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四の姫はご立腹

2015/04/23 0:44 お姫様の話いーぐる
年頃の女の子が良い年の男と関わっていると、何かと腹を立てるもの。
無茶をするわんこ騎士に宴会に誘ってくれなかった中年薬草師……

そんな「腹を立てる」四の姫と、何故男たちがそうなったかの小話。
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開かれた窓

2015/04/19 14:28 お姫様の話いーぐる
「くぅうう」
 ニコラは今、教室に居る。行儀が悪いのは承知の上で机に腰を下ろし、左手を宙にかざす。そこに宿る巫術師の指輪の冴えた銀色の輝きに目を細め、嬉しくてつい、手足をばたばたさせてしまう。
「きゃわ……きゃわわ?」
 柱の壁から、小さな声が近づいてくる。聞く者の耳をくすぐるような、小さな生き物が動き回る気配がする。
(何だろう?)
 キアラは琥珀のブローチの中で眠っている。さっきの試験で疲れてしまったのだ。と言うことはこのくすぐったい気配の正体は……。
「ちっちゃいさん?」
「きゃわっ」
 ニコラの目の前、机の上にころころと、ちっぽけな二頭身の小人が押し合いへし合いしながら並んでいる。
 ブラウニーズ……金属性の小精霊だ。またの名を『家付き妖精』。単に「ちっちゃいさん」と呼ぶ場合は、彼らを意味する。
 恥ずかしがりなのに好奇心いっぱい、人間の生活に興味津々でお菓子が大好物。古い建物に好んで住み着き、小精霊の中では比較的、確かな実体を備えていて馴染みも深い。
 築百年を越え、安定した力線の通るフロウの店にも住んでいる。
「そうだ。あのね!」
 ニコラはちょいちょいとちっちゃいさんたちを手招きし、精霊の言葉で囁きかけた。ちっちゃいさんはまるまっちい頭を寄せ合ってじっと聞き入り、やがて色めき立って口々にきゃわきゃわとさえずり始めた。
「お願いね?」
「きゃわー!」
 短い手足をぶんぶん振り回しながら一斉に駆けて行く。
 ちっちゃいさんの姿を見送ったら、何だか急に静かになってしまった。
 静かになったら、浮かれていたのが気恥ずかしくなってきた。おとなしく椅子に座り直したその時だ。
 身軽な足音が近づいて来る。廊下を走ってくる。多分あれは先生じゃない。教室の扉が勢い良く開いて、見覚えのある少年が駆け込んできた。
「やったよ、ニコラさん! 召喚できたよ……合格だ!」
 エルダだ。頬をうっすらと赤く染め、その腕には一匹の子犬を抱えていた。尖った耳、青みがかった灰色の毛皮。口を開けてほほ笑み、短い尻尾をぷりぷりと左右に振っている。
 召喚師になるのには、何も異界の存在を喚ばねばならぬとは限らない。極端な話、犬だろうが猫だろうが、とにかく喚べば合格なのだ。
「おめでとうございます、先輩!」
 ニコラは椅子から立ち上がって駆け寄った。
「見て、僕の狼!」
「狼?」
「うん。試験官の先生がそう言ってた」
「わあ、可愛い……」
 子狼は短い鼻面を伸ばし、ニコラの手に顔をすり寄せ、舐めた。
「ふふっ、くすぐったい。なでていいですか?」
「どうぞ!」
 ほんとうに、その子はまだ幼かった。鼻面は短く、全体的にずんぐりしていてふわふわした産毛が指をくすぐる。毛並に添って額、頭、耳の後ろと撫でまわすうち、ニコラはあれっと首をかしげた。
「エルダ先輩、この子……普通の狼じゃないです」
「うん、大切な僕の『召喚されしもの』だよ。ビーティーって名前にしたんだ」
「いや、その、それは正しいんですけど、あのぉ、この子、多分……幻獣です」
「え?」
「雷狼(ヴォルファトゥワン)なんじゃないかなって」
「へ?」
 ニコラはふかふかの子狼の毛並をかきわけた。額の中央にぽつりと小さな突起がある。まだ皮膚を被ってはいるけれど、先端がちょっとだけ顔を出していた。
「ほら、ここにちっちゃいけど角が」
 エルダはじっと見つめ、まばたきし、口を開いた。
「瘤じゃなかったんだ」
「これ、核角ですよ。雷撃を撃ち出すための」
「ああ」
 エルダはさらっと答えた。何しろ実技が追いつかなかった分、必死になって学科を勉強したのだ。幻獣の特徴も知識としてしっかりと頭の中に入っている。ただ量が多すぎて、とっさに必要とされる知識が出てこない傾向はあるが。
「体内の雷エネルギーの蓄積によって成長して行くんだよね」
「そうそう、だから子供のころはちっちゃいんです」
「……わあ」
 ここに来てようやく、知識と目の前の事実が結びついたらしい。
「その通り。どこから見ても立派な雷狼の子供だね」
 澄んだ声が飛んでくる。見ると教室の出入り口に黒髪の華奢な人物が立っていた。前髪に混じる一房の赤い髪が鮮やかだ。金色の双眸は、今は細められている。困ったの半分。嬉しいの半分と言った体(てい)か。
「あ、先生」
「ナデュー先生。今日はお休みじゃなかったんですか?」
「うん、お休みですよ? 何かすんごいのが出たみたいだから、飛んできたんだ。いやはや、まさかここまでの大物を喚び出すとはね? これじゃ、実習用の召喚円程度じゃあ、通り抜けられない訳だ」
「え? え? え?」
 ナデューはエルダの傍らに立ち、肩を叩く。
「この子はずーっと、君の呼び声に答えてたんだよ。ただ、開いた窓が小さすぎて、今まで通り抜けられなかっただけなんだ」
「ああ!」
 ようやくニコラは合点が行き、ぽんっと手を打った。
 エルダ先輩は落ちこぼれなんかじゃあなかった。とんでもない大物だったのだ!
「試験用の大きな召喚円を引いたから、やっとこっち側に出てこられたんですね?」
「正解」
 誰も気付かなかった。彼自身でさえ。もしも途中であきらめていたら、気付かずに終わっていただろう。
「おめでとう、初級召喚師エルダ」
「ありがとうございます!」
「おめでとう、初級巫術師ニコラ」
「あ……ありがとうございます!」

