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とりねこの小枝

師匠ばっかりずるいじゃない!

2015/04/23 0:52 お姫様の話いーぐる
 それから暫くした、ある日の事……

「師匠、ずるーい!」
『ずるーい!』

 四の姫ことニコラ・ド・モレッティはお冠だった。
 ぷうっと頬をふくらませ、じとーっと青い目でカウンターの向こうに座る男をにらみつける。
 肩の上には、ふわふわ巻き毛に金魚のひれのような翼をはためかせた小さな女の子……つい先日、召喚したばかりの使い魔、水の妖精(ニクシー)のキアラだ。
 ちょこんと座って腕組みし、まったく同じ表情で睨んでいる。

「は? 何のこった?」

 薬草店の店主、フロウことフロウライト・ジェムルは蜂蜜色の目をぱちくり。ちょぼちょぼと無精ヒゲの生えた顎をくしくしと、人さし指でかいて首をかしげる。
 四十路に突入した中年のおっさんだと言うのに、妙に愛らしいと言うか、可愛げのある仕草なのだが、当人まったく自覚がない。

「昨日、『鍋と鎚亭』に行ったんでしょ? ダインと、エミルと、シャルも一緒だったって言うじゃない!」
「あ」

 どうやら思い当たる節があったらしい。

「私だけ仲間はずれとかずるいっ! 前はお留守番だったけど、次は連れてってくれるって言ってたのに!」
「いや、あれは、夜のことだったしな?」

 じんわりと冷汗をにじませながら言い繕う。

「それによ、別に一緒に行ったって訳じゃないんだ。たまたまナデューとエミルと飲みに行ったら、そこで騎士団の連中も宴会しててさ。偶然! そう、偶然会ったんだよ」

「むー……だったらしょうがないか」
「そーそー。ほら、ジャムタルト食うか?」

 黒っぽい紫のジャムを乗せた、手のひらに乗るほどの小さなタルトを皿に盛りつけカウンターに乗せる。

「……いただきます」

 さくっと一口かじった所に、すかさずアップルティーを勧めた。

「あ、おいしーい。このタルトも師匠が作ったの?」
「あー? うん、台はビスケットと同じだし、もらいもんのジャム乗っけただけだけどな」
「おいしー。ジャムが染みて、生地がとろっとしてるとこがおいしー」
『おいしー』

 どうやら、甘いお菓子とお茶でご機嫌が直ってきたらしい。

(ふぃー、危ない、危ない)

 秘かにフロウは胸をなで下ろした。
 昨夜の『鍋と鎚亭』の飲み会は、とてもじゃないが若い女の子に見せられるような代物じゃなかったのだ。
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