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2012年9月の日記

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【19-4】基礎編4

2012/09/28 23:08 騎士と魔法使いの話十海
 
「で……きた……かな?」
『かな?』

 ニコラはこわごわとスープをのぞき込み、師匠を見上げた。
 赤いスープが、ほのかに淡い魔力の輝きを放つのがフェンネル越しに『見え』た。フロウは満足げにうなずいた。

「ん、上出来」
「いぃやったああああっ」
『やったー』

 ぎゅーっと手を握って足をじたばたさせている。もう一気に緊張がほどけて喜びが込み上げてきたらしい。誰に褒められるよりも嬉しくってしかたないのだ、師匠の言葉が。
 ぴょんぴょん飛び跳ねるニコラの周りを、小妖精の姿をした使い魔がひらひらと飛び回る。ホスト(宿主)が嬉しいと、やはり使い魔もテンションが上がるのだ。

「おいおい、はしゃぎすぎだろう。まだ課題終わってねぇだろう?」
「そ、そうだった。じゃ、さっそく試食を……」

 満面の笑みを浮かべてニコラが口にした直後に、ぴーんっとちびが尻尾を立てた。
 何てタイミング。ぬぼーっと裏口から入ってくる奴が約一名。
 砂色の身頃と袖に黒の前立て。西道守護騎士団の制服に身を包み、長剣を帯びた、がっちりした体格の背の高い男。癖のある褐色の髪には所々に金髪が混じり、瞳は若葉の緑色。
 ほんの少し背中を前かがみに丸めてはいるものの、鼻筋の通った、頑丈そうな顎に太い眉の顔立ちはなかなかなに男前だ。ただし、あくまで黙っていればの話。

「とーちゃん!」
「ただいま、ちび」

 ばさっと翼を広げて飛びつくちびを、男は相好笑み崩して抱きしめる。ひとしきり撫で回し、小声で話しかけてからフロウの方を向いて……やっとニコラの存在に気付く。

「来てたのか、ニコラ」

 でれでれした表情を慌てて引き締めたが、ほんの少し頬が赤い。

「やっほー、ダイン。ちょうどいい所に」

 ニコラはうふ、うふふっと楽しげに含み笑い。頭には小妖精キアラがぺたんっと腹ばいになって乗っかっている。実に愛らしい。
 見た目は。
 あくまで見た目は。

「おぉ、良いタイミングじゃねぇか。ニコラがスープ作ったんだが一杯どうだ?」

 フロウもにんまり笑みを浮かべる。

「お、道理でいいにおいすると思ったんだ。トマトと豆のスープか? 美味そうだなー」
「あぁ、ピリ辛だから俺はちょっと貰っただけだけどな」

 嘘は言っていない。

「ははっ、お前辛いの苦手だもんなー」

 まるっきり疑いもせずカウンターに腰を下ろした青年の前に、ニコラはしずしずと、器に注いだスープにスプーンを添えて運んで行く。

「どうぞぉ。召し上がれ」
「いただきます」

 何のためらいもなく赤いスープを食べるダイン。フロウとニコラは意味ありげな笑みを浮かべ、互いに目配せしつつ、見守った。

「うん、美味いよニコラ」
「うふ、そーでしょう、そーでしょう。一生懸命作ったものねー」

 梁の上からは、ちっちゃいさんたちが固唾を呑んで見下ろしている。目を輝かせて頬を赤らめ、明らかに何かが起こるのを期待している。
 中年魔法使いとその弟子がわくわくしながら見守る中、一杯のスープは瞬く間に青年騎士の胃袋へと消えた。
 
「ごちそーさん」

 フェンネル越しのフロウの視界には、シールドの呪文を施した時同様、魔力の淡い光にダインが守られているのが見えた。
(よし、成功だな)
 安堵した刹那、ひっく、と小さくしゃっくり一つ。

「お、な、なんだこれ、妙な感じが……」
「え、ちょっと、何、ダインどーしたのっ!」
「え、あ、あれ?」

 ニコラはびっくり仰天、目を丸くして叫ぶ。本来、低く良く響くはずの青年の声は、高く澄んだ子供のようないとけない声に。
 そう、正しくちびそっくりの声に変わっていたのだ!

