰に言葉を教わったのか?
  • 電子書籍版「とりねこ」とサイト連載版を繋ぐちょっぴり切ないお話。
 
 ちびにはとーちゃんが三匹居る。
 羽根のあるとーちゃんが一匹と、羽根のないとーちゃんが二匹。

 あったかい穴の中、ふかふかのかーちゃんのお腹に抱かれて、ふにゃふにゃしてたのが最初の記憶。
 一緒にころころしていた兄弟が三匹いた。ちびを入れて全部で四匹。にごにごじゃれて、かーちゃんのおっぱいを飲んですくすく育った。でっかいとーちゃんの背中によじのぼって、広い広い翼の上をころんころん転がって遊んだ。

 ちょっと大きくなって顎も翼も足もしっかりしてきた頃、巣穴から出て飛び方を教わった。
 風に乗って、しっとりした空気の中を飛ぶのが楽しくて、夢中になっていると不思議な物を見つけた。
 ゆらゆらと、虹色にゆらめく空気の動き。虹が濃くなると、見たことのない森や草原が見える。

「ぴぃ?」

 とことこと近づいてみると、あら素敵。虹の中をひらひらと蝶々が飛んでいる。

「ぴゃ!」

 たまらず目を輝かせ、狙いすました前足で一撃。ぱしっとやろうとしたその瞬間、押し寄せてきた見えない流れに飲み込まれ、あっと言う間に流された。

「ぴゃーーーーーーーーーっ!」
「びぃーやああ! びやああ、びやあああああっ」

 必死で呼びかけるとーちゃんとかーちゃんの声がどんどん遠くなる。
 ぐるぐる回ってもみくちゃにされて、ぽいっと放り出されたのはさらさらに乾いた寒い場所だった。
 くん、くんと嗅ぎ回る。何だろう、全然においが違う。

「ぴ。ぴ、ぴー?」

 呼んでも鳴いても答える声はない。太陽はどんどん暗くなり、空気がしんしんと冷えて行く。
 お腹がすいて、すいて、手足の先が冷たい。

「ぴぃ……ぴぃ、ぴぃい……」

 力尽きてうずくまり、うとうとと眠りかけていると。

「どうしたんだい、おちびちゃん?」

 不意にあったかい手に抱きあげられた。それが最初の『羽根のないとーちゃん』との出会いだった。
 とーちゃんは旅の音楽家。細くて長い指で優しく撫でて、歌を教えてくれた。

     ※

 旅の楽師と翼の生えた子猫はいつも一緒。毛布も食べ物も分けあって、バイオリンに合わせて一緒に歌った。
 寒い夜も、ぴったりと寄り添っていればあったかい。子猫は楽師の声を聞き、歌を聴いて言葉を覚える。
 もぐもぐと口を動かし、何度も何度もごにょごにょつぶやいて、ついに『とーちゃん』と呼びかけた時。楽師の目にあたたかな涙がにじんだ。
 いとけない声で歌う、翼の生えた子猫はあちこちで評判になり、楽師は今までよりずっと楽な暮らしができるようになった。

「これもお前のおかげだな」
「ぴゃっ、とーちゃん!」
「よしよし、いい子だ、ちび。いい子だ」

 売ってくれと持ちかける者も居たけれど、楽師はがんとして首を縦に振らなかった。

「こいつぁね、俺の家族なんです。我が子も同然なんです。金で売るなんてとんでもない」

 おだてられても脅されても、決してうんと言わなかった。
 欲深な者は諦めずに策略を巡らせる。
 薄ら寒い秋の夕暮れ、人気の無い峠道。楽師の乗った駅馬車を、黒装束の山賊一味が取り囲む。

「騒ぐな、金と荷物をよこせ」
「命だけは助けてやらぁ」

 山賊の首領は黒いヒゲをたくわえたクマのような大男だった。ぎらつく刃に囲まれて、御者もお客も震え上がって荷物と財布を差し出した。楽師もまた惜しげもなく財布も、バイオリンも差し出したがただ一つ、子猫を隠した袋だけは手放さない。
 それこそが山賊どもの目的だったのだ!

「よこせ!」
「だめだ、返せ!」

 取りすがる楽師の咽を、山賊は無慈悲にも一刀のもとに掻き切った。真っ赤な血が飛び散り、楽師は子猫を呼ぶことさえ叶わず息絶えた。

     ※

「とーちゃん……とーちゃーん!」

 袋の中で子猫は鳴き続ける。
 お腹がすいた。寒いよ、暗いよ。さみしいよ。
 とーちゃん。とーちゃん。名前よんで。頭なでて。抱っこして。一緒に歌おうよ。
 とーちゃん。
 とーちゃん……。

 疲れ果てて眠っていると、とーちゃんの気配を感じた。においも声もしないけど、確かにとーちゃんがいるってわかった。

『ちび。大丈夫だよ。もう心配ないよ』
「とーちゃーん」
『とーちゃんは遠くに行かなきゃいけないけど、お前を助けてくれる人を呼んだからね』
「とーちゃん?」

 何で遠くに行っちゃうの? やだよ、とーちゃん。一緒にいてよ!
 
