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2012年3月の日記

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16.兎の隊長さん

2012/03/20 23:30 騎士と魔法使いの話十海
 
 さて、それからしばらく経過したある日の午後。
 
 就任の挨拶にド・モレッティ大夫人の館を訪れたロベルト隊長は……
 庭に面した日当たりのよいテラスで、彼を歓迎して催された茶会の席上で、とんでもないものを目にしてしまった。
 水色のリボンに水色のドレス、金髪に青い瞳のニコラ・ド・モレッティ嬢が、どこかで見たことのあるような人形を抱いていたのだ。

(何故だ。何故、あいつの所に落としたはずの呪い人形を、四の姫がーっ!)

 しかも、首に巻いてあるリボンは姫の髪に結んであるのと同じ水色。かなりお気に入りらしい。
 一目見た瞬間から、お茶の香りも茶菓子の味も舌の上をことごとく素通りし、ロベルトの頭の中は一つの考えでいっぱいになった。

(どうにかして取り戻さねば!)

 それでも礼儀上、お茶一杯飲み終わるまではどうにか平静を保ち続けた。席を立って、庭園を愛でつつ歓談……となった所で思い切って四の姫に話しかけてみた。

「あー、その、姫。その人形の事なのですが……」

 ロベルト・イェルプは万事に置いて単刀直入、常にまっすぐな男だった。

「これ?」

 四の姫ニコラは満面の笑顔で答えた。

「可愛いでしょ! 師匠からもらったの。触媒を全部外してしまったから、もう術には使えないんだけれどね」

「ほほう」

 言われてよくよく見てみれば、確かに。自分の手元にあった時とは微妙に様相が変わっている。目に縫い付けられていたボタンは、赤い石から緑の木と白い何かに変わっているし、腹を縫い閉じている糸も黒ではなく、赤だ。

(可愛い? これが?)

 今一度しみじみと見る。年ごろの女の子の考えはよくわからない。と、言うかまったく理解できない。
 だが、これも個性のうちなのだろう。

「実に、個性的な造形ですね」
「でしょ、でしょ!」

 お気に入りを褒められて、嬉しかったのだろう。四の姫は上機嫌で元呪術人形にほおずりした。

「Patchie(ツギハギくん)って呼んでるの」
「なるほど、確かに見た通り分かりやすい。術の知識がおありと言うことは、姫は魔法について学んでおいでなのですか?」
「そうよ。魔法学院の初等科で勉強してるの。もうすぐ初級術師の試験があるのよ!」
「なるほど」

 貴族の。それも騎士の令嬢が魔法使いを目指すなんて。しかも本格的に術師の試験を受けるなど、王都ではまず考えられないことだった。しかし、一方でロベルトがこれまで勤めていた東の交易都市では、個人の資質を活かすことはごく普通に行われていた。それこそ、家柄や身分を問わずに。

「それは、団長にとっても頼もしいことですな」
「ありがとう、ロブ隊長」

 ともあれ、ひとまず安心した。あの人形はもう、無害なのだから。
 安堵のあまりロベルトはころっと失念していた。フロウの店の裏口に置いてきた(と言うか落としてきた)はずの人形が、なぜ、ニコラの手に渡ったのか。
 彼はまだ知らない。四の姫とヒゲの薬草師の繋がりを。
 
 一方で四の姫は………

(どSって聞いてたから、てっきり意地悪な人かと思ってたけど……シャルとダインの言う通り、割といい人みたいね)

 初めて顔を合わせる隊長に、友好的に接しようと決めていた。

「ね、ロブ隊長」
「はい?」
「就任祝いに何かプレゼントしたいのだけど……巾着袋とクッション、どっちがいい?」
「では、巾着でお願いします」

 ロベルト・イェルプは万事において実用性を重んじる人間だった。

「わかったわ。えーっと、何か希望するモチーフはある?」
「ウサギでお願いします」
「ウサギ? ずいぶん可愛いのを選ぶのね」
「私の個人紋なのです」

 そう答えるロベルトのマントには、ウサギを刻印した盾の形をしたブローチが留められていた。

「わかったわ! 楽しみにしててね!」
「はい、ありがとうございます」

 笑み交わす二人をこっそりと、モレッティ館に住むちっちゃいさんたちと、キアラが見つめていた。

「うさぎ、うさぎ」
「たいちょうさんは、うさぎ」

 水盤の陰からしゃらしゃらと、せせらぎの音にも似た声で囁きながら。歌いながら。

「うさぎ、うさぎのたいちょうさん」

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illustrated by Ishuka.Kasuri