     ※

 さて。
 初級術師試験が行われてから一週間後。
 魔法学院の講堂にて、ニコラのローブ授与式が厳かに行われた。家族の代表として西都から駆けつけた二の姫と、祖母のモレッティ大夫人、そして師匠のフロウ、その他多くの友人たちに見守られて。
 師匠は珍しく神官用のローブを着ている。樹木やつる草、葉や花を思わせる刺繍のほどこされたマギアユグドの祭司服は、色合いの違う緑の布を重ねる構造で、裾も襟も二重になっていた。しかしながら布地そのものは薄く、風にそよぐ様はまさしく花だ。
 白を基調とした西道守護騎士の礼装に身を包み、二の姫は感極まって涙ぐむ。フィアンセのさし出すハンカチはもはや三枚めだ。
 同じく礼服を着たダインは窮屈そうにしきりと襟を気にしている。肩の上では黒と褐色斑の猫が脚を踏ん張り、得意げに胸を張っている。シャルはきりっと背筋を伸ばしてたおやかにほほ笑み、エミルはそんなシャルにちらちらと横目で見蕩れている。レイヴンはいつものローブ姿だ。魔術師なんだからこれが正装で、礼装。
「初級巫術師、ニコラ・ド・モレッティ」
「は……いぃ」
(やだ、声裏返っちゃった)
 ぎくしゃくした足取りで壇上に上る。マスター・エルネストが、水色の術師のローブを肩にかけてくれた。袖に手を通す。指先がほんの少し震えた。
「魔法学院の名の下に、これより君を術師として認めよう。己の手にした力を正しく律し、よりいっそう精進に励むように」
「はい!」
 拍手がわき起こる。
 一礼して壇を降りる途中、既に授与を終え、黄色のラインで縁取られた褐色のローブを羽織ったエルダと見つめ合う。ニコラはにかっと歯を見せてほほ笑み、親指を立てた拳を掲げた。エルダはほんのりと恥じらいに頬を染めながら、同じ仕草を返して来た。
 
 こうして、四の姫が鷲頭馬の騎士が出会ってから半年と数ヶ月……おまけの四の姫は、魔法使いになった。

(四の姫の初級試験/了)
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閃いた!