「とーちゃーん」
「大丈夫か。助けに来たぞ!」

 ばさっと袋の口が開かれる。目の前に、見たことのない人が居た。
 おっきくて、もさもさの髪の毛をしていて、緑色の目をしていた。

『この人が今日から、お前のとーちゃんだ』
「とーちゃん!」

 赤い口をかぱっと開けて、おっきな胸に飛び込んだ。しっかりと受け止めてくれた。

「えっ?」

 あったかい。

「お前、鳥か? 猫か?」
「ぴゃあ」
「……両方、か」

 これが、二匹目の『羽根のないとーちゃん』との出会いだった。

     ※

 そして今。
 ちびはとーちゃんと、フロウと一緒に居る。しっかりした屋根の下、薬草香る古い家で暮らしている。もう寒さやひもじさに震える事もない。

 野山を歩き、橋を渡り、町から町へ。うたた寝の夢の中、ちびは『とーちゃん』と旅をする。
 翼を広げてくるくる飛び回り、いとけない声でバイオリンの音色をなぞる。

「ぴぃうぅ、うるぴぃいいぅ」
「……どうした、ちび公?」

 フロウが顎の下を撫でてくれる。うっとり目を細めて咽をごろごろ鳴らす。

「どうした、フロウ?」
「こいつ、今歌ってた」
「え?」
「うん。確かに歌ってたよ」
「いつ覚えたんだろうな?」

 旅暮らしの日々つれづれ、『とーちゃん』と一緒に歌った歌は、今も確かに、思い出の中に。

(ちびの思い出/了)

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【20-3】泣き叫ぶ子供★

2012/10/11 18:28 騎士と魔法使いの話十海
 
 うー……うぅううう、るーーるぉおろぉぉぉぉ、うぅぅるるるる……。

 微睡みの中、フロウは不吉な声を聞いた。獣の唸る低い声。合間にガチガチと牙を鳴らす音が響いてくる。耳から入る音のみならず、振動が直に伝わって来る。
(何だ? 何が居るんだ?)
 熱い、生臭い息を吐き、強大な何者かがもぞりと身じろぎする。ぞりっと生命の根幹を鋭いナイフで削がれるような心地がした。
(やばい、絶対やばい、すぐに起きなきゃやばい!)
 寝起きの気だるさを振り払い、無理やり瞼を押し開く。

「うー、うう、ぐぅるるるぅ」

 すぐ傍らで件の唸りが聞こえた。心臓の鼓動が早くなる。今にも爆発しそうだ。そっと、そっと。繁みの中を這い進む兎のようにそっと身を起こして確かめる。
 ダインだ。
 だらだらと脂汗を流し、食いしばった歯の間から涎までこぼして唸ってる。

「うー、ううぅ、うー……」

 腹の底から。内臓から直に絞り出すような、凄みのある声だった。しかも、がくがくと瘧にかかったように全身を震わせている。

「おい……」

 手をかけ、揺り起こそうとしたその時だ。

「がぁっ!」

 何の前触れもなくダインは背中を弓なりに反らせ、かっと目を開いた……左目だけを。右目は縫い閉じられたようにピクとも動かず、固く閉ざされている。
 対して限界まで見開かれた左目は、真っ白な光の渦に完全に覆い尽くされていた。元の緑色が全く見えない。

『月虹の瞳』が、ついぞ見たこともないほど荒れ狂っている。
 全ての色が混じりあい、打ち消しあった白い光が渦を巻いている。さながら深海に潜む大蛇のようにうねり、ぶつかり、また離れ、見つめていると底知れぬ深みへと引き込まれそうになる。
 それは正しく異界の色彩。背筋が凍えるほどに美しく、そしておぞましい輝きだった。

「う、ぐ、が……」

 ぎりぎりと軋る歯は遂に唇を噛み切り、ぷつっと血が滲む。月の光の下でもはっきりと分かる、現の赤。
 はっとフロウは我に返った。

「ぐ、お、うぅ」

 一段と低い声で唸り、ベッドから飛び出そうと身構えるダインを抱き寄せた。ざわざわと風も無いのに逆立つ髪を撫で梳いて、柔らかな声で耳元に呼びかける。

「ダイン」

 汗ばむ額に口付ける。わずかに触れた舌先を、ぴりっと濃い塩の味が刺す。
 途端にすうっとダインの体から強張りが抜け、ベッドに崩れ落ちた。
 両目は閉じられ、食いしばっていた歯も緩む。僅かに残る口元の血を、そろっと指先で拭いながらもう一度呼びかける。

「ダイン?」

 ぴくっと瞼が震え、開いた。いつもの穏やかな緑色が現われる。左目にわずかに月色の虹の名残が揺れてはいるが、それだけだ。

「あ……フロウ?」
「どうしたい」

 ゆるりと笑いかけると、しがみついて来た。まるで溺れかけた子供のように体を縮め、必死になって身を寄せている。抱き留めて頭を撫でた。ダインは心地良さげに目を細め、胸元に顔をすり寄せる。