(四の姫と兎の隊長さん/了)

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15.隊長VSおいちゃん

2012/03/20 23:28 騎士と魔法使いの話十海
 
 方や、金髪の男……ロベルトは腕組みして薬草店の店主をにらみ付けていた。

「何かご入り用で?」
「貴様、ディーンドルフとデキてると言うのは本当か!」

 ロベルト・イェルプは万事に置いて直情的な男だった。

「えーっとぉ」
 
 フロウは蜂蜜色の瞳をぱちくり。くしくしと人さし指で顎の下をかいた。
 あー、なんか前にも聞いたなあ、こんな台詞。だが、これで確定した。こいつは間違いなく騎士団の一員で、ダインをよーっく見知っている人間だ。ディーンドルフなんて堅苦しい呼び方してる所や、年齢から判断しておそらく上司、いや、先輩か。

(あ)

 カチリと頭の中ではめ絵の断片が組み上がる。

『ロブ先輩がこっちに来るんだ! 隊長に就任したんだって。訓練所で俺のことガキの時分から鍛えてくれた人なんだ。嬉しいなあ。懐かしいなあ』

 わんこが顔中くしゃくしゃに笑み崩して話していた。

『ずーっと東の交易都市に居たんだけど、これからは一緒に勤務できる。伯母上の荷物と手紙まで届けてくれたんだぜ!』

「あんた、もしかしてロブ先輩か?」
「ぐっ」

 びくっと男の肩が震え、動きが止まる。
 大当たり。

「やっぱりな。ダインの奴から聞いてたよ。訓練所でずーっと世話になった人なんだってな? まあ立ち話も何だから、座りなよ」

 カウンター前の椅子を勧めた。
 座るのを確認してから(背筋は見事なくらいにびしっと伸びていた)、コンロからヤカンを下ろし、ティーポットに香草茶を入れて湯を注ぐ。砂時計をひっくり返して抽出時間を待つ。
 さらさらと砂が落ちる間、フロウはのんびりした口調で話を続けた。

「あいつ、言ってたぜ。王都の訓練所で、あんただけが『公平に』厳しくしてくれたって。他の奴と分け隔てなく。それがすごく嬉しかったんだとさ」
「……ふん」

 小ばかにしたように鼻を鳴らした。太い、きりっとした眉がしかめられる。

「そこまで、あいつはお前に自分のことを話してるのか!」
「まーな。もともと隠し事するような奴じゃないし?」
「うむ、それは認めよう」
「まあ、アレだ。デキてるっつーか、懐かれてはいるけどな」
「何?」

 砂が落ち切った。こぽこぽとカップに茶を注いで勧めた。

「どうぞ。においが少しきついかも知れないけどな」
「いや、平気だ」

 ずぞ……と一すすり。それきり、黙ってカップの底をにらんでいた。
 急かすこともなくフロウが待っていると、不意に男は口を開いた。

「あいつは、同じ年に入った訓練生の中でも、ずばぬけて居た。剣の腕も、乗馬も。粘り強くて決して諦めない、意志の強さも。見込みがあった。だから鍛えた。それだけだ」

 一度に言い切ると、ロベルトはふーっと深く息を吐いた。それからおもむろにごくり、と茶を含み、飲み下す。どうやら熱いのは平気なようだ。

「目をかけていたんだ。後輩として。あと1、2年も一緒に居たら色事の手ほどきもしてやれただろう。だがその前に俺は転属を命じられて、それきりだ」
「そうだってなあ? 東の交易都市に赴任してたんだって?」
「ああ」

 だん、と拳がカウンターに叩きつけられる。

(おっと)

 ぴくりと眉をはね上げたが、それだけ。相手に自分を傷つける意図がないのはわかっていた。
 多少は驚いたが、脅えるほどではない。

「俺が見ている限り、あいつの理想の女性はずっと姉上だった。何かにつけて、姉上、姉上と……ディーンドルフは重度のシスコンなんだ! それが、男に走るなんて、信じられん」

