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とりねこの小枝

【23-7】君の名は

2012/11/16 3:55 騎士と魔法使いの話十海
 
 さて、その後……。

「伯爵家の二の姫、レイラ・ド・モレッティ隊長に敬礼!」

 二の姫は夕刻に騎士団の砦を来訪。ロブ隊長のエスコートの元、団員たちと夕食を共にした。
 この間、終始一貫して西道守護騎士団の制服姿、それも平服のまま。きちんとして清潔ではあったが、礼装ですらなく。団員たちと同じ物を食べ、同じ物を飲み、気さくに歓談した後、祖母と妹の待つ館へと帰って行った。
 馬泥棒を取り押さえた一件が砦の騎士たちの間に知れ渡っていた事も有り、一部の若手騎士たちは『見てくれが良いだけの姫様騎士』との認識を早々に改めさせられる事となった。

 明けて翌日。
 兵舎の自室でダインが目を覚ますと、隣のベッドが空っぽだった。
(シャルの奴、もう起きたのか?)
 騎士の一日は、己の馬の世話から始まる。ざかざかと身支度を済ませて厩舎に向かうと。

「あ、おはようございます、ダイン先輩!」
「おはよう」

 黒の隣の馬房で既にいそいそと、甲斐甲斐しく白馬の世話をするシャルダンの姿があった。

「早いな」
「はい。うれしくて、つい、いつもより早く目が覚めてしまいました!」

 上着を脱いでシャツを腕まくり。髪にまとわり付く藁を払い落とすシャルダンの笑顔は、朝日よりも眩しい。
 白馬は大人しく銀髪の騎士に身を委ね、時折漏らす声と甘えるように寄り添う仕草は何ともたおやかで気品に溢れている。それはもう、まるで一枚の絵画のような光景だった。
 と、白馬がシャルの首筋に鼻を寄せ、ふーっと温かい息を吹きかける。

「こら、くすぐったいよ」

 シャルは首をすくめ、手のひらで白馬の首筋を撫で、頬を寄せる。
 そんな後輩たちの姿を見守りつつ、ダインは秘かにうなずいた。
(うん、似合いの騎馬と乗り手だ)

「で、何て名前にしたんだ? その、美人さんは」
「ヴィーネです! ユグドヴィーネさまの名前をいただきました」

 シャルダンは胸を張って答えた。その高く透き通った声は早朝の厩舎に響き渡り、馬の世話をする先輩騎士たちの手が一瞬、止まる。

(こ、こいつ、馬に女神様の名前つけやがったー!)
(いくら自分の守り神だからって!)
(恐れ多いにもほどがある!)

 騎士になる時は皆、己の選んだ神様に誓いを立てる訳で。人一倍、神様に対する畏敬の念は強いのだった。
 硬直しつつサイレントに絶叫する騎士一同。その中で約二名だけがのほほんと平和な会話を続けている。

「ヴィーネか。うん、美人だし優雅だしぴったりだな!」
「はい!」
「そうか、その子はそなたの持ち馬になったのだな、シャルダン」
「あ、二の姫! おはようございます」
「おはよう。しばらくこいつを借りるぞ」
「はい?」
「げ」

 にっこりと極上の笑みを浮かべつつ、二の姫レイラはダインの背後に回り込み、むんずっと襟首を掴んだ。
 
「ディーンドルフ。ちょっと来い、稽古をつけてやろう」
「え、え、えっ?」

 ぼう然とするダインを、有無を言わさずずるずるずると引っ張って行く。
 足を踏ん張れば持ちこたえられるのはずなのだが、二の姫のまとう何とも凄まじい迫力に気圧され、ダインは大人しく引きずられるしかなかった。

(稽古って! いきなり何でっ?)

 たらりと冷たい汗がにじむ。
 確かに槍試合の時は自分が勝った。だがあれは単に2人同時に相打ちで落馬して、自分の方が先に立ったってだけなのだ。
 実際に立ち合えばおそらく、敵わない。

(断ってもOKしても俺、ボコボコにされるーっ!)

 ロベルト隊長はと言えば、自らの愛馬の世話をしつつ、あえてこの状況を静観していた。

「珍しいこともあったもんだ。あいつが稽古に乗り気でないとはな?」

 誰にともなく呟いた言葉に、尾花栗毛(鬣と尾の白い栗毛の馬)が『ふっ』と鼻息一つ、静かに吐いて答える。
 乳白色の鬣を撫でながら、ロブ隊長は……滅多にないことだが……穏やかにほほ笑んだ。

「そうだな、ネイ。あいつが二の姫の相手をしてくれるなら、それに越した事はない」

 だらだらと脂汗をにじませるダインを見送りつつ、騎士一同は秘かにそれぞれの守り神に祈りを捧げる。

「ダイン先輩、いつの間に二の姫とあんなに親しくなったんだろう」

 約一名を除いて。
 
「後で見学させてもらおうっと」

 そうですね……。
 まるで相づちを打つかのように白馬ヴィーネは鼻を鳴らし、隣の馬房で黒はぶふーっと、長い長いため息を着くのだった。

     ※

「兄さーん」

 その後、マルリオラ牧場にて。

「どうしたんだいランジェロ」
「あの白馬、馬泥棒にさらわれたそうだよ!」
「何だって、そいつは大変だ、おお女神よお救いください!」
「でも騎士団が無事取り戻してくれたんだ。馬泥棒も逮捕されたって!」
「素晴らしい! 大地の女神リヒトランテよ、感謝します!」
「感謝します!」

 その場で2人揃って跪き、大地の女神に熱い熱い感謝の祈りを捧げてから、ジュゼッペはおもむろに弟に問いかけた。

「それで、あの馬はいったいどうなったんだい?」
「うん、無事、騎士団に連れて行かれた。シャルダンさんが乗る事になったそうだよ」
「ああ、あの人なら安心だね」
「うん、安心だよ!」
「やはり困った時は騎士団に任せるに限るね!」
「ああ、まったくその通りだよ、兄さん!」

 牧場主兄弟は彫りの深い顔を見合わせ、満足げにうなずくのだった。

(じゃじゃ馬探し/了)

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