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とりねこの小枝

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2012年6月の日記

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【17-3】エミルの場合その1

2012/06/14 0:38 騎士と魔法使いの話十海
 
 ロベルト・イェルプが薬草店を訪れてより四日後。

「んぴゃあぁぁぁ」

 カウンターでうずくまっていたちびが起き上がり、つぴーんっと尻尾を立てた。
 ほどなく、磨き抜かれた青銅の取っ手がガチャリと動く。
 歳月を経ていい感じに焦げ茶色になったドアを開け、黒髪の青年が入って来た。若い肌はこんがりと陽に焼け、身につけた深緑のローブの上からも広い肩と分厚い胸板が容易に見てとれる。
 ぴりぴりとちびがしっぽを震わせ、甘えた声を出した。

「えーみーる」

 エミリオ・グレンジャーは騎士団の若き団員……ではなく、魔法学院で学ぶ中級魔術師だ。
 しかしながらとある理由から、連日のように西道守護騎士団の砦に出入りしている。その馴染みっぷりときたら、もはや詰め所でも食堂でも、誰も彼が交じっていることを気にしないレベルにまで達している。

「おう、エミルじゃねぇか。どした」

 カウンターに肘をつき、相も変わらず眠たげな眼差しをフロウが投げ掛ける。
 しかしエミリオは、やわらかな芳香を放つ乾燥した薬草にも(いつもなら必ず一通り目を通すはずなのに)。新しく入荷した種にも目をくれず(いったいどうした風の吹き回しだ!)、よれよれとカウンターに歩み寄る。
 力ない手でスツールを引き寄せれ腰を落とし、あまつさえ天板に肘をつき、仕上げにがっくりとうな垂れた。

「フロウさん………気分の落ち着くハーブティーいただけますか。ポット一杯ほど!」

 確かにここは薬草屋だ。客の求めに応じて、その場で店主自らが調合した薬茶を出す事もある。
 お茶の時間に香りを楽しむ程度の軽いものから、口当たりより薬効優先、煎じ薬よりは幾分マシ、と言うレベルの効き目の強い奴までお好み次第。
 エミリオが求めているのは、明らかに後者だ。

「そんなに飲んだら、腹ぁ緩くなるぞ、ったく……どうした?」

 こいつは学院で薬草術を学んでいる。効き目の強い茶に付きもののその手の揺り返しを、知らないはずがないのだが。
 とは言え、憔悴し切った顔といい、珍しく丸めた背中といい、それぐらい強い薬茶が必要なのは目に見えていた。
 だからこそ、ここに来たのだろう。
 カウンター奥の棚からカップとポットを取り出し、卓上コンロで湯を沸かす。その間にお茶用の乾燥ハーブを収めたガラス瓶を選ぶフロウの姿を、エミリオはぼんやりと目で追う。
 だが視点は会ってない。

「ぴゃあぴゃあ」
「やあ、ちびさん」

 ふわふわの毛皮を撫でていたな、と思ったらいきなりがばっと顔を埋めてしまった。

「んぴっ?」

 やれやれ。
 フロウは首をすくめたくなった。
 いつもなら目を輝かせて『それ新しいブレンドですよね』とかあれこれ聞いてくるってぇのに。どんだけ参っていなさるのやら。

(カモミールに、ラベンダーに……香りがちいっときつくなるがこいつなら大丈夫だろ。リンデンも混ぜとくか。あとセージとミントと……)

 相手が慣れているのをいいことに、かなり強めに調合した茶をポットに入れる。
 ぬるめのお湯を注いで、ことりと小さな砂時計をひっくり返した。
 砂が落ち切るまでの間にエミリオと来たら何度ため息をついたことか。

「ほい、できあがり」
「ありがとうございます」

 こぽこぽとカップに注いで差し出すと、香りもろくすっぽかがずに一気に飲み干した!

