▼ 【15-3】俺騎士じゃないのに!
2012/04/23 15:48 【騎士と魔法使いの話】
「エミリオ! 来てたのか」
いきなり背後からぶっとい腕が巻き付き、あっと思った時は上半身裸のロブ隊長にしがみつかれていた。
「こ、こんばんは、ロブ隊長」
「ちょうどいい、貴様、脱いでみろ」
「ええっ俺がですか!」
一瞬、エミリオは頭の中が真っ白になった。
しょっちゅう詰め所に顔を出してはいるものの、自分はあくまで中級魔術師であって、騎士ではない。まさかこの脱ぎ祭りに巻き込まれるなんて!
冗談かと思ったが、ロブ隊長はあくまで真剣だ。と言うか目が据わっている。
「いいから脱げ。シャルダンの名代だ」
「わ、わかりました……」
そうまで言われては、脱がない訳には行かない。
「では、失礼しまして」
ごそごそと深緑のローブを脱いで、その下に着ているシャツのボタンを外していると……
「ええい、まどろっこしい! 手伝ってやる!」
上二つ外した所で、問答無用。べろーんっとシャツの裾をひっつかまれてまくり上げられて。
すっぽんと引っこ抜かれていた。
「な、な、な、何するんですかあっ」
「ちまちまやっとるからだ! 何ごとも即断即決。迅速に行動するのが騎士の基本だぞ!」
「俺、魔術師なんですけど!」
「む……そうなんだよなあ……」
ロブ隊長はため息をつくと、引き締まったエミリオの体をなで回した。胸から肩、背中から脇腹へ。筋肉の流れに沿って丹念に手のひらを滑らせる。
「惜しいな……実にいい体をしてるのに……」
「ひゃひゃ、くすぐったいです隊長!」
「実に……惜しい」
(シャル……止めてくれえっ)
ちらっと視線を幼なじみに向けるが、シャルダンはとろーんとした目で、ロブ隊長の背中を見つめている。
(シャルーっ!)
エミルの声なき声を聞きつけたのか。はっと表情を引き締めた。
「隊長!」
「ん、何だシャルダン」
「ずいぶんすごい傷ですねー」
ロブ隊長の背中には、斜めに走る刀傷があった。脇腹から背中、さらに腰まで続いている。
「これどこまで続いてるんですかー」
「おう、これはだな」
聞く方も聞かれた方もどちらも酔っ払い。周りに居るのも酔っ払い。制止する者はこの場には誰一人存在しなかった。
「ここまで続いてるぞ」
ロブ隊長は即断即決の男だった。ズボンのベルトを緩めて、あまつさえ、その下のパンツに手をかけて、あっと言う間に腰骨の辺りまでずり下げる。
脚の付け根の斜めのラインまでそりゃもうくっきりと。背後は尻の割れ目がちらりとのぞき、限りなく半ケツ状態になっていた。
「隊長! さすがにそれは!」
なおもずり下げようと力を入れる手を、横合いから、気を取り直したハインツが飛びつき、押しとどめる。
「ここ、兵舎じゃないんですから!」
「む……そうだったな」
くるりとロベルトはシャルダンに向き直った。
「続きは風呂で見せてやろう」
「はい、楽しみにしています!」
心底楽しげなシャルダンの返事を聞きながら、そっと若い騎士たちのうち何人かが鼻を押さえ、前かがみになっていた。
「ちぃっ、惜しい」
「惜しかったねー」
階下でフロウが露骨に舌打ちする。
「それにしても、まさかこんな所で騎士さま達のストリップを見られるなんて思わなかったよ……あ」
何やら思いついたらしく、ナデューがぽんと手を打った。
「お祭りの余興で、騎士団の子たちが一日ストリッパー、とかどうかな!」
「おお、いいね、いいねー」
