▼ 【19-6】応用編2
2012/09/28 23:10 【騎士と魔法使いの話】
四の姫ニコラの作った魔法のスープ。材料はとりねこの毛、効果は声がぴゃあぴゃあになるだけ、だったはずなのだが……。
日々精進を怠らないニコラはレシピをほんの少し工夫した。
結果、スープの効果が微妙に変わり、試食したシャルに猫耳と尻尾が生えて。錯乱したエミルが暴走し、薬草店に居合わせた人間全てに猫耳と尻尾が生える羽目となった。
「いやあ、何って言うか」
騎士ダインにその後輩シャルダン。中級魔術師エミルに初等訓練生ニコラ、草木の守護神マギアユグドの神官フロウ。
そろいもそろって、髪の毛の色と同じ猫耳の生えた一同を見回し、ナデューが満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「なかなかに壮観だねえ」
「あのな」
はふーっとフロウはこの日何度めかのため息をつく。
「まだばりばりに営業時間真っ最中なんだぞ? 客が来たらどーすんだ」
「んー……」
一同は腕組みして首をかしげ、口々に答えた。
「本日は猫耳の日ですと言い張る」
「何事もないフリをしてやり過ごす」
「伏せてれば意外に気付かれないんじゃないスかね、髪の毛と同じだし」
「それだ、エミリオ!」
それなりに無難な対策が上がる中、ぽつっとアクティブな事を呟いた奴が約一名居たりする訳で……。
「試食してもらう」
「……ニコラっ?」
「だって、被験者は多い方がいいでしょ?」
「あのな、ニコラ。そりゃ『魔法学院の課題のためです、ご協力を』で乗ってるくれる奴とか、洒落の分かる相手ならいいぞ?」
さすがにフロウが苦笑混じりにたしなめる。
「でも世の中には、洒落の通じない堅物もいるだろ。どっかの隊長さんとか」
「あー、確かに」
「隊長は、なぁ……」
シャルとダインが頷いた刹那、カランコローンっと青銅のドアベルが高らかに鳴り響き……。
「薬草師、いるか」
足音高く、目つきの鋭い金髪の男が入ってきた。がっしりした体を包むのは、砂色の身頃に黒の前立ての詰襟の軍服。襟元には銀色の星が三つ光っている。
はっと息を飲んだ一同が固まる中、ちびがカウンターに飛び乗って赤い口をかぱっと開いた。
「ロブたいちょー」
「……うむ、元気そうだな、鳥」
西道守護騎士団アインヘイルダール駐屯地を指揮する、泣く子も黙る鬼隊長。兎のロベルトことロベルト・イェルプはじろりっと、薄い紫の瞳で一同を見渡した。
とっさに全員、ぴっと耳を伏せる。隠そうと言う意図が働いたと言うより、緊張しちゃったのである。
「おんや、隊長さん。いらっしゃい。今日は何のご用で?」
ゆるりとした口調でフロウが話しかける。やはりここは店主の務め。お客を放っておく訳には行かないのだ。たとえ猫耳が生えていたとしても!
