▼ 【18-3】夜
2012/07/29 0:00 【騎士と魔法使いの話】
夕方。
ちびはぴょこっと干し草の中で耳を立てた。聞きなれた重たい重たい蹄の音が近づいてくる。大好きなにおいがする! もぞもぞと抜け出し、かぱっと口を開けた。
「とーちゃん!」
「お、ちび来てたのか」
とーちゃん帰ってきた!
ばさっと飛びつき、ぐりぐりと顔をすり寄せる。
「とーちゃん、とーちゃーん」
「よしよし、いい子だな」
大きな手が抱きしめて、撫でてくれる。頭や顎の下、背中、羽根のつけねとまんべんなく。
嬉しい、嬉しい、とーちゃん大好き! 目を細めて、咽をごろごろ鳴らしていると。
「ちびさーん」
「しゃーる!」
ほっそりした白い手に抱きしめられた。
銀髪に青緑の瞳のシャルダンは、女神のごとき端正な顔を、とりねこの毛皮に埋めてうっとりご満悦。
シャルはちびがすき。ちびもシャルがすき。
「ああ、お日様のにおいがする……」
「んっぴゃ!」
行き交う騎士たちの動きが止まる。
ふわもこの小動物と乙女(男だが)の組み合わせは、男所帯の騎士団ではどうしたって注目の的になる。
「飯食ってくか、ちび」
「ぴゃあ!」
とーちゃんの肩に乗っかって、食堂に行く。食べるのはテーブルの下。上には決して乗らないのがお約束。
「ソーセージ食うか?」
「ぴゃあ」
「パイもありますよ、ちびさん」
「ぴぃ!」
もらったご飯を食べていると、食堂のおばちゃんがやって来た。お皿の上に大きな焼き魚を載せて。
「ちびちゃん。隊長から聞いたわ。ネズミとってくれたんですって?」
とんっと目の前に魚が置かれる。何て素敵、新鮮なニジマスが丸ごと一匹だ!
「はい、ご褒美」
「ありがとうございます」
「んぴゃーっ」
目を輝かせてちびはニジマスに飛びかかる。あむあむあぎゅあぎゅ、がつがつ、ごりごり、ぼーりぼり。大きなニジマスがみるみる骨も残さず消えて行く。
「いい食べっぷりですね、ほれぼれします」
「俺は胸焼けがしてきた……」
シャルはにこにこ、ハインツはげんなり。
ネズミを捕るとご褒美がもらえる。この条件づけのおかげで、ちびはいっぱしのネズミ捕り名人になりつつあった。
※
「気をつけて帰れ。フロウによろしくな」
「ぴゃっ」
本当はとーちゃんと一緒に寝たいけど、ここは兵舎だから我慢する。さすがにロブたいちょーも、ベッドで一緒に眠るのまでは許してくれないから。
思いっきり体をすりよせ、とーちゃんのにおいをいっぱい嗅いで。仕上げに鼻をくっつけてちゅーをして、窓から飛び立った。
金色の瞳をきらめかせ、月の光の中をまっすぐに、夜空を過る影一つ。北へ北へと向い、茅葺き屋根にふわりと降り立った。
かたんっと窓をくぐりぬけ、薬草香る店の中へと滑り込む。
ひこっと鼻をうごめかせる。台所からとってもいいにおいがした。梁を伝って歩いて行き、すたんっと飛び降り、足にすり寄る。
「ぴゃっ、ふーろう。ふーろう!」
「おう、お帰り」
フロウがこっちに笑いかけ、頭を撫でてくれる。
「晩飯できてるぞ」
「ぴゃああ」
テーブルの下で、ふろうと一緒に夕ご飯。今日の献立は厚切りベーコンと豆とキャベツの煮込み、味付けは塩でシンプルに。茹でたジャガイモとニンジンを添えて、パンは小さめの丸パンを二つずつ。
料理を並べ終わるとフロウは腰に手を当て、ふっと短く息をついた。
「一人だと、どーしても作るもんが簡単になっちまうなあ」
「ぴゃっ」
口にスープをくっつけたまま、皿から顔を上げて。赤い口をかぱっと開けて呼びかける。
「うまーい」
「……そうか、美味いか」
ちびの言葉はとーちゃんの口まねが基本。だからちょっぴりワイルドで、時々ダイナミック。
「今日はどこ行ってきた?」
「にーこーら、えみる、なでゅ?」
「魔法学院か」
「ろぶたいちょー、とーちゃん、しゃる!」
「砦にも行ったのか。そーかそーか」
「ぴぃううう」
しっぽを高々と上げ、ぴょんっと膝に飛び乗り、得意げな顔をしてらっしゃる。
ふわふわの絹のような毛皮を撫でた。
「どんな冒険してきたやら……」
「んぴゃっ! んぴゃぴゃっ!」
ひょいっとのびあがると、ちびはフロウの頬にんちゅうっと鼻先をくっつけるのだった。
とーちゃんが、ふろうによろしくって言ったから。
「ふろう、すき!」
「ははっ、ありがとさん。俺もだよ」
「ぴゃあ!」
※
今日はいっぱい『お仕事』したから、夜の散歩は省略。フロウと一緒にベッドに入っておやすみなさい。
本日ちびが食べたのは、朝ご飯、クッキー、サマープディング、クラッカー、ネズミにニジマス、夕ご飯が二回分。
食べ盛りの一日でした。
(ちびの一日/了)
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