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とりねこの小枝

【23-5】運命の出会い

2012/11/16 3:53 騎士と魔法使いの話十海
 
 ロブ隊長は上機嫌だった。
 シャルダンを送り出して後、砦の大掃除は滞りなく終了し、いつ二の姫を迎え入れても恥ずかしくない仕上がりになっていた。
 何気なく机の上に置いてあった巾着袋を引き出しにしまい、ついでに溜まっていた書類を片づけようと腰を降ろすと……何やら窓をコツコツたたく者がいる。

「ロブたいちょー」
「用事があるならドアから入れ」

 目もくれずに答えてから気付く。ここは四階だぞ?
 改めて窓に目を向けると、黒と褐色斑の翼の生えた生き物が一匹。こっちをのぞきこみ、前足で窓を叩いている。

「たーいーちょー」
「何だ、鳥か」

 きぃ、と窓を開けると、とりねこはするりと中に入ってくる。窓枠で器用に座り、しきりと顔を反らせて首を見せつける。

「む?」
「とーちゃん。おてがみ!」

 見ると、首輪に折り畳んだ羊皮紙が結びつけてあった。
 なるほど、伝令を寄越したか。ほどいて開き、目を通すと……。見慣れたディーンドルフの筆跡で、簡潔に記されている。

『北区にて二の姫と共に馬泥棒6名を捕縛。白馬を含む3頭を確保。移送のため応援求む。案内はちびに』
「……ふむ」

 何やら知らぬ間に事が大きくなっているようだ。とりねこは目を輝かせ、そわそわしながらこっちを見上げている。

「ディーンドルフとシャルダンは、二の姫と一緒にいるのだな?」
「ぴゃあ!」

 しっぽをつぴーんっと立てて震わせている。どうやら肯定しているようだ。と、なると。
(迎えに行かねばなるまい)
 ため息をつくと、ロブ隊長はドアを開けた。

「案内しろ、鳥」
「ぴゃああ」

     ※

 ロブ隊長が応援を率いて現場に着いてみると、待っていたのはディーンドルフとシャルダンの二名だけだった。
 
「二の姫は何処におられる?」
「お帰りになりました。四の姫と一緒に」

 何だって伯爵家の姫が、2人もそろってこんな治安の悪い地域をふらふらしていたのか! そもそも、いかなる経緯でこいつらと合流し、馬泥棒を捕縛するのに至ったのか。
 気になりだしたらキリが無いが、しかし二の姫もれっきとした西道守護騎士なのだ。一緒にいるのなら、四の姫にも危険はない。
 問題は無い。そう、判断する事にした。
 引っくくられた馬泥棒6名は、次々と護送用の荷馬車に放り込まれる。
 取り押さえる際に抵抗したのか、あちこち負傷して酷い有り様だ。時々、ディーンドルフとシャルダンの方を見ては怯えた目つきでガタガタ震えているのが気になったが、大人しくしてる分には問題ない。
 後日、詳しい報告書を提出させよう。

 所が盗まれた馬三頭を連れ出そうとして一悶着起きた。例の白馬が、一歩も動こうとしないのだ。

「隊長……ダメです、こいつ、梃子でも動きません」

 困り果てたハインツが情けない声を出した。白馬はつーんと顔を背けている。なるほど、確かに筋金入りの男嫌いのようだ。

「……ディーンドルフ」
「ダメです、もう試しました」

 肩をすくめるディーンドルフの隣では、黒毛の軍馬も明後日の方向を向いている。どうやら、男嫌いの範疇には自分の兄弟も含まれるらしい。
(何て意志の強い馬だ……)
 間近で見ると、骨格も筋肉も実にしっかりしている。加えてこの意志の強さだ。軍馬としてはこの上もなく理想的と言える。
 性格を除いては。
 そう、性格を除いては。

「隊長」
「何だ、ディーンドルフ」
「シャルダンなら、その馬を扱えます」
「そうなのか?」

 銀髪の騎士は素直にうなずいた。

「はい!」
「よかろう。シャルダン、命令だ。その白馬に乗って砦まで戻れ」
「良いんですか?」

 シャルダンが目を輝かせる。頬までうっすら赤く染めている。

「さっさと馬具を付け替えろ。今日からその白馬は、お前の馬だ」
「隊長! 本当ですかっ」
「うむ」

 今のは何かの目の錯覚か。銀髪頭の背後に一面に、ぱああっと花が咲き誇ったように見えた。
 ルピナスとかクレマチスとかバターカップとかカンパニュラとか矢車菊、その他名前も知らないような花がぱああっと。

「あ……ありがとうございますっ」
「良かったな、シャルダン」
「はいっ!」
 
 目元を和ませ、ふっくら開いた薄紅色の唇の間から白い歯が零れる。うっすらと肌を桜色に上気させ、シャルダンは嬉しそうに。本当に嬉しそうに笑っていた。(うっかり目が引き寄せられて二、三人、あちこちにぶつかった団員が居たようだが見なかったことにしておく)
 弾むような足取りで栗毛の馬に近づき、馬具を外し、労うように首筋を一撫でしてから白馬の元へとすっ飛んで行く。その背中ではぴょこぴょこと、銀色のしっぽが揺れていた。(何故かため息をついている奴が四、五人居たようだが聞かなかったことにしておく)

 これでいい。
 ただ一人にしか懐かない馬ならば、その一人を乗せれば良い。
 あの白馬は既に騎士団の所有で、優秀な軍馬だ。才能を活かすには、これが一番有効な手段なのだ。
 
      ※

 応援の到着より一足早く、二の姫とニコラはフロウとともに馬泥棒の隠れ家から立ち去っていた。
 ダインがちびを放つのを見届けてから、先に店に戻ったのだ。
 聞き慣れたドアベルの奏を聞いた瞬間、気が抜けたのか安心したのか、ぐーっと派手にニコラのお腹が鳴った。

「お腹すいた……すっごく。何で? さっきあんなにマフィン食べたばかりなのに!」
「ずーっとキアラを実体化させてただろ。あそこは俺の店ほど、力線も境界線も太くないからな。何か作るか」
「うん!」

 フロウの後を着いて、ニコラは当然のように台所に入って行く。二の姫はさすがに少し遠慮しながら、小声で「失礼します」と挨拶して入ってきた。
 フロウは食料庫を開けて、材料を物色した。ニコラのお腹はさっきからぐぅぐぅ鳴りっぱなしだ。ここは手間をかけずさくっと作れる物にしよう。
 
「汁麺でいいか?」
「うん、大好き!」

 具だくさんのスープに、茹でた乾麺を入れる『汁麺(soup noodle)』は手っ取り早く作れるし体もあったまる。主食とおかずを一編に食べられるし、何より麺は保存が利く。身分を問わず西の辺境で長く愛されている定番料理なのだ。
 スープに何を入れるか。どんな味付けにするかは、おのおのの『家庭の味』。
 小麦を練って作った乾麺は、小分けに玉にしたものを食料品店でまとめて売っている。スープ主体であっさり食べたい時は一玉、しっかり食べたい時は二玉がおよその目安。
 大食漢の成人男性ともなれば、三玉から四玉茹でてぺろっと完食してしまうこともざらだ。

 さて今回、四の姫の腹具合は?

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