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とりねこの小枝

【31-6】走れ!

2013/07/07 16:36 騎士と魔法使いの話十海
「意外だな」
 食後に皿を洗いながらレイヴンがぽつりと言った。
「……何がだ」
 鍋を洗いながらダインが答える。
「貴族の子が、汁麺を好むとは」
「ニコラはあまりこだわらない」
「……違う」
「え?」
 怪訝そうにダインは黒髪の男を見上げた。そう、珍しい事にこいつと話す時は自然と顔を上に向ける羽目になる。
「お前の事だ」
 虚を突かれた。まったくの不意打ちだった。返すべき言葉を失い、手が止まる。
「何故、それを……」
「しばらく東に行っていたからな」
 そうだ。東方と西の辺境の間には王都がある。
「魔導に携わる者ならば、おのずと男爵家の変わり種の息子の話は耳に入る」
 忘れようにも忘れられない。男爵夫人の蒔いた悪意の種は、未だに彼の地に潜んでいるのだ。
 王都を旅立ってから、まだほんの一年半しか経っていないのだ。長年に渡り蓄積された良からぬ噂が、そう簡単に消えるはずがない。むしろ自分と言う実物が居ないからこそ、より面白おかしく語り継がれているのだろう。
 苦々しい思いで奥歯を噛みしめる。
(隠し子でおまけに呪われてるときたら、ゴシップ好きな連中が飛びつかない訳がないよな)

「名前も風体も知らなかったが、左目に『月虹の瞳』を持った騎士となれば条件は絞られる」
 つまりこいつは知っていたのだ。月色に輝くこの左目を見た時から、俺が何者なのかを。
 男爵の遊蕩の果てに生まれた、呪われた左目を持つ忌み子だと。もっと酷い噂だって耳にしているかも知れない。
 兄を呪い殺そうとしたと、本気で信じてる奴もまだ、王都には残っている。

「何で、言わなかった」
 レイヴンは皿を洗う手を休め、こっちを見下ろしてきた。
「必要が無かった」
 しばし無言で見つめあう。灰色の瞳の中には、わずかな感情の揺らぎも見出せない。ただ淡々と事実を述べているだけ。
 つまり、こいつにとっては俺の素性なんざ、汁麺食うレベルの問題だってぇことだ。
 へっと鼻先で笑い飛ばす。それはそれで、清々しいや。
「何故、笑う?」
「いや?」
 派手な音を立てて鍋洗いを再開する。
「汁麺はこっちに来てから初めて食った」
「そうか」
「作るの楽だし、手っ取り早くできるし、美味いし、気に入ってる」
「そうか」
 言葉を交わしつつ、着々と洗い物を片づけて行く二人を背後から見守りニコラは思った。
 けっこうあの二人、仲良いんじゃないの? と。

      ※

 後片づけが終わって後。
 一同は厳かに裏庭に出た。ダインの肩にはちび。そしてレイヴンの手にはくるみが一つ。
「ちび」
「ぴゃあ」
 レイヴンは右手の人さし指と親指でくるみをつまんで、小刻みに左右に振る。乾燥した実が殻の中で転がって、からころと軽快な音がする。
 ちびは目を輝かせ、鼻面を膨らませ、しっぽをぴんと垂直に立てた。
「んぴゃあああああ、んぴゃああああああっ」
「……」
 低く体を伏せ、獲物を狙う時の声で鳴き始めた。
 頃合いよしと見計らい、くるみを放り投げる。それも地面を這うように低く。途端にちびはダインの肩を蹴って大きくジャンプ。
「ぴゃあっ」
「お」
 転がるくるみを追いかけ、走る。走る。ものすごい早さで突っ走る。
 追いついたと思ったら前足の爪で引っかけ、高々と放り上げる。転がるくるみにまた飛びつく。その繰り返し。

「なぁるほど、こいつぁいい運動になるねぇ」
「くるみを使うって、こう言うこと?」
「あぁ」
「じゃらしてるだけじゃねぇか……」
「そうとも言う」

 どどどどどっと地響きを立てて走り回るちびの後に、いつしかころころした丸まっちい小人たちが続いていた。
「きゃわわっ、きゃわ、きゃっきゃー!」
「ぴゃあああああっ」
「あ、ちっちゃいさんだ」
「つられたみたいだな」
 競争相手が増えた事で、ちびもさらにヒートアップ。
 くるみと、とりねこと、ちっちゃいさん。三つどもえの追いかけっこは一時間近く続いたのだった。

 この調子で一週間もすれば、ころころむっちむちの体も元に戻るだろう。
 それまでに、ニコラが新しい「禁断の味」を見つけていなければの話……。

(禁断の味/了)

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