「うむ、ラベンダーの香油をもらいたい」
そう言って隊長はベルトに下げた兎の縫いぐるみ……実は中味は乾燥させたラベンダーが詰まったサシェ(匂い袋)なのだが……を示した。
「先日の分を使い切ったのでな」
「あいよ、香油ね。ちょっとお待ちを。おーいエミル、そこの棚の小瓶一つ取ってくれ」
「これですか?」
「そう、それだ」
たまたま、エミリオはラベンダーの香油を収めた棚のすぐそばに居た。これがダインなら、調子に乗ってぽいっと投げてよこしそうなものだが、彼は自身も薬草を扱う専門家だった。
だから小瓶を手に持って、とことこと歩いてカウンターまで近づいて来る。
この時点に置いてさすがにロベルトも気付く。薄紫の瞳が、一瞬ぽかーんと見開かれた。
「どうぞ」
「………」
伸ばした手は差し出す瓶を素通りし、むぎゅっとエミルの『耳』を。黒い毛皮に覆われ、ぴんっと立った黒い猫耳を引っつかむ。
「いててっ、や、やめてください隊長っ」
「温かい……。これは、生えてるのか?」
「生えてます」
改めて見直す。その場に居合わせた全員に同じように猫耳が生えているのを確認すると、ロベルトはじろっとフロウを睨め付けた。
「で。これは体に影響があるのか?」
「いんや、別に」
「どれくらい続く」
「そうさね、ものの十分も経てば元に戻るよ」
体に悪影響はない。時間が経過すれば元に戻る。ならば心配は無いか。
猫耳と尻尾を生やした部下なんていささか精神衛生上よろしくないものが見えてるが、ほんの十分程度なら目くじら立てる程の事でもあるまい。
そう、自分を納得させているロベルトの目の前に、ことり、とカップに注がれたスープが置かれた。
「注文してないぞ?」
じろっと睨みつけようとして、慌てて改める。お盆を手に金色の猫耳を生やして佇んでいたのは、他ならぬ騎士団長の娘。四の姫、ニコラ・ド・モレッティだったのだ!
途端に態度を改める。レディには礼儀を尽くさねばならない。それが騎士たるものの義務だ。
「ごきげんよう、ロブ隊長」
「ごきげんよう、四の姫。……で、こんな所で何をなさってるんですか?」
そう、こんな下町の怪しげな薬草店で何を? 気にはなったが、魔法学院の教師であるナデューがいるし、先輩たるエミリオも一緒だ。保護者が二人もいるし、この店では術の触媒も扱っているのだ。
魔法訓練生である四の姫が居たところで不思議は無い。
「んーっとね、実は魔法学院の課題で、魔法のスープを作ってるの」
うふ、うふふっと頬を赤らめ、瞳を潤ませながら、ニコラはそっとカウンターに置いたカップを隊長に向けて滑らせる。
「試食して、効果を確かめてるの。協力していただけますか?」
じっと見渡す。ニコラの背後では、猫耳を生やしたダインがしきりに首を横に振っている。
どうやら『やめとけ』と訴えているようだ。
薄々事態が飲み込めて来た。目の前の珍妙な光景の原因は、このスープなのだ。
「どうやら、結果は充分出ているようですが……」
「被験者は、多い方が良いでしょう?」
「性別、年齢、体格、職業の異なる6人が6人、同じ効果を示しているのですから、こちらのスープは獣相が出るという事で宜しいのでは?」
ぐっとニコラが言葉に詰まる。すかさずロベルトはたたみかけた。
「効果の出なかった者、別の効果の出た者もありましたか」
「………居ません」
「では必要はありませんな」
と、その時。ナデューが厳かに進み出て、口を開いた。
「ベル隊長」
ひくっとロベルトの口元が引きつる。就任の挨拶で顔を合わせて以来、このマスター(上級術師の敬称)と来たら妙に乙女ちっくな呼び名で呼んでくれるのだ。
以前は呼ばれる度に『ロベルトです』と訂正していたが、最近はいい加減めんどくさくなってきたので聞き流す事にしている。
「何でしょう、ナデュー師?」
「今回、ニコラ君が作ったスープは効果がランダムに出るらしくてね。ほら、とりねこの毛なんて珍しい素材を使ってるから」
「ぴゃあ!」
なるほど、それで猫の耳と尻尾が生えたのか。ちらっとロベルトは横目でとりねこを見る。心なしか得意げな顔をしている。
「最低でも10人は被験者の記録とってくれた方が望ましいんだよねえ」
「………」
苦虫をかみつぶしたような表情でロベルトはカップを睨め付ける。
「ナデュー師がそうおっしゃるのなら」
他ならぬ魔法学院のマスターが言うのだから、仕方ない。カップを手に取り、口をつけ、一口啜った。
「お」
普通に美味い。得体の知れない術の触媒が入ってるにしては、特に妙てけれんな舌触りも味もしない。秘かに安堵した次の瞬間。
「おうっ」
耳と尻にむずむずっとした感触が走り、何かがぴょこんっと『生えた』。
「わあ」
「え、何っ?」
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