2015/04/19 14:23 お姫様の話いーぐる
 じとーっと目の前のフレイミーズの群れを睨む。今はただ、上機嫌でくるくると空中ででんぐり返しに興じている。
(ひょっとしたら。走って通り抜ければ振り切れるかも?)
 勢いに任せて駆け出した途端、さーっと押し寄せてきて取り囲まれる。思ったより動きが早い。2mほど進むのがやっとだった。
(無理矢理、かきわけたらどうなるんだろう?)
 試しに手を伸ばして触てみた。
「あっつぅい!」
 まるっきり本物の火に触れた時と同じ。何の安全措置も取られていない。手加減無しだ。
「むーむむむむむ」
 しゃくに障ることにこのフレイーミーズ軍団、後ろに下がる分には追いかけては来ない。あくまで前進を阻んでいるだけなのだ。
「逆に考えれば、行かせまいとする方角に出口があるって事よね」
 よし、これで目指すべき方角はわかった。問題はどうやってフレイミーズを回避するかだ。彼らは無意味に漂っているのではない。はっきりした目的をもって配置されている。しかも、元気でご機嫌だ。動きが活発になっている。
 どうして?
 答えは簡単。この場には木の力が満ちているからだ。
「そうだぁ!」
 その瞬間、属性の基礎知識が閃光となってニコラの頭の中を駆け巡る。
「木は火に力を与える。火は金に強く……水に、弱い!」
 フレイミーズは水と触れ合うと力が中和され、消滅する。正確には『この世から消えて炎の精霊界に戻る』。
 つまり、水をかければ彼らを火の精霊界に送り返せるってことだ。けれど緑のドームの中には、こう言う時に限って水が無いのだった。
(んーもう、エルネスト先生ってば徹底してるなあ)
 幸い、水の精霊力そのものはブローチに宿った使い魔……水妖精キアラのおかげで使える。と、なれば。
「よーし!」
 ニコラは左手で琥珀のブローチに触れ、右手で杖を構えた。鈴を振るような声が慣れ親しんだ呪文を詠唱する。
『水よ集え 凍てつき鋭き針と成り 我が敵を貫き通せ!』
 空中に生じた氷の針を、片っ端から赤い光球にぶつける。
『きゃわー』
『きゃわわっ』
 じゅわっと水蒸気をあげて、フレイミーズが一体、また一体と消失して行く。やはりこれでいいのだ。
 しかしニコラは直に気付いた。
 標的の数が多すぎる!
「わぁん、これじゃ私の魔力だけじゃ足りないよぉ!」
 既にここに来るまでに、呪文を使っていた。その分の消費がじわじわと痛い。これでは全てのフレイミーズを消す前に魔力が尽きてしまう。やっと、問題を解く方法に気付いたのに実行する力が足りない。
「だ、だめだ……」
 時めきと喜びは瞬時に凍えるような失望に変わる。
 さらに追い打ち。
 呪文による攻撃が途絶えた瞬間、フレイミーズが増殖を始めたではないか。それこそじわじわと燃え広がる炎のように。
「うそおっ! せっかく減らしたのにぃ!」
 この葉には木の力が満ちている。フレイミーズはそこからいくらでも力を補給できるのだ。片やニコラの魔力は不足している。補う術は無い。
(詰んだ……)
 膝から力が抜ける。ニコラはへなへなとその場に座り込んでしまった。
「もぉだめぇっ!」

 魔法訓練生でも騎士の娘でもやはり本質は14歳の少女である。万策尽きて行き詰まり、一度崩れ始めると、もろい。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう、わあんっ)
 声すら出さず、耳を塞ぎうずくまって震えるしかできない。ちりぢりになった思考はもはや言葉を為さず、習い覚えたはずの知識は塵となって霧散する。
 このまま、ただ虚しく時間切れを待つしかないのか。いや、むしろそうなってしまった方が楽になれるんじゃないか。
(だめーっ、このままじゃ試験に……落ちるっ)
 心身ともに萎縮して、縮こまって震えていると……。
『ニコラ』
 小さな手が瞼に触れる。ひんやりして心地よい。じりじりと押し寄せる炎の熱さを。緑のドームの外側から照りつける夏の太陽を、忘れた。
「あ……」
 瞳に写るのは、金色のふわふわの巻き毛に金魚のヒレにも似た赤い二対の翼。水妖精キアラだ。
『ニコラ、だいじょうぶ?』
 そうだ。
 私は、一人じゃない。
『キアラは、ニコラといっしょ』
 その言葉に我に返る。
 使い魔と宿主は一心同体なのだ。そして今、ニコラの挑む試練は『持てる知識』と『身に着けた魔法』全てを駆使して切り抜ける事。
(キアラを呼んだのは私)
 キアラの存在を『魔法を使うための精霊力の源』としてしか考えてなかった。でも、そうじゃないんだ。
(キアラも一緒なんだ。一緒に……)
「一緒に、巫術師に、なる!」
『なる!』
「ありがと、キアラ」
 ニコラは立ち上がる。しっかりと地面を踏みしめて。
(木の力が満ちてるから元気なんだと思った。けど、それだけじゃ、フレイミーズがこんな風にはっきりと実体化する事はできないはず)
「キアラ、私の回りを飛んで」
『キアラ、飛ぶ』
 キアラは円形の軌道を描いて空中を舞った。フレイミーズは動かない。彼らが追尾しているのは、ニコラだけなのだ。
「よっしゃあ!」
 ぐっと拳をにぎりしめ、足を踏ん張り腹の底から声を出す。明らかに騎士たちの(と言うかその中の約一名の)影響だ。あまつさえ、隣に浮かぶキアラまでもが同じポーズをとっている。
「キアラ、ドームの中を飛び回って。フレイミーズに触らないようにね!」
『了解!』
 キアラが飛ぶ。背中の翼をはためかせ、金色の髪をなびかせて。ニコラは目を閉じて、感覚を重ねる。今、彼女はキアラの目で物を見ている。フレイミーズの群れに遮られていた視界が変わり、見えていなかった物が見えて来た。
 さっきまでは目の前に迫る赤い光球の群れに圧倒されて気付けなかった。一ヶ所だけ、炎の力が不自然に強い場所がある。
「そこかぁっ!」
 キアラの視点を通して意識を集中する。庭園に植えられた潅木の一本が揺らめき、霞み、かがり火を点した台座に変わった。
 幻術で巧みに偽装されていたのだ。あれこそが、フレイミーズたちの拠点。かがり火を中継点にして、マスター・エルネストが術を施したに違いない。さらにフレイミーズの集団にけん制させ、ニコラが気付かないようにしていた。
(もうわかっちゃったもんね! ざーんねんでした。ふふふん!)
「キアラ、水!」
『はーい』
 水妖精は小さな手のひらを合わせ前に突き出す。幸い、水源は豊富に合った。隣り合ったエリアには池もある。水路もある。余裕で転送距離内だ。
 キアラの手のひらからしゅわーっと透き通った水が噴き出す。空中に細かな水の雫を散らし、小さな虹を写しながら、きらめく水が降り注ぐ。雨のように、かがり火の上へ。

