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とりねこの小枝

ちびの一日2

2013/04/18 3:58 お姫様の話いーぐる
 ぱたぱたと翼をはためかせてちびが行く。ぱたぱた飛んで、やって来たのは魔法学院だ。
 ここはとっても居心地が良い。仲間の使い魔もいっぱいいるし、至る所に潜り込むのに最適なすき間がある。
 さすがに出歩いている『とりねこ』はちび一匹だけだけど、たくさんの猫と、同じくらいたくさんの鳥がいるから、寂しくはない。
 何より、ここにはニコラがいる。エミルとナデュー先生もいる。

 鼻をひこひこ蠢かせ、あちこちで他のお仲間たちに聞きながら三人を探す。
 薬草畑の真ん中の、作業小屋に居た。

「ぴゃああ」

 のぞいてみたら、あら素敵。何とお菓子作りの真っ最中!
 ただ今、初等訓練生たちはエミルの指導で薬草調理学実習中。本日の課題はサマープディングだ。
 学院の畑で詰んだブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリーにクランベリー。新鮮なベリーを潰して砂糖で煮込んでジュースを作り、香りづけにミントを加えて、パンを敷き詰めた型に流す。
 涼しい場所に置いて一晩寝かせたのを今日、これから試食するのである。

「ほーら見事に固まってるだろう?」

 型を外して、大皿の上にそっと取り出されたプディングは、そろって美しい赤紫色。
 ぷるぷると震え、ナイフで切り分けても型くずれしない。

「すごい、ゼラチン入れてないのに!」
「これは、ベリーの汁に含まれるペクチンのおかげなんだよ。ジャムが固まる原理と同じだね」
「なるほどー」

 生徒たちは真剣にエミルの説明に聞き入り、うなずく。あくまで授業の一環、勉強なのだ。

 甘酸っぱいいいにおい。たまらずちびはひょこっと窓から顔をつっこんだ。

「にーこーら!」
「あ、ちびちゃん!」

 金髪に青い瞳の少女がほほ笑む。にゅるっと中に入って顔をすり寄せる。白い柔らかい手が撫でてくれるのがうれしくて、ごろごろと咽を鳴らした。

「サマープディング食べる?」

 ふりふりのエプロンを着けたナデュー先生が、お皿に乗せたプディングを持ってやって来た。
 食べない訳がない! 赤い口をかぱっと開いて答える。

「ぴゃあ」
「そーかそーか、たんとおあがり」

 むっしゃむっしゃとほお張った。赤紫のプディングは、ひんやりして、甘くて、すっぱかった。

「ぴぃうぅるるるる、ぴぃうぅるるる」
「ん、美味しい? よかったね。ホイップクリームもあるよ」
「んっぴゃあ!」

 褐色の口の周りについた白いクリーム、赤紫のプディングの欠片。丁寧に舐めとって、ひとしきりニコラたちと遊んだらまたお出かけ。

「もう帰るの?」
「とーちゃん!」
「そう、砦に行くの。気をつけてね!」
「ぴゃああ」

 ばさっと飛び立つちびを見送りながら、エミルが首をかしげた。

「あれ、でも今日は確かダイン先輩とシャルは……」

      ※

 ぱたぱたと羽ばたいて、騎士団の砦にやって来た。質実剛健を絵に描いたような、実用一点張りの石造りの建物。高い高い見張りの塔があって、町の城壁にぴったりくっついて建っている。
 塔のてっぺんで手すりに乗っかり、一休み。それから中庭の馬小屋に舞い降りた。いつも黒の居る馬房をひょこっとのぞき込む。

「………」

 いない。せっかく挨拶しようと思ったのに。

「お、ちびじゃないか」

 ハインツがいた!