「あらまあ、やけにぴゃあぴゃあした声になっちまって……あ、まさか」

 フェンネル越しに今一度、注意深くスープを観察した。
 何としたことか。ほんの少しだが明らかに、ちびの魔力の痕跡がある!

「煮込んでる時に、ちびの毛が混ざったんだなこりゃ」
「えええええっ、じゃあ、材料にとりねこの毛が混ざっちゃったの!?」
「ぴゃあああ、とーちゃん!」
「ちび……うわー、何だこれ、ちびそっくりだよ俺の声」

 ダインはたはっと眉根を寄せて情けない顔で笑っている。

「えーっと……」

 ニコラは腕組みして、ぽんっと手を打った。

「煮込みの時は、蓋を忘れずにってことですね、師匠!」
「あと、調理場に動物を入れない事、だな」
「はーい、本番では気を付けまーす」
『まーす』

 苦笑いしながらフロウが頷く。
 所詮は初級呪文を封じ込めただけのスープだ。効果が消えれば、声も元に戻るだろう。
 多分。

「もしかして俺……実験台にされた?」

 ぴゃあぴゃあした声と、ガタイのいい男と言う組み合わせが、すさまじく、合わない。

「……っぷふっ!」
「ぷっ、し、師匠。だめだってわらっちゃ、あは、あははっっーっ!」

 笑い転げる少女と中年男の頭上では、梁の上でころんころんと転げ回ってちっちゃいさんが大笑い。
 きゃわきゃわと賑やかな笑い声が聞こえて来る。
 そして原因となったちびはと言えば……。

「っぴゃ! とーちゃん、とーちゃん!」

 ダインが自分と同じ声になったもんだから、上機嫌なのだった。

「ぷぷっ。せっかくだからお前さん、ぴゃあって言ってみろよ」
「誰が言うかっ」


     ※

 そして次の日。

「師匠ー」

 ニコラは頬を紅潮させ、足取りも軽く薬草店に駆け込んだ。

「昨日のスープ、『優』もらったの!」
「ほう、良かったな」
「うん、試食した友達や先生に大受けだったわ!」
「シールドスープが?」
「ううん。『声がぴゃあぴゃあになるスープ』」
「……そっちか!」

 こればっかりは、予想の範囲外。

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【19-3】基礎編3

2012/09/28 23:06 騎士と魔法使いの話十海
 
 さてフロウが読みかけの本に戻ってしばらくの間、作業台ではコトコト、ごりごり、ぎーりぎーりと……
 普通の料理とはちょっと趣の異なる音が響いていた。

「キアラ、水おねがい」
『はい、おみず』

 こぽこぽと水を注ぐ音が聞こえる。ちゃっかり自分の使い魔に手伝わせているようだ。
 ほどなくコンロに火が点り、ことことと美味そうな……若干、物騒な気配の混じるにおいが立ちこめる。

 ちらりと顔をあげて様子をうかがう。
 ニコラは塩コショウで味を整えている真っ最中、表情は真剣そのものだ。赤いスープを慎重に木杓子でかき回し、ちょろっと小皿に注いで、ふーふーさまして口に含んだ。

「むー」

 首をかしげて、ほんの少しぱらっとオレガノを追加して、手早く混ぜてから再び小皿にとって舐める。

「……うん」

 目を閉じて味わい、こくっとうなずいている。どうやら自分なりに納得の行く味になったらしい。
 新たな小皿にスープをとって、ふー、ふー、ふー……と念入りにさましてから、とことことカウンターに近づいてくる。
(お、来たな?)
 わざと素知らぬふりして本をめくっていると。

「師匠、味見お願いします!」

 緊張のあまり、声が裏返っている。顔を真っ赤にして、ぷるぷる震える両手でスープの入った小皿をうやうやしく掲げていた。

「ああ、ん……」

 そろーりと小皿の中味に口をつける。覚悟はしていたが、ピリっとしたトウガラシの辛味が舌を刺す。ぶわっと毛穴が開いたが、顔をしかめるほど辛くはない。トマトの甘みと酸味のおかげか、見かけよりかなりマイルドな仕上がりになっている。
 それにこの柔らかな舌触りは……。

