▼ 【31-5】ずるずるずぞぞ
2013/07/07 16:36 【騎士と魔法使いの話】
「よい……しょっと」
ざばーっとバケツの中味を水飲み用の桶にあける。黒毛の軍馬はその間、おとなしく控えていた。
「さ、どうぞ、黒。めしあがれ?」
ニコラの許しを得て初めて桶に太い顔を突っ込み、長い舌で器用に水をすくいとる。
「まー、いい飲みっぷり!」
冗談めかした賞賛の言葉に、甘えるように鼻を鳴らして答える。
小さなレディのお酌を受けて、黒はご機嫌だった。その小山のような堂々たる体躯にも関わらず、この軍馬はいたって大人しいのだ……小さな生き物と女性に対しては。
「ダインったら失礼しちゃうのよ?」
それを知っているから、ニコラも馬房の柵に寄りかかってのんびりと話しかける。手の届く位置にいる巨大な生き物に対して欠片ほどの恐れも抱かずに。
「面と向かって可愛い、なんて言うから、思わずどきっとしちゃったのよね。そしたら言ってる相手は私じゃなくて。ちっちゃいさんだったの!」
ぶるるるる。
黒は桶から顔を上げ、さっきより力を入れて鼻を鳴らした。さらに、前足の蹄で床を穿つ。本気で怒った時に比べればてんで軽い。しかし、岩のような巨躯を支える蹄はずしりと重く、必然的に立てる音は低く轟き床や柱を震わせる。
「きゃわっ」
「きゃわわんっ」
驚いたのだろう。壁の穴からころころとちっちゃいさん達が転がり出す。連日のバタースコッチブラウニーのフルーツソース掛け生クリーム添え(たまにクリームチーズ)の摂取の結果、いつもにも増して丸く膨らみ、文字通り『転がって』いる。
「きゃわわぁ……」
卵みたいに干し草の中にずらりと並び、おっかなびっくり黒を見上げている。
「ありがと」
しかし少女は脅える風もなく手を伸ばし、つややかな鼻面を撫でた。ちゃんと理解しているのだ。黒馬が自分のために怒っているのだと。
「ほんと、ダインってばなーんにもわかってないのよねー。悪気がないだけに、余計にタチが悪いってゆーか?」
「きゃわわー」
「きゃーわー」
ちっちゃいさんたちは一斉にうなずいた。
大ざっぱなわんこ騎士には、彼らもたびたび被害にあっているのだ。ミルクの皿をひっくり返されたり、うとうとしている所にいきなり、脱いだブーツを放り出されたりして。
「……ありがと、わかってくれて」
ニコラはしゃがみこんで、ちっちゃいさんたちの頬をつつく。
「やぁん、ぷにぷにしてるー」
「きゃわわん」
ころんころんと転がる姿を見て、ちょっぴり罪悪感を覚えてしまうのは原因が自分のあげたお菓子だから。
(これはこれで可愛いけど、何か申し訳ない……)
甘いお菓子はちっちゃいさんの大好物だ。太り過ぎを懸念して制限するのもまた申し訳ない。
やはり体を動かすのが一番だろう。
(でも、ちっちゃいさんってどうやって運動させればいいんだろう)
四の姫は割と真剣に悩んでいた。
「今度、ナデュー先生に聞いてみるね?」
「きゃわ?」
「きゃーわ」
※
馬小屋から出ると、師匠が待ってた。しかし一番の労働力の姿は無い。
「あれ、師匠、ダインは?」
「ん? 台所で昼飯作ってる」
「ええっ、一人でっ?」
「そら、一応、あいつも西道守護騎士だろ? 料理の経験はあるはずだし、俺らの手伝いもやってるから心配はないだろ」
「そりゃあ、そうだけど」
大ざっぱに切った野菜と、豆と、肉の入った煮込み、とか。魚を丸ごとフライパンで焼いて塩をふって、茹でたジャガイモ(当然丸ごと)を添えて、とか。味付けは基本塩、その他、その場にある物を適当に。
