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2012年6月の日記

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教えて?フロウ先生!6―世界と神々2太陽神と冥月神―

2012/06/14 0:52 その他の話十海
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<教えて?フロウ先生!6―世界と神々2・太陽神と冥月神―>

 エッグタルトを頬張り、紙にツラツラと書き留める少女を見てふと講師役の男は考える。

(…話のメモに「紙」を躊躇なく使うあたり、やっぱお嬢様だよなぁ。)

 木の板に書いてから削って使いまわしたり、羊皮紙を使うことが多い一般市民から見れば、
 紙はまだまだ「割高な代物」だ。それを個人でパラパラ使えるあたり、やっぱり騎士の娘なんだなぁ、なぞと思ってしまう。

「それで師匠、次はどの神様?」

「ん?あ、あぁ…そんじゃあとりあえず聖神からとして…リヒテンダイトだな。メモの準備は?」

「バッチリ!」

「んじゃ…聖光神リヒテンダイト、通称太陽神と呼ばれる通り、昼間ぴかぴか光ってる太陽を創ったと言われる光の神だ。
 リヒトマギアの子は聖なる神・聖神と魔なる神・魔神の二つに大別されるが、リヒテンダイトは聖神のリーダーに当たる。」

「えぇっと、司るのは『光』と『希望』…あと『真実』…だったっけ?お婆様から聞いたことあるわ。」

「流石プリーストの孫だな…あと、ダインが信仰しているのもリヒテンダイトだ。
 聖神のリーダーだけあって、騎士や王族が信仰していることが多いな。イメージもすこぶる健全だし。」

「そういえばこの間お父様についていったリヒテンガルドの神殿で、神官さん達がこれだからウィッチは…とか言ってたわ。…師匠達と神官って仲悪いの?」

「あ~…神殿にみっちり勤めてるようなプリーストやウィッチは仲良くねぇかもな、特にプリーストはウィッチ嫌い激しいし…。
 冒険者とかだとそんな事言ってたらキリねぇからそのうちなぁなぁになることが多いんだけどなぁ…。
 仲が悪いっていうより、ウィッチをプリーストが毛嫌いしてる…って図式のが多いんじゃねぇか?俺の偏見かもしれねぇが。」

「ふぅん…そういえば、同じ神官なのに聖神の神官は『プリースト』…魔神の神官は『ウィッチ』って呼びわけされてるものね。」

「ま、実際同じ神官でも聖神と魔神じゃ祈術の系統が微妙に変わるからなぁ…っと、話がズレた。それじゃあリヒテンダイトの教義だな。」

「っとと…はーい。」

「リヒテンダイトの教義は『すべての者に太陽の恵みを』だな。この恵みはいろんなものを示している。
 文字通りの自然の『太陽の恵み』に、『希望の光』…そして、光によって照らし出される『真実』だ。
 太陽の光ですべての真実は照らし出されるのだから、無駄な嘘は吐くな。ってのが神官の言い分だな。」

「へぇ…まあ確かに、嘘は吐いちゃいけません。ってのは普通よね?」

「しかし、嘘も方便…とも言うんだがね。…まあ、聖神は基本的にお堅い連中が多いってことさ。」

「リヒキュリア様もそうなのかしら…。」

「まあそこは後回しにして、先にリヒテンダイトの対になる神様の話に移るぞ。
 闇魔神マギアダルケン、通称冥月神…俺が信仰してるマギアユグドの親に当たる魔神のまとめ役だな。」

「私、魔神の事は良く知らないのよね。お婆様はともかく、他の神官は嫌な顔して教えてくれないもの。」

「なはは…マギアダルケンが司るのは『闇』と『知識』…それと、死後の世界の管理者だとも言われてる。
 死者の魂は一度、マギアダルケンが創った月へ行き、その魂を休めてから信仰する神の元へと導かれるらしい。
 ちなみに聖神は太陽…魔神は月に住んでいる…というのが有力な説だな。もちろん確認したものなんて居ないが。」

「あれ…私は神官から『死んだ魂はそれぞれが信じる神様の元へと召されます。』としか聞いたことないわよ?」

「そこはホレ…さっきも言った『確執』って奴だよ。…ま、どっちが真実かなんて死なないとわからねぇって。
 まあ司るものの関係上、マギアダルケンの信者は学者が多いな。あと墓守もか…。」