「ん、牛乳か何か入れたか?」
「チーズをちょこっと」

 なるほど。
 魔法の素材による味の変質も、上手い具合にスパイスの味と香りに紛れて気にならない程度に抑えられている。
 余さず飲み干し、小さく頷いた。

「ん、これなら大丈夫だろう」
「やったぁ!」

 ニコラの顔いっぱいに笑顔が花開く。きゅっと木杓子を握ってぴょんぴょん飛び跳ねる少女の頭上では、金色のポニーテールが揺れていた。

「ま、とりあえずとっとと儀式済ませとけ、ダインが帰ってきたら食わせられるようにな」
「はぁい♪」

 いそいそと儀式円を描いた布を広げるニコラの背後に、音も無く舞い降りる黒褐色の謎の影。低く、低ぅく身を寄せて、忍び足でスープの鍋へとにじりよる。
 かぱっと赤い口を開けた所で、すかさずフロウがぐいっと首根っこを引っつかんだ。

「は~い、つまみ食いはやめような~ちび助?」
「んぴゃああああああああっ」
「あ、ちびちゃん! だめよ、これ辛いんだから!」
「ぴぃ、ぴぃ、ぴーいいい」
「うわっぷ、こら、暴れんな!」

 ふわもこの羽毛の塊がフロウの腕の中でじたばたもがく。目の前のスープによほどご執心らしい。にゅるんっと伸び上がって抜け出した。
 慌てて腕に力を込めた時は既に遅く、しゅるっと尻尾がすり抜ける。

「だああ、この不定形がっ」
「しょうがないなあ。じゃあ、ちょっとだけね?」

 ニコラは赤いスープを指にちょっぴりつけて差し出した。ちびはふんかふんかとにおいをかいで、ぺろり。

「ぴっ!」

 途端に全身の毛をもわもわに逆立て、その場で四つ足ジャンプ。辛かったらしい。

「……ったく」

 目の前で繰り広げられる少女ととりねこの漫才に苦笑いを浮かべ、フロウはもっさもさに膨らんだ黒い毛並みをゆるりとなでた。
 今度ばかりはちびも大人しくフロウの腕の中に収まり、すぴー、ぴすーっと鼻を鳴らす。撫でられるうちに、逆立った毛並が落ち着いてきた……尻尾は依然として、ブラシみたいになっているが。

「とりあえず、儀式に集中しろよ? 失敗してボン、とかはゴメンだからな」

 冗談めかして笑いかけると、ニコラはきゅっと背筋を伸ばした。

「そっそれは……無いって……信じたい」

 あはは、と引きつった笑みを浮かべつつ、作業台の上に儀式円を描いた布を敷く。
 布の四隅と中央にこの世を構成する五つの元素を刻んだ石を置き、しかる後に鍋から器に写したスープを一杯分、円の中に置く。
 続いて自分の杖で順振りに護符に触れ……ほわっと淡い光が円に沿って走るのを確認した。

「儀式円の起動……終わりました!」
「……ん、じゃあ杖で力線を誘導して魔力の量を調節しながら、呪文で封入しろ。封入量間違えたら弾けるからな」

 まあ、所詮はスープだ。こめられる魔力も高が知れている。多少溢れた所で、せいぜいスープが飛び散る程度だろう。
 だが初めが肝心。慎重に事に当たるに越した事は無い。

「は、はい、わかりましたっ!」

 緊張した面持ちで少女は杖をきちっと両手で握り、呪文を唱え始める。ほんの少し声が震えていた。

『力よ集え 不可視の盾と為さん 貝の殻のように固く クルミのように固く ワニの鱗のごとく剣を弾き 真珠のごとく包み守れ……』

 店の中を流れる、目に見えない魔力の流れ……力線がじわじわと儀式円に集まる。ニコラは糸を紡ぐように杖を繰り、からめ捕ってスープに流し込んで行く。
 フロウは近くにあったフェンネルを手に取り、目の上にかざして魔力の流れを『視た』。
 流れる力線は今のところ多すぎず、少なすぎず適量を保っている。声が震えているが、発音そのものはしっかりしていた。これなら問題ない。

「落ち着け、ゆっくり唱えたって今は大丈夫だからな?」

 戦っている最中に、攻撃呪文を詠唱するわけではないのだ。ニコラの集中を妨げないように、驚かせないように、ゆるりとした口調で声をかける。
 ニコラはちらりと師匠を見やり、小さくうなずいた。杖を握り直し、すうっと息を吸い込む。
 ここからが正念場。流し込んだ魔力をスープに『固定』しなければいけない。