ダインが一人で作るとどうしても、野戦料理になる。
「ま、いっか、たまには」
作りは大ざっぱだけど、味は悪くない。むしろ男の人であそこまで作れるのは上等の部類に入ると思う。お皿も使った鍋もちゃんと洗うし(ここ、重要!)。
「顔と手、洗ってこい」
「はーい」
言われた通り井戸端で顔と手を洗う。麦わら帽子とエプロンを外して、台所に入って行くと……。
「わあ」
もわもわと立ちこめる湯気に一瞬、視界が遮られる。かまどにかかった大鍋に湯がいっぱい煮え立ち、さらにその隣には、これまだ大きな鍋にスープがぐつぐつ言っている。そして、鍋の前には背中を丸めた大動物が一人、今しも木杓子でスープを小皿に取り分けた所。
「おう、ニコラ。終わったのか、水まき」
「うん」
「スープの味見、頼む」
小皿に取られたスープを吹いて、冷まして口に含む。魚と、塩と(やっぱり塩なんだ……)野菜の味が溶け合っていた。薬味のローズマリーが効いていて臭みもない。
「あ、おいしい」
「そっか。カワカマスの干物で出汁取ってみたんだ」
正直、びっくりした。
ダインがそんなに手間をかけて作ってるの見た事ない。せいぜい、ベーコンを多めに入れる程度で……。
「こないだ作ったスープ、魚ベースだったろ?」
「……あ」
「好きなのかなって思って」
(ちゃんと、覚えていてくれたんだ!)
「フロウも食うから、赤ペッパーは自粛した」
「ん、それは賢明な判断」
ああ。やっぱりダインって憎めない。気が利かないなりに精一杯、こっちの事を考えてくれるから。
うわべだけじゃない。単純に礼儀正しいってだけじゃない。もっと深い部分を理解して、できる限り沿うように心を砕いてくれるから。
(そんな彼に、全力でレディとして敬われたから……ころっと落ちちゃったんだろうな)
馬上槍試合で初めて出会った時の事も、今なら冷静に判断できる。
「ニコラ」
「はい?」
レディ・ニコラじゃない、ただのニコラ。普通のニコラ。でも多分、今の方が距離は近い。
ダインは騎士だ。出会う女性全てに礼儀を尽くす。レディとして敬い、守る。だけど彼の家族以外で、ここまで近づいた女の子は、他にいないんじゃないかな。
「麺、何玉入れる?」
「二玉!」
汁麺(soup noodle)作ってたんだ!
乾燥した麺を茹でて、たっぷり野菜を入れたスープに浸す。西の辺境で好んで食べられる家庭料理。汁と一緒に麺をすするのがお下品だって眉をひそめる人たちもいるけれど、私は好き。
「了解。んじゃフロウが一玉、俺が三玉だから……」
ひょい、ひょい、と食料庫から玉状になった乾燥麺を取り出してザルに乗せている。
「あれ、八つ?」
「あいつは、二玉だから」
ほらね。嫌ってるようでもちゃんと見てるし、結局、彼の分も作ってる。こう言う所、やっぱりいいなって思う。
「お皿出しとくね」
「うん、頼む」
「ちび!」
「ぴゃーあ」
もそもそと丸い体を揺すってちびがダインの肩に飛び上がる。
「レイヴン呼んで来てくれ。昼飯だ。伸びないうちに降りてこいってな」
「ぴゃ! れーい!」
身軽に床に飛び降りて、走って行く。ドアから廊下へと駆け抜けて、階段へ。途端にずだだだだっとものすごい音がした。
「な、何、あれ!」
「……足音。ちびの」
「わああ」
とてもじゃないけど、猫が走ってる音に聞こえない。かなり重くなってるらしい。
(ごめんね、ちびちゃんっ!)
