2012/02/24 2:42 【騎士と魔法使いの話】
- ちっちゃいさんの一件の直後。
- おいちゃんとわんこの日常の一コマ。
冬にしては風の流れもおだやかで、ぽかぽかあったかい陽射しの降り注ぐ気持ちのいい日だった。
馬小屋で黒の世話をしてる間に、ふいっとちびの姿が見えなくなった。
どこ行った? ついさっきまで、藁の中にもぞもぞ潜って遊んでたのに。
「ちびー。おーい?」
外に出てみたら、居た。裏庭に置かれた台の上でうずくまってる。
テーブルくらいの大きさで、薬草を干すのに使われてるだけあって、日当たりは抜群。目を細めて、いっちょまえに前足を体の下に折り畳んでうとうとしてる。
「そーかそーか、日向ぼっこしてたか」
やっぱ猫だなあ。ああ、でも翼をふわふわふくらませてるとこは、鳥っぽいや。
なんてこと考えながら横を通り過ぎて、裏口に向かう途中で足が止まる。
「ん?」
何か、今、猫と薬草以外のものも乗ってなかったか?
そろりと振り向くと、居た。
手のひらに乗っかるぐらいの二頭身の小人が、柔らかい亜麻色の髪をふわふわふくらませて台の上。まるまっちぃ体をぺたーんっと平べったくのばして、くつろいでる。
『ちっちゃいさん』だ!
これだけはっきり見たのは、始めてだ。目に付いただけで七匹(七人?)いる。うっとりと目をとじて、すごく気持ちよさそうだ。ちっちゃな細い手足をわきわきさせて、時々パンケーキみたいにくるっとひっくり返ってる。
「うわあ、可愛いなあ」
ぼーっと見てたらフロウに耳をひっぱられた。
「こら。無闇にちょっかい出すなっつったろ」
「いででっ。見るだけだよ見るだけ!」
「手ー動いてたぞ」
「あ」
撫でくりまわしたいとか、こね回したいとか思ってたのが、つい、動きに出てたらしい。
「仕方ない。じゃ、こっちを触る」
「おい」
フロウに抱きついてやった。髪に顔をうずめ、ふはー、むはーっと何度も深呼吸。
(あー、すっげえいいにおいする……)
日の光をたっぷり吸い込んだ干し草のにおい。
すーすーする葉っぱとか、ふわふわ甘い花のにおいと、調合に使う蜜蝋とか蜂蜜、酒のにおい、油のにおいに、肌からにじみ出す汗とか脂とか。ちょっとくたびれた体のにおいが溶け込んでる。
自分の体のにおいってのは、嗅いだ瞬間うんざりして、早く風呂に入りてえ! って思うんだが。
フロウのにおいは違う。もっと嗅ぎたくなる。欲しくなる。
(何でだ。どこが違うんだ?)
気になってまた吸い込む。鼻の奥、咽でしみじみと味わう。
すっぽり抱きすくめた腕の中で、小柄でまるっちぃ、確りした肉付きの生き物が動いてる。
手足に伝わってくるその動きが。振動が、愛おしくてたまんない。
(女の子を見ても、可愛いな、きれいだなとは思う。だけど、そこまでだ。触りたい、とか。キスしたいとか。そこまで繋がるのは……ぐいぐいと引き寄せられるのは、こいつだけ。フロウだけ)
別に今すぐヤりたいって訳じゃないんだよな。まだ股間も固くなってないし。何となく体温上がってんなーって感じはするんだけど……。
「ダイン。ダイン。こら、ダイン」
「う」
「いつまでひっついてる」
「………」
くらくらしてた。体ん中いっぱいに吸い込んだフロウのにおいで酔っぱらって。服の向こうから染みてくる、自分以外の体温でのぼせあがって。
「……俺、お前が好きだよ」
ちゃぷちゃぷと、においのいい酒でいっぱいになったみたいな頭の中から、ぽろっと甘ったるい言葉がこぼれ落ちる。
「奔放なとこも。ひねくれてて、たまに意地悪なとこも。声も、体もひっくるめてぜーんぶだ」
言っちまった。
普段思ってても絶対言わないようなことを、ぽろっと、本人の前で!
恥ずかしいやらむず痒いやらで、体中かきむしりたい。でもそうするにはまず、フロウから手ぇ離さなきゃならない。それは、イヤだ。離したくない。
結果。
自分の熱で熱々に蒸し上げられて、身動きもできずに固まっていると……手が伸ばされて、髪の間に指が潜り込み、くしゃり、と撫でられた。
「あ」
撫でてくれる手から。薬草の香る指先からしみ込む温かさが心地よくて、自分からもすり寄せる。
また、撫でてくれた。
気持ちいい。
嬉しい。
触ってくれるのが。触らせてくれるのが、嬉しい。
「へいへい、わかったから。昼飯にするか?」
あやすみたいな口調だった。実際あやされてるんだろうな。俺は子供か?