『盾為す力よ、宿れスープに』

 精一杯ゆっくりと、力を固定させるべく魔導語を紡ぐ。やはり緊張しているのだろう。ぴんっと魔力の流れが張りつめ、スープの表面が波立つ。

「きゃっ!」
『きゃ』

 ぱたぱたと空中で小妖精が後ずさるが、ニコラは怯まない。反動で杖が軽く跳ね上がるが手は離さない。
(おー、おー、やる気充分だな)
 フロウは思わず浮かしかけた腰を落ち着け、見守る事にした。
(あれなら心配ないか)
 然り。ニコラはきっとまなじりを正し、もう一度言葉を繰り返した。

『盾為す力よ……宿れ!』

 気合いの篭った一言に、波立つスープが一瞬で静まった。

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【19-2】基礎編2

2012/09/28 23:05 騎士と魔法使いの話十海
 
「あのなニコラ。念のため言っとくが、食い物に関しては迂闊にダインを基準にするんじゃないぞ?」
「………」

 カリカリと白墨を走らせる音がぴたりと止まる。

「あいつ、いっぺん口にしたら毒でも無い限り意地でも食うからな」
「あー」
「食えないスープはスープじゃない。違うか?」

 ニコラはそろっと帳面を読み直し、それから改めて手元の黒板に目を落とした。

「あ」

 おずおずと黒板消しに手を伸ばし、ざーっと、書き留めたレシピの一部をまとめて消す。
(ははぁ。察するに食えないスープは減点、とでも書いてあったんだろうなあ)
 師匠はクツクツと咽を鳴らして笑いつつ、蜜色の瞳で見守った。

「まず『普通のスープ』を作ってから、マテリアル(魔法の材料)を入れて、味を調整してから儀式した方が楽なんじゃねぇか?」
「ああっ、その発想はなかったーっ!」

 きょとーんと青い瞳を見開いて、両手を握って叫んでいる。本気で思いつかなかったらしい。

「いや、先に思いつけよ」
「えーっと、んーっと……やっぱり美味しいスープがいいよね、うんっ」
「んぴゃあ!」

 ちびが目をきらっきらと輝かせ、かぱっと赤い口を開ける。髭を震わせ、鼻面をぷっくり膨らませて。

「おいしい、おいしい、おいしいすーぷ! すーぷ、すーぷ!」
「トウガラシ入れれば大抵のものは食べられるよね。後はトマトと、お豆も入れて」 
「まあ、適量さえ守ればな」

 微妙に気乗りしない口調になるのは、根本的に辛い物、熱い物が苦手だからだ。またこの弟子と来たら、調子が乗ってくるところっと限度と言うものを頭からすっ飛ばすし……。

「程々に?」
「そう、程々に」

 まあ、万が一、入れ過ぎてもダインが食う分には問題あるまい。術の触媒にしろ、トウガラシにしろ、きちんと調理されてる分には……。
(しまった、それがあったか)
 これまで、菓子作りは何度か指導してきたた。学校でも習っている。だが料理となると、どうだろう?
 そこはかとない不安を抱きつつ、さり気なく問いかけてみる。

「あー、その、ニコラ」
「なぁに?」
「その、特に俺が指導しなくても、普通にスープ作るのはできる……よな?」
「もちろん。お料理の基本だもの!」

 果たして。ニコラは薄い胸を張ってとんっと拳で叩いた。ド・モレッティ家のレディたちは、家事を使用人にまかせてふんぞり返るような、お高くとまった教育は受けていないらしい。
(中々にたくましいこった)

「そうかそうか、うん、安心した」
「ジャガイモとかキャベツがごろんごろん入ってるのも食べでがあって好き。でも魔法スープだから飲みやすさ優先した方がいいよね……こうスプーン使わずにごくっと行けるような。ベースはチキンかな、お魚かな」
「んっぴゃあ!」

 次々とニコラの口から飛び出す食材に我慢できなくなったのだろう。
 ちびはつぴーんっと尻尾を立ててうろうろと、カウンターの上を歩き回る。時折尻尾がにゅるん、ひゅるんっとフロウの顎の下をくすぐる。