 ぎろり。薄いスミレ色の瞳でにらみ付けられる。

「単刀直入に聞く。貴様はあいつを騙して、たらしこんで、いいように弄んでいるのではないか? もしそうなら……」

 ぎりっと拳が握りしめられ、むきむきと二の腕に筋肉が盛り上がる。

「ほう」

 軽く口笛を吹きたくなった。なかなかに、いい体をしてらっしゃる。

「まあ、確かに最初に声かけたのは俺だったけどな」
「やはりそうか!」

 ぐぐぐっと逞しい腕が構えられ、めらめらと見えない炎が燃え上がった。

「おいおい、早まるなよ? ひっついて来てんのは、むしろダインの方なんだ」

 首をすくめて、慌てて付け加える。危ない危ない。あんなぶっとい腕で殴られたら、さすがに身が持たない。

「何?」
「別に、あいつを拘束しているつもりはないってことさ。俺の側に居るのは、全てダインの意志だ。あいつがそーゆー奴だってこと、あんたが一番良く知ってるんじゃないか?」

 ぷしゅうっとロベルトの体から物騒な気配が抜けた。

「それは……確かにそうだ」

 がくりと肩を落とすロベルトの瞼の裏に、先日、馬屋で見た風景が蘇る。
 いい笑顔だった。

「できれば、とっととまっとーな相手見つけてくっついてくれりゃいいって思ってるくらいだ。こんな性悪のおっさんにうつつ抜かしてもいい事なんざないさ。まだ若いし、あいつ、家柄だっていいんだろ?」

 何なんだ、この後ろ向きな態度は。貴様の方には気持ちはないのか。あいつが一方的に慕ってるだけだと言うのか? 

(それでは、あいつが、ただの阿呆じゃないか! それでいいのか、ディーンドルフ……)

「家柄だけは、な」

 憮然として答える。内側にくすぶるもやっとした苛立ちが声音に溶け込んでいた。

「だがハンメルキン家でのあいつの境遇は、必ずしも恵まれてはいない」
「え、ハンメルキン?」
「知らなかったのか」

 眉をしかめて舌打ち一つ。余計なことまで口にしてしまったか。だが言いかけた以上、途中で口をつぐむ訳にも行かぬ。

「ああ。ディーンドルフは、育て親の……伯母の家名だ。あいつは父親の家名は滅多に名乗らん。家督の相続権もない。兄がいるからな。れっきとした正妻の子で、由緒正しい跡継ぎが」
「そうだったのか」
「あてが外れたのではないか?」
「いや、別に? 何つーか、妙に育ちがよさげだな、とは思ってたけどな。そんだけだ」
「そうか」

 貴族の子だからたらしこんだ、と言う訳でもないのか。

「ああ、でも一つだけ、羨ましいことがある」
「何だ?」
「あの目だよ。真面目に魔術師なり、巫術師なり目指してりゃあ、いい線行ったろうによお。ったく残念っつーか、惜しいっつーか」
「…………………」

 呪われた目。忌わしい目。これまで自分の知る限り、あいつの左目はずっとそう罵られていた。蔑みの対象だった。騎士団の中で孤立し、苛められる絶好の理由となっていた異相が、この男にとっては……。
 誉むべき才能だと言うのか。

「……魔法使いめ」

 吐き出す言葉はわずかな苦さを含み、通り過ぎる舌を。口の端を歪ませる……ほんの少し。あえてその味に名をつけるとしたら悔しさか、あるいは一種の敗北か。

(認めるしかないのだな)
(それでいいんだな、ディーンドルフ。お前は騙されてる訳じゃなくて、自分からここに。己の安らげる場所を見つけたのだな……この男の傍らに)

「ところで、さ、ロブ先輩よ?」
「ロベルトだ」
「OK、ロベルトさん。このお茶、懐かしかないか?」
「え?」
「あんた東方の交易都市に居たんだろ? あっちの方の珍しい薬草が昨日届いたんでな。さっそく茶にしてみたんだが………」
「っ!」

 ぎょっとしてロベルトは空になったカップを睨んだ。そう言えばこの男、自分は一口も茶を飲んでいない。

(謀られたかっ!)