「ははっ、今夜はやけに甘えん坊だねぇ。え、騎士さま?」

 胸の辺りからもわっと熱気が噴き上がる。盛大に息を吐いたらしい。寝巻き越しに肌がなでられ、何ともくすぐったい。

「甘えるのに理由が必要か?」
「ん~? 必要ないけど、理由があるなら聞きたくなるだろう?」

 汗ばむ髪にそっと唇で触れる。ダインは小さく身震いして顔を上げた。

「夢を見た」

 話の先を促すように、しなやかな指先で広い背中を撫でる。寝巻きにぐっしょりと冷たい汗が染みていた。

「夢ん中の俺はちっちゃな子供で……家が、燃えてるんだ。姉上も母上もいなくて、俺は一人で部屋の中で泣いてる」
「……ん」

 相槌をうちながら、ゆっくりと背中をなでる。ちゃんと聞いているのだと、伝えながら。

「星空の絨毯の下に潜り込んで、さ。おかしいだろ? 他に隠れる場所がなかったんだ」

 絨毯と言っても、上に大人一人が寝ころべる程の小さなものだ。しかし細工は細かい。藍色の地に夜空を彩る星座がみっしり織り込また、上質な絨毯。
(こいつの生まれた家にあった物だって、言ってたな)
 育て親たる伯母の手でアインヘイルダールに送り届けられ、今は兵舎の部屋に敷かれている。

「それで?」
「子供の頃、家に仕えてたアルベルトって男が居た。そいつが俺を呼んでるんだ。ぼっちゃん、早くこっちに! って。でも俺、足が動かなくて……火がどんどん強くなって、息をするのも苦しくて……」
「おやおや、大変だ。……それで?」
「煙と炎に覆われて、何も見えなくなる。苦しくて、怖くて悲しくて、目が覚めた」
「……夢だよ、ダイン」

 ゆっくりと撫でる。広い背中を。堅く引き締まった筋肉に包まれた、頑丈な肩を。陽に焼けた首筋を。くしゃくしゃの癖っ毛に包まれた頭を、何度も。
 お前が今居るのはここだと、触れあう肌を通して語りかける。ダインはふるふるっと子犬のように身を震わせ、しがみつく腕に力を込めてきた。
 その瞬間、フロウは確信した。
 ただの夢じゃない。
 家が燃えたのは、紛れも無い事実なのだと。燃える家と、泣き叫ぶ子供。昼間の出来事が鍵となり、過去への扉を開いた。

「もう終わった事……だろ?」

 果たして、腕の中のダインがうなずいた。

「実際にはアルベルトが助けてくれた。俺を絨毯に包んで炎から守って、家の外に運び出してくれた。わかってるはずなのに」
「……なのに?」
「時々、引き戻されちまうんだ。炎の中で泣いてた瞬間に」

 がっちりした手足がこわばる。歯を食いしばる気配が伝わって来る。咽が震え、あの不吉なうなり声が微かに聞こえた。

 こいつは確かに勇敢だ。だが恐れを知らないからじゃない。
 恐怖を知って、それを必死になって乗り越えるありふれた凡人に過ぎない。人並みに怖じ気づきもするし、怖けりゃ尻尾も巻く。
 だが、決して後へは退かない。
(身をすくませる恐怖を知っているからこそ、全力で守るのだ。助けを求める手を、決して振り払わないのだ)
 歯を食いしばって片意地張って、自分の前でだけ、こうして弱さを見せる。 

「……ったく、甘ったれだねぇ」

 クツクツと咽を鳴らして笑いかける。抱きしめる腕に自らも力を込めて、ぎゅっと体と体を密着させて、すがりつくでっかいわんこを受け止めた。胸の中にすっぽりと包み込んだ。

「ほら、寝とけ……良い夢見るまで、こうしといてやるから。」
「……」

 その一言であっけなく、ダインの全身からすーっと嫌な強張りが抜けた。

「……うん」

 見上げてほほ笑むその顔の、何とあどけない事か。

「……ほら、さっさと寝ろ」

 あんまりに無防備に懐かれて、妙に気恥ずかしい。頬の表面がむずむずとこそばゆい。

「明日は早いぞ? 畑の草取りやら、薬草干しやら、お前さんにやってもらう事はいっくらでもあるんだからな?」
「うん。おやすみ……フロウ……」

 こてんっとより掛かるとダインは目を閉じた。安心しきった顔で、すぐにすやすやと寝息を立て始める。
 
「ったく、世話の焼ける犬っころめ」

 フロウは屈みこんで顔を寄せ、うっすらと血の滲む唇に自らの唇でそ、と触れた。

『混沌より出し黒、花と木の守護者マギアユグドよ。芽吹き、茂り、花開きて実を結ぶ。汝の命の力もて、彼の者を癒したまえ……』

 淡い緑の光に包まれて、小さな傷は跡形も無く消える。

「おやすみ、ダイン。よい夢を……」

 囁く声は眠るわんこの耳に届いたのか。
 ほわっと青年は目元を和ませ、口元をほころばせ……フロウの胸に顔を埋めたのだった。


(夕陽の如く赤々と/了)

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