 じゅーっ!

 凄まじい音とともに、水蒸気が立ちこめる。
 かがり火は見る間に小さくなって行き、やがて炭化したたきぎの奥に潜む熾火となる。
 けれどキアラは手を休めない。さらに水を送る。
 やがて、かがり火は完全に消えた。
『きゃわーっ』
『きゃわわーっ』
 フレイミーズは大混乱。拠点を失い、赤い光が急激に弱まった。
「今だーっ」
 ニコラはすかさず杖を振り上げた。
『水よ集え 凍てつき細かな針の雨と成れ 炎の子らに降り注げ!』
『ふりそそげ!』
 キアラの詠唱が続く。
 一人ではできなかった事が、キアラの助けがあればできる。呪文を拡散し、一気に広範囲のフレイミーズめがけて氷の針を散布した。
(威力は弱くなるけど、触れればいいんだからこれでOKのはず。何でもっと早くに気付けなかったんだろう、悔しい!)
『きゃわっ』
『きゃわわんっ』
『きゃわぁっ』
 こまかな氷の針を吹きつけられ、フレイミーズが次々に消失して行く。力の拠点を断たれた今、もう増殖することはない。
「もういっちょ、行くよ、キアラ!」
『もういっちょ、ゆく!』
 二度目の詠唱で、残りのフレイミーズは全て消えた。
 そして最後の赤い光球が消失すると同時に行く手の壁が細かく震え、左右に開いたのだった。
「やったぁ!」

     ※

 あまりにあっけない開門だった。あっけなさすぎて、本当に最後の課題を突破したのかどうか、実感がわかない。
 途中で閉まったらどうしよう。ひょっとしてあれも幻影だったりして? 
 考えるとキリがない。
(ええい、迷ってる場合じゃない!)
「キアラ、行くよ!」
『キアラ、行く!』
 ニコラは走り出した。
 水妖精を引きつれて、金色の髪をなびかせて。叫びたい。でも口を開いたら心臓が飛び出してしまいそう。
 たんっと踏み切り、門を抜ける。
「わ」
 そこは、庭園の入り口だった。ぐるっと回って最初に戻っていたのだ。
(全然気がつかなかったーっ!)
 迷路の中を進むうちに感覚が惑わされていたのだろう。
 目の前に、マスター・エルネストが立っていた。相変わらず眉間に皴を寄せ、不機嫌そうな顔でむっつりしてる。
 ニコラは息を弾ませて上級巫術師を見上げる。もしかして、失格? トラップに引っかかった? 一抹の不安。だがやれるだけの事はやった。今、この瞬間、悔いは無い!
 エルネストが口を開き、重々しい口調で告げた。
「おめでとう、ニコラ・ド・モレッティ」
「え?」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。祝福の言葉と、むっつりした表情にあまりに差がありすぎて。
(もしかして先生、今おめでとうって言った? おめでとうって? じゃ、私、受かったの?)
「君を初級巫術師として認めよう」
「ほんとですかっ?」
 とっさに聞き返してしまう。マスター・エルネストが薄い眉をはね上げる。
「何か不満があるかね?」
「いえっ、ありませんっ! ぜんっぜん、ありませーん!」
「よろしい。後日、日を改めてローブの授与式が行われる。今はこれを受け取りたまえ」
 骨張った手の上に、指輪が一つ乗っていた。平打ちの銀に、背を向け合う二つの三日月。それを囲む真円は満月の、そして同時に新月を表す。終わりのない月の巡りを刻んだ指輪……巫術師の証だ。
「はいっ!」
 ニコラはきちっと背筋を伸ばし、両手で指輪を受け取った。
 アイテムとしては決して高額なものじゃない。店でも普通に売られているありふれた品でしかない。
 だが紛れも無く試練を踏破し、術師の資格を得た印なのだ。それはとりもなおさず、『自分の杖』を作る権利を与えられた印でもある。震える手で自らの左指に嵌める。ひんやりとして冷たい。
 唇の端がむずむず震える。次の瞬間、ニコラは満面の笑みを浮かべて飛び上がった。
「や………やったぁーっ」
『やったーっ!』
 ぴょんぴょんと兎のように飛び跳ねる教え子とその使い魔を見守りながら、厳格なマスター・エルネストはほんの少し目を細め、口元を緩める。
 勤務中は滅多に無い事だが、彼はほほ笑んでいた。いつもしかめられている薄い眉から力を抜いて、確かに笑っていたのだった。
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試される時

