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とりねこの小枝

【17-6】★飼い主とわんこの会話その2

2012/06/14 0:41 騎士と魔法使いの話十海
 
 自分としては、丁度いい機会だと思ったのだ。
 他に誰もいないし、いつも一緒のシャルダンも今は兵舎で眠っている。だから思い切って聞いてみたのである。

「隊長」
「何だ」
「恋人ができたと言うのは、本当ですか?」
「貴様………」

 その瞬間、ロベルトは固まった。
 固まったまま、ほんのりと頬骨の周りに赤みが差す。些細な変化ではあったが、長年ロベルトと共に過ごしたダインには分かった。

(隊長が、恥じらってる! やっぱりあの噂は本当だったのか?)
 
 彼はまちがっていた。
 この時、ロベルトの頭には銀髪のシャルダンの事はかけらもなく。ただ、ただ、働き者で気立ての良い、仕立屋の縫い子さんの事でいっぱいだったのだ。

「誰から何を聞いたか知らんが……出来た所でいちいち報告せん!」
「それでは隊長。隊長とシャルダンがデキていると言うのは」

 事実無根なのですね?
 問いかけの後半を言うより早く、長靴が飛んできた。当然、中味つきで。

「あんな胸も尻も限りなく足りなくかつ股間に余計なモノぶら下げた脳天お花畑男、誰が貰うかぁああああっっ!!!」

 どっかあっと蹴り飛ばされ、吹っ飛んだ先に運悪く机があった。
 動揺のあまりロベルトは力加減ができず、全力で蹴っていた。ダインもまさか、このタイミングで蹴られるとは予測だにせず。

「おわあっ」

 頭から突っ込んでしまったのだった。
 
    ※
 
「よくまあそれだけの怪我で済んだねえ、丈夫な奴」
「でも机は壊れた」
「………どんだけ頑丈なんだお前」
「殴られるし蹴られるし、机の修理もさせられるしで散々だった」

 それで、こんなに今日は遅かった、と。

「なるほどね……じっとしてろよ」

 力無くうつむくわんこの頬に手を当てる。何をされるか、ちゃんと分かってるのだろう。息を吐いて力を抜き、身を委ねてきた。

『花と木の神マギアユグドよ、汝の命の力もて、彼の者の傷を塞ぎたまえ……』

 左手にはめた木の腕輪に、ぽうっと緑色の淡い光が走る。刻まれた祈念語とマギアユグドを表すシンボルに添って。
 カウンターの上ではちびが、つぴーんとしっぽを立てて翼を広げ、同じ呪文を復唱する。

『かのもののきずをふさぎたまえ………ぴゃあ!』

 頬に当てられた手に穏やかな熱が篭り、じんわりと広がる。皮膚から肉、骨へと。傷ついた体の奥深くにまで染み通る。

「あ……」

 塗り込まれた香草のエッセンスを媒介に、治癒の魔法が傷を癒す。くっきり浮いていた痣が消え、腫れと痛みが火に放り込んだロウソクみたいに消えて行く。

「ほい、いっちょあがり」
「ありがとう」

 フロウはくしゃっと褐色の髪をかき上げ、仕上げにぺちっと額を軽く叩いて手を離した。

「そう言う事は、さ。まず、シャルに確認しろよ」
「したさ。でもあいつ、真っ赤になってもじもじして……あれ以上追求しちゃいけないって思ったんだ」
「恋人どころかもう夫婦なんだからしかたねぇんじゃね?」
「あ……あー……」

 ぱくぱくと口を開け閉めして、目を真ん丸にしている。ようやく自分の勘違いに気付いたようだ。

「じゃあシャルダンの言ってたのは……エミリオの事かーっっ!」

 それ以外に誰が居ると。

「あぁ、ダインは知らないのか、ユグドヴィーネの贈り物」
「シャルダンとエミリオの守り神のことか?」
「そ、俺の信仰神マギアユグドの娘にあたる神だが……その聖地に住む子供には、ユグドヴィーネの贈り物って風習がある」
「シャルダンから聞いたことがある。楡の木を授かって、それで弓を作ったって」
「そう、それだ。まあ贈り物はさまざまなんだが……たまに『二人で一つ』の贈り物って時もあるらしくてな。その場合、二人は形こそさまざまだが、永遠に絆で結ばれるそうだ」
「……永遠に……か……あ」

 ダインは今度は自分の手でぺちっと額を叩いた。
 痛みは完全に引いているようだ。

「俺は阿呆か。エミリオの杖も楡じゃないか!」
「多分同じ木片でも贈り物にされたんじゃねぇか? あの夫婦っぷりだと」
「そーか……そうだったのか…………」
「そうそう。シャルとエミルの間には誰も、何も割り込めないってこった。噂に惑わされるなよ、ダイン先輩?」

 ダインはがくっと肩を落とし、深く深ぁくため息をついた。

「俺、力いっぱい蹴られ損だった」
「気にすんな。いつものこったろ、隊長に怒られるのなんざ、さ?」
「そりゃあ、そうだけど……」

 おやおや、ふくれっつらしてそっぽ向きやがったよ。何拗ねてるのかね、このわんこは?

「俺……悔しいんだ」

 頬が赤い。だがそれは恥じらいではなく、悔しさによるものだった。眉間にはくっきり皴が刻まれ、太い眉が斜めにひそめられる。

「何が?」

 ぐっと奥歯を食いしばってから、ダインは横目でこっちを見た。

「他の誰かと、お前を間違えたことが、だ」
「……阿呆か」

 目を伏せて、背中を丸めてしまった。

(おいおい)
(ロブ隊長に怒られたことよりも、俺と隊長と間違えた事の方が悔しいってのか? それで落ち込むか?)

「本物の犬なら、飼い主を間違えたりなんかしないんだろうな」

 ちょこん、とダインの隣に座ると、フロウは手を伸ばして、くしゃくしゃと、金髪混じりの褐色の髪を撫でてやった。

「はいはい。うちのわんこが凹んでるから、今夜は添い寝してやろうかね……」
「ほんとかっ?」

 がばあっと回される腕を、ぺちっと叩く。

「こらこら。まだ陽が高いだろうが。落ち着け」
「う」

 固まった所で、ちゅくっと唇をついばんでやった。途端に強ばっていた顔がでれんでれんに緩む。

『恋人ができたと言うのは、本当ですか?』
 
 その一言で、何だってロブ隊長がそこまで動揺したかは……
 ま、言う必要もないだろう。

「ってこら、何をもんでるか!」
「感触覚えてる。間違えないように」
「ちょっ、こら、よせって、ダイン! あっ、やっ、あ、んっ!」

 ちびは梁の上に飛び上がり、行儀良くうずくまった。

 とーちゃんとふろうがなかよくしてるときは、じゃましない。

(薬草屋の店主と客の会話/了)

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