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とりねこの小枝

その頃お姫様達は……

2013/11/25 23:51 お姫様の話いーぐる
 応援の到着より一足早く、二の姫とニコラはフロウとともに馬泥棒の隠れ家から立ち去っていた。
 ダインがちびを放つのを見届けてから、先に店に戻ったのだ。
 聞き慣れたドアベルの奏を聞いた瞬間、気が抜けたのか安心したのか、ぐーっと派手にニコラのお腹が鳴った。

「お腹すいた……すっごく。何で? さっきあんなにマフィン食べたばかりなのに!」
「ずーっとキアラを実体化させてただろ。あそこは俺の店ほど、力線も境界線も太くないからな。何か作るか」
「うん!」

 フロウの後を着いて、ニコラは当然のように台所に入って行く。二の姫はさすがに少し遠慮しながら、小声で「失礼します」と挨拶して入ってきた。
 フロウは食料庫を開けて、材料を物色した。ニコラのお腹はさっきからぐぅぐぅ鳴りっぱなしだ。ここは手間をかけずさくっと作れる物にしよう。
 
「汁麺でいいか?」
「うん、大好き!」

 具だくさんのスープに、茹でた乾麺を入れる『汁麺(soup noodle)』は手っ取り早く作れるし体もあったまる。主食とおかずを一編に食べられるし、何より麺は保存が利く。身分を問わず西の辺境で長く愛されている定番料理なのだ。
 スープに何を入れるか。どんな味付けにするかは、おのおのの『家庭の味』。
 小麦を練って作った乾麺は、小分けに玉にしたものを食料品店でまとめて売っている。スープ主体であっさり食べたい時は一玉、しっかり食べたい時は二玉がおよその目安。
 大食漢の成人男性ともなれば、三玉から四玉茹でてぺろっと完食してしまうこともざらだ。

 さて今回、四の姫の腹具合は?


 ※


 まず、中ぐらいの鍋にスープ三人分の水を、さらに大鍋に水をいっぱいいれて火にかける。

「ニコラ、水」
「はい。キアラお願い」
『お水どうぞー』

 たぱたぱと鍋に注がれる水を見て、二の姫は感心した。

「便利だな」
「近くの水源から、転送してるだけなんだけどね。ほら」

 ニコラは窓の外を指さす。

「ああ、そこの井戸か」
「そそ」

 それはもしかして横着ではないのか? 騎士ならではの実直な考えが頭をもたげたが。
 誇らしげに胸を張るニコラのお腹が、またぐーっと鳴った。

「ううう、お腹空いた……」

 なるほど、ちゃんと代償は払っているのだ。これはこれでれっきとした労働と言える。
 その間にフロウは手際よく具材を刻む。細かく切った干し魚とベーコンを入れて出汁をとる。さらにソーセージとキャベツと人参、タマネギを加え、味付けは塩でさっぱりと。