「ふむふむ…なんかこう、物静かな秀才みたいなイメージが…それで、教義は?」

「あぁ、教義は…『思索せよ。思考と知識こそが真理に至る道なり』だったっけ。
 いろんなことを覚え、考えてこそ本当に大事なものが見つかる…大事なのは思考すること、って教えだったか。
 後、『夜の安息をすべての者に』ってのもあるな。眠りの安息はマギアダルケンの贈り物なんだってよ。」

「あぁ…ふわふわのお布団で寝るのって最高よね。そう思うとマギアダルケンにちょっと感謝しちゃうかも。」

「なはは、しとけしとけ…神様は感謝されて困ることはねぇからな。」

次へ→教えて?フロウ先生!7―世界と神々3火の神―
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【おまけ】惑い花の残り香

2012/06/14 0:44 騎士と魔法使いの話十海
 
 ディートヘルム・ディーンドルフが騎士宣誓を終えて数日後。
 東の交易都市エプレポートでは、衛士隊副長ロベルト・イェルプが港近くの食堂で、遅い昼食を取っていた。
 王都からの客船が到着すると、大量の人や荷が出入りする。必然的に衛士隊の仕事も増えるのだ。
 窓際の席に腰を降ろし、注文を取りに来た給仕に一言手短に告げる。

「いつものを頼む」

 ほどなくして、身の詰まった堅いパンとチーズ、そして陶器のジョッキに満たされたビールが運ばれてきた。
 
「ご苦労」

 礼を言って、口を着けるか着けないかのうちに男が一人、慌ただしく駆け込んできた。
 黒髪に琥珀の瞳の、リスのような小柄な男……ハインツだ。

「あ、いた、いた、副長!」

 ざわっと店内の客がどよめく。
 衛士隊の隊員が慌てふためいているのだ。すわ何事かと、身構えもしよう。半ば腰を浮かしている客もいる。

「騒がしいぞ、ハインツ」

 ぎろりとロベルトは薄紫の瞳でにらみつけた。

「緊急か?」
「いえ」
「では控えろ。他の客の迷惑になる」
「はい……すんません」
「とにかく座れ。食ってる間、前に突っ立っていられたら落ち着かん」
「はい」

 素直にハインツが座った所を見計らって先を促す。

「で。何があった」
「あ、はい。さっき王都からの便に乗ってきた連中から聞いたんすけどね……」

 ハインツは商人の息子だ。故に商船の乗組員や客に知り合いが多い。

「ダインの奴がね。騎士宣誓を済ませて、晴れて正騎士になったってんですよ!」
「誰だそれは」
「えーっ」

 かっくんとハインツの顎が落ちる。

「あなた、あれだけしばき倒した奴をあっさり忘れますか」
「……冗談だ」

 ロベルトはぐっとビールを煽り、またぽつりとつぶやいた。

「そうか。やっと、正騎士になったか」
「はい! ですがね、やっこさん何を考えてんだか。父親の家名じゃなくって、伯母さんの家名で宣誓しちまったんですよ!」
「不思議はなかろう。奴はずっとディーンドルフを名乗っていた」
「ええ、まあ、表向きはね……あ、俺もビールとソーセージとパンを」
「かしこまりました」
 
 給仕が遠ざかるのを見届けてから、ハインツは心持ち声を潜めた。

「てっきり、これを機会に親父さんの家の一員として、正式に認められるんじゃないかって、思ってたんすけどねえ」

 商家に生まれ育ったハインツの価値観では、それが理に叶ったことなのだろう。
 才能のある息子を家に迎え、家業を継がせるのに何の不都合があるかと。兄がいるなら、暖簾を分けるなり何なりすればよいではないか、と。
 だが、生憎とハンメルキン家は貴族だ。爵位と名誉、見栄と体裁がおまけで着いてくる。

「馬鹿だなあ、ダインのやつ。家を継ぐ権利を、完全に放棄するなんて……」
「それが、ディーンドルフの選んだ道なのだろう」
「はぁ」
「考えてもみろ。あの直情馬鹿に、だだっぴろい領地を運営する才覚なぞ、あると思うか?」
「………結構、上手く行きそうな気もしますが」
「貴族社会の腹芸も含めて、だぞ?」
「あ、それは無理ですね」
「そう言うことだ」

 がつがつとチーズとパンをほお張り、かみ砕き、ぐい、とビールで流し込む。
 恐らく男爵夫人と、兄に遠慮した上での決断だろう。思えばあいつはいつでも背中を丸めて、何かから身を隠そうとしていた。
 怖いからではない。
 極力、目立たぬように。自分の存在、動きで心乱される者がいると知っていたからこそ。