「ちょ、ちびっこら……っはは、待てこの……っ!」

 歩き回るちびを捕まえようと手を伸ばす。
 万が一、作業台に飛び乗られたら大変だ。とりねこの毛なんて混ざって変な調合になりかねない。
 もぞもぞ動く羽毛の塊を、膝の上に抱え込もうとしたが。猫って奴はとにかく、自分の気が向いた時しか、大人しくしない生き物なのだった。
 
「ぴゃあん」

 追いかけっこのつもりかひゅるっと体を一ひねり。ぱさっと羽根を広げるが、一瞬早くフロウに抱え込まれてしまう。

「んぴぃ」

 暴れはしないが、耳を伏せて目を半開き。とても、とても目つきが悪い。

「ったく、作業台やカウンターの上をうろちょろすんなって何時も言ってるだろ?」

 抱え込んだちびの額を指先でぐりぐりしながら、叱るような諭すような声で話しかける。

「んぴぃうう、んぴいぅるる」

 耳を伏せて不満げにうなってる。今ごろどこかで飼い主も、でこを押さえてる事だろう。

「ダシはベーコンでとって、豆と、トマトにオレガノとトウガラシで風味付けして……これで色は赤くなるから……後は何入れてもごまかし効くよね」

 その間にさりげなく、またぼそっと物騒なことを呟きつつ、ニコラはカリカリとレシピを書き留めて行く。
(何だってスープ造りでこんなに冷汗かかなきゃいけないんだか)

「牡蛎の殻の粉末に、くず真珠と……」

 くず真珠と言うのは、装飾品に使えないちっぽけな真珠だ。薬や術の材料として、一袋いくらで売られる比較的安価な素材。当然、ここの店でも取り扱っている。
 初めての調合となると舞い上がって、とかく高価な素材を使いたがるもんだがきっちり自制しているじゃないか。感心、感心……。
 なんて思っていたら。

「……のウロコ」
「ちょっと待て。今何のウロコつった?」
「え、いや、ワニです、ワニ! 在庫、あるよね?」
「ああ、あるよ」

(今、こそっとドラゴンって言ってなかったか?)
 前言撤回。このお嬢さんと来たら、うかうかしてると、とんでもない素材をさくっと使いそうで油断できない。また、その気になれば調達できるから始末が悪い。在庫的にも。金銭的にも。

「師匠、レシピ案書けました!」
「ほう、どれどれ?」

 びしっと掲げる黒板を受け取り、目を通す。

『【シールドスープ】材料:ベーコン インゲン豆 トマト トウガラシ オレガノ 塩 コショウ 牡蛎の殻 くず真珠 ワニの鱗』

 ワニ、の所にうっすらとドラゴンと書いて消した痕跡がある。
(気のせいじゃなかったんだ……)
 途中で思いとどまってくれただけ良かったと思おう。

「どう?」
「ん~、殻や鱗はちゃんと粉にすること……だな。後は、クルミを入れても良いかもな。殻は粉にして、中身は刻んで」
「あ、素敵、美味しそう!」
「ぴゃーっ」

 師匠として、これくらいの助言は許されるだろう。  
 素材としての強化もできるし、何より食べられる物だ。

「後は悪くねぇな。そんじゃ、作って味見して、味の調整してから、最終的なレシピを羊皮紙に書けば出来上がりだ」
「殻、と鱗は粉末、クルミを追加、っと」

 追加分を黒板に書き込み、ニコラはぴょんっと床に降り立った。

「じゃ、材料集めてくるね!」

 つやつやと頬を輝かせ、ワニの鱗、ワニの鱗と小さく唱えながらすっ飛んで行く。爬虫類のウロコやら干物の置いてある一画は、普通の女性客はまず近づきたがらない。だがこの少女は別だ。

「んー、いい鱗~。ほれぼれしちゃう。さすが師匠、お目が高い!」

(鱗でうっとりするって、十四歳の女の子としてどうなんだ?)
 しっとり冷汗をかきつつ笑顔で答える。

「ははっ、ありがとさん。くず真珠は宝石の棚の右端な」
「了解。あったあった!」
「ぴゃあ」
 
 一声鳴くと、ちびはフロウの腕から抜け出し、梁の上へとひとっ飛び。目を丸くしてじっとニコラの動きをのぞき込む。食べられない物ばかりなので、鼻を突っ込むのは諦めたらしい。だが興味はある、と。
 その証拠に、長いしっぽがぴこぴこ揺れている。