「………冗談だよ。安心しな。確かに交易都市から仕入れた茶葉だが、あんたの送ってきたアレは入ってない」

 そう言って男はにししっと歯を見せて、楽しげな声を漏らした。
 全てわかっていたと言うのか! 自分は、この男の手のひらの上で転がされていただけだったのか……。

「貴様……」
「あんたがどう言う意図で送り付けてきたかは知らないが、こっちとしちゃ、貴重な薬草と種が手に入って多いに感謝してんだぜ?」

 すました顔で茶をすすると、フロウはにんまりと笑いかけた。

「ありがとな」

     ※

「これからもご贔屓にー」

 にやにやとほくそ笑む中年親父に見送られ、ロベルトは薬草店を出た。

(くそーっ、くそーっ、くそーっ)

 ぎりぎりと歯を食いしばる。

(あんのヒゲ中年がっ! 前言撤回だ。絶対に俺は認めない。認めないぞ!)

 もはや後輩が心配だからとか。騙されてるのなら道を正してやろうとか。そんな当初の目的とは、微妙に違った方向に突っ走りつつあるのだが……
 ロベルト自身はまるで、気付いていないのだった。

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14.ロブ隊長参上す

2012/03/20 23:27 騎士と魔法使いの話十海
 
「お疲れさま、ニコラ君。次の授業を楽しみにしてるよ」
「はい」

 無事にニコラの召喚成功を見届け、ナデューは満面の笑みを浮かべて帰り支度を始めた。
 術に使うもろもろの触媒と、召喚用のチョーク大入り一箱を抱えて。

「すごい荷物だな。馬、出そうか、先生?」
「いや、その心配はないよ。迎えが来るから」

 果たしてその言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアの外に重々しい蹄の音が近づいてきた。

「あ、来た来た」

 ナデューはひょいと立ち上がると扉を開けて外に出て行く。
 一瞬、呆気にとられた後、ダインはおもむろに先生の荷物を引っ担いで後を追った。ニコラとフロウ、キアラとちびが後に続く。

「見事よね」
「ああ、もはや本能だな、あのわんこぶりは」

 愛人の子だから。呪われた目を持った男だから。騎士として、他者に尽くさなければいけない。人の役に立たねばならない。
 根っこにあるのが、そんな悲しいまでの気遣いだったとしても……結果的に、それが彼を好人物たらしめているのも、また事実。いそいそと荷物を運ぶダインの後ろ姿を見守りつつフロウは思った。

(最近は卑屈になり過ぎることもなくなってきたし。いいんじゃないか、ダイン?)
 
      ※
 
 店の外に出たダインと、フロウと、ニコラは見た。重々しい蹄の音を轟かせ、道の角を曲がってやって来たのは黒と同じくらい、いやひょっとしたらそれ以上に逞しい、堂々たる体躯の『馬』だった。
 鞍も手綱もつけず、誰も乗っていない。
 金色の毛並み、白銀のたてがみ、顎の下になびく山羊にも似たあごひげ。筋肉の盛り上がったぶっとい四本の足を支える蹄は、二つに割れている。すらりと伸びた尾は肉厚で先端のみ毛が長く、さながらライオンのよう。
 そして額には、捩れた白い螺旋状の角が一本。

「え」
「うえ?」

 ニコラとダインは目を真ん丸にして、口をぱくぱく。ややあって同時に叫んだ。

「ユニコーンだ!」
「こーゆーでっかいのも居るんだ」

 不意打ちで出現した強力な存在に共鳴し、ダインの左目は完全に「月虹の瞳」が解放されていた。

「エルダーコーン。ユニコーンの古代種だ」

 事も無げにフロウが答える。

「あれ、こっち側の生き物だろ」
「ほう、そこまでわかるか」
「うん。境界を越えてきたにしては、何つーか……命のカラーが馴染んでる」
「森の奥ーの方は、こっちと異界の境目が溶け合ってる場所があるからな」

 ナデューは愛おしげに金色のユニコーンの首筋を撫でた。

「やあ、ノーザンライト。時間ぴったりだね」
「ぶるるるっ」

 鼻を鳴らすと、ユニコーンはうやうやしくナデューの頬に唇を寄せた。さながら口付けするように、そっと。
 四の姫は青い瞳を輝かせて大興奮。キアラとちびがくるくるとその回りを飛び回る。力の強い存在の側に居ると、彼らもテンションが上がるらしい。