「騎士ディーンドルフ、か……」

 ため息とともに吐き出したその時だ。
 チャリン、とすぐ側で金属の落ちる音がした。見ると、真後ろのテーブルからスプーンが落ちた所だった。座っていた女性が立ち上がりかける。

「どうぞ、そのまま」

 押しとどめて拾い上げ、すっ飛んできた給仕に渡す。ついでに替えのスプーンを受けとり、うやうやしく差し出した。

「どうぞ」
「ありがとう」

 ふわりと甘い花の香りが漂う。
 春先だと言うのに、みっしり着込んだ羊毛織りのマントの下からのぞく手には、白いヒスイの指輪がはめられていた。

「鈴蘭……」
「え?」
「鈴蘭の花ですね、これは」
「ええ」

 目深におろしたフードの陰で、彼女がほほ笑んだような気がした。

「母の形見なんです」
「なるほど。よくお似合いだ」
「ありがとう」

 ほどなく女性は食事を終え、店を出て行った。後ろ姿を見送りながら、ロベルトが呟く。

「いい女だな」
「え? 顔、ほっとんど見えなかったじゃないすか!」
「甘いぞ、ハインツ。女の価値は顔じゃない」
「じゃあ、何なんですか」
「体だ」

 迷い無くきっぱりと言い切る上官に、ハインツはへばーっとため息をつくのだった。

     ※

 鈴蘭の女は歩き続ける。
 目深にフードを被ったまま。やがて波止場まで来ると、そのまま桟橋の上を歩き始めた。海から吹く風にマントがはためく。

「馬鹿な子だ。ああ、まったく、ほんとになんって馬鹿な子だろう!」

 ウミネコの声と、港の賑わいに紛れるようにして女は呟いた。

「ほんっと、馬鹿。おかしくって涙が出る!」

 頬を一筋、涙が伝い落ちる。それを拭おうともせずに女は歩き続ける。

(あんたはあたしを、宝物みたいに扱ってくれた。手のひらで大事に包んで、うっとり夢見るような澄んだ目で見つめて……)

(だからあたしも。あたしみたいな女でも、あんたの前では、宝物でいられた)
(まばたきよりも短い間だけど、生まれてきて良かったって思えたんだよ……)

 桟橋のとっつきで、フードを脱ぐ。
 艶やかな赤い髪が風に煽られて広がった。まるで翼のように。

(グレイス)
(グレイス?)
(グレイス!)

 風に紛れ、彼の声が聞こえる。耳の奥に、遠くかすかに。

 その名前はあんたにあげる。
 だから覚えていておくれ。
 あんたが覚えている限り、あたしはあんたの宝物。

(惑い花の残り香/了)

次へ→【17】薬草屋の店主と客の会話
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【17-6】★飼い主とわんこの会話その2

2012/06/14 0:41 騎士と魔法使いの話十海
 
 自分としては、丁度いい機会だと思ったのだ。
 他に誰もいないし、いつも一緒のシャルダンも今は兵舎で眠っている。だから思い切って聞いてみたのである。

「隊長」
「何だ」
「恋人ができたと言うのは、本当ですか?」
「貴様………」

 その瞬間、ロベルトは固まった。
 固まったまま、ほんのりと頬骨の周りに赤みが差す。些細な変化ではあったが、長年ロベルトと共に過ごしたダインには分かった。

(隊長が、恥じらってる! やっぱりあの噂は本当だったのか?)
 
 彼はまちがっていた。
 この時、ロベルトの頭には銀髪のシャルダンの事はかけらもなく。ただ、ただ、働き者で気立ての良い、仕立屋の縫い子さんの事でいっぱいだったのだ。

「誰から何を聞いたか知らんが……出来た所でいちいち報告せん!」
「それでは隊長。隊長とシャルダンがデキていると言うのは」

 事実無根なのですね?
 問いかけの後半を言うより早く、長靴が飛んできた。当然、中味つきで。

「あんな胸も尻も限りなく足りなくかつ股間に余計なモノぶら下げた脳天お花畑男、誰が貰うかぁああああっっ!!!」

 どっかあっと蹴り飛ばされ、吹っ飛んだ先に運悪く机があった。
 動揺のあまりロベルトは力加減ができず、全力で蹴っていた。ダインもまさか、このタイミングで蹴られるとは予測だにせず。

