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とりねこの小枝

【27-7】さらに追い打ち

2013/02/14 14:13 騎士と魔法使いの話十海
 
 ほわほわと夢うつつに漂っていた。薔薇の香りの雲に包まれて、ほわほわと、ほわほわと……急に雲が密度を増し、しっかりと四肢を包む。

「ん………?」

 ゆっくりと目を開ける。見慣れた寝室の天井が見えた。急速に記憶が巻戻る。恐る恐る手で体をまさぐると……。
(着てる)
 寝巻きを着ていた。

「エミル」
「シャル」

 瑪瑙色の瞳がのぞきこんでくる。大理石のごとき白いにはうっすらと紅がさしていた。銀色の髪はまだ少し湿っている。服は……着ていた。幸いな事に。

「大丈夫? ごめんね、びっくりさせて」
「いやあ……あれぐらい、大したことないって」

(参った。のぼせて倒れちゃったのか、俺。あー、みっともねー……)

「ひょっとしてシャル、運んでくれたのか?」
「うん。さすがに横抱きは無理だったけど、これでも鍛えてるからね」
「どうやって?」
「肩に担いで、こう、えいやって!」

 シャルは小麦袋でも持ち上げるような仕草をしてみせた。
 自分より上背も目方もある男を、担ぐなんて! かなり、すごい。

「ごめん、世話かけちゃって」
「謝らないで」

 誇らしげに胸を張っている。

「エミルのためなら私は何だってやるよ!」

(何だってやる! 何だってやる!)
 いや、いや、落ち着け、俺。そう簡単に何度ものぼせるもんか!

「大丈夫? 苦しくない? 一応、水は飲ませたんだけど」
「そっか、道理で咽がかわいてないと……って水?」

 俺、ずっと寝てたはずなのに。

「あー、そのシャル」
「何?」
「参考までに聞きたいんだけど、水、どうやって飲ませてくれた?」
「え、そりゃ決まってるじゃない」

 シャルは迷わず答えた。そうするのが当然だと言わんばかりの口調で、さらりと。

「口移しで!」
「く、くちうつしっ!」
「ちゃんと舌も使ったよ? むせないようにね」
「舌ぁっ!」

 ぐらぐらとエミルの視界がゆらぎ、ぽつりと赤い花びらが散る。シーツの上に、ぼたぼたと、薔薇より赤い血の鼻が。

「エミル、エミルしっかりしてーっ」

 シャルは慌てて水にタオルを浸し、エミルの顔に押し当てる。

「らいじょうぶ、らいじょうぶ……たぶん」

 シャルの腕の中、へなへなと崩れ落ちながらエミルは思った。
(おかしいな……シャルと一緒に薔薇のお風呂に入りたかっただけなのに……)
 もはや湯上がりの余韻も薔薇風呂の優雅さも欠片もない。
(どうしてこうなった?)

    ※

 エミルは気付いていなかった。全裸で風呂から引き上げられ、体を拭いてベッドに寝かされた時。
 寝巻きを着せる前に、シャルがしてしまった小さな悪戯を。
(エミル、寝てるし今ならいいよね?)
 こっそり残したキスマーク。
 先輩から教えてもらった。うっかり見える位置に残すと、怒られるから気を付けろって。だから絶対見えない場所に……。
 エミルのたくましい太ももの付け根の内側に、ほんのりと赤い薔薇の花びらのような吸い跡を咲かせた。
(エミルは私の嫁だもの。ここなら大丈夫だよね!)
 シャルの柳のようにしなやかで強靭な指に力が入り、くしゃりとエミルの寝巻きにしわが寄る。
 あでやかにほほ笑むシャルの心のうちを、エミルは知らずただ見蕩れている。

 どこかで女神が笑っているような気がした。

(薔薇の花びら浮かべよう/了)

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