「おいおい、香りも効能のうちだろうがよ……」

 わかってるだろうが、と言い添える。エミリオは思い出したように空っぽのカップを嗅ぎ、それからふーっと深くため息をついた。

「実は……」
「ん?」
「シャルにロブ隊長がプレゼントしたって言うんです。しかもそれがっ! 隊長が気のある子にプレゼントするために選んだものだろうって、ニコラ君がっ」

 香草茶の効果か、それともため込んでた袋が破れたか。立板に水とばかりにたーっと一気にまくし立てる。おしまいまで聞いてから、それとなく問いかけた。
 エミリオが二杯目の薬草茶をぐびぐびやってる間に。

「……プレゼントねぇ……一体何を?」

 ごくっと咽を鳴らして口の中の茶を飲み込み、そ……と空のカップを差し出してきた。
 
「ほいよ」

 たぱたぱたぱ……
 注がれた黄緑色のお茶を、またぐいっと一気に飲む。三杯目を飲み干したところで、ようやくエミルは口を開いた

「ものすっごいリアルなトカゲの彫刻のついたケースに入った、軟膏です」
「……あぁ、なるほど、あれか」
「シャルもすっごく大事にしてて……」
「さらにニコラのお勧めの入れ物だった、と……それで?」

 首を傾げて先をうながした。

「昨日は『鍋と鎚』亭で一緒に食事してたって言うし!」

     ※

 そう、確かにロベルトはシャルダンを伴って見回りに赴いた。騎士団の一番の新入りを指導するのは、隊長たる己の役割と心得ていたからだ。
 そんな訳で見回りの最中、遅めの昼食を取るために二人で一緒に店に入るのは、ごく自然な成り行きだった。
 シャルダンもまた、生来のマメさで隊長の飲み食いするものの好みをいち早く察していた。

「隊長、いつものですか?」
「うむ」
「すいませーん、ビールとライ麦パンとチーズをお願いします」

     ※

「……なんて仲むつまじく食事してったて言うんですよ! しかも! あの二人、一緒に風呂にも入ってるしっ」
「そりゃお前、砦で共同生活してんだから風呂にも一緒に入るだろ。ってか、よお、エミリオ?」
「はい?」
「それ言ったらダインなんか、一緒の部屋で寝起きしてんだぞ?」
「先輩はいいんです。フロウさんにぞっこんだし……なんかあの二人って一緒にいてもそーゆー方向には」
「転ばないだろうなあ、どうまちがっても」

 どこまで親密になろうが。たとえ半裸でじゃれていようが、一緒に風呂に入ろうが、妙に爽やかと言うか、和やかと言うか……。頭にお花が咲いていそうな雰囲気なのだ。
 シャルダンは白百合、ダインはたんぽぽあたりが、わさわさと。

「とにかく俺、俺、もうシャルとロブ隊長の事が一日中頭から離れなくてっ」
「……へ? 何でだ?」

 真顔できょとんとなったフロウを、エミルはじとーっと目を半開きにして見返す。

「噂になってるんですよ。ロブ隊長がシャルに気があるってっ」

 ああ、なるほど。悩みの根源はそれか。

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【17-2】ロブ隊長の場合その2

2012/06/14 0:37 騎士と魔法使いの話十海
 ロベルトは腕組みして考えた。

「まず、美女ではない」
「はっきり言うね」
「だが、気立てのよい、働き者だ」
「よしその調子だ」

 勇気づけられたのか、あるいは上手く乗せられたのか。次第に隊長は饒舌になって行く。

「着てる服は簡素だが動きやすいもので、見ていて気分の明るくなるような色合いが多いな」
「ほう、ほう」
「仕事の時いつも、淡い黄色のスカーフを頭に巻いている。バターカップの花のような色だ」
「なるほど」
「ただ、どうも、何と言うか……」
「ん、どうした?」

