▼ 【17-2】ロブ隊長の場合その2
2012/06/14 0:37 【騎士と魔法使いの話】
ロベルトは腕組みして考えた。
「まず、美女ではない」
「はっきり言うね」
「だが、気立てのよい、働き者だ」
「よしその調子だ」
勇気づけられたのか、あるいは上手く乗せられたのか。次第に隊長は饒舌になって行く。
「着てる服は簡素だが動きやすいもので、見ていて気分の明るくなるような色合いが多いな」
「ほう、ほう」
「仕事の時いつも、淡い黄色のスカーフを頭に巻いている。バターカップの花のような色だ」
「なるほど」
「ただ、どうも、何と言うか……」
「ん、どうした?」
一転してロベルトは表情を曇らせ、口ごもる。フロウは待った。こう言う時は焦ってはいけない。
黙ってふつふつと湧いた湯に小鍋を浸し、蜜蝋と葡萄の種から絞ったオイルを入れてかき混ぜる。
直に蜜蝋は柔らかくなり、部屋の中にかすかなハチミツの香りが漂う。
「それが、どうにも俺が話しかけると緊張するようで」
ぽつりとロベルトがこぼした。
「ほう」
「と言うか、むしろ怖がられてるようなのだ。仮縫いや採寸の時も、ガチガチに緊張していた。俺が声をかけたら、その場で飛び上がったこともある」
「なるほどね」
無理もない。この強面だ。加えて就任時のとある出来事から、町のご婦人たちの間ではまことしやかにある噂が囁かれていた。
『隊長さんはどS』と。
「だったらよ、隊長さん。ラベンダーの香油をつけてみたらどうだい?」
「は? 頭痛なぞ出てないぞ?」
フロウは軽い眩暈を覚えた。
やれやれ、どこまで実用本位の堅物なのか、この隊長さんは。
「香りの効能をはそれだけじゃない。ラベンダーは嗅ぐ人をリラックスさせる効果があるんだ」
「そうなのか!」
「まあ、直に肌に香水つけるのが手っ取り早いんだが、抵抗があるだろうから……」
事実、ロベルトは露骨に嫌そうな顔をしていた。さもありなん、男で香水をつけるのは、よほどの洒落ものか、王都のお高く止まった王侯貴族ぐらいなものだ。
(ま、方法は色々あらぁね)
素早く考えを巡らせつつ、溶けた蜜蝋に精油を加える。カモミールとローズマリー、ジンジャーもほんの少し。
念入りに練りあげて、鍋を火から下ろす。
「さーてっと、後は自然に冷めるのを待てばいい。その間に」
フロウは匂い袋(サッシュ)の並んだ棚から一つ選んで、ロベルトの目の前に置いた。
「これなんかどうだ。ベルトにぶら下げておけばいいだろ」
小さな、手のひらに乗るほどの……ウサギ。黒いビーズの目に刺繍の口元、細工は細かく、ちゃんと手足が動く。
しみじみと見つめるとロベルトは首をかしげ、しかる後におずおずと問いかけた。
「これは…………可愛いのか?」
「うん。可愛いだろうな」
「ではこれをもらおう」
「香りが薄くなったら、この香油をちょいちょいっとさせばいい」
「そうか、長く使えるのだな!」
ロベルトは何とも言えぬ柔和なほほ笑みを浮かべて兎を手に取り、ベルトに下げた。
「こうか?」
「そーそー、お似合いだよー兎」
にやにやしながら見ていたら、ぎろりと睨まれる。慌ててフロウは言い繕った。
「あんたの個人紋なんだろ?」
「ああ、そう言うことか」
「そーそー、そう言うこと!」
亀の甲より年の功。ロベルトは中年薬草師にあっさり言いくるめられた。
「んで。縫い子さんへのプレゼント用に、これはどうだ?」
コトン、と薄い黄色の小瓶が作業台に載せられる。
ふっくら丸みを帯びた胴の真ん中に、リボンを巻いた形で濃い黄色の色ガラスが焼き付けられている。
「ほう、これは……いいな……実際に紐を巻いてる訳ではないから、解けることもない」
(ちょっ、紐じゃないって、リボンだっつの!)