 大鍋の湯がしゅんしゅんと沸いたのを見計らって、乾麺を取り出す。

「何玉入れる?」
「一玉」
「足りるか?」
「……二玉いただきます!」
「私は一玉で」
「了解」

 合計四玉、大鍋に放り込み、ほぐれるのを待って混ぜる。
 スープがくつくつ煮えた頃合いには、麺もいい感じにゆで上がっていた。

「よっと!」

 景気良くザルに上げ、もうもうと立ち昇る湯気を浴びながらお湯を切る。その間にニコラは陶器の大椀にスープをよそっていた。

「一玉、一玉、二玉、と」

 熱々のスープに茹で立ての麺を加え、テーブルに運び、冷えた薬草茶を添えて、いただきます。
 ちゅるちゅるっと麺をすすり、ニコラは幸せそうにため息をついた。

「美味しー」

 丁度その時、開け放った台所の窓から、黒と褐色斑の生き物が飛び込んで来た。

「んっぴゃー」
「お、戻ったかちび助」
「ぴゃああぴゃああああ」
「よしよし、お使いご苦労さん。そら、ご褒美だ」

 フロウは自分の分の麺とスープを小皿に取り分け、ことりとテーブルの下に置く。

「んぴゃあるるる、ぴゃぐるるるるる」
「何か言ってるな」
「喜んでるのよ、美味しいから」
「では私からも」
「ぴゃっ! ねー!」

 二の姫からソーセージをもらってちびはご機嫌。
 一方でよほど消耗が激しかったのか、ニコラはあっさりと二玉分の麺を完食してしまった。

「ごちそうさま……」

 言い終わらぬうちに、またお腹がぐーっ鳴る。ばっとニコラは両手で顔を覆った。

「やーん、ショック!」
「ははっ、大活躍だったものなあ」
「もう一玉茹でてきていいですかっ」
「どうぞどうぞ」

 ニコラは台所にすっ飛んで行き、自分で替え玉を茹で始めた。その後ろ姿を見送りつつ、二の姫がそっと目元を拭った。

「あのニコラが……ぴーぴー泣いては、食べたものを吐いて私たちをハラハラさせていたあの子が」
「おいおい、そりゃいつの話だい」
「生まれて間も無い頃、ですね。あの子が生まれた時は何かと両親も忙しくて。ほとんど私たちが世話していたようなものなのです」
「なるほどね」

 確かに一時期、西の辺境の治安が乱れていた事があった。14年ばかり前の事だ。

「もちろん、長年仕えてくれた乳母も居ましたが何分、四人目ともなるとけっこういい年になっていて。ニコラは私たちより年が離れていましたから、余計に」
「ああ、それじゃあ姉さま方も手伝いたくなるよな」
「はい。特に三番目のセアラが大喜びで……やっと自分にも妹ができたって、そりゃあもう」

 目に浮かぶようだ。張り切ってちっちゃな妹の世話をする『おねえちゃん』。姉たちが自分の世話をしてくれた結果、自然と望むようになったのだろう。自分も同じ事をしたい、と。
(何とも実直な躾けを受けたんだなあ、ド・モレッティ家の姫様たちは)
 食後のお茶をたしなみつつ、フロウはゆるりとレイラに笑いかけた。

「なあ、二の姫君」
「はい、何でしょう?」
「同じ魔法使いとしちゃちょっと癪だが、あんたの妹さんはホント大した才能だよ。ちょっと魔術の基礎を教えたら、そこから勝手に巫術を身につけちまうんだから」
「そうなのですかっ! 私のニコラが……」

 二の姫はぽおっと頬を赤らめた。つつましさを保ちつつ、我が事のように喜でいるのが伝わって来る。
 ……と言うか顔が緩んでいる。

「あぁ、俺が保証する。このまま魔法を学べば、ニコラは恐らくこの街で指折りの巫術師になれるね。……もちろん、才能に胡坐を掻かなけりゃ……だが、そんな妹さんじゃねぇだろう?」
「はいっ、あの子は魔法を習い始めてからほんとうに生き生きして……久しぶりに会って実感しました。会えないのはさみしいけれど、これでよかったのだと」
「おや、そうなのかい? 最初からかなり生き生きしたお嬢さんだと思ってたが……」

 レイラはそっと手にしたカップに視線を落とす。しばらく揺らめく薄い黄緑のお茶の揺れを目で追っていたが、やがてひっそりと、静かな声で告げた。

「私たちと一緒にいると、時々うつむいてため息をついていました。それが、辛かった」
「……おやまぁ」

 フロウは目をぱちくり。正直、意外だったのだ。

「今日、あの子は私と会って一度もうつむいてない。ため息もつかない」
「俺が最初に会った時は、結構な剣幕だったぜ? ……『私の騎士はどこ!?』ってな」

 ぴし、と二の姫の笑顔が凍りつく。次の瞬間。血相を変えていた。

「それは誰の事なのですかあああっ」
「ダインだろ? 馬上試合でニコラのハンカチを着けて出たらしいし」

 その瞬間。レイラの脳裏に鮮やかに、馬上槍試合の記憶が蘇る。あの時、自分は落馬の衝撃から立ち直れず、先に立ったディーンドルフに敗北した。
 もうろうとした意識の中、ニコラの声を聞いたような気がしたが、てっきり自分への声援だと思っていた。
 だが、どうやら違っていたらしい。