 一転してロベルトは表情を曇らせ、口ごもる。フロウは待った。こう言う時は焦ってはいけない。
 黙ってふつふつと湧いた湯に小鍋を浸し、蜜蝋と葡萄の種から絞ったオイルを入れてかき混ぜる。
 直に蜜蝋は柔らかくなり、部屋の中にかすかなハチミツの香りが漂う。

「それが、どうにも俺が話しかけると緊張するようで」

 ぽつりとロベルトがこぼした。

「ほう」
「と言うか、むしろ怖がられてるようなのだ。仮縫いや採寸の時も、ガチガチに緊張していた。俺が声をかけたら、その場で飛び上がったこともある」
「なるほどね」

 無理もない。この強面だ。加えて就任時のとある出来事から、町のご婦人たちの間ではまことしやかにある噂が囁かれていた。
『隊長さんはどS』と。

「だったらよ、隊長さん。ラベンダーの香油をつけてみたらどうだい?」
「は? 頭痛なぞ出てないぞ?」

 フロウは軽い眩暈を覚えた。
 やれやれ、どこまで実用本位の堅物なのか、この隊長さんは。

「香りの効能をはそれだけじゃない。ラベンダーは嗅ぐ人をリラックスさせる効果があるんだ」
「そうなのか!」
「まあ、直に肌に香水つけるのが手っ取り早いんだが、抵抗があるだろうから……」

 事実、ロベルトは露骨に嫌そうな顔をしていた。さもありなん、男で香水をつけるのは、よほどの洒落ものか、王都のお高く止まった王侯貴族ぐらいなものだ。

(ま、方法は色々あらぁね)

 素早く考えを巡らせつつ、溶けた蜜蝋に精油を加える。カモミールとローズマリー、ジンジャーもほんの少し。
 念入りに練りあげて、鍋を火から下ろす。

「さーてっと、後は自然に冷めるのを待てばいい。その間に」

 フロウは匂い袋(サッシュ)の並んだ棚から一つ選んで、ロベルトの目の前に置いた。

「これなんかどうだ。ベルトにぶら下げておけばいいだろ」

 小さな、手のひらに乗るほどの……ウサギ。黒いビーズの目に刺繍の口元、細工は細かく、ちゃんと手足が動く。
 しみじみと見つめるとロベルトは首をかしげ、しかる後におずおずと問いかけた。

「これは…………可愛いのか?」
「うん。可愛いだろうな」
「ではこれをもらおう」
「香りが薄くなったら、この香油をちょいちょいっとさせばいい」
「そうか、長く使えるのだな!」
 
 ロベルトは何とも言えぬ柔和なほほ笑みを浮かべて兎を手に取り、ベルトに下げた。

「こうか?」
「そーそー、お似合いだよー兎」

 にやにやしながら見ていたら、ぎろりと睨まれる。慌ててフロウは言い繕った。

「あんたの個人紋なんだろ?」
「ああ、そう言うことか」
「そーそー、そう言うこと!」

 亀の甲より年の功。ロベルトは中年薬草師にあっさり言いくるめられた。

「んで。縫い子さんへのプレゼント用に、これはどうだ?」

 コトン、と薄い黄色の小瓶が作業台に載せられる。
 ふっくら丸みを帯びた胴の真ん中に、リボンを巻いた形で濃い黄色の色ガラスが焼き付けられている。

「ほう、これは……いいな……実際に紐を巻いてる訳ではないから、解けることもない」

(ちょっ、紐じゃないって、リボンだっつの!)