2015/04/19 14:21 お姫様の話いーぐる
 初等訓練生ニコラ・ド・モレッティ。
 これから君は持てる知識と、力と、術を全て駆使して、私の待つ最後のエリアまで到達しなければいけない。
 道中に待ち受ける関門は四つ。クリアする方法は自由だ。
 制限時間を一秒過ぎても不合格と見なされる。
 何か質問は?
 ……よろしい、それでは健闘を祈る。

     ※

「ほえー……」
 四の姫ニコラは水色の瞳を真ん丸にして、目の前の光景に見入っていた。
「いつもとちがーう」
 試験会場として連れて来られたのは、学園の敷地内に広がる広大な庭園だった。元からあった森を巧みに取り入れた庭園は、実習の際には力線の豊富な屋外教室として。休み時間には生徒たちの憩いの場所として親しんできた場所だった。
 それが、がらりと様相を変えている。
「夏だからってこんなに伸びるものなんだろうか」
 見渡す限り木々の枝葉ががみっしりからみ合って壁になり、空めがけて高々とそびえている。生きた壁はニコラの背丈より遥かに高く、密に茂った枝葉の向こうに何があるのかまるでわからない。
 広々とした庭園の中を木々を編んだ壁で区切り、あたかも閉じられた建物の中のような空間に仕立て上げている。
「これ、どの先生がやったんだろう」
 首をひねりつつ細い通路を歩いて行くと、行き止まりになっていた。
 何だか咽がつまる。先が見えないから、心細くなる。
 しかし通路のとっつきまで行き着くと、かすかな葉擦れの音とともに目の前で絡み合った木々が解け、入り口が開いた。
「あぁ、良かった」
 閉じこめられずにすんだ。

 中に入ると、そこは円形の広場だった。白い大理石の噴水がちょろちょろと噴き上がり、円形の水盤に澄んだ水が落ちる。その小さな噴水には見覚えがあった。小鳥や使い魔の水飲み場として、時には水浴びにも使われている物だ。
「ここはいつものまんまなんだ」
 ほっと胸を撫で下ろす背後で、ざわざわと何かの蠢く気配がする。振り返ると何てこと。つい今し方、入ってきた入り口の両脇から枝が伸び、葉が茂り、蔦が絡みあい、あっと言う間に塞がってしまった。
「うそーっ!」
 慌てて飛びつくが、もう入り口は影も形も無い。
「閉じこめられたーっ!」
 飛びついた手がちくりとトゲに刺される。
「あっつっ!」
 指先からぽつっと赤い雫がにじむ。顔をしかめて口にくわえた。
 生い茂る枝にはびっしりと鋭いトゲが生えていた。ほんの少し触っただけでこれだけ痛いのだ。よじ登るのは難しい。
 円形の広場はすき間無く木の壁に囲まれている。試験に受かるためには、ここから抜け出し、先に進まなければいけない。
「むーむむむむむむ」
 これが、術師の試験なんだ。
 ただ知識があって、呪文を覚えただけじゃ、術師にはなれないんだ。実際に身に着けた力を使えないと……。先生の目の前で課題をクリアすればいいんだ、なんて何となく思っていた。
 こんな風に、自分の知恵と技で実際に障害をクリアしてゴールにたどり着かなきゃいけないなんて。
 何もできなきゃ、最初のエリアから先に進む事もできないなんて。
(厳しい)
 文字通り、行き詰まってる。
 どうしよう。
 どうすればいい?
(うわぁん、目が回ってきたーっ)
 ぐるぐる渦巻く頭を抱えてうずくまっていると……