※
「いっただっきまーす」
ずぞぞぞぞっと麺をすする音、スープを飲む音が響く。
深めのスープ鉢にゆで上がった麺を入れ、上から汁をたっぷりそそぐ。盛りつけが終わったのから食卓に運び、伸びないうちに手早くいただくのがコツ、ただしフロウは冷ましてから食べる。
ダインは神妙な面持ちでニコラの顔色をうかがう。最初の一口を味わい、咀嚼し、のみこむと、ニコラはおもむろに頷いた。
「美味しい!」
「そっか」
途端にダインの顔から力が抜ける。ばりばりに緊張していたのだ。
食卓には金髪のニコラと亜麻色の髪のフロウ、金褐色の癖っ毛のダインとそしてもう一人、黒髪に灰色の瞳の背の高い男が座っている。
ちっちゃいのが二人とでっかいのが二人。黒髪の男はダインよりもさらに背が高い。その頭の上には、黒と褐色まだらの翼の生えた猫がしがみついている。
「ぴゃああ」
「……重い」
「ごめんなさい」
頭を下げるニコラを、黒髪の男は首を傾げて不思議そうに眺める。
「……なぜ謝る」
「んー、まあ、何だ、ちびが増量した責任を感じてるんだろ」
「ふむ」
ずずっと麺をひとすすりして後、ダインが口を開く。
「動けば減るだろ」
「こいつ最近、動いてねぇぞ? ぺたーっと寝そべってるばかりで」
「ちび……お前……」
「ぴゃ?」
わたしはなーんにもしりません。とでも言いたげな顔でちびが首を傾げる。
ころころ丸いとりねこを頭に乗せたまま、黒髪の男は黙々と食べ続ける。すすってるはずなのに、ほとんど音が聞こえない。
「ねえ、レイヴンさんは、とりねこ飼ってるんでしょ?」
「あぁ」
年長者として、そして魔法使いとして上位の彼に敬意を払い、ニコラはレイヴンを「さん」づけで呼ぶ。対してレイヴンも同様に、騎士の娘である彼女に敬意を表して「ニコラ嬢」と呼んでいる。
「ちびちゃんを痩せさせるには、どうすればいいの?」
「くるみを使う」
「くるみ?」
「あぁ。殻つき、丸ごとで」
この瞬間、ダインとニコラの脳裏を嵐のような思考が駆け抜ける。
(食べさせるの? でもくるみって、かなり栄養があるはず……)
(丸のみさせるのか。それとも殻をかみ砕くんだろうか。いや、それで鍛えられるのは顎なんじゃあないかっ?)
注目されてるのを知ってか知らずか。ちびはレイヴンの頭上で足を踏ん張って胸を反らせ、翼を広げた。
「ぴゃああ!」
次へ→【31-6】走れ!
ざばーっとバケツの中味を水飲み用の桶にあける。黒毛の軍馬はその間、おとなしく控えていた。
「さ、どうぞ、黒。めしあがれ?」
ニコラの許しを得て初めて桶に太い顔を突っ込み、長い舌で器用に水をすくいとる。
「まー、いい飲みっぷり!」
冗談めかした賞賛の言葉に、甘えるように鼻を鳴らして答える。
小さなレディのお酌を受けて、黒はご機嫌だった。その小山のような堂々たる体躯にも関わらず、この軍馬はいたって大人しいのだ……小さな生き物と女性に対しては。
「ダインったら失礼しちゃうのよ?」
それを知っているから、ニコラも馬房の柵に寄りかかってのんびりと話しかける。手の届く位置にいる巨大な生き物に対して欠片ほどの恐れも抱かずに。
「面と向かって可愛い、なんて言うから、思わずどきっとしちゃったのよね。そしたら言ってる相手は私じゃなくて。ちっちゃいさんだったの!」
ぶるるるる。
黒は桶から顔を上げ、さっきより力を入れて鼻を鳴らした。さらに、前足の蹄で床を穿つ。本気で怒った時に比べればてんで軽い。しかし、岩のような巨躯を支える蹄はずしりと重く、必然的に立てる音は低く轟き床や柱を震わせる。
「きゃわっ」
「きゃわわんっ」
驚いたのだろう。壁の穴からころころとちっちゃいさん達が転がり出す。連日のバタースコッチブラウニーのフルーツソース掛け生クリーム添え(たまにクリームチーズ)の摂取の結果、いつもにも増して丸く膨らみ、文字通り『転がって』いる。
「きゃわわぁ……」
卵みたいに干し草の中にずらりと並び、おっかなびっくり黒を見上げている。
「ありがと」