 秘かに突っ込みつつ、はたと気付く。

「……って、これ香水用だ。軟膏入れたら出せなくなる。えっと、こっちだな」

 そろいのデザインで、もっと背が低く、蓋をねじって開ける軟膏用のケースを出す。

「そ、そうだったのか!」
「いや、びっくりすんなよ。例えば傷薬の軟膏が口の小さい小瓶に入ってたら、使いにくいだろう? どう考えても」
「そ、そうだな……いやご婦人の細い指ならできるのか、と思ってな」

(やれやれ、そこまで婦人小物に疎いってのに、よくプレゼントなんかしようと思いつくなあ)

 秘かにフロウは舌を巻いた。
 案外、大ざっぱなようでマメな男なのかも知れない。

「もう一つ、軟膏を所望しても良いか? 器はまかせる」
「ほいよ。誰宛だ?」
「協力してくれた知り合いのお嬢さんだ。彼女も針仕事をするんでな」
「刺繍とか?」
「うむ。だが、仕立屋の縫い子よりも年下なのだ。香りの調合を変えてくれ」
「あんた、ほんっとうに、マメだな」

     ※

 それから30分ほどして、ロベルト隊長の注文した軟膏ができ上がった。
 つやつやのカエルの乗った器は、四の姫用に。
 バターカップ色のリボンのついた器は、仕立屋の縫い子さん用に。

「ほい、できあがり。あ、兎はサービスしとくよ。あと、軟膏がちょいと余ったから別に詰めといた」
「……何故、トカゲ」
「大きさがちょうど良かったんだ」

 天井の梁の上で、ちびがんーっと伸びをした。

「しめて銀貨5枚ってとこかな」
「うむ」
「まいどあり」

     ※

 ラベンダーの香りのちび兎をベルトにぶら下げ、ロベルト隊長は意気揚々と砦に引き上げた。

「お帰りなさい、隊長!」

 出迎えた銀髪の騎士を見て、何気なく。本当に何気なく、ロベルトは懐からトカゲの小瓶を取り出し、手渡した。

「シャルダン」
「はい」
「これを使え。弓矢を扱うなら指先の手入れは大事だろう」

 シャルダンは一瞬、ぽかーんとして手の中のトカゲを見つめていた。
 だが、すぐにその女神のごとき白い頬をぽうっと赤くして。満面の笑みを浮かべ、それはもう、嬉しそうな顔になったのだった。

「ありがとうございます、隊長! 大切に使いますね!」
「うむ」

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【17-1】ロブ隊長の場合その1

2012/06/14 0:36 騎士と魔法使いの話十海
 
 さわやかな風の吹き抜ける、金牛の月(5月)の始めのとある午後。
 薬草屋の主、フロウライト・ジェムルことフロウはカウンターに肘をつき、眠そうな目を更にとろんとさせていた。
 膝の上では黒と褐色斑の猫が丸くなり、すやすやと寝息を立てている。時折うっすら目を開けて、くぁーっと派手にあくびを一つ。前足を伸ばし、顔にちょんと触れてくる。

「ん、なんだ、ちび公?」
「ふーろう……にゅぐるるる、ぴぃうるる」

 語尾はほとんどくぐもった鳴き声に紛れて聞き取れない。だが、このちっぽけな生き物から寄せられる信頼と好意はひしひしと伝わって来る。

「……よしよし」

 薬草香る器用な指に顎の下を撫でられて、ちびはひたすら上機嫌。ごろごろ咽を鳴らしてまた目を閉じる。
 しかし。
 人も猫も、うとうとと穏やかにまどろむ午後のひと時が唐突に破られる。
 ばたんっとドアが開き、軍服姿の男が一人。つかつかと大股で入ってきたのだ。前立ては黒、袖と身頃は淡黄褐色の詰襟。
 今やすっかり見慣れた西道守護騎士団の制服だ。襟元には、地位を表す記章が光っている。鋭く光る小さな銀色の星が三つ。

「邪魔するぞ」
「お、おう、いらっしゃい」

 客と呼ぶべきか、闖入者と呼ぶべきか。ともあれ、金髪に紫の瞳の強面の男を見上げ、ちびがぴょんっとカウンターに飛び乗り、翼を広げた。
 かぱっと赤い口を開け、透き通った高い声で呼びかける。