 ピー……チチチチ。

 透き通ったさえずりが聞こえる。小鳥の声だ。見ると噴水の水盤の縁に小鳥がとまっている。水に体を浸し、ぱしゃぱしゃと羽根を震わせ、雫を飛ばしてる。
 ニコラが焦って慌てて頭を抱えている間にも、小鳥はいつものようにのんびりと水浴びを楽しんでいる。
 見上げれば、青い空を心地よい風が吹き、明るい陽光が降り注ぐ。
 ここは確かに庭の中なのだ。いつもの庭園なのだ。外なのだ。決して閉ざされた空間なんかじゃない。
「よし、ちょっとだけ落ち着いた!」
 落ち着いて、確かめよう。今、自分にできること。今、自分が持っている物。何がある? 何ができる?
 試験会場に持ち込む事を許されたのは、身に着けた衣服の他は自分の杖と、使い魔を宿したブローチと、そして指輪に込めた圧縮呪文(パックドマギ)だけ。
 絆の耳飾りは外している。会場の外と連絡が取れちゃうんだから当然だ。
 逆に言えば、これだけの装備品があれば、前に進めるはずなのだ。そんな風に作られている。
 ニコラは大きく息を吸って、吐いて、瞳を閉じた。
 目に見えるものだけに頼ってはいけない。自分は魔法使いを目指してる。魔法使いには、魔法使いにだけ感じられるものがある。
(ダインみたいに持って生まれた特別な力がなくっても、私にだって、できることがある!)
 感覚を解き放て。
 自分の髪が伸びて広がる所をイメージする。広場の隅々まで延びて広がる金色の髪の先に、きっと伝わるものがある。感じ取れるものがある。ふわふわとどこまでも、どこまでも………。
「あ」
 ちかっと『髪の先』で光の粒が散った。意識の指でしっかりと捕らえたまま、瞼をあけてその方角を見定める。視界そのものに変化はない。けれどニコラは今やはっきりと、いつもの風景の中に混じる異変を感じ取っていた。
「………」
 物も言わず、まっすぐに歩み寄る。
「ここ!」
 絡み合った木々の中に一ヶ所だけ、元気のない部分があった。葉っぱがしおれてうつむき、それぞれの枝の先には、丸くふくらんだ大きな蕾があった。花びらが色づき、今にも開きそうだ。だが、明らかに弱っている。力が足りない。
「水は……木に力を与える」
 迷わず噴水に駆け寄り、両手のひらで水をすくいとった。
『ちっちゃいさん、流れる水のちっちゃいさん。力を貸して。しおれたお花を咲かせてあげて……』
 きゃわきゃわと手の中で揺れる水の小精霊に呼びかけ、祈りの言葉を口にする。
『乾いた者に水の癒しを。ヒール・ウォーター』
 ほわっと水がきらめきを増す。精霊の力が活性化し、指先に痺れるような細かな振動が伝わって来る。
 ニコラは手のひらの水を、静かに注いだ。しおれかけた花の根本に。
 乾いた土に水が吸い込まれて行く。
 目を開いて見守る。
 根本から徐々に力が行き渡るのがわかった。しなびていた葉がぴんっと張り、茎が伸びる。
 そして花びらが鮮やかに色づき、震え、開いた。大輪の、薄紅色の花。
「きれい……」
 ほころびる花びらの合間から、甘くかぐわしい香りがあふれ出す。その香りに誘われるように絡み合う蔦がほどけ、枝が。葉が動き、形を変える。まるで生き物のように。
 緑の壁の中にぽっかりと、アーチ状の通路が開いた。
「やったぁ!」
 意気揚々と花のアーチをくぐって次のエリアに進む。背後で元通りに壁が閉じて行くのを見ても、もう、さっきみたいに慌てない。
 どうすればよいか、やり方がわかったからだ。見えたからだ。
 扉を開くために必要なものは、必ず広場の中にある。あるものを利用すれば、必ず次のエリアに行ける。
「よし、次行ってみようか!」

