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とりねこの小枝

【19-7】応用編3

2012/09/28 23:11 騎士と魔法使いの話十海
 
 ニコラを始め、一同は目をまんまるくして凝視した。ロブ隊長の頭上にぴょっこぴょっこ揺れる、薄い金色の毛皮に覆われた耳を。

「………何を見とるか」
「兎………」

 ぽつりとダインがつぶやく。

「兎ですね!」
「兎だねえ」

 シャルは目を輝かせ、ナデューはとりあえずまじめ腐った顔でうなずく。

「こ、この効果は初めて見たわっ」

 ニコラは猛烈な勢いでカリカリとメモを取り始めた。

「何で兎なの! ニンジンもキャベツも入ってないのに!」

 憮然とした表情でロベルトは答えた。

「個人紋ですから」
「ああ」

 一同納得しかけるが、さすがにエミルは気付いた。

「んな訳ないでしょう!」

 フロウはにやにやしながら、ちびの背を撫でた。

「まあスープの材料が材料だからな。精神面の影響が大きいんだろう」
「と、言うと?」
「とりねこは、精神活動に共鳴する生き物だからな」
「ぴゃあ」
「俺らは飲む前にこいつを見てたけど、隊長がさっき見てたのは、兎のサシェだろ?」
「なるほど」

 フロウの解説に、ナデューがもっともらしく頷いた。

「実に興味深いね」

 猫耳が6人+兎耳が1人、とりねこが一匹。薬草店の中はさらに混沌とした状況に陥る。
 
「……貴様、何をにやついてる」
「いやまあ、ずいぶんとまあ可愛いお姿になっちゃって」

 ふにっとフロウは隊長のウサ耳をつまんで、あまつさえはむっと口に含む。

「っっ! 何をするぅっ!」
「感覚を確かめてた」
「何故そこで噛むっ」

 外見のみならず、中味もウサ化するものなのか。ロブ隊長は顔を赤らめ、潤んだ瞳できっとフロウをにらみ付ける。
 妙に可愛らしい。

「薬草学の基本は味見だぜ、隊長さん?」
「俺の耳は薬草かーっ」
「似たようなもんだろ草食なんだし」
「ど、こ、が、だ!」
「にしし。どーれ尻尾も生えてんのかな?」

 歯を見せてせせら笑うフロウの手がもぞりと蠢く。途端にロベルトはびくぅっと背中を反らせて飛び上がった。

「貴様、どこを撫でているかっ」
「いやあ悪ぃ悪ぃ。尻尾が短いもんだから、ついうっかり尻ぃ撫でちまったぃ」
「白々しい事を言うなーっ!」

 真っ赤になって言い返す隊長の頭上では、ぴょっこぴょっこと兎の耳が揺れる。それを見てダインがうずうずしていた。
(かわいいなあ。あ、何だろうこの気持ち。動いてる。気になる。触りたいなあ)
 こちらも微妙に猫化しているらしい。無意識のうちに手がひょこひょこ動く。目ざとく気付いたフロウは眼差しでうながした。
『さわっちまえよ、ダイン』
 猫化してても本質はわんこ。即座に飼い主の指示に従った。迷わず、ぱしっとダインは隊長の耳を掴んでいた。
「うわあ。あったかいなあ。ふかふかしてるなあ」
「ああっ、先輩、ずるいです、私も!」
(俺のシャルがロブ隊長の耳さわってる、俺のシャルが。俺のシャルがーっ!)

 うっとりしたの二匹と錯乱したの一匹。猫耳つけた野郎どもが、隊長のウサ耳を撫で回す。
 兎は猫に敵わない。しばらくはぷるぷる震えて縮こまり、なすがままになっていたロベルトだったが。

「かわいいなあ」
「ふわもこです……」
「き、さ、ま、ら」

 ついに限界を突破し、本質が本能を凌駕した。

「耳に触るなーっ!」
「にゃーっ」
「にゃにゃーっ」

 炸裂する蹴りに、ダインとシャルとエミリオはころんころんと転がる。

「シャルに何するんですにゃっ!」

 錯乱したエミルが殴り掛かる。その手つきは、オモチャにじゃれかかる子猫そっくりだった。

「きーっ」
「にゃーっ」

 混乱の極みの中、こっそりとフロウはロベルトの背後に回り、ぎゅーっと抱きついて、耳にふうっと息をふきかけた。

「はふぅっ」

 すっかり中味が可愛いウサギちゃんと化したロベルトは、ぶるぶるとすくみ上がる。

「き、さ、まーっ」
「にしししし」

 顔を真っ赤にして涙目でフロウをにらみ付ける。だが次の瞬間、強烈な回し蹴りが繰り出された。

「うぉっとぉ!」

 とっさに上体をのけ反らせて躱すフロウ。巻き起こる旋風にぶわっと前髪が舞い上がる。
(危ねぇ危ねぇ)
 フロウの額にじっとり冷たい汗がにじむ。追いつめられた兎はキツネをも蹴り殺すと言う。

「うぬ、やるな薬草師。だが今度は外さん!」

 ふしゅー、ふしゅーっと息を吐いて身構えるウサ耳隊長の背後から、わしっとごっつい猫耳騎士がしがみつく。

「隊長っ、落ち着いてくださいっ」
「ディーンドルフ……その手を、離せぇっ」
「にゃーっ」

 怒りを込めた渾身の回し蹴りが、きれいにダインの顔面に決まる。猫耳わんこはぐうの音も出ずにすっ飛び、床にひっくり返った。

「……時間とともに、精神も外見に相応しい状態に変化する、と」

 全てをニコラは観察し、記録をつけていた。絵と文字とで詳細に。

「冷静だねえニコラ君」
「魔法訓練生ですから」
『ですから』
「うん、感心感心」

 ぽんぽんと教え子の金髪頭を撫でながら、ナデューはぽそりとつぶやく。

「しかしこれ……効果時間切れたらどうなるんだろうね」

 二人は顔を見合わせ、じゃれ合うウサ耳と猫耳どもを見、しかる後に行儀良く目をそらすのだった。
 
(召しませ魔法のスープ/了)

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