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とりねこの小枝

【32-4】試される時

2014/01/24 0:45 騎士と魔法使いの話十海
 初等訓練生ニコラ・ド・モレッティ。
 これから君は持てる知識と、力と、術を全て駆使して、私の待つ最後のエリアまで到達しなければいけない。
 道中に待ち受ける関門は四つ。クリアする方法は自由だ。
 制限時間を一秒過ぎても不合格と見なされる。
 何か質問は?
 ……よろしい、それでは健闘を祈る。

     ※

「ほえー……」
 四の姫ニコラは水色の瞳を真ん丸にして、目の前の光景に見入っていた。
「いつもとちがーう」
 試験会場として連れて来られたのは、学園の敷地内に広がる広大な庭園だった。元からあった森を巧みに取り入れた庭園は、実習の際には力線の豊富な屋外教室として。休み時間には生徒たちの憩いの場所として親しんできた場所だった。
 それが、がらりと様相を変えている。
「夏だからってこんなに伸びるものなんだろうか」
 見渡す限り木々の枝葉ががみっしりからみ合って壁になり、空めがけて高々とそびえている。生きた壁はニコラの背丈より遥かに高く、密に茂った枝葉の向こうに何があるのかまるでわからない。
 広々とした庭園の中を木々を編んだ壁で区切り、あたかも閉じられた建物の中のような空間に仕立て上げている。
「これ、どの先生がやったんだろう」
 首をひねりつつ細い通路を歩いて行くと、行き止まりになっていた。
 何だか咽がつまる。先が見えないから、心細くなる。
 しかし通路のとっつきまで行き着くと、かすかな葉擦れの音とともに目の前で絡み合った木々が解け、入り口が開いた。
「あぁ、良かった」
 閉じこめられずにすんだ。

 中に入ると、そこは円形の広場だった。白い大理石の噴水がちょろちょろと噴き上がり、円形の水盤に澄んだ水が落ちる。その小さな噴水には見覚えがあった。小鳥や使い魔の水飲み場として、時には水浴びにも使われている物だ。
「ここはいつものまんまなんだ」
 ほっと胸を撫で下ろす背後で、ざわざわと何かの蠢く気配がする。振り返ると何てこと。つい今し方、入ってきた入り口の両脇から枝が伸び、葉が茂り、蔦が絡みあい、あっと言う間に塞がってしまった。
「うそーっ!」
 慌てて飛びつくが、もう入り口は影も形も無い。
「閉じこめられたーっ!」
 飛びついた手がちくりとトゲに刺される。
「あっつっ!」
 指先からぽつっと赤い雫がにじむ。顔をしかめて口にくわえた。
 生い茂る枝にはびっしりと鋭いトゲが生えていた。ほんの少し触っただけでこれだけ痛いのだ。よじ登るのは難しい。
 円形の広場はすき間無く木の壁に囲まれている。試験に受かるためには、ここから抜け出し、先に進まなければいけない。
「むーむむむむむむ」
 これが、術師の試験なんだ。
 ただ知識があって、呪文を覚えただけじゃ、術師にはなれないんだ。実際に身に着けた力を使えないと……。先生の目の前で課題をクリアすればいいんだ、なんて何となく思っていた。
 こんな風に、自分の知恵と技で実際に障害をクリアしてゴールにたどり着かなきゃいけないなんて。
 何もできなきゃ、最初のエリアから先に進む事もできないなんて。
(厳しい)
 文字通り、行き詰まってる。
 どうしよう。
 どうすればいい?
(うわぁん、目が回ってきたーっ)
 ぐるぐる渦巻く頭を抱えてうずくまっていると……