「……そうか……そのようなことがあったのか…………ふっふっふ。ふっふっふっふっふ」

 何やら凄みのある含み笑いをする二の姫を見守りつつ、フロウは訳が分からず首を傾げる。
 自分が致命的なトラップのスイッチを入れた事など露知らず。ターゲットはもちろん……。

   ※

 砦に引き上げる道すがら、ダインはぞわっと背筋が寒くなった。
(何だろう、とてつもなく恐ろしい気配がする)
 使い魔ちびの感覚を通じて、二の姫の殺気、いやさ闘気を感じ取ったのだが……いかんせんこの男、使い魔との感覚共有を今一つ使いこなせておらず、その正体までは見抜けないのだった。

   ※

「ぷっはぁ……ごちそうさま!」
「ほい、おそまつさん」

 汁麺を三玉分ぺろりと完食し、ニコラの腹の虫はようやく収まった。
 後片づけを終えてから、さりげなくフロウは声をかけた。

「なあ、ニコラ」
「はい?」
「水色のリボン、ちょっと見せてみな?」

 ニコラは鞄の中から大事そうにリボンを取り出した。
 水色の布地に、さらに明るい水色で丁寧な刺繍を施されたリボン。ただ布を細長く切っただけではない。表裏二枚仕立てで、丁寧に縁を縫ってある。明らかに手作りだ。
 だが繊細な布地はナイフの一撃を受けて、ものの見事に真っ二つに切り裂かれている。

「ふむ、この程度なら……」

 フロウは左手の腕輪に意識を集中する。連ねたウッドビーズの一つが、ぽうっと淡い光を放つ。ちびも金色の瞳を輝かせ、ばさぁっと翼を広げた。

『失われた形を元の如く 編め、紡げ、そして繋がれ 分かたれた欠片を今、一つに……repair!』
『ぴゃああ、今、一つに!』

 ほわっと腕輪の光が投射され、リボンを包む。と、瞬く間に左右から糸が伸び、編まれ、再び一つに繋がった。

「よし、こんな所だな」
「わあっ、すっごい、元通り!」

 ニコラは震える手でリボンをささげ持ち、光にかざした。

「継ぎ目も残ってない!」

 本当は、魔力の走った痕跡が微弱に線として残っているのだが……見えるとしたら、ダインぐらいなものだろう。

「師匠、ありがとう!」
「うぉっとぉっ?」
「嬉しい、すっごい嬉しいぃいい!」
『うれしいぃいい』

 ニコラはフロウにしがみつき、派手な音を立てて頬に接吻した。
 その頭上では、キアラがくるくると円を描いて飛び回る。宿主の感情に同調しているのだ。

「大好き!」
「ったく、大げさだねぇニコラは……どうせお前さんもすぐに使えるようになるだろうに」

 しがみつかれて師匠は目を白黒。苦笑いしながら頭を撫でる。

「今直してくれたことが、嬉しいの。ありがとう……」

 ちらっとフロウは二の姫を見やる。レイラお姉さまは顔を真っ赤にして涙目でこっちを睨んでおられる。悔しそうに唇をきゅーっと噛み、握りしめた拳がぷるぷる震えていた。

「へいへい。そら、早く離れねぇと、二の姫様がご立腹だぜ?」
「あ」

 しゅるっと腕をほどいて師匠を解放すると、ニコラはほてほてと姉に歩み寄り。

「もちろん姉さまも大好きよ」

 しがみついて、頬にキスをした。
 二の姫は言葉も無く、むぎゅーっと妹を抱きしめて、キスを返すのだった。
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