「ろぶたいちょー」
「うむ。元気そうだな、鳥」

 西道守護騎士団アインヘイルダール駐屯地の隊長、ロベルト・イェルプはじろりと翼の生えた猫を見下ろし、頷いた。
 兎のロベルトは実直な男だった。正しい認識をしたことをちゃんと評価しているのだ。
 たとえ相手が、鳥のような、猫のような生き物であっても。
 
「それで、今日は何のご用で?」

 ふかふかの毛皮を撫でながら、フロウはのんびりした口調で問いかける。
 就任して間も無い頃、ロベルトはこの店に怒鳴り込んで来た事があった。
 その後少しばかり態度を軟化させはしたものの、茶飲み話に来るほど友好的とはお世辞にも言いがたい。

 のほほんとした中年男をぎろりとにらみつけると、ロベルトは腕組みをしてずいと顎を引いた。

「軟膏の調合を頼みたい」

 ……おやおや。
 フロウは内心首を傾げた。今日はお客として来たようだ。裏口に呪い人形を打ち付けに来たのでもなければ、部下に手を出すなと談判しに来たのでもなく。

「勘違いするな。俺は貴様のことが気にくわない」
「こりゃまた手厳しい。だったら俺なんかに頼まなきゃいいのに……」
「腕は確かだからな」
「そりゃどうも」

 ロベルトはいささか猪突猛進な傾向はあるものの、万事につけ公正な判断を下す男だった。

「で、効能は如何様に?」
「手指の荒れに効くものを頼む。仕事に妨げにならない程度に香りをつけて」
「ほいよ、お安い御用だ」

 のそりとカウンターから出て、店内に置かれた作業台に向う。台の上にはすぐに調合できるように、加工した材料や、調合するためのコンロや壷、秤に乳鉢と言った道具類が並んでいる。
 ここで客の注文に合わせて薬や軟膏を調合するのだ。

「それと、入れるための器を………」
「おう、そこの棚に入ってるから、好きなの選んどいてくれ」

 卓上用のコンロに火を灯し、水を入れた大鍋を載せる。
 次いで蜜蝋を細かく刻んで小鍋に入れる。慣れた手つきで作業を進める一方で、フロウはそれとなくロベルトの動きを目で追っていた。
 
 何やら、手にした紙と棚に並んだ商品を熱心に見比べている様子。
 いきなりはっと目を見開き、並ぶ器の中から一つを手にとって、ずいっと突きつけてきた。

「おい貴様!」

 あまりの凄まじい気迫に、思わずフロウは軽くのけ反った。

「おおう」
「これは可愛いのか?」

 まるで抜き身の剣のような勢いで突きつけられたのは、何のことない軟膏を入れるための優雅な円筒形の器なのだった。
 ただし、蓋の上には、大きさといい形といい、実に精巧なトカゲの彫刻が乗っかっている。
 材質は真鍮。鱗の一枚一枚まで細かく作り込まれ、撫でるとざりっとする手触りまで克明に再現されている。
 二つの目にはよく光るビーズが埋め込まれ、かぱっと開いた口の中には、ご丁寧に小さな舌が閃いていた。
 濡れたようにつやつや光るその姿は、草むらに置かれていれば本物と見まごうほどの出来栄えだった。

「いやそれは………可愛いっちゃ可愛いが、あくまで個人の感想だし……しかし何でまた、トカゲ?」
「知り合いのお嬢さんの推薦だ。是非にこれを、いやむしろこれ以外にない! とな」
「そりゃまた強烈な」

     ※

 そう、ロベルト・イェルプは万事に置いて抜かりのない男だった。薬草店を訪れるに先立ち、まず、身近にいる若い女性……すなわちド・モレッティ伯爵家の四の姫、ニコラに意見を求めたのだった。

「姫、この町の若い女性はどのような小物を好むのでしょう?」
「んー、使うものにもよると思うけど」
「そうですね、例えばよく使う軟膏や化粧品などを入れて持ち歩く器で……」
「そう言う事なら任せて!!」