「おわあっ」

 頭から突っ込んでしまったのだった。
 
    ※
 
「よくまあそれだけの怪我で済んだねえ、丈夫な奴」
「でも机は壊れた」
「………どんだけ頑丈なんだお前」
「殴られるし蹴られるし、机の修理もさせられるしで散々だった」

 それで、こんなに今日は遅かった、と。

「なるほどね……じっとしてろよ」

 力無くうつむくわんこの頬に手を当てる。何をされるか、ちゃんと分かってるのだろう。息を吐いて力を抜き、身を委ねてきた。

『花と木の神マギアユグドよ、汝の命の力もて、彼の者の傷を塞ぎたまえ……』

 左手にはめた木の腕輪に、ぽうっと緑色の淡い光が走る。刻まれた祈念語とマギアユグドを表すシンボルに添って。
 カウンターの上ではちびが、つぴーんとしっぽを立てて翼を広げ、同じ呪文を復唱する。

『かのもののきずをふさぎたまえ………ぴゃあ!』

 頬に当てられた手に穏やかな熱が篭り、じんわりと広がる。皮膚から肉、骨へと。傷ついた体の奥深くにまで染み通る。

「あ……」

 塗り込まれた香草のエッセンスを媒介に、治癒の魔法が傷を癒す。くっきり浮いていた痣が消え、腫れと痛みが火に放り込んだロウソクみたいに消えて行く。

「ほい、いっちょあがり」
「ありがとう」

 フロウはくしゃっと褐色の髪をかき上げ、仕上げにぺちっと額を軽く叩いて手を離した。

「そう言う事は、さ。まず、シャルに確認しろよ」
「したさ。でもあいつ、真っ赤になってもじもじして……あれ以上追求しちゃいけないって思ったんだ」
「恋人どころかもう夫婦なんだからしかたねぇんじゃね?」
「あ……あー……」

 ぱくぱくと口を開け閉めして、目を真ん丸にしている。ようやく自分の勘違いに気付いたようだ。

「じゃあシャルダンの言ってたのは……エミリオの事かーっっ!」

 それ以外に誰が居ると。

「あぁ、ダインは知らないのか、ユグドヴィーネの贈り物」
「シャルダンとエミリオの守り神のことか?」
「そ、俺の信仰神マギアユグドの娘にあたる神だが……その聖地に住む子供には、ユグドヴィーネの贈り物って風習がある」
「シャルダンから聞いたことがある。楡の木を授かって、それで弓を作ったって」
「そう、それだ。まあ贈り物はさまざまなんだが……たまに『二人で一つ』の贈り物って時もあるらしくてな。その場合、二人は形こそさまざまだが、永遠に絆で結ばれるそうだ」
「……永遠に……か……あ」

 ダインは今度は自分の手でぺちっと額を叩いた。
 痛みは完全に引いているようだ。

「俺は阿呆か。エミリオの杖も楡じゃないか!」
「多分同じ木片でも贈り物にされたんじゃねぇか? あの夫婦っぷりだと」
「そーか……そうだったのか…………」
「そうそう。シャルとエミルの間には誰も、何も割り込めないってこった。噂に惑わされるなよ、ダイン先輩?」

 ダインはがくっと肩を落とし、深く深ぁくため息をついた。

「俺、力いっぱい蹴られ損だった」
「気にすんな。いつものこったろ、隊長に怒られるのなんざ、さ?」
「そりゃあ、そうだけど……」

 おやおや、ふくれっつらしてそっぽ向きやがったよ。何拗ねてるのかね、このわんこは?

「俺……悔しいんだ」

 頬が赤い。だがそれは恥じらいではなく、悔しさによるものだった。眉間にはくっきり皴が刻まれ、太い眉が斜めにひそめられる。

「何が?」

 ぐっと奥歯を食いしばってから、ダインは横目でこっちを見た。

「他の誰かと、お前を間違えたことが、だ」
「……阿呆か」

 目を伏せて、背中を丸めてしまった。

(おいおい)
(ロブ隊長に怒られたことよりも、俺と隊長と間違えた事の方が悔しいってのか? それで落ち込むか?)