秘かに突っ込みつつ、はたと気付く。
「……って、これ香水用だ。軟膏入れたら出せなくなる。えっと、こっちだな」
そろいのデザインで、もっと背が低く、蓋をねじって開ける軟膏用のケースを出す。
「そ、そうだったのか!」
「いや、びっくりすんなよ。例えば傷薬の軟膏が口の小さい小瓶に入ってたら、使いにくいだろう? どう考えても」
「そ、そうだな……いやご婦人の細い指ならできるのか、と思ってな」
(やれやれ、そこまで婦人小物に疎いってのに、よくプレゼントなんかしようと思いつくなあ)
秘かにフロウは舌を巻いた。
案外、大ざっぱなようでマメな男なのかも知れない。
「もう一つ、軟膏を所望しても良いか? 器はまかせる」
「ほいよ。誰宛だ?」
「協力してくれた知り合いのお嬢さんだ。彼女も針仕事をするんでな」
「刺繍とか?」
「うむ。だが、仕立屋の縫い子よりも年下なのだ。香りの調合を変えてくれ」
「あんた、ほんっとうに、マメだな」
※
それから30分ほどして、ロベルト隊長の注文した軟膏ができ上がった。
つやつやのカエルの乗った器は、四の姫用に。
バターカップ色のリボンのついた器は、仕立屋の縫い子さん用に。
「ほい、できあがり。あ、兎はサービスしとくよ。あと、軟膏がちょいと余ったから別に詰めといた」
「……何故、トカゲ」
「大きさがちょうど良かったんだ」
天井の梁の上で、ちびがんーっと伸びをした。
「しめて銀貨5枚ってとこかな」
「うむ」
「まいどあり」
※
ラベンダーの香りのちび兎をベルトにぶら下げ、ロベルト隊長は意気揚々と砦に引き上げた。
「お帰りなさい、隊長!」
出迎えた銀髪の騎士を見て、何気なく。本当に何気なく、ロベルトは懐からトカゲの小瓶を取り出し、手渡した。
「シャルダン」
「はい」
「これを使え。弓矢を扱うなら指先の手入れは大事だろう」
シャルダンは一瞬、ぽかーんとして手の中のトカゲを見つめていた。
だが、すぐにその女神のごとき白い頬をぽうっと赤くして。満面の笑みを浮かべ、それはもう、嬉しそうな顔になったのだった。
「ありがとうございます、隊長! 大切に使いますね!」
「うむ」
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「まず、美女ではない」
「はっきり言うね」
「だが、気立てのよい、働き者だ」
「よしその調子だ」
勇気づけられたのか、あるいは上手く乗せられたのか。次第に隊長は饒舌になって行く。
「着てる服は簡素だが動きやすいもので、見ていて気分の明るくなるような色合いが多いな」
「ほう、ほう」
「仕事の時いつも、淡い黄色のスカーフを頭に巻いている。バターカップの花のような色だ」
「なるほど」
「ただ、どうも、何と言うか……」
「ん、どうした?」
一転してロベルトは表情を曇らせ、口ごもる。フロウは待った。こう言う時は焦ってはいけない。
黙ってふつふつと湧いた湯に小鍋を浸し、蜜蝋と葡萄の種から絞ったオイルを入れてかき混ぜる。
直に蜜蝋は柔らかくなり、部屋の中にかすかなハチミツの香りが漂う。
「それが、どうにも俺が話しかけると緊張するようで」
ぽつりとロベルトがこぼした。
「ほう」
「と言うか、むしろ怖がられてるようなのだ。仮縫いや採寸の時も、ガチガチに緊張していた。俺が声をかけたら、その場で飛び上がったこともある」
「なるほどね」
無理もない。この強面だ。加えて就任時のとある出来事から、町のご婦人たちの間ではまことしやかにある噂が囁かれていた。
『隊長さんはどS』と。
「だったらよ、隊長さん。ラベンダーの香油をつけてみたらどうだい?」
「は? 頭痛なぞ出てないぞ?」
フロウは軽い眩暈を覚えた。
やれやれ、どこまで実用本位の堅物なのか、この隊長さんは。
「香りの効能をはそれだけじゃない。ラベンダーは嗅ぐ人をリラックスさせる効果があるんだ」
「そうなのか!」
「まあ、直に肌に香水つけるのが手っ取り早いんだが、抵抗があるだろうから……」