「受けると思うんだー。集まったお捻りは寄付に回して」
その甘い口当たりに反して蜂蜜酒は意外に強い。ぱっと見しらふに見えるものの、ナデューも実はいい感じに酔っぱらっていたのだった。
※
(さすがにあれは、見せらんねぇよなあ)
昨夜の暑苦しい光景を思い出しつつ、ジャムタルトを口に運ぶ。
「お茶のおかわりいるか?」
「うんください」
その時、かたんっと天井近くの猫口が開いて、ちびが戻ってきた。ジャムタルトを見てぱあっと目を輝かせ、すとんっと飛び降りてくる。
「ぴゃ、ぴゃ」
「ちびちゃんも食べる?」
「ぴゃああ」
はぐはぐとタルトの欠片を食べ、ぺろりっと口の周りをなめ回す。ちびをなでながらニコラが話しかけた。
「ねー、昨日はちびちゃんも一緒だったんでしょ?」
「ぴゃあ」
「楽しかった?」
ちびはちょこんと首をかしげて、かぱっと赤い口を開いた。
「とーちゃん。ろぶたいちょー、えみる、しゃる」
「うんうん……あ、隊長さんも居たんだ」
「すとりっ」
慌ててフロウはちびの鼻先にジャムタルトをつきつけた。
「んびゃっ!」
すかさず飛びつきかぶりつき、危険な単語はタルトとともに飲み込まれた。
「え、何?」
ちびは口いっぱいにタルトをほお張りつつ一言。
「ぱ」
(あっぶねぇえええ!)
「スリッパ?」
「はは、スリッパがどうしたんだろーなっ」
冷汗をかきながら、フロウは懸命に話題をそらすのだった。
なお、脱ぎまくった騎士さまたちは……
「こぉら、ディーンドルフ! 何度言ったら判る。剣を持つ時は背筋を伸ばせ!」
「はいっ! ロブ先輩!」
「ばかもの、隊長だ!」
「はい、隊長!」
二日酔いにもならず風邪も引かず、今日も元気です。
(鍋と鎚と野郎の裸/了)
次へ→【16】望まれなかった騎士
いきなり背後からぶっとい腕が巻き付き、あっと思った時は上半身裸のロブ隊長にしがみつかれていた。
「こ、こんばんは、ロブ隊長」
「ちょうどいい、貴様、脱いでみろ」
「ええっ俺がですか!」
一瞬、エミリオは頭の中が真っ白になった。
しょっちゅう詰め所に顔を出してはいるものの、自分はあくまで中級魔術師であって、騎士ではない。まさかこの脱ぎ祭りに巻き込まれるなんて!
冗談かと思ったが、ロブ隊長はあくまで真剣だ。と言うか目が据わっている。
「いいから脱げ。シャルダンの名代だ」
「わ、わかりました……」
そうまで言われては、脱がない訳には行かない。
「では、失礼しまして」
ごそごそと深緑のローブを脱いで、その下に着ているシャツのボタンを外していると……
「ええい、まどろっこしい! 手伝ってやる!」
上二つ外した所で、問答無用。べろーんっとシャツの裾をひっつかまれてまくり上げられて。
すっぽんと引っこ抜かれていた。
「な、な、な、何するんですかあっ」
「ちまちまやっとるからだ! 何ごとも即断即決。迅速に行動するのが騎士の基本だぞ!」
「俺、魔術師なんですけど!」
「む……そうなんだよなあ……」
ロブ隊長はため息をつくと、引き締まったエミリオの体をなで回した。胸から肩、背中から脇腹へ。筋肉の流れに沿って丹念に手のひらを滑らせる。
「惜しいな……実にいい体をしてるのに……」
「ひゃひゃ、くすぐったいです隊長!」
「実に……惜しい」
(シャル……止めてくれえっ)
ちらっと視線を幼なじみに向けるが、シャルダンはとろーんとした目で、ロブ隊長の背中を見つめている。
(シャルーっ!)