「本物の犬なら、飼い主を間違えたりなんかしないんだろうな」

 ちょこん、とダインの隣に座ると、フロウは手を伸ばして、くしゃくしゃと、金髪混じりの褐色の髪を撫でてやった。

「はいはい。うちのわんこが凹んでるから、今夜は添い寝してやろうかね……」
「ほんとかっ?」

 がばあっと回される腕を、ぺちっと叩く。

「こらこら。まだ陽が高いだろうが。落ち着け」
「う」

 固まった所で、ちゅくっと唇をついばんでやった。途端に強ばっていた顔がでれんでれんに緩む。

『恋人ができたと言うのは、本当ですか?』
 
 その一言で、何だってロブ隊長がそこまで動揺したかは……
 ま、言う必要もないだろう。

「ってこら、何をもんでるか!」
「感触覚えてる。間違えないように」
「ちょっ、こら、よせって、ダイン! あっ、やっ、あ、んっ!」

 ちびは梁の上に飛び上がり、行儀良くうずくまった。

 とーちゃんとふろうがなかよくしてるときは、じゃましない。

(薬草屋の店主と客の会話/了)

次へ→【18】ちびの一日
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【17-5】飼い主とわんこの会話その1

2012/06/14 0:41 騎士と魔法使いの話十海
 
 エミリオの来店からさらに三日後、午後も遅く、太陽が西に傾いた頃。
 がつん、ごつん、と地面を震わせ、蹄の音が聞こえた。
 心地よい午睡のまどろみの中、ぼんやりとフロウは思った。ああ、馬車が通るのか……と。しかし重厚な轟きの後に続くべき車輪の軋みは聞こえない。

(おや?)

 ちびが膝を蹴り、ぴょんっとカウンターに飛び上がる。その振動ではっきりと眠りから覚めた。
 目を開けると、黒と褐色の入り交じる斑の尻尾がぴーんと垂直に立ち、細かく震えていた。

「とーちゃん! とーちゃん!」

 ほどなく、のっしのっしと大股に重たい足音が近づき、裏口に通じる扉がきぃ……っと開いた。
 ぬうっと背の高い男が入ってくる。ほんの少し背中を屈めて。

「とーちゃん! とーちゃんおかえり!」

 ちびの目は真ん丸に見開かれ、ヒゲを震わせて大喜び。鷲に似た翼を打ち振るや、ひとっ飛びに男の肩へと飛び移り、するりするりと体をすり寄せる。

「ただいま、ちび」
「んぴゃあぐるる、ぴゃあるるるぉう!」

 襟巻きのように巻き付く猫を撫でつつ、男は緑色の瞳をカウンターに座る中年男に向けた。

「ただいま、フロウ」
「よう、ダイン」


(珍しいこともあるもんだ)

 いつもと変わらぬ、とろんとした眠たげな眼差しで答えつつも、フロウは内心思っていた。
 今日は夜勤明けのはずだ。いつもなら、それこそ朝飯も終わらぬうちに押しかけてくるってぇのに。
 今日に限っていったい、何をのんびりとしていたのやら?
 一眠りしてから来たのかとも思ったが、その割にはげっそりしていて毛づやもよくない。目の下にクマが浮き……

 ぴくっと眉が跳ねる。

 いや、これは、痣だ! 赤い痣がくっきりと、右目の周りに輪を描いている。
 端の方から徐々に紫色に変化していた。ってことはしばらく前にできた傷だってことだ。

「どうした、その顔」
「話せば長い事ながら」
「ったく、のん気に前置きしてる場合か!」

 ぴょんっとちびがカウンターに飛び降り、心配そうに鼻を寄せる。

「ぴぃ」
「ん、ん、心配ない、大丈夫だからな」
「大丈夫な訳ねぇだろ。ほら、これで冷やせ」

 手ぬぐいを水に浸し、きゅっと絞って渡す。ダインはカウンター前のスツールにどかっと腰を降ろし、濡れた手ぬぐいを目に当てた。

「っつぁああ、気持ちいい……」
「夕べは夜勤だったんだろ? 何ぞ捕物でもやらかしたか?
「いや、違う」

 半ば予想はしていた。昨夜ちびが騒いだ覚えはない。つまり、命の危険は無かったって事だ。
 他に深刻な怪我をしている様子もないし、見た所、打ち身だけのようだ。カウンターの下からオトギリソウとアルニカの軟膏を取り出した。