「すごーい、すごーいっ、ナデュー先生かっこいい!」
「ありがとう、ニコラ君。それじゃ、また学校でね!」

 身軽にユニコーンにまたがると、ナデュー先生はさっそうと帰っていった。
 ダインぼそりとつぶやく。

「なあ、ユニコーンって処女にしか懐かないんだよな」
「ええ、そうよ?」
「ってことは、ナデュー先生ってばもしかして、どうて……」

 ごすっとフロウの肘が鳩尾にめり込む。容赦なく、深々と。ダインは声もなくうずくまり、静かに悶絶した。

「ほれ。余計な知恵回してないで、とっととニコラを送ってけ」
「ぐ……わ、わかった」
「ぴぃ?」

 金髪まじりの褐色の頭の上に、のしっとチビが乗っかる。

「とーちゃん?」
「……うん、大丈夫だから」
「ぴゃあ!」

 一方でニコラは両手を組み合わせ、うっとりと見つめていた。黄金色のユニコーンに乗ったナデュー先生の後ろ姿を。

「いいなあ。ナデュー先生、かっこいいなあ」

 ユニコーンと乗り手の姿は徐々に小さくなり、やがて角を曲がって見えなくなった。
 
      ※

 四の姫ニコラは、騎士ダインに連れられ、意気揚々と帰途についた。初めて召喚した使い魔を連れ、黒毛の軍馬の背に乗って。しっかりと胸に、水色のリボンを首に巻いた呪術人形を抱きしめて……。

「まさか、アレが気に入るとはなあ」

 やれやれと肩をすくめながら思い出す。水色の巾着袋に刺繍されていた、この上もなく精密、かつリアルな『死んだ魚』を。見ていて鱗のざりっとした感覚まで克明に指先に蘇りそうな逸品だった。
 ついしみじみ見ていたら、目を輝かせて言われてしまった。

『ね、ね、師匠。今度師匠にも作って来てあげようか?』
『はは、そりゃ嬉しいね』
『モチーフは何がいい? キノコ? 虫? それとも魚? ゼニゴケとか、サルノコシカケもいいよね。細かくて、刺繍しがいがある!』

 何だってそっち方面に興味が行くのか。年ごろの女の子にしては珍しいが、観察眼の鋭さと手先の器用さはずば抜けている。

『……ハーブがいいな。ラベンダーとかミントとか、フェンネルとか』
『わかったわ!』

 何のことない、モチーフを指定しとけば問題はないのだ。
 一番上の姉さまから刺繍を習ったと言っていたが、最初の『作品』を見た時、一の姫はさぞかし肝を潰したことだろう。 
 
(やっぱり、あの子は魔法使い向きだねえ。あらゆる意味で……)

 くつくつと思いだし笑いをしていると。ふと、食い入るような視線を感じた。ちっちゃいさんかと思ったが、どうやら違うようだ。方向と気配から察するに視線の出所は、おそらく店の外。
 顔をあげると……窓越しに、ばっちりと目が合った。金髪に薄いスミレ色の瞳、鋭い目つきの背の高い男。ダインを見慣れているとどうも細く見えてしまうが、それにしたってかなり体格はいい。
 顔や腕に残る傷跡からして歴戦の強者。傭兵か兵士か、そんな所だろう。
 男はぎょっとしたようだった。足早に窓を離れる。
 と思ったらドアから入ってきた。

「いらっしゃい」

 だっかだっかと床板を踏みならす、頑丈そうなブーツは見覚えがある。ダインやシャルダンが履いているのと同じ、西道守護騎士団の官給品だ。

(ってことは、こいつ、騎士か?)

 制服こそ着ていないが、立ち居振る舞いはきびしきびして、どこか堅苦しい。全ての騎士団員を見知っている訳ではないが、街に来て間も無いなと感じた。着ている服や髪形がどことなく、ここいらの流行りと違っている。だが王都の人間にしては、今一つ洗練されていない。
 この、適度にくったりしたゆるめな着こなしはもっと東の……交易都市の方の流儀だ。

(ん? あれ? ちょっと待てよ?)

 何かが記憶に引っかかる。東から来た男。東から届いた薬草。南の海の貝殻も、赤いロードクロサイトも交易都市なら容易に手に入る。

(ひょっとして、こいつは……)

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13.喚ばれし者は?