「ぴゃーあぴゃーあ」

 くたーんとなりかけた尻尾が、ぴっと立つ。ブーツを履いた足の間を、8の字を描いてすり抜ける。

「よしよし、クラッカー食うか」
「ぴゃあ!」

 堅く焼いて塩で味付けした四角いクラッカー。小さく割ってくれたのをカリカリとかじる。

「ダインに会いに来たのか? でも今はあいつ、シャルと一緒に町の外を巡回してるんだ」
「ぴぃ……」

 とーちゃんもいない。シャルもいない。黒もいない。せっかく会いに来たのにみんないない。
 尻尾がくたーんっと垂れ下がる。

「夕方には戻ってくるよ」
「ぴゃ!」

 ちょっとがっかり。でもせっかくだから遊んで行こうっと。
 砦の中をするりするりと歩き回る。この建物の中にも、もぐりこむすき間はいっぱいある。きっちり扉が閉まっていても、ちびはどこにでも入り込む。影のようにするりと身軽に尻尾を捻って。
 そうして潜り込んだ天井裏で、丸々太った大きなネズミを発見した。

「ぴゃ!」

 白い牙を閃かせ、目にも留まらぬ早さで飛びかかる。ヂュっとネズミが悲鳴をあげる暇もあらばこそ、爪が走り、鋭い牙がめり込んだ。

 大漁!

 ぶらんっと首筋をくわえてぶら下げる。ちびは優秀な狩人なのだ。

 ねずみ捕った。とーちゃんが居れば見せるんだけど、今はシャルといっしょにおでかけだから……

 天井裏から降りて、とことこと廊下を歩く。階段を上がり、よーく知ってるにおいのする部屋へとたどり着く。

「ろぶたいちょー」

 ドアの外から名前を呼ばれ、ロベルトは書類から顔をあげた。

「開いてるぞ。入って来い!」
「たーいーちょー」

 一体誰だ。荷物で両手が塞がってるのか? 舌打ちして椅子から立ち上がり、扉を開けるとそこに居たのは。

「ぴゃ!」
「鳥、か」

 黒と褐色斑の猫のような、鳥のような生き物。もっともロベルトとしては、むしろ猫より鳥だろうと思っている。空を飛ぶし、オウムのように簡単な言葉を喋るからだ。

「ろぶたいちょー」

 ダインの使い魔が、後脚をたたんできちっと廊下に座っていた。その足下には、巨大なネズミが伸びている。ピクリとも動かない所を見ると、既に息絶えているようだ。
 赤い口をかぱっと開けて、とりねこが得意げに鳴いた。

「んぴゃー」
「おお、大物だな。えらいぞ」

 戦果は正当に評価する。兎のロベルトは常に律義で公平な男なのだ。

「ぴゃああ」

 たいちょーに見せた。ほめてもらった。撫でてくれた。だからもう、食べていい。
 そう判断したちびは、その場でかぱっと口を開いておもむろに……がつがつ、ぼりっぼりっ、むっしゃむっしゃ。
 また間の悪い事にちょうどその瞬間を、書類を抱えてやって来たハインツが目撃してしまった。

「うわああああ」
「うむ、食欲があるのは良いことだ」
「食ってます、食ってますよ!」
「肉食なんだから当然だろう」
「そりゃそーですけどーっ!」

 骨の一本、毛の一筋も残さずぺろりと食べ終わって、ちびはごきげん。ひゅうんっと尻尾を振って隊長とハインツにご挨拶。窓から飛び出し、馬小屋へと飛んで行く。
 干し草の中は、昼寝をするのに最高の場所なのだ。

 一方でハインツは、引きつった顔で廊下の一角を指さした。くすんだ灰色の石壁が、まるでそこだけ花が咲いたように赤く染まっている。

「隊長……血が………」
「飼い主の責任だ。ディーンドルフに掃除させろ」
「あいつが帰ってくるまでに乾いちまいますよ?」
「む」

 隊長はぽんっとハインツの肩を叩いた。

「任せた」
「ああ、やっぱり……」

 深くため息をつくとハインツは、ちびの食事の後片づけをするのだった。

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