「そら、見せてみろ」
「うん……」

 そろりとダインが手を降ろす。がっしりした顎を片手で支え、ぺとりと軟膏を塗り付けた。

「う」
「染みるか」
「ちょっと」
「我慢しろ。あーこりゃ半日はほったらかしにしてたな? しばらく残るぞ」

 目に入らぬように気をつけながら、軟膏を指先の熱で溶かしつつ、丁寧に擦り込む。菊科独特の苦味のあるつーんとした香りが広がり、ダインがわずかに眉を寄せる。だが感心なことに逃げもせず、文句も言わない。

「仕方ないんだ。俺がヘマやったから……」
「ヘマ?」
「うん」

 恥ずかしそうに目を伏せて、ぽつり、ぽつりとダインは話し始める。

「昨日は俺、『夜の二の番』だったんだ。門番じゃなくて、砦のな」
 
     ※
 
 西道守護騎士団の砦の扉は、夜も閉ざされる事はない。さすがに大半の騎士は眠りに着くが、一部は交代で寝ずの番に当たる。
 砦を警護するためであると同時に、夜間の呼び出しに備える為だ。町の治安を預かる騎士団が、『今は夜だから寝ています』では済まないのである。

 シフトは門番と同じく夜の一の番と、二の番の交代制。夜中から夜明けにかけてを受け持つ『二の番』に当たった団員は、兵舎ではなく詰め所脇の仮眠所で眠る。
 その日の二の番は、ダインともう一人、ロベルトだった。『兎のロベルト』は万事公平な男だった。隊長だろうが副長だろうが新米だろうが等しく夜勤を割り振り、自らも務めを果たす。
 
 この日も夕食後に仮眠所のベッドに入り、教会の夜半の鐘が鳴るより早く目を覚ました。むくっと起き上がると上着を羽織り、相方を起こしにかかる。
 でっかい体をくるっと丸めて、枕にすがりつくようにして顔を埋めていた。

(相変わらず犬みたいな寝相しやがって)

 苦笑しつつ声をかける。

「ディーンドルフ。起きろ」
「ん……んん」
 
 まぶたが震えてうっすら開き、枕から顔をあげた。ひく、ひくっと鼻が蠢く。次の瞬間………
  
    ※
 
「まさか……俺の部屋と間違えて、がばちょっといったか?」
「ラベンダーのいいにおいがしたもんだから、てっきり」
「そりゃ殴られるわ」

 やれやれ、とフロウは肩をすくめる。

「ただでさえ隊長さん、俺を毛嫌いしてんのに」
「すっげえ怒られた。『貴様、誰の尻をもんどるか!』って」
「もんじゃったのか」
「う」

 かーっとダインの顔が赤くなる。そりゃあもう熟したトマトみたいに真っ赤に。

「隊長の、ケツを」
「ううっ」

 目線が左右に泳ぎ、とうとうそらしてしまった。

「堅いな、と思ったら脳天にごいーんっと鉄拳が落ちて来た」
「はい、アウト〜〜っ」
「何で、ラベンダーのにおいとかさせてんだよ、隊長!」

 がばっとカウンターに突っ伏すダインの頭を、にやにやしながら撫でてやった。

「さあ、何でかなあ」

 誤爆の理由が自分が渡したウサギのサシュにあるのだと、容易に察しがついた。が、あえて言わない事にしておく。フロウライト・ジェムルは言うべき事と、そうでない事を素早く判断できる男なのだ。

(言わない方が、面白いものな。絶対)

「で、その痣は隊長に殴られてできたと?」
「いや。まだ続きがある」
「今度は何やらかした……」
 
     ※
 
 基本的にダインは丈夫な男だった。脳天に鉄拳を落とされ、しばらくうずくまりはしたものの。ほどなくむくっと起き上がり、ベッドから出ると、深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんでした、隊長」
「うむ。以後注意しろ」

 制裁も済んだし、きちんと謝罪もあった。この件については、これ以上は追求すまい。
 ロベルトはそう判断した。


「交代の時間だ、行くぞ」
「はい!」

 ごそごそと上着を羽織るダインを従え、詰め所に向かった。

 しかし。

 夜勤の一の番と交代し、詰め所で二人っきりになった所でわんこ騎士は再びやらかした。

次へ→【17-6】★飼い主とわんこの会話その2
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【17-4】エミルの場合その2

2012/06/14 0:40 騎士と魔法使いの話十海
 
「……それで?」
「……もう一杯ください」

 四杯目を求めて延びる手をぺちりと叩き、ポットを奥へと下げる。

「ああっ、何するんですかっ」
「……馬鹿だろお前さん」
「え、馬鹿、俺が?」
「余裕なさすぎだろ。ユグドの信者なら、パートナーがモテてることくらい自慢したらどうだ?」
「はっ」