2012/03/20 23:26 騎士と魔法使いの話十海
 
 地面から燃えあがる『力線』の木。その枝の間で膨らむ泡状の『境界線』の一つ一つはあまりに小さく、本来ならそこに住む存在を呼び寄せられるほどの強さはない。
 だから召喚術を用いてそれを一ヶ所に束ねて、一時的に異界に通じる小さな窓を編み上げるのだ。

 上級の術ならば窓を開く先を任意に選べるが、初級ではそこまでコントロールはできない。たまたま強い境界線が近くにあった、とか。召喚者の帯びる属性に引き寄せられた、とか。とにかく、その時一番、繋がりやすい異界に繋がるのだ。
 そして、その場に存在する、召喚者と最も相性のいい存在が応える。

 ニコラは改めて、台の上に置いてあった杖を手に取った。長さは30センチほど、太さはニコラ自身の中指よりやや太い程度。何の飾りもなく、色付けもされていない。細長く切って、表面を磨いて、最も基本的なシンボルを刻印しただけの簡素な木の杖だ。

「エミリオの杖に比べて、えらくシンプルだな」
「まだ、あの子は自分専用の杖は作ってないんだよ」
「そだね、初級術師の試験受ける前だからね」

 然り。従って今、ニコラが使っているのは魔法学院から支給された『仮の杖』だった。
 召喚円の中央に琥珀のブローチを置くと、ニコラは杖の先端で軽く触れた。慎重な足取りで一歩下がり、護法円の真ん中に立つ。

『我は請う。混沌より出でし白、流れる水と降り注ぐ雨の送り手リヒキュリアの守護の下、ここに星界の窓を開き、汝を呼ぶ。来れ。応えよ。顕れよ……』

 ぼうっと召喚円の文字が光る。午後の太陽にも負けず、誰の目から見てもわかるほどはっきりと。放つ色は、透き通るせせらぎの青。

「青か……水界に繋がったみたいだね」
「やっぱりな」

 フロウは顎に手を当て、うなずいた。やはりニコラは、祖母の資質を強く受け継いでいるのだ。

『来れ、応えよ、顕れよ』

 初級の召喚術の詠唱は単純にして明快。ひとたび異界への『窓』が繋がったら、後は末尾の三語を延々と繰り返すのだ。応える者が顕れるまで、根気よく。

『来れ、応えよ、顕れよ………』

 ニコラは内心、心細くなってきた。窓が繋がったのはわかる。だけど果たして、出てきてくれるんだろうか?
 目隠しして、小さく開いた窓からかぼそい声で呼びかけるようなもの……初めての召喚術を、ナデュー先生はこう言った。ほんとにその通りだ。

(私の声、ほんとに届いてるの? って言うかそっちに誰かいるの?)

 大丈夫、焦らない。まだ三回目だもの。
 何も来なかったら、またやり直せばいい。何度でも。何度でも。

『来れ、応えよ、顕れよ!』

 四度目の詠唱は、力が入り過ぎてちょっとばかり声が裏返ってしまった。

(やだ、何ムキになってるんだろ、かっこ悪いぃっ)

 と。

 中央に置かれた琥珀のブローチから、しゅわああっと水が噴き出した。

(わあっ)

 心臓が跳ね上がる。かくかくと膝が。肘が。咽が細かく震え始めた。でも怖いんじゃない。

(来た!)
 
 しゅわわっと吹き出す水は、何かの意志を持つかのように空中でぐるぐると渦を巻いている。だが、円からは一歩も出ない。きらきらと日の光にきらめきながら飛び散るしぶきは、一滴も地面を濡らしてはいない。
 確かにこちら側には来た。だがその位相は以前として『向こう』にあるまま。実体化していないのだ。
 しきりと形を変えながら渦巻く水の流れは、一生懸命、こちら側に降りてこようとしているように見えた。
 いや、間違いなく『意志』を感じた。
 必死で実体化しようとしている。だが、出口が見つからないのだ。透明な膜に包まれたままなのだ。

(安定しない? どうしたの? あ、もしかして!)

 相手はおそらく、不定形の存在……こちら側では、しっかりとした形を保てない、もしくは、もともと形がないかのどちらかだ。

(だったら!)
 