「牡蛎の殻にクルミ、クルミ~~」

 梁の上でうずくまるちびの周りには、何処からともなく、二頭身のちっちゃな小人が集まっていた。家つき妖精「ちっちゃいさん」だ。
(お、おいでなすったな?)
 ニコラの動きにいたく好奇心をそそられたらしく、何やらきゃわきゃわ囁きかわしている。

「豆と乾燥トマトと……あ、師匠、ベーコンお借りします!」

 水色のスカートを翻し、ニコラはひらひらと蝶々のように奥の厨房へと駆け込んで行く。
 すぐにベーコンの薄切りを手に戻って来た。ここでニンニク、と来ない辺りはやはり若い女の子だ。食べた後、強烈なにおいが残る材料は避けたいのだろう。
 しかしこれはあくまで『魔法のスープ』。単純なお料理では終わらない。

「あー、ニコラ。念のため確認しとくが、魔化の儀式の準備も忘れるなよ?」

 魔化の儀式とは、物品に魔力を封入するための術式だ。今回の課題はその基礎中の基礎。強力な魔法の品や薬を作るための、最初の一歩なのだ。

「もちろん!」

 誇らしげにニコラが腰の巾着袋から取り出したのは、40cm四方の四角い布。色は濃い藍色で、表面には魔化用の儀式円が白く染め抜かれている。職業魔法使いの使う物に比べれば規模はささやかだが、スープ一杯分には充分だ。

「なら、良し」
「では。行きます!」
「ん、頑張んな」

 ゆるい笑みを浮かべると、フロウはカウンターの後ろから読みかけの本を引っ張り出し、ぺらぺらとページをめくり始める。
 後は任せておいて大丈夫だろう。

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【19-1】基礎編1

2012/09/28 23:02 騎士と魔法使いの話十海
 アインヘイルダールの下町、北区と呼ばれる一角にその店はあった。
 半ば木造、半ば石造りの古い建物。壁は白塗り、茅葺き屋根には所々草が芽吹いて根を下ろし、緑と灰褐色の斑模様を描いている。
 通りに面した入り口の、軒先に下がる木彫りの看板は杖の突き出た大釜(Cauldron)の形をしていて、流れるような書体でこう記されていた。
『薬草・香草・薬のご用承ります』

 季節は夏の入り口、双子月の始め。裏庭の薬草畑から吹く風が、甘く、つーんとした香りを含み優しく頬を撫でるのどかな昼下り。
 カロロン……カロローン。
 ブロンズのドアベルを高らかに響かせて、勢い良くドアが開け放たれる。

「しーしょーおっ!」

 水色のスカートを翻し、金髪に青い瞳の少女が飛び込んできた。伯爵家の四の姫にして魔法学院の初等訓練生、ニコラ・ド・モレッティだ。

「……んぁ?」

 薬草店の主、フロウはびくっと肩を震わせ、目を開ける。カウンター奥の座り心地の良いイスに腰掛け、午後の昼寝と決め込んでいたらしい。
 膝の上では、黒と褐色の斑の猫が一匹。チョコレートドーナッツみたいくるりと丸まって、ぴくりと瞼を震わせたものの起きる気配は一向に無い。
 警戒する必要が無いとわかっているからだ。
 そうこうする間にニコラはちょこんっとカウンター前のスツールに腰を下ろす。

「もしかして、お昼寝中だった?」
「いや、寝てない、寝てないよ?」

 ぬけぬけと答えながらくぁーむ、とあくびを一つ。悪びれる様子も無いし、ニコラも全く気にしない。
 七ヶ月前に初めてこの店を訪れて以来、彼女はこの中年薬草師を師匠と仰ぎ、日々魔法の修業に明け暮れている。この程度のやり取りはもはや日常茶飯事、慣れっこなのだった。