事実、ロベルトは露骨に嫌そうな顔をしていた。さもありなん、男で香水をつけるのは、よほどの洒落ものか、王都のお高く止まった王侯貴族ぐらいなものだ。
(ま、方法は色々あらぁね)
素早く考えを巡らせつつ、溶けた蜜蝋に精油を加える。カモミールとローズマリー、ジンジャーもほんの少し。
念入りに練りあげて、鍋を火から下ろす。
「さーてっと、後は自然に冷めるのを待てばいい。その間に」
フロウは匂い袋(サッシュ)の並んだ棚から一つ選んで、ロベルトの目の前に置いた。
「これなんかどうだ。ベルトにぶら下げておけばいいだろ」
小さな、手のひらに乗るほどの……ウサギ。黒いビーズの目に刺繍の口元、細工は細かく、ちゃんと手足が動く。
しみじみと見つめるとロベルトは首をかしげ、しかる後におずおずと問いかけた。
「これは…………可愛いのか?」
「うん。可愛いだろうな」
「ではこれをもらおう」
「香りが薄くなったら、この香油をちょいちょいっとさせばいい」
「そうか、長く使えるのだな!」
ロベルトは何とも言えぬ柔和なほほ笑みを浮かべて兎を手に取り、ベルトに下げた。
「こうか?」
「そーそー、お似合いだよー兎」
にやにやしながら見ていたら、ぎろりと睨まれる。慌ててフロウは言い繕った。
「あんたの個人紋なんだろ?」
「ああ、そう言うことか」
「そーそー、そう言うこと!」
亀の甲より年の功。ロベルトは中年薬草師にあっさり言いくるめられた。
「んで。縫い子さんへのプレゼント用に、これはどうだ?」
コトン、と薄い黄色の小瓶が作業台に載せられる。
ふっくら丸みを帯びた胴の真ん中に、リボンを巻いた形で濃い黄色の色ガラスが焼き付けられている。
「ほう、これは……いいな……実際に紐を巻いてる訳ではないから、解けることもない」
(ちょっ、紐じゃないって、リボンだっつの!)
秘かに突っ込みつつ、はたと気付く。
「……って、これ香水用だ。軟膏入れたら出せなくなる。えっと、こっちだな」
そろいのデザインで、もっと背が低く、蓋をねじって開ける軟膏用のケースを出す。
「そ、そうだったのか!」
「いや、びっくりすんなよ。例えば傷薬の軟膏が口の小さい小瓶に入ってたら、使いにくいだろう? どう考えても」
「そ、そうだな……いやご婦人の細い指ならできるのか、と思ってな」
(やれやれ、そこまで婦人小物に疎いってのに、よくプレゼントなんかしようと思いつくなあ)
秘かにフロウは舌を巻いた。
案外、大ざっぱなようでマメな男なのかも知れない。
「もう一つ、軟膏を所望しても良いか? 器はまかせる」
「ほいよ。誰宛だ?」
「協力してくれた知り合いのお嬢さんだ。彼女も針仕事をするんでな」
「刺繍とか?」
「うむ。だが、仕立屋の縫い子よりも年下なのだ。香りの調合を変えてくれ」
「あんた、ほんっとうに、マメだな」
※
それから30分ほどして、ロベルト隊長の注文した軟膏ができ上がった。
つやつやのカエルの乗った器は、四の姫用に。
バターカップ色のリボンのついた器は、仕立屋の縫い子さん用に。
「ほい、できあがり。あ、兎はサービスしとくよ。あと、軟膏がちょいと余ったから別に詰めといた」
「……何故、トカゲ」
「大きさがちょうど良かったんだ」
天井の梁の上で、ちびがんーっと伸びをした。
「しめて銀貨5枚ってとこかな」
「うむ」
「まいどあり」
※
ラベンダーの香りのちび兎をベルトにぶら下げ、ロベルト隊長は意気揚々と砦に引き上げた。
「お帰りなさい、隊長!」
出迎えた銀髪の騎士を見て、何気なく。本当に何気なく、ロベルトは懐からトカゲの小瓶を取り出し、手渡した。
「シャルダン」
「はい」
「これを使え。弓矢を扱うなら指先の手入れは大事だろう」
シャルダンは一瞬、ぽかーんとして手の中のトカゲを見つめていた。
だが、すぐにその女神のごとき白い頬をぽうっと赤くして。満面の笑みを浮かべ、それはもう、嬉しそうな顔になったのだった。
「ありがとうございます、隊長! 大切に使いますね!」
「うむ」
次へ→【17-3】エミルの場合その1