 ピー……チチチチ。

 透き通ったさえずりが聞こえる。小鳥の声だ。見ると噴水の水盤の縁に小鳥がとまっている。水に体を浸し、ぱしゃぱしゃと羽根を震わせ、雫を飛ばしてる。
 ニコラが焦って慌てて頭を抱えている間にも、小鳥はいつものようにのんびりと水浴びを楽しんでいる。
 見上げれば、青い空を心地よい風が吹き、明るい陽光が降り注ぐ。
 ここは確かに庭の中なのだ。いつもの庭園なのだ。外なのだ。決して閉ざされた空間なんかじゃない。
「よし、ちょっとだけ落ち着いた!」
 落ち着いて、確かめよう。今、自分にできること。今、自分が持っている物。何がある? 何ができる?
 試験会場に持ち込む事を許されたのは、身に着けた衣服の他は自分の杖と、使い魔を宿したブローチと、そして指輪に込めた圧縮呪文(パックドマギ)だけ。
 絆の耳飾りは外している。会場の外と連絡が取れちゃうんだから当然だ。
 逆に言えば、これだけの装備品があれば、前に進めるはずなのだ。そんな風に作られている。
 ニコラは大きく息を吸って、吐いて、瞳を閉じた。
 目に見えるものだけに頼ってはいけない。自分は魔法使いを目指してる。魔法使いには、魔法使いにだけ感じられるものがある。
(ダインみたいに持って生まれた特別な力がなくっても、私にだって、できることがある!)
 感覚を解き放て。
 自分の髪が伸びて広がる所をイメージする。広場の隅々まで延びて広がる金色の髪の先に、きっと伝わるものがある。感じ取れるものがある。ふわふわとどこまでも、どこまでも………。
「あ」
 ちかっと『髪の先』で光の粒が散った。意識の指でしっかりと捕らえたまま、瞼をあけてその方角を見定める。視界そのものに変化はない。けれどニコラは今やはっきりと、いつもの風景の中に混じる異変を感じ取っていた。
「………」
 物も言わず、まっすぐに歩み寄る。
「ここ!」
 絡み合った木々の中に一ヶ所だけ、元気のない部分があった。葉っぱがしおれてうつむき、それぞれの枝の先には、丸くふくらんだ大きな蕾があった。花びらが色づき、今にも開きそうだ。だが、明らかに弱っている。力が足りない。
「水は……木に力を与える」
 迷わず噴水に駆け寄り、両手のひらで水をすくいとった。
『ちっちゃいさん、流れる水のちっちゃいさん。力を貸して。しおれたお花を咲かせてあげて……』
 きゃわきゃわと手の中で揺れる水の小精霊に呼びかけ、祈りの言葉を口にする。
『乾いた者に水の癒しを。ヒール・ウォーター』
 ほわっと水がきらめきを増す。精霊の力が活性化し、指先に痺れるような細かな振動が伝わって来る。
 ニコラは手のひらの水を、静かに注いだ。しおれかけた花の根本に。
 乾いた土に水が吸い込まれて行く。
 目を開いて見守る。
 根本から徐々に力が行き渡るのがわかった。しなびていた葉がぴんっと張り、茎が伸びる。
 そして花びらが鮮やかに色づき、震え、開いた。大輪の、薄紅色の花。
「きれい……」
 ほころびる花びらの合間から、甘くかぐわしい香りがあふれ出す。その香りに誘われるように絡み合う蔦がほどけ、枝が。葉が動き、形を変える。まるで生き物のように。
 緑の壁の中にぽっかりと、アーチ状の通路が開いた。
「やったぁ!」
 意気揚々と花のアーチをくぐって次のエリアに進む。背後で元通りに壁が閉じて行くのを見ても、もう、さっきみたいに慌てない。
 どうすればよいか、やり方がわかったからだ。見えたからだ。
 扉を開くために必要なものは、必ず広場の中にある。あるものを利用すれば、必ず次のエリアに行ける。
「よし、次行ってみようか!」

     ※

 試験会場は実に上手い具合に作られていた。次のエリアに進む道を開くには、必ず魔法が必要になる。いつ使うか、どんな順番で使うか、正解は一つじゃない。
 エリアを一つ進むごとに、時間は刻一刻と過ぎて行く。けれど一度その法則に気付いてしまえばもう、迷わない。
 それどころか、観察し、考え、魔法を使う事を楽しむ余裕さえ出てきた。
 一つ、二つ、三つと切り抜けてとうとう四つ目のエリアに入る。
 試験官の待つエリアに到達するため、通過するべき関門は全部で四つ。ここを突破すれば合格だ。
「あれっ?」
 意気込んで入ったものの、そこは今まで通り抜けてきたエリアとは明らかに違っていた。まず、空が見えない。木々の枝葉や蔦、そして葉っぱがみっしり絡み合い、緑色のドームを編み上げている。まるで、目の詰った巨大な篭だ。中に踏み込むと、自分がカゴに閉じこめられた小鳥になったような錯覚に捕らわれる。
 その密閉された空間の中に、赤い光球が浮いている。実体はない。いくつもいくつも、小さな赤い光がまるでホタルのように群を成し、ふわりふわりと漂っている。
「何、これ」
 警戒しながらもゆっくりと一歩、前に出てみる。すると何とした事か。赤い光球が一斉に、ニコラめがけて押し寄せて来るではないか!
「やだ!」
 身の危険を感じ、とっさに足を止めると、光球群の動きも止まった。それ以上は近づいて来ない。しかし、そろりと片足を踏み出そうとすると、また近づく。試しに一歩下がると光球も後退する。右に行けば右に。左に行けば左に動く。
 完全に、ニコラの動きを追跡していた。
「むー」
『きゃわ……きゃわわ……』
 かすかに聞き慣れた声が聞こえてくる。
「あ。もしかして」
 改めて意識を集中すると、予想通り火の力を感じた。
 さらに赤い光の中に二頭身のちっぽけな小人めいたシルエットが浮かんでいるのに気付く。元からそれはそこにあった。ニコラが意識の焦点を合わせたことで知覚できるようになったのだ。
「ちっちゃいさんだ!」
 然り。赤い光球の正体は火の小精霊、フレイミーズであった。瞬時にニコラは思い出す。赤いローブを着ていた試験官の姿を。
「そーだ、マスター・エルネストの属性は火だった!」
 つまりこのエリアの仕掛けを作ったのは、火霊使いのマスター・エルネスト本人だと言うことだ。この緑のドーム全てが彼の思考に基づいて組み上げられているってことなのだ。
(やだーもう。あの先生、苦手なのに!)

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