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とりねこの小枝

【21】花と犬★★

2012/10/26 17:59 騎士と魔法使いの話十海
 
 事が終わった後の男の態度ってのは、大ざっぱに分けて二種類ある。
 一つは急に素っ気なくなって背中を向けて、肌も触れないようなベッドのはじっこに寄ってふて寝する奴。
 やるだけやって、出すもん出しちまったら頭が冷えて、こっぱずかしくなっちまうんだろうな。
 鼻息荒くして盛りまくってた自分の姿が。

 あんあん鳴いて、動物みたいに腰振って。溜まりに溜まった精を吐き出す、一番無防備な瞬間を見られちまったのが今さらながら、恥ずかしい。できるならなかった事にしたい。
 胸の奥をにしにし噛むいやぁな感触を持て余し、結果として素っ気なくなるって寸法だ。
(こっちも大概にはぁはぁ言ってんだからお互い様だ。別に恥ずかしがる事もないだろうによ?)
 なまじ若くてガタイも良くて、腕に自身のある奴とか。頭のいい奴、社会的にそれなりの地位のある奴に多い。
 まあ気持ちはわからんでもない。同じ男だしな。

 二つめは……。

「ん……」

 これだ。今、まさにこの瞬間、俺の腕ん中でうっとりと目ぇ閉じて、顔をすり寄せるでっかいわんこ。
 ぴちぴちした肌の内側からほわほわと熱気が伝わってくる。
 出すもん出した後の気だるさでぼーっとしながら、臆面も無くひっついて来る。安心し切ってる。無防備と言うか、あけっぴろげと言うか……。
 男同士でやる時は、どうしたって喰いあいになる。どうにかして相手を支配しよう、屈服させようと躍起になっちまう。
 若くて強い雄ほどその傾向は強い。だがこいつは違った。最初から、素直に委ねていた。
 男として一番無防備でみっともない瞬間を、見られてもかまわない。聞かれても平気だって思ってる。俺になら。そう、俺になら。
 最も男女を問わず最初にダインと肌身を合わせた相手が他ならぬ俺だったりするんだが……要するに、まあ、『最初が肝心』って事だな。

「おい、こらダイン?」
「ん?」
「くすぐったい」
「へへっ」

 へらっと力の抜けた笑みを浮かべ、胸に顔を埋めちまった。なるほど、こいつにも例の気恥ずかしさはある訳だ。ただ、胸の中でもわもわ転がるむず痒さを隠そうともせず、素直にぶつけて来るってだけで。

「ったく」

 くしゃくしゃと髪の毛の間に指をつっこんでかき混ぜてやった。

「くすぐったい」
「これであいこだ、ざまーみろ」

 火照りの引かない皮膚は未だに感覚が研ぎ澄まされたまま。髪の毛の先がちょっとこすれただけでも縮み上がりそうになる。
 それを心得た上でわざと、褐色の癖っ毛が耳をこするように撫で回してやった。

「うー」

 思った通りだ。小刻みに震えて唸ってる。しきりともぞもぞしてるが、それでも離れようとはしない。

「……なんでここまでオレにくっつくんだかねぇ」
「お前は、光だから」
「は?」

 今、何つった、ダインくん?

「真っ暗で閉ざされた箱の中にうずくまってたら、光がさし込んできた。それがお前だよ、フロウライト?」

 がっちりした腕が背中に回され、抱き寄せられる。
 分厚い胸に抱かれながら、思い出していた。
 初めて出会ったあの日、こいつはたった一人でうずくまっていたなって。手柄を嫉んだ仲間に見捨てられ、怪我の手当ても受けられずに飢えて、乾いて。

「……光って、そんな綺麗なもんじゃねぇんだがなぁ」

 ただ俺は、撫でてやりたかったんだ。
 恨み言を吐く事も、キレて暴れる事も無く。増して腹いせに自分より弱い者を痛めつけようなんて欠片ほども考えず、ただ、ただじっと耐えていたこの馬鹿みたいなお人よしを。
 そりゃまあ、若干の役得を期待しないでもなかったし、実際、美味しくいただいちまった訳だが。

 手のひらいっぱいに鬣のような髪を掴み、流れにそって撫で梳いた。汗でもつれた髪が少しでも本来のツヤを取り戻すように。

「俺には光に見えた。そう感じた」

 何、見てやがる。蕩けそうな目で……。こんなおっさんの顔でうっとりするな。

「あったかいし。触ってて気持ちいいし」

 囁きながら俺の背を撫でてる。肩から背筋に沿って、手のひらで味わうように。

「すごくいいにおいがする」

 うなじに顔くっつけてくんくん嗅いでやがるし! ああ、もう、息が当たってこそばゆいったらありゃしねぇ。思わず首をすくめる。
(触って気持ち良いのも、いいにおいがするのも。いつ男に抱かれてもいいように、備えてるからだ)
(その為に磨いてるってだけの事なんだぜ、ダインくん?)
 なのに、お前さんと来たら。