「じゃあ学校の課題、ここでやっていい?」
「課題ねぇ。別に良いけどよ」

 察するに道具や素材の必要な課題なのだろうとフロウは見当をつける。この店では薬草以外にも様々な術具や素材を扱っている。術式に必要な『力線』も強い。
 実習にはうってつけの場所なのだ。

「で、一体どんなのが出たんだ?」
「今回のお題はね……」

 そう言いながら、ニコラはぱらららっと持参したノートをめくる。

「どぉれ」

 フロウは頬杖をつきながらもぞり、とニコラの手元をのぞき込む。
 今はまだ、紙を閉じただけの帳面にすぎない。
 革表紙でびしっと装丁された魔法使い特有の分厚い『ジャーナル』を使うには、まだ若すぎるのだ。とは言え、上質の紙は羊皮紙や屑紙に比べればまだまだ高価。日常の勉学に使うには、かなりの贅沢品だ。
 本人もその事は薄々わかっているのだろう。
 細かい文字ですき間なく、びっしりと書き込んでいる。

「『魔法のスープのレシピを考案しなさい、効果と材料は自由』……だって!」
「ぴゃああ!」

 黒と褐色斑の猫がカウンターに飛び乗り、つぴーんっと尻尾を立てて細かく震わせる。スープと言う言葉に反応したらしい。

「すーぷ、すーぷ、すーぷ!」
「なるほどね、魔法のスープか」

 魔法のスープ。
 文字通り、普通のスープに術の触媒となる素材を加えてぐつぐつつ煮込み、呪文を封じ込めた圧縮魔法(packed magi)の一種だ。
 使い方は至って単純、食べると効果が現われる。手間がかかる割に日持ちはしないものの、ポーションよりも難易度は低く、素材と手順さえ間違えなければ魔法訓練生でも作る事ができる。

「良いぜ、あんまり高いもんじゃなければ好きに使えば良いさね」
「ありがとう! じゃあ作業場と材料使わせてね。費用はちゃんとまとめて払うからー!」

 師匠と弟子と言えどもその辺はきっちりしている。こちらが言い出すより早く申し出るあたり、しっかり躾けられているのだろう。さすが騎士の家柄と言うべきか。
 真綿の宮殿で砂糖菓子だけ召し上がって生きてるようなお姫様とは、根本的にレベルが違う。

「さーてっと、何作ろうかなあ」

 ニコラはうきうきしながら準備に取り掛かる。
 さらりとした金髪をきりっとポニーテールに結い上げて、実習用のエプロンを着け、作業台へと駆けて行く。
 カウンターの前に置かれた作業台は薬を調合するための場所だ。客の求めに応じてその場で作る事もある。

「なーべ、なーべ、おなべ。まずはお鍋!」

 小鳥のようにさえずりながら、ニコラは卓上に置かれたコンロの上に片手鍋を乗せた。看板の『大鍋』に比べればかなり小振りだが、試作にはこれぐらいが丁度良い。

「魔法のスープの材料って、普通は食べられないものでもOKなんでしょ?」
「ん、ああ、程々にな?」

 初っぱなから、何やら不吉な言葉を聞いたような気がする。魔術の触媒とスープの材料、どちらが主体か忘れてはいないと信じたい。
 信じたいが。
 さすがにしゃっきりと目を開けて、フロウは弟子の姿を見守った。
 片やニコラは師匠の胸の内など知るよしも無く。金色の尻尾を揺らし、弾むような足取りで薬の材料と呪文の触媒の並んだ棚の間を行ったり来たりしている。まるで花から花へと飛び回る蝶々のように……いや、どっちかって言うとミツバチか。

「あ、トルマリンの粉末あった」
 
 よりによってとんでもないのを選びなすった!

「ストップ、ストーップ!」
「え?」

 雷系の呪文の触媒に使う物騒な粉末の瓶を抱えて、ちょこんと首を傾げている。既に使う気満々だ。

「とりあえず、こっち来い」

 指先でコンコンとカウンターを叩くと、ニコラは素直に寄ってきた。が、にゅっと眉間にしわを寄せ、口を尖らせた。

「素材、自由に使っていいってゆったのに」
「……この馬鹿お嬢」

 フロウは身を乗り出し、うらめしげに睨みつける少女の額を指でピンッと弾く。
 ニコラはよろっとよろけておでこを押さえた。

「いったぁい!」
「ただ薬草を調合するだけならまだしも……まがりなりにも『魔法の品』を作る時に適当目分量で作ろうとするんじゃねぇ」
「う」

 師匠の言葉は正しい。未だに不満げな色を残しながらも、ニコラは素直に頷いた。
 その目の前に、ことりと、小さな黒板と白墨、続いてまっさらな羊皮紙とインク、そして羽ペンが置かれる。