いや、確かに子供扱いされても仕方ない。俺の生きてる時間なんて、たかだかこいつの半分とちょっとだ。どんなにがんばっても、てんで追いつけるもんじゃない。
それでも、やっぱオスの本能ってやつか。敵わないのは悔しい。ついヘソを曲げたくもなる。
「ほんっとにわかってんのか?」
だああ。何やってんだ。
言わなくていいことまで言っちまって。墓穴掘ってる。ざくざく掘って頭から飛び込んでる。
照れ隠しにぶっきらぼうな声を作ったところで、かっかと炭火飲み込んだみたいに火照った顔や、耳たぶまでは隠せない。
「ああ、わかってるともさ」
ぎっくぅんっと心臓が飛び上がる。その先が聞きたいのか、聞きたくないのか。おっかないけどやっぱり聞きたい。かっかと内側から蒸されながら、煮られながら、まんじりともせずに待っていると。
「お前さんがバカってのがな」
え?
あっけにとられたその一瞬、フロウはするりと腕の中から抜け出して、裏口の向こうへと消えていた。
「……バカだよ」
へっと、吐き出すように答えたところで相手は既に家ん中だ。聞こえるはずもない。
それなのに。
バカって言われてんのに、何で俺、笑ってんだろ。何でこんなに、腹の底がこそばゆくってしかたないんだろう。
(ちゃんと、返事してくれた)
(拒まれなかった)
(受け入れてくれた)
(答えてくれた!)
それだけで、嬉しい。
ぽわぽわと、たんぽぽの綿毛みたいなくすぐったさと、あったかさが自分の回りをふわふわ浮かんで、飛び回ってるような気分になる。
「おいダイン。いつまで突っ立ってるんだ? さっさと入れ」
「……うん」
そっか、俺、今、しあわせなんだ。
※
来たか。
のっそりと裏口から入ってきたダインの姿を見て、フロウはよし、とばかりに小さくうなずいた。
あのまま、いつまでもでかい図体であそこにぼさーっと突っ立ってたんじゃ、『ちっちゃいさん』達が落ち着かない。ミルクの小皿をけ飛ばして連中のご機嫌を損ねてから、まだ一週間も経っちゃいないのだ。
まったく、ちびは一度であいつらとの付き合い方を覚えたってぇのに、飼い主と来たら。
やれやれとため息つきながら台所に立ち、昼食の仕度をしていると。
「お?」
後ろからばかでっかい体がのしかかって来る。背後に立つ、と言うにはあまりに距離が近い。背中も丸めているようだ。
もともとこいつは、普段は猫背気味だ。単に姿勢が悪いと言うより、何かから隠れようとしてるみたいにいつも背中を丸めている。(全然隠れてないが)
それが、剣を持つ時とか、怒った時とか。とにかく真剣になった途端、背筋をびしっと伸ばすもんだから、ぬうっと体が一回りでかくなったみたいに見える。
意識してやってる訳じゃなかろうが、結果としてすごみが増す。
(癖になっちまったんだろうな。目立たないように、縮こまってるうちに……)
ふわっと髪の先が舞い上がった。首筋にダインの顎が乗っかって、耳の後ろに息が当たってる。
かと言って、盛ってる訳でもないんだよな。すぐ尻の後ろにある股間は、ぴったり寄せられてはいるが、至って行儀良い。ガチガチになってもいないし、ぐりぐりこすりつける気配もない。
ただ、寄り添っているだけ。
さすがに薬草を調合してる時なら即座に追っ払う所だが、今やってるのは料理だ。
また感心なことに、腕の動きを邪魔するような触り方はしてこない。手のひらで肩を包み込んでいるだけ。
図体こそでかいが、ちびとやってる事はさほど変わらない。あいつもしょっちゅう、人の顔やら足に体をすり寄せてくるしな。
(何やってんだかなあ)
わからないけど、まあ、いいか。あったかいし。
背後にダインをひっつけたまま、野菜を切って、ベーコンと一緒に鍋で煮る。
下ゆでしたジャガイモと、ソーセージと一緒にフライパンで炒めて……。
煮えてきたスープを小皿にとりわけ、肩越しに差し出した。
「ほれ、味見」
「ん」
「熱いぞ」
「わーってるって……あちっ!」
わかってないのは、どっちだか。
(ひなたぼっこ/了)
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