     ※

 試験会場は実に上手い具合に作られていた。次のエリアに進む道を開くには、必ず魔法が必要になる。いつ使うか、どんな順番で使うか、正解は一つじゃない。
 エリアを一つ進むごとに、時間は刻一刻と過ぎて行く。けれど一度その法則に気付いてしまえばもう、迷わない。
 それどころか、観察し、考え、魔法を使う事を楽しむ余裕さえ出てきた。
 一つ、二つ、三つと切り抜けてとうとう四つ目のエリアに入る。
 試験官の待つエリアに到達するため、通過するべき関門は全部で四つ。ここを突破すれば合格だ。
「あれっ?」
 意気込んで入ったものの、そこは今まで通り抜けてきたエリアとは明らかに違っていた。まず、空が見えない。木々の枝葉や蔦、そして葉っぱがみっしり絡み合い、緑色のドームを編み上げている。まるで、目の詰った巨大な篭だ。中に踏み込むと、自分がカゴに閉じこめられた小鳥になったような錯覚に捕らわれる。
 その密閉された空間の中に、赤い光球が浮いている。実体はない。いくつもいくつも、小さな赤い光がまるでホタルのように群を成し、ふわりふわりと漂っている。
「何、これ」
 警戒しながらもゆっくりと一歩、前に出てみる。すると何とした事か。赤い光球が一斉に、ニコラめがけて押し寄せて来るではないか!
「やだ!」
 身の危険を感じ、とっさに足を止めると、光球群の動きも止まった。それ以上は近づいて来ない。しかし、そろりと片足を踏み出そうとすると、また近づく。試しに一歩下がると光球も後退する。右に行けば右に。左に行けば左に動く。
 完全に、ニコラの動きを追跡していた。
「むー」
『きゃわ……きゃわわ……』
 かすかに聞き慣れた声が聞こえてくる。
「あ。もしかして」
 改めて意識を集中すると、予想通り火の力を感じた。
 さらに赤い光の中に二頭身のちっぽけな小人めいたシルエットが浮かんでいるのに気付く。元からそれはそこにあった。ニコラが意識の焦点を合わせたことで知覚できるようになったのだ。
「ちっちゃいさんだ!」
 然り。赤い光球の正体は火の小精霊、フレイミーズであった。瞬時にニコラは思い出す。赤いローブを着ていた試験官の姿を。
「そーだ、マスター・エルネストの属性は火だった!」
 つまりこのエリアの仕掛けを作ったのは、火霊使いのマスター・エルネスト本人だと言うことだ。この緑のドーム全てが彼の思考に基づいて組み上げられているってことなのだ。
(やだーもう。あの先生、苦手なのに!)
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あきらめない理由

2015/04/19 14:20 お姫様の話いーぐる
「もう大丈夫だね」
「はい。ありがとうございます、先輩」
 この時点で始めてニコラは気付いた。
「あの、先輩は何故、ここに?」
「僕も今日、試験を受けるから」
「そっかぁ……だから落ち着いてるんですね」
「ううん、緊張してるよ? だって初めてだし」
「………えっ?」
 二人は手を握り合ったまま、固まった。
「だって先輩、二年めで、術師試験は年に二回あって……え? え? え? え?」
「そうだよ、夏に一回、冬に一回」
 エルダは肩をすくめて目を伏せ、小さくため息をついた。心なしか声が沈んでいる。
「一年めの夏に落ちても、冬にもう一度チャンスはある。そのはずなんだけど……」
 魔法学院に入学して二年めのエルダには、少なくともこれまでに二回、受験のチャンスがあったはずなのだが。
「先輩、何の試験受けるんですか?」
「召喚術」
「……途中で志望を変えたとか?」
「ううん。最初から召喚師希望だよ。入学してからずっとね。でも何度挑戦しても、最初の使い魔が呼べなくって」
「あ……」
 ニコラは何となく気まずくなって、胸元の琥珀のブローチに視線を落とした。
 そうだった。エルダはナデュー先生の授業を受けるのは二年目なのだ。 