しかし少女は脅える風もなく手を伸ばし、つややかな鼻面を撫でた。ちゃんと理解しているのだ。黒馬が自分のために怒っているのだと。
「ほんと、ダインってばなーんにもわかってないのよねー。悪気がないだけに、余計にタチが悪いってゆーか?」
「きゃわわー」
「きゃーわー」
ちっちゃいさんたちは一斉にうなずいた。
大ざっぱなわんこ騎士には、彼らもたびたび被害にあっているのだ。ミルクの皿をひっくり返されたり、うとうとしている所にいきなり、脱いだブーツを放り出されたりして。
「……ありがと、わかってくれて」
ニコラはしゃがみこんで、ちっちゃいさんたちの頬をつつく。
「やぁん、ぷにぷにしてるー」
「きゃわわん」
ころんころんと転がる姿を見て、ちょっぴり罪悪感を覚えてしまうのは原因が自分のあげたお菓子だから。
(これはこれで可愛いけど、何か申し訳ない……)
甘いお菓子はちっちゃいさんの大好物だ。太り過ぎを懸念して制限するのもまた申し訳ない。
やはり体を動かすのが一番だろう。
(でも、ちっちゃいさんってどうやって運動させればいいんだろう)
四の姫は割と真剣に悩んでいた。
「今度、ナデュー先生に聞いてみるね?」
「きゃわ?」
「きゃーわ」
※
馬小屋から出ると、師匠が待ってた。しかし一番の労働力の姿は無い。
「あれ、師匠、ダインは?」
「ん? 台所で昼飯作ってる」
「ええっ、一人でっ?」
「そら、一応、あいつも西道守護騎士だろ? 料理の経験はあるはずだし、俺らの手伝いもやってるから心配はないだろ」
「そりゃあ、そうだけど」
大ざっぱに切った野菜と、豆と、肉の入った煮込み、とか。魚を丸ごとフライパンで焼いて塩をふって、茹でたジャガイモ(当然丸ごと)を添えて、とか。味付けは基本塩、その他、その場にある物を適当に。
ダインが一人で作るとどうしても、野戦料理になる。
「ま、いっか、たまには」
作りは大ざっぱだけど、味は悪くない。むしろ男の人であそこまで作れるのは上等の部類に入ると思う。お皿も使った鍋もちゃんと洗うし(ここ、重要!)。
「顔と手、洗ってこい」
「はーい」
言われた通り井戸端で顔と手を洗う。麦わら帽子とエプロンを外して、台所に入って行くと……。
「わあ」
もわもわと立ちこめる湯気に一瞬、視界が遮られる。かまどにかかった大鍋に湯がいっぱい煮え立ち、さらにその隣には、これまだ大きな鍋にスープがぐつぐつ言っている。そして、鍋の前には背中を丸めた大動物が一人、今しも木杓子でスープを小皿に取り分けた所。
「おう、ニコラ。終わったのか、水まき」
「うん」
「スープの味見、頼む」
小皿に取られたスープを吹いて、冷まして口に含む。魚と、塩と(やっぱり塩なんだ……)野菜の味が溶け合っていた。薬味のローズマリーが効いていて臭みもない。
「あ、おいしい」
「そっか。カワカマスの干物で出汁取ってみたんだ」
正直、びっくりした。
ダインがそんなに手間をかけて作ってるの見た事ない。せいぜい、ベーコンを多めに入れる程度で……。
「こないだ作ったスープ、魚ベースだったろ?」
「……あ」
「好きなのかなって思って」
(ちゃんと、覚えていてくれたんだ!)
「フロウも食うから、赤ペッパーは自粛した」
「ん、それは賢明な判断」
ああ。やっぱりダインって憎めない。気が利かないなりに精一杯、こっちの事を考えてくれるから。
うわべだけじゃない。単純に礼儀正しいってだけじゃない。もっと深い部分を理解して、できる限り沿うように心を砕いてくれるから。
(そんな彼に、全力でレディとして敬われたから……ころっと落ちちゃったんだろうな)
馬上槍試合で初めて出会った時の事も、今なら冷静に判断できる。
「ニコラ」
「はい?」
レディ・ニコラじゃない、ただのニコラ。普通のニコラ。でも多分、今の方が距離は近い。
ダインは騎士だ。出会う女性全てに礼儀を尽くす。レディとして敬い、守る。だけど彼の家族以外で、ここまで近づいた女の子は、他にいないんじゃないかな。
「麺、何玉入れる?」
「二玉!」
汁麺(soup noodle)作ってたんだ!