 きらーんっと目を輝かせ、四の姫はその場で紙を広げてペンを走らせ、精密なスケッチを描きあげた。

「断然これよ!」

     ※

 スケッチを一目見てフロウは悟った。ロベルトにそれをお勧めしたのが誰なのかを……。
 自分を師匠と慕う少女、ニコラにまちがいない。
 憂うべきか喜ぶべきか、彼女の優れた観察眼と絵の才能は、いささか偏った方面に発揮される傾向にある。キノコや魚、トンボ、トカゲにカエルに蝶々(成虫もイモムシも分け隔てなく)、カミキリムシに蜂に蟻に蝉に黄金虫etc,etc…

「それは間違いなく少数派だから気にするな」
「そ、そうなのか」
「だいたいよ? 質実剛健の隊長さんが、何だって可愛さなんぞ気にかけるんだい?」
「そ、それは……」

 珍しく言いよどみ、目線をそらしている。

(おやまあ)

 がぜん興味が湧いて来た。フロウは眠そうな蜂蜜色の瞳をしぱしぱとしばたかせ、ゆるりと声をかけた。 
 事実、彼の声は高からず低からず、常に聞く者の心をやんわりとほぐす響きを帯びていた。
 ここぞとばかりに、その才能を惜しみなく発揮する。

「直接肌に着けるもんだぜ? 使う人の仕事とか、年齢、性別なんかに合わせて調合した方が、効き目もいい」
「そうなのか?」
「あぁ、そうに決まってる。現にお前さんも言ってたじゃないか。『仕事に邪魔にならない程度に』香りをつけてくれって」
「ふむ……一理あるな」

 こほん、と咳払い一つ。背筋を伸ばしてまじめ腐った態度で話し始める。
 だが、耳たぶがほんのりと赤くなっているのをフロウは見逃さなかった。

「実は俺が使うのではない」
「……だ、ろうな」
「行きつけの仕立屋に、腕の良い縫い子が居てな。ここは前の任地とは気候も風習も違う。のみならず、所属と階級が変わったおかげで、制服や礼服やら、丸ごと一式新しく揃えねばならなくて……」
「すっかり世話になっちまった、と」
「うむ。出来栄えも素晴らしいし、色々無理も聞いてもらったので、その、あれだ」

(お、お、お?)

 赤みが目の縁から頬全体へと広がって行く。明らかに兎のロベルトは恥じらっていた。

「彼女の労をねぎらいたいと、思ってな」
「なるほど、それで軟膏を、ってことか」
「うむ。手先を使う仕事だからな!」

 もっともらしい顔で頷きつつ、フロウは調合する精油を小さな黒板に書き留めて行く。
 かりかりと書き込みながら、それとなく話題を振った。

「で、どんな子なんだ、その子は」
「何故それを聞く」
「そりゃあ、喜んで使ってもらうには、送る相手の好みを知っとかないとな?」
「うーむ」

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【17】薬草屋の店主と客の会話

2012/06/14 0:35 騎士と魔法使いの話十海
 
  • ヒゲの中年薬草師フロウの店には、様々な悩みを抱えた客が訪れる。客の求めに応じて薬を調合したり、あるいは薬草茶を入れたりしつつ、それとなく水を向けるのがこの男の常だった。
 
  • 薬草を必要としてる奴は大概、そこに至るまでのあれやこれやを胸の奥にどっぷり溜め込んでいる。吐き出させなきゃ、せっかくの調合も効き目は半減。薬草香る空気の中、ねむたげな口調で問いかけるのだ。「で、どうしたんだい?」
 
  • そわそわ落ち着かないサド目の騎士団隊長ロベルト。悩める中級魔術師エミル。そして目の回りにくっきり痣をこさえた熱血わんこ騎士ダイン……これは客と言うよりは飼い犬。
 
  • 三者三様の客にフロウが施した処方とは?
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