 すかさずニコラは言葉を綴った。本来の呪文にはない。今まで覚えた祈念語を、目的に合わせて組み上げた言霊を。

『形なき者に形を。姿なき者に姿を。如何様な形になれども水は水 その本質は変わらじ。我は願う。形なき者に形を。姿なき者に……姿を!』

 唱えると同時に、念じた。目の前でふゆふゆと漂う水に相応しい、新たな形(イメージ)を。両手で握りしめた杖の端から、一筋の光に乗せて投射した。
 ぽわっと琥珀のブローチが内側から輝く。一段と眩しく。

「んぴゃっ」
「きゃわっ!」

 その刹那。
 ぷるんっと震えると、流れる水は延びて、丸まり、固まって行く。透明だった体が、確かな実体と色を備えて行く。
 卵形の小さな顔。すんなり伸びた手足。わたがしのような髪がたなびき、背中に金魚にも似た赤いヒレが広がる。
 まるで目に見えない指先でこねられたように、一つの形ができ上がった。ふわふわのドレスを着て、背中に二対のヒレが羽根状に広がる少女の姿。

「ほう……なかなかやるね、不定形の存在を安定させるなんて。あそこでつまづく子も多いのに、大した応用力だ!」

 ナデューの声が弾んでいた。予想を上回る成果が、嬉しく仕方ないようだ。
 フロウがゆるりと声をかけた。

「ニコラ! 名前、つけてやれよ。それがこの子とお前さんを結ぶ階(きざはし)になる」
「はい! えっと、えっと………キアラ」
『キアラ』

 しゃらしゃらとせせらぎの音に似た声が答える。

「そう、あなたの名前は、キアラ」

 その瞬間、ダインははっきりと見た。二人の間に繋がる、青く輝く糸を。
 そして閃く、白昼夢にも似た光景。

 まだ幼い女の子の手から落ちる『素敵な人形』。家族の元を離れ、寂しがる少女におばあさまが贈った宝物。
 大好きだから、どこに行くにも連れて歩いた、大事な人形。手から離れて、あっと言う間に橋の下、水に飲み込まれ、流され、見えなくなった。
 
(そっか、これ、ニコラの記憶なんだ……)

 失われた人形の姿形は、目の前に揺らめく水の少女と瓜二つだった。

(え、ってことは、これがキアラ?)

 ぎょっと目を見開く。

(普通に可愛いじゃねえか! てっきりあんなんだと………)

 ちらっと横目で見る台の上には、首に水色のリボンを巻いた呪術人形が転がっていた。ちっちゃいさんが何匹か上に腰かけ、椅子がわりにしていた。何ともほほ笑ましい光景だが、だからって不気味さが減る訳でもない。

「おいで、キアラ」

 ニコラは護身円から踏み出し、召喚円の中に入ると手をさしのべた。
 赤いヒレをはためかせ、水の少女はひゅるひゅるとその手の回りを飛び回る。
 ニコラの手には、白紙の召喚符が握られていた。
 ちょん、と『キアラ』の額とニコラの額が触れあった。その瞬間、枠しか描かれていなかったカードの表面に、じわっと……キアラの姿と、文字が浮かび上がった。
 ニコラはその文字を読み取り、うなずいた。

「そう、あなたはニクシーなのね」
『そう、キアラはニクシー。水の妖精』

 杖を振るいニコラは唄うように唱えた。

『事は成れり 窓よ閉じよ』

 ふっと円が光を失う。だが、キアラはニコラの側に居た。境界線をねじ曲げることなく、自然に存在していた。
 琥珀のブローチを拾い上げて、ニコラは改めて自分の胸元に着け……円から踏み出した。

『キアラ、キアラ、キアラ』

 しゃらしゃらと囁きながらニクシーはニコラの回りを飛び回り、一緒に円から抜け出した。

「お見事。召喚成功だね、ニコラ君」
「はい、ありがとうございます、ナデュー先生!」
「にーこーら、にこら!」

 しゅるりしゅるりとちびがニコラの足もとに体をすりよせた。

「ありがと、ちびちゃん」
『ちびちゃん ちびちゃん』
「ぴゃああ!」

 ニクシーと、とりねこ。ちょん、と鼻をくっつけあって、二体の『喚ばれし者』は挨拶を交わした。

「キアラかあ、いい名前じゃねえか」

 満足げにうなずきつつ、フロウはちろ、と横に控えるわんこを睨め付けた。

「そこで何故俺を見る。俺の名付けのセンスに文句があるか?」
「べーつーに?」

(気に食わねーっ!) 

 ひくっと口元を震わせ、ダインはムキになって言い返した。

「ちっちゃいからちび! 黒いから黒! わかりやすいだろーが!」
「ぴゃあ」

 ぱさっとちびが羽根を広げる。本猫は気に入ってるらしい。しかし黒はそこはかとなく不満げに、馬屋でいなないていた。
 言葉がわからずとも、通じるものはある。
 フロウとナデューは、顔を見合わせてから深い深いため息をついたのだった。

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