乾燥した麺を茹でて、たっぷり野菜を入れたスープに浸す。西の辺境で好んで食べられる家庭料理。汁と一緒に麺をすするのがお下品だって眉をひそめる人たちもいるけれど、私は好き。
「了解。んじゃフロウが一玉、俺が三玉だから……」
ひょい、ひょい、と食料庫から玉状になった乾燥麺を取り出してザルに乗せている。
「あれ、八つ?」
「あいつは、二玉だから」
ほらね。嫌ってるようでもちゃんと見てるし、結局、彼の分も作ってる。こう言う所、やっぱりいいなって思う。
「お皿出しとくね」
「うん、頼む」
「ちび!」
「ぴゃーあ」
もそもそと丸い体を揺すってちびがダインの肩に飛び上がる。
「レイヴン呼んで来てくれ。昼飯だ。伸びないうちに降りてこいってな」
「ぴゃ! れーい!」
身軽に床に飛び降りて、走って行く。ドアから廊下へと駆け抜けて、階段へ。途端にずだだだだっとものすごい音がした。
「な、何、あれ!」
「……足音。ちびの」
「わああ」
とてもじゃないけど、猫が走ってる音に聞こえない。かなり重くなってるらしい。
(ごめんね、ちびちゃんっ!)
※
「いっただっきまーす」
ずぞぞぞぞっと麺をすする音、スープを飲む音が響く。
深めのスープ鉢にゆで上がった麺を入れ、上から汁をたっぷりそそぐ。盛りつけが終わったのから食卓に運び、伸びないうちに手早くいただくのがコツ、ただしフロウは冷ましてから食べる。
ダインは神妙な面持ちでニコラの顔色をうかがう。最初の一口を味わい、咀嚼し、のみこむと、ニコラはおもむろに頷いた。
「美味しい!」
「そっか」
途端にダインの顔から力が抜ける。ばりばりに緊張していたのだ。
食卓には金髪のニコラと亜麻色の髪のフロウ、金褐色の癖っ毛のダインとそしてもう一人、黒髪に灰色の瞳の背の高い男が座っている。
ちっちゃいのが二人とでっかいのが二人。黒髪の男はダインよりもさらに背が高い。その頭の上には、黒と褐色まだらの翼の生えた猫がしがみついている。
「ぴゃああ」
「……重い」
「ごめんなさい」
頭を下げるニコラを、黒髪の男は首を傾げて不思議そうに眺める。
「……なぜ謝る」
「んー、まあ、何だ、ちびが増量した責任を感じてるんだろ」
「ふむ」
ずずっと麺をひとすすりして後、ダインが口を開く。
「動けば減るだろ」
「こいつ最近、動いてねぇぞ? ぺたーっと寝そべってるばかりで」
「ちび……お前……」
「ぴゃ?」
わたしはなーんにもしりません。とでも言いたげな顔でちびが首を傾げる。
ころころ丸いとりねこを頭に乗せたまま、黒髪の男は黙々と食べ続ける。すすってるはずなのに、ほとんど音が聞こえない。
「ねえ、レイヴンさんは、とりねこ飼ってるんでしょ?」
「あぁ」
年長者として、そして魔法使いとして上位の彼に敬意を払い、ニコラはレイヴンを「さん」づけで呼ぶ。対してレイヴンも同様に、騎士の娘である彼女に敬意を表して「ニコラ嬢」と呼んでいる。
「ちびちゃんを痩せさせるには、どうすればいいの?」
「くるみを使う」
「くるみ?」
「あぁ。殻つき、丸ごとで」
この瞬間、ダインとニコラの脳裏を嵐のような思考が駆け抜ける。
(食べさせるの? でもくるみって、かなり栄養があるはず……)
(丸のみさせるのか。それとも殻をかみ砕くんだろうか。いや、それで鍛えられるのは顎なんじゃあないかっ?)
注目されてるのを知ってか知らずか。ちびはレイヴンの頭上で足を踏ん張って胸を反らせ、翼を広げた。
「ぴゃああ!」
次へ→【31-6】走れ!