エミルの声なき声を聞きつけたのか。はっと表情を引き締めた。
「隊長!」
「ん、何だシャルダン」
「ずいぶんすごい傷ですねー」
ロブ隊長の背中には、斜めに走る刀傷があった。脇腹から背中、さらに腰まで続いている。
「これどこまで続いてるんですかー」
「おう、これはだな」
聞く方も聞かれた方もどちらも酔っ払い。周りに居るのも酔っ払い。制止する者はこの場には誰一人存在しなかった。
「ここまで続いてるぞ」
ロブ隊長は即断即決の男だった。ズボンのベルトを緩めて、あまつさえ、その下のパンツに手をかけて、あっと言う間に腰骨の辺りまでずり下げる。
脚の付け根の斜めのラインまでそりゃもうくっきりと。背後は尻の割れ目がちらりとのぞき、限りなく半ケツ状態になっていた。
「隊長! さすがにそれは!」
なおもずり下げようと力を入れる手を、横合いから、気を取り直したハインツが飛びつき、押しとどめる。
「ここ、兵舎じゃないんですから!」
「む……そうだったな」
くるりとロベルトはシャルダンに向き直った。
「続きは風呂で見せてやろう」
「はい、楽しみにしています!」
心底楽しげなシャルダンの返事を聞きながら、そっと若い騎士たちのうち何人かが鼻を押さえ、前かがみになっていた。
「ちぃっ、惜しい」
「惜しかったねー」
階下でフロウが露骨に舌打ちする。
「それにしても、まさかこんな所で騎士さま達のストリップを見られるなんて思わなかったよ……あ」
何やら思いついたらしく、ナデューがぽんと手を打った。
「お祭りの余興で、騎士団の子たちが一日ストリッパー、とかどうかな!」
「おお、いいね、いいねー」
「受けると思うんだー。集まったお捻りは寄付に回して」
その甘い口当たりに反して蜂蜜酒は意外に強い。ぱっと見しらふに見えるものの、ナデューも実はいい感じに酔っぱらっていたのだった。
※
(さすがにあれは、見せらんねぇよなあ)
昨夜の暑苦しい光景を思い出しつつ、ジャムタルトを口に運ぶ。
「お茶のおかわりいるか?」
「うんください」
その時、かたんっと天井近くの猫口が開いて、ちびが戻ってきた。ジャムタルトを見てぱあっと目を輝かせ、すとんっと飛び降りてくる。
「ぴゃ、ぴゃ」
「ちびちゃんも食べる?」
「ぴゃああ」
はぐはぐとタルトの欠片を食べ、ぺろりっと口の周りをなめ回す。ちびをなでながらニコラが話しかけた。
「ねー、昨日はちびちゃんも一緒だったんでしょ?」
「ぴゃあ」
「楽しかった?」
ちびはちょこんと首をかしげて、かぱっと赤い口を開いた。
「とーちゃん。ろぶたいちょー、えみる、しゃる」
「うんうん……あ、隊長さんも居たんだ」
「すとりっ」
慌ててフロウはちびの鼻先にジャムタルトをつきつけた。
「んびゃっ!」
すかさず飛びつきかぶりつき、危険な単語はタルトとともに飲み込まれた。
「え、何?」
ちびは口いっぱいにタルトをほお張りつつ一言。
「ぱ」
(あっぶねぇえええ!)
「スリッパ?」
「はは、スリッパがどうしたんだろーなっ」
冷汗をかきながら、フロウは懸命に話題をそらすのだった。
なお、脱ぎまくった騎士さまたちは……
「こぉら、ディーンドルフ! 何度言ったら判る。剣を持つ時は背筋を伸ばせ!」
「はいっ! ロブ先輩!」
「ばかもの、隊長だ!」
「はい、隊長!」
二日酔いにもならず風邪も引かず、今日も元気です。
(鍋と鎚と野郎の裸/了)
次へ→【16】望まれなかった騎士