ユグドのウィッチに一途に惚れても、良い事ねぇぞ?」

 もぞっと金髪混じりの褐色頭が動く。ゆるく首を横に振っていた。

「充分過ぎるほど……幸せだよ、俺」

 ダインはゆっくりとまばたきした。見栄も意地も取り去って、自分の中味をさらけ出して。(そもそも隠した所で丸わかりなんだが)
 月がきれいで泣きたくなる……そう言ったいつぞやの夜も、こんな表情(かお)をしていた。根っこにあるのは、同じ感情なのだ。
 咽を震わせ、泣きたくなるほどの感情に今、こいつは『幸せ』と言う呼び名をつけたのか。

「奔放で自由で。多くの人に愛される花で……そんなお前に。いや、そんなフロウだから惚れてるんだ」
「……あぁもう、オレの負けだ負け……好きにしろ」

 はぁっ、と大きく溜め息一つ。改めて両手を掲げ、ダインの頭をそっと抱き抱える。奴は逃げようともせず、素直に身を委ねて来た。
 思わず滲む擦れた笑みを噛みつぶし、汗ばむ額に口づける。唇に伝わる汗の味は妙にまろやかで、肌からは柔和な小動物みたいなにおいがした。

「愛し続ける覚悟は無理だが……愛され続ける覚悟くらいは決めてやるよ」

 ダインは胸にぺとっと顔をくっつけ、小さく身を震わせた。
 表情は見えない。だが耳までほんのり赤くしていた。断じてこれは、さっきまでの艶事の余韻なんかじゃない。

「嬉しいな。すごく嬉しい」

 顔を上げた。月色の虹に覆われた左目と緑の右目。もろとも細めて柔らかな笑みを浮かべている。

「……嬉しがるような言葉じゃねぇと思うんだが」

 己の言葉は薄情に近い。
 己からの気持ちを保証せず、ただ彼を受け入れるだけの空虚な誓いだ。
 それでもまるで愛する女性の睦言を受けたように舞い上がっちまって、まあ……。
(困ったわんこめ)
 眉根を寄せたまま笑み返す胸中を、察しているのかいないのか。よりによってこのタイミングで、奴はとんでもない事を口にしやがった。

「愛してる、フロウ」

 おい。
 お前、耳聞こえてるのか?
 言葉、理解してるのか?
 ユグドのウィッチに本気になってどうするよ、ダイン。考え直せ。気の迷いだと言い直せ!
 今ならまだ間に合う。へらへら笑ってる場合か。って言うか顔が近い。息が当たってる。

「……」

 唇が重なる。
 がっしりとした腕が。握り合わされた手のひらが逃げ道を封じていた。
 まっすぐに見下ろされ、改めて告げられる。

「愛してる」

 二度目か。くそ、引き返すつもりはないって事かよ。せっかく逃げ道用意してやったのに頭から突っ込んできやがって、この馬鹿犬が!
 にらむつもりが目元にも口元にも力がまるで入らない。内側からガンガン金槌でぶったたかれたみたいに脈打ってるのは、果たして俺の心臓なのか。
 ぴったり重ねられた、奴の鼓動なのか。

 どうする。でこの一つも張り倒し、『ばーか、冗談言うな』と笑い飛ばす手もある。だがそんな真似したらこいつはどうなる? 拒まれたと思うだろう。頭は残念だがそう言う所は妙に聡い子だ。
 十代から二十代にかけての最も多感な時期を、絶えざる悪意に苛まれて生きて来たのだから。
 陽に焼けて、がっちりした逞しい身体が。腕が。胸が。小刻みにぶるぶる震えている。眉を寄せて、捨てられたらどうしようって鼻を鳴らす子犬みたいな顔してやがる。
(そんな顔すんなって)
 ゆるりと笑みを浮かべ、手のひらで頬を包んでやった。

(お前の存在を受け入れよう)
(その愛を許容し、己に向けられたものだと認めよう)

「……あぁ、分かってる」

 寛容に。混沌より出し黒、花と草木の守護者、マギアユグドの御心のままに。

「来いよ」

 抱き寄せた身体の温かさが、重なる肌からじんわりと染みる。抱き返す腕はすがりつくようでもあり、包み込むようでもあった。

「あったかいな、フロウ。あったかいよ」

 左の胸元から鎖骨の合わせ目、咽へと順繰りにキスが這い登る。顎、頬、まぶたと音も立てずに唇で触れてきて……最後に深く重なった。

(花と犬/了)

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