「とりあえず、『どんなスープを作りたいか』『それにはどんな材料が必要だと思うか』を先に書き出せ」

 こつ、とフロウの指先が黒板を叩く。

「まずはこっちにな。試食して上手く行ったら羊皮紙に清書しろ」
「うーうーうー……浮かれてました、ごめんなさい」

 しおしおとうな垂れると、ニコラは素直に黒板を受け取り、白墨を手にカリカリとメモを取り始める。

「えっと、エナジーボールと同じ効果のスープを作るにはぁ……」
「あ~、その、……ニコラ?」

 不穏な発言に、またじわりと冷汗がにじむ。
(だからトルマリンなんかに目ぇつけたのか)

「なんで、食い物で攻撃魔術を再現しようとしてるんだ?」
「え、だって」

 ニコラはついっと右手をかかげ、指にはめたアクアマリンの指輪を見せた。水を象徴する魔導語の刻印された指輪は、始めて店を訪れた日にフロウが渡したものだ。

「最初に覚えた呪文だから」

 なるほど、一理ある。
 卵からかえったひな鳥が、最初に見た動く物を親だと認識するアレに近いものがある。

「普通、防御系とか、回復系とか、まずはそっちだろう?」
「あ、そっか、シールドとか、バイタリティとか、そっちだよね! 気がつかなかった!」

 どうやら、方向修正に成功したようだ。思わず知らず眉が寄り、口元がゆるむ。

「食べたら体がしびれるスープってどんな毒物だよ」

 それ以前に、そんな物騒な代物が果たしてスープとして認められるのかどうか。いっそ試験管にでもつめて、爆薬代わりに使った方が早い気がする。

「ま、レシピを提出するだけだからそれも有りなんだろうが……需要ないだろ、あまり」
「普通に一服盛った方が早いものね」

 またぞろ、さらりと物騒な事を言ってる。
 単純に事実を口にしてるだけなのだが、なまじ含むものがないだけに、好奇心の赴くまま実行しそうな危うさが漂う。

「やっぱりシールドはあれかな。亀の甲羅の粉末? それとも貝殻、あ、クルミの殻も行けそう!」
「まあ、その辺は自分で考えな。助言して欲しければしてやるけど、課題なんだろう?」

 ぽやぽやとした無精髭に覆われた顎に軽く手を当てて、にやりと笑いかける。

「そうそう、あんまり調子こいて食えない物入れ過ぎると、味が保証できなくなるから。さっきも言ったが、程々にな?」
「ああん、食べられないものでスープを作るって言うのが浪漫なのに!」
「確かにまあ、術の触媒は全て魔力に変換されるから一応スープにはなるわな。だが……」
「だったら大丈夫ね!」
「最後まで聞けっての!」
「はい?」
「魔力の影響で、味が変質しやすくなるんだよ」
「えーと、それはつまり……術の触媒を入れれば入れるほど、へんてこりんな味になっちゃうって事?」
「ん、まあそう言う事さね」

 さすが飲み込みが早い。

「まあ、後でハーブとか普通の調味料で整えりゃ、味はごまかせない事もないがな」
「じゃ、濃いめに味つければ大丈夫ね」
「ぴゃあ」
「ダイン、基本的に出された物は残さず食べる子だし?」

 興味しんしんに、黒板をのぞきこむちびの頭をなでる。
 誰が試食するのかは、既に確定しているようだ。

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【19】召しませ魔法のスープ

2012/09/28 22:59 騎士と魔法使いの話十海
  • 魔法のスープを召し上がれ。真珠の粉末に貝殻、ワニの鱗を一つまみ。スパイス利かせてぐつぐつ煮込み、仕上げに呪文を唱えてできあがり。
  • でもご用心。うっかり『とりねこの毛』なんかが混じったら?
  「俺のシャルに俺のシャルに何か生えたぁあああ!」

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