 基礎課程での使い魔召喚は、召喚師になるための最初の関門だ。向き不向きを知るための試金石でもある。
 それに失敗するって事はつまり、召喚術の適性が無いと言う事。スタートラインに立てないと言う事なのだ。
 ほとんどの訓練生は、最初の召喚が成功しなければ召喚師への道に見切りをつける。
 実習用の召喚円とは比べ物にならないくらいに試験用の円は大きく複雑で、強い魔力が必要となる。実習授業の召喚にすら失敗してしまった者にとっては、とんでもなくハードルが高いのだ。
「そろそろ他の術……巫術なり魔導術へ転科するか、あるいは学者を目指す事を勧められてるんだ。だけど、どうしてもあきらめられなくって、ナデュー先生にお願いしちゃった。一度でいいから試験を受けさせてくださいって」
 目に浮かぶようだ。『じゃあ受ければ?』って、軽い口調でOK出したんだろうな、あの先生。手続きとるの、すごくめんどくさいはずなのにおクビにも出さずに。
「一度もチャレンジしないで終わりたくない。受かっても落ちても、これが僕にとって前に進む最初の一歩なんだ!」
 気弱なようで芯が強く、後ろ向きなようでいて実はポジティブ。普段は控えめで目立たない先輩の、思いも寄らぬ強い気概に触れて、四の姫の闘志が再び燃え上がる。
 とんっと足を肩幅に踏ん張り、ニコラは拳を握った。
「よぉし、私もがんばる! まだ一年めだし!」
「そうそう、その調子! 僕なんか二年めだからね!」
 言ってから自分の言葉がずっしりとのしかかってきたのか、エルダは力なく肩を落としてうなだれる。今度はニコラが彼の手を握る番だった。
「先輩は、どうして召喚師になりたいんですか? やっぱり、ナデュー先生に憧れて?」
「うん、それもある」
 自分の希望と真剣に向き合う事は、確実に前に進む力になる。さっき、ニコラ自身を勇気づけてくれたのと同じように今、エルダの声に力が戻ろうとしている。
「五年ぐらい前だったかな。僕がまだ故郷の村に居た頃……あ、ソーエンハウンって言う、湖のほとりのちっちゃい村なんだけどね?」
「あ、聞いた事がある! 三日月型の湖なんですよね」
「そうそう、山間の小さな村で、ほとんど人の出入りもない静かな所なんだ。たまに、旅芸人が来たりするともう、村中、大賑わいで……宿の酒場や村の広場に集まるんだ。ほとんどお祭りだよ」
 エルダは首に指を回し、そこにかけていた革ひもをひっぱった。胸元から小さな袋が現われる。
(あれ?)
 初めて見たはずなのに、ニコラは何故だかそれが、とても身近で親しみのあるものに感じられた。
「ある日やってきた旅の楽師さんがね。可愛い猫を連れていたんだ。黒と褐色まだらの小さな子猫で、背中には翼が生えていた」
「っ!」
 思わず息を呑む。
(もしかして、それって?)
「それだけじゃないんだ。その子猫はね、歌ったんだ! 楽師さんと声を合わせて、きれいな声で。小鳥のさえずりと子猫の鳴き声が合わさったような、そりゃあ可愛い声だった」
「ぴゃあぴゃあって?」
「そう、ぴゃあって!」
 ニコラの中で、おぼろげな予測が形をとりつつあった。
「何て不思議で、魅力的な生き物だろうって思った……おばあちゃんが、きっと異界からやってきた生き物だろうって言ってた。おばあちゃんは若い頃、バンスベールに住んでいたんだ」
「ああ!」
 バンスベールの町には、異界との境界線が走っている。だからアインヘルダールよりもっと、沢山の召喚師が住んでいる。もちろん、使い魔も。町の人たちにとっても、それだけ身近な存在なのだ。
 専門の召喚術師を目指す者は初級試験に合格した後、バンスベールの分院に移る。
「僕も、あんな風に異界の生き物と友達になりたい。通じ合いたいって思ったんだ」
 エルダは小袋の口をゆるめ、中に収められていた物を指先でつまんで大事そうにとり出した。
「これ、ね、公演が終わった後、広場の片隅で見つけた。僕のお守りだよ」
 黒と褐色入り混じる、一枚の小さな羽根。
(ちびちゃんの羽根だーーーーーー!)
 この瞬間、ニコラの予測が確信に変わった。

「それに。マスター・エルネストは君が思ってるほどおっかない人じゃないよ? ああ見えても美人の奥さんと可愛い四人の子供がいるんだ」
「美人の奥さんっ? 四人の子供!?」
「うん。愛妻家で、子煩悩なお父さんなんだよ」
「そ、想像できない……」
 ちょうどその時、扉が開き、赤いローブをまとった教師が入って来た。ほお骨が浮いて見えるほど痩せていて、琥珀色の瞳はやぶにらみ。眉間には深い皴が刻まれている。話題の主、マスター・エルネストだ。
 上級巫術師はじろりと(少なくともニコラにはそう見えた)二人の生徒を睨め付け、淡々とした声で告げる。
「ニコラ・ド・モレッティ、エルディニア・クレスレイク。君たちの番だ。試験会場へ移動しなさい」
「はいぃっ」
「はいっ!」
 弾かれたように二人は立ち上がり、見つめ合った。

 赤いローブの教師の後をついて、長い長い廊下を歩く。階段の所で二人はわかれた。巫術師の試験を受けるニコラは下に、召喚師の試験を受けるエルドは上に。ここから先は会場が別なのだ。
「じゃあ、先輩、がんばって!」
「ありがとう。ニコラさんの健闘を祈ってる」
 ニコラはぐっと拳を握り、親指を立てて笑いかけた。何もかも吹っ切れた、迷いのない笑顔で。
「後で師匠のお店で祝杯上げようねっ」
「うん、楽しみにしてる!」
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