 この瞬間、エミリオの目から鱗が落ちた。どさりと百枚ほど。

 フロウは樹木の魔神マギアユグドの祭司(ウィッチ)だ。そしてこの神は、エミリオとシャルダンの信奉する果樹の守護神ユグドヴィーネの母神にあたる。
 どちらも恋多き女神であり、花のように多くの人に愛でられることを良しとする。

「目の前が急に開けた気分です、ありがとうございますっ」

 背筋をしゃんっと伸ばすエミリオを見て、フロウは満足げにうなずいた。

「そりゃ良かった……良かったついでに良い事教えてやろうか?」
「はい、何でしょう!」

 おーおー、晴れやかな顔しちゃってまあ、素直だねぃ。
 内心ほくそえみつつ、あえて情報を小出しにして行く。

「あの軟膏、作ったの俺なんだけどな」
「え、あ、そうだったんですか」
「シャルダンが貰った軟膏は、余りもの詰めた奴だぞ」
「…………え」

 ぱち、ぱちとまばたき。今度はエミリオがきょとんと首をかしげる番だった。

「本命のプレゼント用には別の容器買っていったし」

 くつくつと咽を鳴らして笑う。呆気にとられたエミリオの顔が、可愛いやらおかしいやら、見ているだけでも楽しくて仕方がない。

「そっ………そうだったんですかっ」

 よほど嬉しかったのだろう。カウンター越しに身を乗り出して、ぎゅーっと手まで握って来た。

「ははっ、はははっ、そうだったのかーっ!」

 眉間に刻まれた皴は薄れ、しかめていた眉からも、ヘの字に歪んでいた口からも見事に力が抜けている。
 ゆるみ切った笑顔とは正にこの事だ。

「指先の手入れ用の軟膏だったから、射手のシャルダンにやったんだろうな、多分」
「あ……」
「それにお前……『男に渡すつもり』なら、ニコラに『女性受けする可愛い品』を聞くのはおかしいだろうが」
「はうっ」

 ククっとまた咽の奥から笑い声が零れる。みるみるエミリオの顔に血が上り、耳まで赤くなった。

「俺、馬鹿だなあ。どうして気付かなかったんだろうっ」

 とうとう、がばあっと両手で顔を覆ってしまった。

「元からシャルダンに渡すつもりなら実用性一辺倒の品だろうな。いやぁ、可愛い可愛い……面白いもん見たさね」
「うー、うー、うー……」

 ケッケッケ、と意地の悪い笑みを浮かべるフロウに、エミリオはずいっとカップを差し出した。

「お茶もう一杯ください………」
「飲みすぎだから駄ぁ目」
「はうううう」

 がくり、とうつむくエミリオの肩に、ぴょいとちびが飛び乗る。長いしっぽをひゅっとふり、綿菓子のように滑らかな毛皮で顔を撫でた。

「えーみーる」
「……ありがとう、ちびさん」

     ※

『ロブ隊長が、シャルダンに告ったらしい。しかもシャルダンはOKしたらしい』

 騎士団内部とその周辺でまことしやかに囁かれる噂は、当然、ダインの耳にも入っていた。

(ロブ隊長が? シャルダンと?)

 即断即決、一途で真っ直ぐな彼は、臆することなく、まず後輩であるシャルに尋ねてみた。

「シャルダン」
「はい、何でしょう」
「お前、恋人できたって本当か?」

 信頼する先輩の言葉を聞くなり、シャルダンの白磁のごとき肌はほんのりと薄紅に染まり、うつむいてしまった。さながら谷間に花開く一輪の白百合のように、たおやかに。

「そんな……恋人だなんてっ」

 もじもじと自らの銀髪に指を巻き付け、ひっぱっている。あまりにいじらしい仕草にそれ以上追求できず、ダインは口をつぐんだ。
 しかしながら当のシャルの頭には……

(やっぱり、エミルと一緒にいるとそんな風に見えるのかな)

 約一名のことしかなかったりするのだが。

(やっぱり直接、ロブ先輩に確かめよう! 今夜は一緒に夜勤だからその時にでも……)

 今、わんこ騎士は自らの手で盛大に墓穴を掘ろうとしていた。

次へ→【17-5】飼い主とわんこの会話その1
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